第三十九話 魔物
村の空気がざわついていた。
ナスィは鍛錬を終え、ギルドへと向かっていたが、道行く村人たちが妙に落ち着かない様子だった。
「……何かあったのか?」
近くにいた中年の男性に声をかけると、彼は渋い表情でナスィを見つめた。
「ナスィか……お前も聞いてないのか? 北の森の方から、昨夜すごい咆哮が響いたんだ」
「咆哮?」
「そうだ。まるで大地そのものが震えるような、恐ろしい声だったよ。今朝になって偵察に行った者たちが言うには、森の一部が焼け焦げていたらしい」
ナスィは眉をひそめた。
(焼け焦げた跡……? まさか)
「詳しく聞かせてくれ」
村人の話によれば、森の奥で異様な足跡が見つかったらしい。それは通常の魔物とは明らかに異なる巨大なもので、周囲には何かを引きずったような痕跡もあったという。
「今、ギルドでは対策を話し合ってるらしいが……この村にはあまり戦える奴がいないからな。どうするつもりか分からん」
ナスィは軽く息を吐いた。
「……ありがとう。ギルドに行ってみる」
そう言って、村人に礼を言うと、彼はギルドへと急いだ。
ギルドの扉を開けると、すでに中は騒然としていた。
「ナスィ!」
レサーがカウンターの向こうから駆け寄ってくる。
「聞いた? 北の森のこと!」
「ああ、今聞いたところだ」
ギルドの中央では数人の冒険者たちが集まり、話し合っていた。
「で、どうするつもりだ?」
ナスィが尋ねると、一人の屈強な男が腕を組みながら答えた。
「今、何人かで調査隊を組んで森へ向かわせた。けど、正直なところ……ヤバそうだ」
「どれくらいヤバい?」
「足跡の大きさから見て、相当な大型魔物だろうな。村の連中じゃ手に負えないかもしれん」
ナスィはしばらく黙考した後、静かに口を開いた。
「俺が行く」
周囲の空気がピンと張り詰める。
「ナスィ、お前一人で行くつもりか?」
「俺だけじゃない。もし戦える奴がいれば、同行してもらう」
「……だが、相手の正体も分かってないんだぞ?」
「だからこそ、今のうちに手を打つべきだ。放っておけば、村に被害が出る可能性もある」
ギルドの面々は顔を見合わせた。
「……分かった。だが、くれぐれも無茶はするなよ」
ナスィは頷き、剣を確認すると、すぐにギルドを後にした。
「ナスィ!」
背後からレサーの声がする。
振り返ると、彼女は不安そうに彼を見つめていた。
「……気をつけてね」
「心配するな」
ナスィは少し微笑み、そう言って村を後にした。
北の森に足を踏み入れると、すぐに異変に気づいた。
鳥のさえずりが消え、木々の間を流れる風の音すら、異様なほど静かだった。
(……嫌な予感がする)
ナスィは慎重に進みながら、剣の柄に手をかける。
しばらく歩くと、前方に黒く焦げた地面が広がっているのが見えた。倒れた木々の間には、大きな足跡——それも、一体ではなく複数のものがあった。
(これは……)
考える間もなく——。
「——グオォォォォォォォォッ!!!」
咆哮が森を揺るがした。
ナスィは反射的に後退する。
視線を向けた先、そこに——黒い鱗を持つ巨大な魔物がいた。
四足歩行の獣のような姿、背中には無数の棘。そして、燃え盛る炎を吐く口。
「——ドラゴンの眷属、ワーム・バロウ……!」
ナスィの額に汗が滲む。
(まさか、こんなものが村の近くに……!)
魔物は赤い瞳をギラリと輝かせ、ナスィを認識すると、一気に距離を詰めてきた。
「——来る!」
ナスィは地面を蹴り、素早く横へと跳ぶ。
次の瞬間、魔物の巨大な爪が地面をえぐり、土煙が舞い上がった。
(速い……!)
だが、怯む暇はない。
ナスィはすぐに剣を抜き、体勢を整える。
「……ここで終わらせる!」
そう言い放つと、彼は迷いなく魔物へと突撃した。
戦いの幕が、切って落とされる——。




