第九話 再び交わる運命
ギルドの療養施設での静かな日々が続いていた。ナスィは少しずつ体力を取り戻し、歩けるようになったものの、心の中にはどこか満たされないものが残っていた。
ギルドの食堂で一人座っていると、ふと視線を感じた。振り返ると、そこにはベチの姿があった。
彼女はナスィをじっと見つめていたが、目が合うと一瞬たじろぎ、その場を去ろうとした。
「ベチ。」
ナスィの静かな声が彼女を引き止めた。
「……何か用か?」
ベチは足を止めたが、振り返らなかった。
「別に……ただ、少しだけ……顔を見たくなっただけ。」
その言葉にナスィは少し眉をひそめた。
「俺の顔を?珍しいこともあるもんだな。」
ベチは黙ったまま、立ち尽くしていた。自分でもなぜここにいるのかわからなかった。ただ、ナスィが気になって仕方なかった。それが後悔からなのか、別の感情からなのかはわからない。
「もし、それだけなら行けよ。俺は別に、お前に何をしてもらいたいわけでもない。」
ナスィの言葉はどこか冷たく響いた。それを聞いたベチは小さく頷くと、食堂を出て行った。
その後、ナスィが療養施設に戻ると、レサーが待っていた。彼女は明るい笑顔を見せながら言った。
「少しは良くなりましたか?」
「ああ、だいぶ動けるようになったよ。ありがとな。」
レサーは椅子に座ると、少し真剣な表情になった。
「ナスィさん、これからどうするんですか?」
「どうって?」
「死の巣の魔物を倒して、勇者パーティーにも認められて…もう、ギルドでひっそりと生きていくだけの人じゃなくなったんですよ。」
ナスィは答えなかった。
「何か、次にやりたいことはないんですか?」
「……正直、わからない。」
ナスィは小さく笑いながら続けた。
「俺がやってきたのは、ただ生きるための戦いだ。誰かに認められるためじゃないし、大きな目的があったわけでもない。だから、今こうして“強い”って言われても…どうすればいいのかわからないんだ。」
レサーは静かに彼の言葉を聞いていたが、やがて微笑んだ。
「それでも、私はナスィさんのことを誇りに思っています。」
その言葉にナスィは少し驚いた表情を見せた。
「……ありがとう。」
その日の夜、ギルドに緊急の依頼が舞い込んだ。
「近隣の村が大規模な魔物の群れに襲われそうだという情報が入った!」 ギルドの館内に響く声に、冒険者たちがざわめき始める。
「対応できる人員は?」
「規模が大きすぎて、ギルドの冒険者だけでは対応しきれない!」
その場にいたエガワたち勇者パーティーが名乗りを上げた。
「俺たちが行こう。」
しかし、その場にナスィが現れると、周囲が一瞬静まり返った。
「俺も行く。」
その言葉に、ギルドの人々は驚いた表情を浮かべた。これまで目立たなかったナスィが、自ら進んで名乗りを上げたのだ。
「……ナスィ?」レサーが心配そうに彼を見つめる。
「大丈夫だ。」ナスィは彼女に短く答えた。
エガワが腕を組みながらナスィを見た。
「お前一人で死の巣を突破したのは確かだ。だが、今回の相手は魔物の“群れ”だ。一人でどうにかできる相手じゃないぞ。」
「だから、力を貸すんだろう?お前たちが。」
ナスィの言葉にエガワは笑みを浮かべた。
「面白い。じゃあ一緒に来い。」
翌朝、ナスィ、勇者パーティー、そして数人のギルド冒険者たちは近隣の村へ向けて出発した。
その道中、リエレンがナスィに近づき、軽く話しかけた。
「あなた、本当に普通の冒険者だったの?死の巣の魔物を倒した話、まだ信じられないんだけど。」
「信じなくてもいいさ。」ナスィは素っ気なく答えた。
「ふーん。でも、ベチがずっとあなたのことを気にしてるの、ちょっと面白いわね。」
その言葉にナスィは表情を変えなかったが、心の中で少しだけ揺れた。
一方、ベチは隊列の後ろで黙って歩いていた。彼女は時折ナスィの背中を見るが、声をかけることはなかった。
(私は…どうすればいいの?)