第二十三話 届かぬ思い
村の夜は静かだった。
ベチは一人、川辺に佇んでいた。
先ほどのナスィとの会話が、何度も頭の中で反芻される。
「俺は、レサーと歩いていくつもりだ」
その言葉が、何よりも重く胸に響いていた。
(私は、何を期待してたんだろう……)
ナスィが成長していたことは、目の当たりにしていた。死の巣での戦い、ギルドでの評価、そして今の彼の態度――すべてが、かつての彼とは違っていた。
それでも、どこかで彼がまだ自分を待っているのではないかと、そんな甘えた期待を抱いていたのかもしれない。
「……私、ほんとバカだな」
小さく呟き、川面に映る自分を見つめる。
波紋が広がるたびに、自分の姿が揺らぐ。
(私は……どうすればいいんだ?)
かつて、彼を置いて旅立った。
その時は、迷いなんてなかった。勇者のパーティーに入ることこそが、自分の進むべき道だと信じていた。
しかし今、自分が進むべき道が、まったく見えなくなっている。
「……帰ってきたの?」
不意に、背後から静かな声がした。
振り向くと、そこには勇者エガワが立っていた。
金色の髪を夜風になびかせ、鋭い眼光でこちらを見据えている。
「エガワ……」
彼がこの村に来たのは、予想外だった。
「お前が戻らないから、探しにきた」
その言葉に、ベチの胸が締め付けられる。
(……そうか。私は、まだ勇者の仲間だったんだ)
けれど――
「お前の顔を見る限り……どうやら、何かあったようだな」
エガワは、わざとらしくため息をつきながら言う。
ベチは言葉に詰まり、視線を逸らした。
(今さら、何を話せばいい?)
ナスィのこと? 彼が変わってしまったこと? それとも、自分の未練?
「……戻るつもりはあるのか?」
エガワの問いに、ベチは思わず息を呑んだ。
「それとも、この村に残るのか?」
鋭い問い。
答えられない。
(私に、どこか帰る場所はあるの?)
ナスィの隣には、もうレサーがいる。
ならば、自分はどこに行けばいい?
「……少し、考えさせて」
絞り出すように、そう言った。
エガワは少しだけ目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。
ただ、一つだけ。
「お前の選択がどうであれ……俺たちはお前を待つ」
そう言い残し、彼は静かにその場を去っていった。
ベチは再び、川面を見つめる。
揺れる水面は、まるで今の自分の心のように、不安定で定まらない。
「……私は、どうしたいんだろう?」
自分の心に問いかける。
しかし、その答えは、まだ見つかりそうになかった。
――夜風が、静かに吹き抜けていく。




