第三十話 決着
ギルドを出発してから数時間後、ナスィとベチは目的の山道へと足を踏み入れた。
山道は昼間でも薄暗く、木々の間から差し込むわずかな光が、二人の足元を照らしている。
「魔獣はこのあたりに出没しているらしいな」
ナスィが地面に残る足跡を確認しながら言った。
「ええ、足跡からして、そこそこ大きい魔獣みたい」
ベチは剣を握り直しながら周囲を見渡した。
「お前、緊張してるのか?」
ナスィがふと彼女を見ると、ベチはすぐに「そんなわけない」と否定した。
「……ただ、お前とこうして一緒に戦うの、久しぶりだから」
ナスィは答えず、静かに剣の柄を握る。
「別に気負う必要はない。お前はお前の戦いをしろ」
「分かってる……!」
そのとき――
低いうなり声とともに、茂みの奥から獣の影が飛び出してきた。
「来たな!」
現れたのは、黒々とした毛並みを持つ巨大な狼――シャドウウルフ。
通常の狼とは異なり、魔力をまとった個体で、視界を奪う闇の魔法を使う厄介な相手だった。
「二体……いや、三体か!」
「囲まれる前に仕留める!」
ナスィはすばやく地を蹴り、先頭のシャドウウルフに斬りかかる。
ベチもすぐに横へ跳び、別の個体の動きを封じるように剣を構えた。
「――行くよ!」
鋭い剣閃が夜闇のような毛皮を裂く。しかし、シャドウウルフは素早く身を翻し、カウンターの一撃を放った。
「っ!」
ベチは寸前で回避しつつ、足元を払うように剣を振る。
「ナスィ!」
「分かってる!」
ナスィはベチが崩した個体に狙いを定め、一閃のもとに仕留めた。
「一体撃破。あと二体!」
ベチもすぐに体勢を整え、残る二体に向かって駆け出す。
(今度こそ、私はナスィと並ぶんだ!)
その想いが、彼女の動きをさらに鋭くする。
しかし――
「――っ!」
突如、視界が暗闇に包まれた。
「こいつら、やっぱり魔法を使うか……!」
シャドウウルフの得意技――ダークヴェール。
漆黒の霧が周囲を覆い、視界を遮る。
「ナスィ、そっちは見える!?」
「問題ない!」
彼の声が聞こえた瞬間、ベチは反射的に背後を振り返った。
そこには――
ナスィの刃が、まるで迷いなく魔獣を斬り裂く姿があった。
(やっぱり……)
ベチは息を飲んだ。
暗闇の中でも、ナスィの剣は一切の迷いがない。
むしろ、以前よりも動きが洗練され、まるで敵の動きを完全に見切っているかのような正確さだった。
(これが……今のナスィ……)
思わず呆然としていると、最後の一体がベチの背後に回り込む。
「しまっ――」
鋭い牙が迫った瞬間、ナスィの剣が横から閃いた。
「……っ!」
振り下ろされた刃がシャドウウルフを一刀両断する。
そのまま血飛沫が地面に散ると、ナスィは無言のまま剣を収めた。
「……終わったな」
静寂が戻る。
ベチは肩で息をしながら、ナスィを見上げた。
「お前……こんなに強かったんだな」
「今さらか?」
ナスィはそう言って、軽く肩をすくめた。
「……でも、私だってまだやれる」
ベチはぎゅっと拳を握る。
「お前に追いつくまで、絶対に諦めない」
ナスィはしばらく彼女を見つめた後、少しだけ笑った。
「なら……これからも、クエストを共にするか?」
「……!」
ベチは驚いたように目を見開く。
「……いいの?」
「お前がどうしてもやりたいならな」
ベチの顔に、かすかに笑みが浮かぶ。
「じゃあ、決まりね!」
しかし――
この決断が、レサーとの間に新たな波紋を呼ぶことを、二人はまだ知らなかった。




