表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/40

第三十三話 見せない顔

「ナスィ、これからどうするんだ?」


ベチの声が、ナスィの背中に向かって投げかけられる。


ギルドの広場。討伐依頼を終えて報告を済ませたばかりのナスィは、疲れを感じながらも、静かに息を整えていた。


「特に予定はない。今日はもう休むつもりだ」


そう言って踵を返そうとした瞬間、ベチが一歩踏み出した。


「だったら、明日のクエストも一緒に行こうぜ」


「……は?」


ナスィは眉をひそめ、振り返る。


「私はまだここに残ることにしたからな」


ベチはにやりと笑った。


「せっかく久しぶりに再会したんだ。一緒にクエストをこなせば、昔みたいに息が合うことを思い出せるだろ?」


「……俺は、そんなつもりはない」


ナスィの言葉は冷たかった。


「もう、お前とは違う道を歩いてる。わざわざ同行する必要もない」


「そんなこと言うなよ。実際、戦闘中は悪くなかっただろ?」


ベチの言葉に、ナスィは小さくため息をついた。


確かに、彼女の剣技は相変わらず鋭く、戦闘の経験値も積んでいる。だが、それだけではない。


戦いの最中、彼女は何度も自分の動きを予測し、補佐していた。


かつての彼女とは違う。


だが、それでも――


「昔の俺には戻らない」


その一言が、ベチの笑みをわずかに曇らせる。


だが、すぐに彼女は口角を上げた。


「まあ、いいさ。明日のクエスト、私は参加するつもりだからな。ナスィ、お前がどうするかは自由だ」


ナスィは無言のまま、彼女を見つめる。


「じゃあな」


ベチはそう言って、踵を返しギルドの奥へと消えていった。


ナスィはしばらくその背中を見送った後、小さく息を吐いた。


(……面倒なことになったな)


ナスィがギルドの受付へ向かうと、そこにはすでにベチの姿があった。


「おっ、来たな!」


彼女は明るく手を振る。


「昨日言った通り、今日もクエストに行くぞ」


「……お前が勝手に決めるな」


ナスィは眉をひそめたが、ベチは気にした様子もなく笑っている。


レサーはカウンターの向こうから心配そうに二人を見つめていた。


「ナスィさん、本当に大丈夫ですか……?」


「まあ、仕方ない。依頼の内容は?」


ナスィが聞くと、レサーは手元の紙を確認する。


「村の東側に出没している『影猟犬かげりょうけん』の討伐です。単独行動の魔物ですが、素早くて、夜間は特に危険とされています」


「影猟犬か……まあ、問題ないだろ」


ベチは腕を組んで頷いた。


「じゃあ、行くか!」


ナスィはため息をつきながら、依頼書を受け取り、ギルドを後にした。


その様子を、レサーは不安げに見送っていた。


(本当に……大丈夫なのかな)


ナスィとベチ。


かつて許嫁だった二人が、こうして再び行動を共にすることに、レサーの胸はざわついていた。


「影猟犬は夜間に活動が活発になる。今のうちに仕留めておきたいところだな」


ナスィが周囲を警戒しながら呟く。


「なら、手分けして探すか?」


ベチが提案するが、ナスィは首を横に振った。


「いや、奴は単独行動とはいえ、奇襲を仕掛けてくるタイプだ。一緒に動いた方がいい」


「へぇ……お前、そういう判断をするようになったんだな」


ベチは感心したように微笑む。


「昔はもっと無鉄砲だったのに」


「昔の話を持ち出すな」


ナスィは短くそう言い放った。


そのやりとりの最中――


「……来る」


ナスィが剣を構えた瞬間、茂みの中から黒い影が飛び出した。


「チッ!」


ベチが素早く剣を振るうが、影猟犬はその攻撃を避ける。


「素早いな……!」


ナスィもすぐに動く。


「二手に分かれるぞ!」


ベチが先に動き、影猟犬の注意を引きつける。


ナスィはその隙を狙い、一瞬の隙を突いて剣を振り下ろした。


「――っ!」


影猟犬の喉元に鋭い刃が突き刺さる。


一瞬の静寂の後、魔物は崩れ落ちた。


「よし、討伐完了だな」


ナスィは剣を納め、ゆっくりと息を整えた。


ベチはそんな彼を見つめながら、ふっと笑った。


「やっぱり、お前は変わったな」


「……そうかもな」


ナスィは淡々とした口調で答えた。


「俺はもう、昔のお前の背中を追うようなことはしない。自分の道を進むだけだ」


ベチは、その言葉を噛み締めるように黙った。


(私は……まだ、諦められない)


それでも、ナスィの隣にいたい。


その思いが、彼女をこの村に引き留めていた。


ギルドに戻ると、レサーが待っていた。


「ナスィさん、お疲れ様です」


彼女の笑顔に、ナスィは微笑みを返した。


「ただいま、レサー」


その自然なやり取りに、ベチは言いようのない焦りを覚えた。


(……こんな顔、私には見せたことなかったのに)


ナスィとレサーの間にある、確かな絆。


それを前にして、ベチは拳を握りしめた。


「ふーん……なんか、随分仲良さそうだな」


皮肉交じりに言うと、ナスィは静かに彼女を見つめた。


「……俺の大切な人だからな」


その言葉が、ベチの胸に突き刺さる。


(まだ、終わりたくないのに……)


焦燥感と、悔しさ。


けれど、それを悟られまいと、ベチは強がりの笑みを浮かべた。


「そっか……なら、私はもっと頑張らないとな」


彼女の心に渦巻く感情が、ゆっくりと形を成していく。


――まだ終わらない。まだ、終わらせない。


ベチは、そう心に誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ