政略的略奪婚のすすめ
深く考えずに書いたので、頭空っぽでお読みいただけると幸いです。
「ねぇ…私思うのだけど………私が側妃になる必要あるかしら………?」
この国の王太子の婚約者である公爵令嬢システィーナ・ウィルシュの呟きが部屋に響いた。
それを聞くのは王太子の側近である公爵令息リルド・ヴァージア。
王太子の執務を押し付けられている二人は、この執務室に押し込められ、王太子の身代わりとして仕事をしてきた。
頭が花畑の王太子は、考える頭などないため執務など出来ない。だが、他に王の子がいないため、優秀な公爵令嬢システィーナを未来の王妃に据えることで貴族達は納得したのだ。
しかし、王太子は伯爵令嬢と恋におちた。
端から見れば、ただただ身持ちの悪い女にボンクラが引っ掛かったというだけ。
そして、王太子はシスティーナに、伯爵令嬢を王妃に据えるため、側妃になるよう命じてきたのだ。
「まぁ、王妃だろうが側妃だろうが、今のこの生活と何ら変わりないのだからどちらでも良いのだけれど………私とは白い結婚をすると言い出したのよ?」
システィーナはウィルシュ公爵家唯一の子。
王妃になった後、システィーナの子の内の一人がウィルシュ公爵家を継ぐ予定になっていた。
「白い結婚をするならば、私の子は生まれないわ。でも、王家から公爵家の後継を出すとなれば、それは明らかなお家乗っ取りでしょう?」
システィーナの言葉に、リルドは唖然とする。
いくら脳内花畑といえど王太子、その程度の分別は持ち合わせていると思っていたのだ。考えなしにも程があると呆れるのも無理はない。
「そこで私考えたのだけれど、貴方と私で結婚してはどうかしら?」
「…………は?」
リルドの動きが今度こそ止まった。
そんなことは気にも留めず、システィーナは言葉を続けた。
「今でも私と貴方であのボンク…王太子の仕事も王太子妃の仕事もこなしているわ。他の誰にもバレないように二人だけで。だったら、別に側妃にならずに側近の立場で貴方と共に仕事をこなせば今と変わらないのだから問題ないと思うの。」
確かにそうかもしれないが、だが、しかし…と反論しようとするリルドの言葉を遮り、尚も続ける。
「どうせ夜会での私のエスコートもあのボンクラはしないわ。外交に必要な時でも私を貴方に任せて後ろをついて来いと言うのだから、側妃になるより貴方と婚姻した方が我が家にとっても都合が良いわ。お家乗っ取りの危険もないのだから。」
確かにウィルシュ公爵家にはその方が良いかもしれない。娘が使い潰されるだけでなく、公爵家に血脈が受け継がれないなどあってはならない。
リルドはヴァージア公爵令息とはいえ四男。王太子からは側近として生涯独身で尽くすように言われていたので婚約者もいない。
ウィルシュ公爵家とヴァージア公爵家での婚姻が貴族の勢力の偏りを招くという懸念よりも、王家による公爵家簒奪の事実の方が余程問題視されるであろう。
それはわかるが、リルドは急な話に驚くことしか出来ない。
やっとのことで絞り出した言葉は…
「ウィルシュ公爵は…それを許されるでしょうか…?」
その言葉にシスティーナは艶やかに微笑みながら答える。
「既に父には白い結婚を命じられた旨を伝えたわ。父は貴方と二人で王太子の執務を全て処理していることも把握済みよ。今頃、貴方の家にも話がいっていると思うわ。」
完全に外堀が埋められていることに唖然とするべきか納得するべきか…
「さすが、ウィルシュ嬢……仕事が早い…」
リルドの呟きにありがとうと答えるシスティーナ。
「父は憤慨しているし、ヴァージア公爵も有能な貴方を使い潰されるなど我慢ならないとこぼしていたのを見たことがあるわ。利害は一致しているから両家の間で問題はないと思うの。」
あのボンクラに国は任せられない。
国のために使い潰されるなら本望、その事に二人とも否やはない。
だが、それが個人ではなく家への損害が生じるとなれば話は変わる。
王太子の言動は貴族筆頭である公爵家を敵に回した。しかも、力の強い二家。国内のほとんどの貴族を敵に回したと言っても過言ではない。
「あとは、貴方が承諾するかどうかだけなのだけれど…」
「貴女は…ウィルシュ嬢はそれで良いのですか…?」
「あら。私があのボンクラに恋していたとでも…?そんな情を持てるほどの交流もないわ。むしろ、共に仕事をしてきた貴方との方が余程話をしていたくらいよ」
仕事の話ばかりで個人的な話などしたこともなかった。だが、仕事をする上で築いてきた信頼はある。
婚姻関係を築く上では王太子よりも遥かに安心できる。
「まぁ、貴方が私などいやだと言うなら仕方がないけれど…」
「そんなことあるわけがない!」
咄嗟に大きな声を出してしまったことにハッとしてうつむくリルド。その頬は心なしか赤く見える。
少しの逡巡の後、意を決したように顔を上げると真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる。
「貴女を………お支えする権利を………他に譲るつもりはございません。」
その瞳には確かな熱が宿っていた。
不意に高鳴る鼓動を感じながら、システィーナは微笑んだ。
「では、交渉成立ね。」
そっとリルドに近付き、その肩にもたれる。
「お喋りな城のメイドがそろそろお茶を持ってくるわ。そこで、許されぬ愛に身を焦がす二人を見付けるのですって。」
くすくすと笑いながら言うシスティーナの腰に手を回しながらリルドは呆れたように溜め息を吐く。
「ウィルシュ公爵は策略家の割りにロマンチストなのですね。意外です。」
「殿下の受け売りよ。あちらが同じことを仰るのだから、こちらの愛も認めていただきましょう?」
その時、きゃっと小さな声がしてパタパタと走り去る足音がした。
「あらあら、お行儀の悪いメイドだこと。」
「仕込みのメイドにしても質が悪すぎませんか…?」
「王太子殿下の嫌がらせなのか、残念な使用人が多いのよね…」
困ったものね、とわざとらしく溜め息を吐いてみせるシスティーナ。
リルドはくすりと笑ってシスティーナの耳元に唇を寄せる。
「…お慕いしております。システィーナ様。」
その言葉にシスティーナは一瞬目を見張り、艶やかな笑みを浮かべる。
「貴方からそんな言葉が出るとは思わなかったわ。でも、悪くないわね。」
「光栄です。」
リルドはそっとシスティーナの左手を取り、その指先に口付ける。そして、二人は視線を交わし、微笑み合う。
「では、王太子殿下には精々良き傀儡となっていただきましょうか。」
花畑の住人二人がやってくるまで、あと少し。
仕事が出来ないなら、させなければ良いじゃない。
この後、王太子のお相手の伯爵令嬢がライバルを蹴落とすために全力で二人の結婚の後押しをすることでしょう。
公爵パパ達がアレコレ手を回して、ボンクラが暴君にならないように手綱を握ると思われます。システィーナもリルドも仕事をするのは好きなので、結果、みんなハッピーエンド。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。