第八話 認められる実力
死の巣から帰還したナスィは、ギルド近くの療養施設に運び込まれた。
戦いでの深い傷と疲労のため、彼は眠りについたまま動かない。
レサーはその隣で座り込むと、彼の顔をじっと見つめた。
「本当に…無茶するんだから。」
彼女はため息をつきながらも、その顔に浮かぶ安らかな表情を見て微笑んだ。そしてそっと手を伸ばし、額に触れる。
「熱はないみたいね。でも…本当に大丈夫なのかしら。」
その時、部屋の扉がノックされる音がした。
現れたのはエガワとベチ、そして他の勇者パーティーのメンバーだった。
「レサーさん、彼の容態は?」エガワが低い声で尋ねる。
「今は眠っています。でも、怪我は思ったよりも深くて…」レサーの声には不安が滲んでいた。
エガワは一歩近づき、ナスィの寝顔をじっと見下ろした。
「この男…一体何者なんだ?」
リエレンが静かに呟く。「死の巣の魔物を一人で倒したのよ。正直、信じられない。」
「いや、実際に見たんだ。あの最後の一撃を。」魔法使いのマジアが驚嘆した表情で続けた。
しかし、ベチは黙って立ち尽くしていた。その心は複雑だった。
(あのナスィが…こんなにも強いなんて。私が知っていた彼とは…いや、私が知ろうとしていなかっただけ?)
彼女の中で、これまでの固定観念が崩れていく音が聞こえるようだった。
数時間後、ナスィはゆっくりと目を開けた。
「ここは…?」
「ナスィさん!」レサーがすぐに声を上げ、彼の手を取る。
「無理しないでください。今は休んで…」
ナスィは彼女の心配そうな顔を見て、小さく微笑んだ。「ありがとう、レサー。でも、皆は無事か?」
その言葉にレサーは目を見開いた。
「ナスィさん、自分のことを気にしてください!自分がどれだけ無茶をしたか…わかっていますか?」
ナスィは何も答えず、代わりに周囲を見渡した。エガワやベチたちが立っていることに気づくと、彼は少し驚いた表情を見せた。
「どうしてここに?」
「お前を探しに行ったんだよ。」エガワが静かに答える。
「途中でお前の残した足跡を見つけてな。信じられなかった。お前が一人で死の巣を進んでいたなんてな。」
「……そうか。」ナスィは静かに呟き、視線を落とした。
リエレンが一歩前に出て、言葉を続ける。
「正直、あの道のりは私たちでも苦戦した。あなたがどうやって切り抜けたのか…まだ信じられないわ。」
しかし、その中で唯一、ベチだけが何も言えなかった。
彼女の心の中では、ナスィに対する嫉妬や後悔、そしてこれまで気づかなかった感情が複雑に絡み合っていた。
その日の夜、勇者たちはギルド内に戻り、ナスィの回復を待つことにした。
しかし、ベチだけは落ち着かない様子で建物の外に出ていた。
星空の下、彼女は一人、拳を握りしめて立っていた。
(私は何をしているの?あの人を見下して、自分だけが正しいと思っていた。でも、本当は――)
その時、背後から声がした。
「ベチ。」
振り返ると、そこにはエガワが立っていた。
「どうした?」
「……何でもない。」
「そうか。」エガワはそれ以上追及せず、隣に立つと空を見上げた。
「ナスィは強い男だ。そして、お前が思っている以上に、芯のあるやつだ。」
ベチは言葉を失ったまま、ただ静かにその言葉を聞いていた。
翌朝、ナスィはまだ完全に回復していなかったが、自分の足で歩けるまでになっていた。
レサーがそのそばに寄り添い、サポートしている。
「無理しないでくださいね。」
「わかってる。」
その時、部屋にエガワたちが入ってきた。
エガワがナスィを見て、軽く笑った。
「よう。無事で何よりだ。」
ナスィは小さく笑みを返した。
「世話になったな。」
「それはこっちのセリフだ。お前がいなかったら、死の巣の魔物を倒せなかったかもしれない。お前の強さは本物だ。」
その言葉に、ナスィは少し驚いた表情を見せた。
エガワたち勇者パーティーに認められる日が来るとは、彼自身も思っていなかったのだ。
しかし、その場にいたベチは一言も発さず、ただナスィを見つめていた。彼女の胸の中で渦巻く感情は、まだ整理がついていなかった――。