第三十四話 そばにいる者
ナスィとベチの討伐依頼は順調に終わり、ギルドへ戻ってきた。
夜も更け、酒場にはクエストを終えた冒険者たちの賑やかな声が響いている。
「ふぅ……まあ、悪くない仕事だったな」
ベチは椅子に座り、腕を組んで満足げに息をついた。
ナスィはカウンターに寄りかかり、無言で水を飲んでいる。
「ナスィ、今度はもっと難しいクエストに行こうぜ。お前も昔より腕が上がったし、私となら……」
「悪いが、もう組む気はない」
ナスィの言葉が、静かに空気を冷やした。
ベチは一瞬、笑みを凍らせる。
「……どうしてだよ。さっきも、息は合ってたじゃないか」
「そういう問題じゃない」
ナスィは淡々と言葉を続ける。
「お前は今さら俺と組む理由なんてない。勇者の仲間に戻ればいい」
「っ……」
ベチはぐっと拳を握った。
「それは……」
「ナスィさん、お疲れ様です」
その時、レサーが二人の間に入るようにやってきた。
彼女はナスィの隣に立ち、自然な仕草で飲み物を差し出す。
「今日は大変でしたね」
「まあな」
ナスィはわずかに微笑み、彼女から受け取る。
その様子を見て、ベチは胸がざわつくのを感じた。
「……レサー、お前もナスィの世話を焼くのが好きだな」
ベチは冗談めかして言ったが、レサーはまっすぐに彼女を見返した。
「私は……ナスィさんを支えたいだけです」
その言葉に、ベチは軽く目を見開いた。
レサーの瞳には、揺るぎない想いが宿っていた。
(……こいつ、本気でナスィを想ってる)
ベチは、そこでようやく自覚する。
ただの受付嬢だと思っていた。
けれど、彼女はナスィにとって、ただのギルドの職員ではない。
(私よりも……ずっと近くにいたんだ)
焦りが胸を締めつける。
翌日、ベチはナスィを呼び出した。
「……ナスィ、お前、本当にレサーと付き合ってるのか?」
単刀直入な問いかけだった。
ナスィは少し驚いたように眉を上げたが、すぐに静かに頷いた。
「……ああ」
「本気で?」
「本気だ」
ベチは言葉を失った。
ナスィの目は、昔自分を見ていた時とは違う。
もっと深く、もっと確かに、レサーに向けられている。
「……レサーより、私の方がずっとお前を知ってる。昔から一緒だったし、お前の戦い方も、考え方も分かってる」
「それが何だ?」
ナスィの声は冷静だった。
「お前は俺を知ってるかもしれない。でも、俺はもうお前を必要としていない」
「……そんなこと、言うなよ」
ベチは自分でも驚くほど動揺していた。
「お前は私の許嫁だったんだろ? それなのに……!」
「お前が捨てたんだ」
ナスィははっきりと言った。
「俺はお前に捨てられた。もう、終わった話だ」
「……っ!」
ベチの喉が詰まる。
ナスィの言葉は、まるで刃のように鋭く、胸に突き刺さった。
「俺はレサーといる。それが俺の選んだ道だ」
そう言って、ナスィは背を向けた。
ベチは、彼の背中を見つめながら、拳を握りしめる。
(終わりなんて、認めない……)
彼女の心には、焦りと悔しさが渦巻いていた。
その日の夜。
レサーはギルドの裏手で、ベチと向かい合っていた。
「……ナスィさんを困らせるのは、もうやめてください」
レサーの声は、驚くほど冷静だった。
ベチは目を細める。
「……何が言いたい?」
「あなたがどんな想いでここに残ったのか、私には分かりません。でも……ナスィさんは、もうあなたの隣にはいません」
レサーはまっすぐにベチを見つめる。
「私は、ナスィさんと一緒にいたい。だから、あなたがこれ以上彼を苦しめるなら……私は、あなたを許しません」
「……!」
ベチは息を呑んだ。
レサーはただの受付嬢ではなかった。
彼女は、ナスィの傍にいる者として、はっきりと意思を示している。
「……そうかよ」
ベチは苦笑し、肩をすくめる。
「お前、思ったより強いんだな」
「ナスィさんが好きだから」
レサーの言葉は、まるで刃のように鋭かった。
ベチは胸の奥がざわつくのを感じながら、その場を去った。
(……負けてたまるかよ)
そう自分に言い聞かせながら。




