第二十八話 元許嫁と恋人と…
「はあ……」
レサーはギルドの受付でため息をついた。
今朝、ナスィから「ベチとクエストに行く」と聞いた時は平静を装っていたが、心の中では全く落ち着いていなかった。
「なんか、最近ナスィが大変そうですね」
隣で書類整理をしていた同僚の受付嬢が苦笑する。
「そりゃあね……いきなり元許嫁が戻ってきて、しかも一緒にクエストに行くってなれば」
「しかも相手は勇者パーティーのベチですよね? ギルドの皆もザワザワしてましたよ」
「……そうなのよね」
レサーは無意識のうちにペンを握りしめていた。
(ナスィは、ちゃんと断れたのかな……)
心配するべきじゃないと分かっていても、胸の奥がざわつく。
「大丈夫ですよ、レサーさん」
「え?」
「ナスィさん、ちゃんとレサーさんを選んでるじゃないですか。いくら元許嫁でも、それは変わらないと思いますよ」
その言葉に、レサーは少しだけ微笑んだ。
「……そう、だといいんだけど」
それでも、どこか不安を拭いきれない自分がいた。
「……やっぱり強いな、お前」
森の中、ベチは剣を振るいながらナスィを見た。
「……そうか?」
「そうさ。死の巣で見た時も思ったけど、昔とは比べ物にならない」
ナスィは無言で剣を収める。討伐依頼は順調に進み、目的の魔獣も無事に討伐した。
しかし、二人の間にはどこか微妙な空気が流れていた。
「……楽しかったな」
ベチがふと呟く。
「え?」
「ナスィとこうして一緒に戦うの、久しぶりだったからさ。懐かしくて、なんか嬉しくなった」
ナスィは一瞬、何かを言おうとして口を閉じた。
「……お前は、どうなんだ?」
「どうって?」
「俺と組んで、どう思った?」
ベチは少し考え込むように目を伏せた後、静かに笑った。
「……やっぱり、お前と並んで戦うのが、一番しっくりくる」
その言葉に、ナスィは困ったような顔をした。
「ベチ……」
「なあ、ナスィ。お前、まだ私のこと――」
「……やめろ」
ナスィは静かに言った。
「……なんでだよ」
「俺はもう、お前とは違う道を歩んでる」
ベチは唇を噛みしめた。
「……そうか」
沈黙が落ちる。
そして、ベチは少しだけ笑った。
「……でもさ、私はまだ、お前に見てもらいたいんだよ」
「……」
「だから、もう少しだけ、この村にいるよ」
ナスィは何も言わなかった。
ただ、遠くで鳴く鳥の声が、妙に響いて聞こえた。
夜、ギルドでナスィが戻ってくるのを待っていたレサーは、彼の姿を見つけるなり駆け寄った。
「ナスィ、おかえり!」
「……ただいま」
「どうだった?」
ナスィは少し考えてから、正直に答えた。
「……気まずかった」
レサーは思わず吹き出した。
「そりゃそうよね」
「でも、ベチはまだ残るってさ」
「……そう」
レサーの胸が、またざわついた。
ナスィは、もうベチに振り向かない。
でも、ベチはまだ諦めていない。
(……私はどうすればいいの?)
レサーはナスィの腕にそっと触れた。
「……ナスィ」
「ん?」
「私のこと、ちゃんと見ててね」
ナスィは少し驚いたような顔をして、それからゆっくりと頷いた。
「……もちろん」
レサーは小さく微笑む。
それでも、胸の奥の不安は、まだ消えないままだった――。




