第三十五話 さよなら
ベチはギルドの片隅に座り込んでいた。
手元の酒杯を何度も弄びながら、頭の中を整理しようとするが、考えはまとまらない。
(……私は、何をやってるんだろう)
ナスィと再び一緒に戦えば、何かが変わるかもしれない。
そう思って、ここに残ることを決めたはずだった。
だが、現実は違った。
ナスィはかつての彼女の知る男ではなかった。
彼はすでに強くなり、自分の道を見つけていた。そして、その隣にはレサーがいた。
(もう、私は必要ないってことか……)
分かっていたはずなのに、どうしても割り切ることができなかった。
「ベチ?」
不意に名前を呼ばれ、顔を上げる。
そこに立っていたのは——勇者エガワだった。
「……エガワ?」
「よう。しばらく見ないうちに、すっかりくたびれた顔になったな」
エガワはからかうように笑いながら、彼女の向かいに座った。
「なんだよ、酒なんか飲んで。らしくねえな」
「……放っといてくれ」
ベチは酒杯を持ち上げ、一気に口へと運ぶ。
喉を焼くような刺激が、少しでも心の重みを消してくれればと思ったが、そんなわけもなかった。
エガワは彼女の様子をじっと見つめた後、ふっと息をついた。
「ナスィのこと、まだ気にしてるのか?」
「っ……!」
ベチの手が、ピクリと震えた。
「図星か」
「……うるさい」
「お前がいなくなってから、パーティーはちょっとやりづらかったんだぜ?」
エガワの言葉に、ベチは思わず顔を上げた。
「なに……?」
「ベチ、お前は戦士として欠かせない存在だったんだよ」
「……」
ベチは驚きながらも、すぐには言葉を返せなかった。
「お前がいない間、何度か窮地に陥ったこともあった。だけど、お前がいたら、もっと楽に戦えたはずなんだよ」
「そんな……」
ベチは俯いたまま、自分の胸に手を当てる。
(……私は、ナスィに必要とされなかったけど)
(それでも、必要としてくれる人はいるんだ)
勇者のパーティーに戻ることは、自分にとって後退ではない。
それは、今の自分にできる最善の選択なのかもしれない——。
「……私、戻るよ」
そう口にした瞬間、何かが吹っ切れたような気がした。
エガワは満足そうに頷く。
「おう、そうこなくちゃな」
「……私の居場所は、やっぱりあそこだったんだな」
「そうだ。俺たちは、お前を待ってる」
ベチは立ち上がり、ギルドの中をゆっくりと見渡した。
ナスィとレサーが、仲間たちと笑い合っているのが目に入る。
その姿は、かつて彼女がナスィと並んでいた頃とは違っていた。
——ナスィは、もう過去の彼ではない。
そして、自分もまた、過去に縛られている場合ではなかった。
「……もう、振り返らない」
ベチは小さく息を吐き、ギルドの扉へと向かった。
彼女の旅は、再び勇者の道へと戻る。
そして——ナスィとは違う、新たな未来へと歩き出すのだった。




