第二十一話 そんなの聞いてないよ!
ベチが故郷の村に戻ったのは、朝日が地平線を照らし始めた頃だった。
長旅の疲れを感じながらも、彼女の心は妙に落ち着かない。
勇者のパーティーの一員として多くの村や町を訪れたが、この村に足を踏み入れるのは、ナスィに婚約破棄を告げたあの日以来だった。
「……本当に、戻ってきちゃった」
馬を降り、村の空気を胸いっぱいに吸い込む。変わらない景色に安堵しつつも、心の奥底には期待と不安がないまぜになって渦巻いていた。
まずはギルドへ行こう。そこならナスィがいるかもしれない。
ギルドの扉を押し開けると、すぐに賑やかな声が耳に飛び込んできた。
村の小さなギルドは朝から活気に満ちており、依頼を確認する冒険者や雑談を楽しむ者たちが集っていた。
「お、おい、あれってベチじゃないか?」
「本当だ、勇者パーティーのベチだぞ!」
一瞬にしてギルドの空気が変わる。彼女の名が囁かれ、人々の視線が集まる。だが、彼女が探している姿はまだ見当たらなかった。
「ナスィは……?」
何気なく呟いたその言葉に、近くの冒険者が驚いたような顔をした。
「ナスィなら、さっきまでいたけどな。今はレサーと一緒に出かけたんじゃないか?」
「レサーと?」
ベチは聞き返した。レサー――あのギルドの受付嬢。彼女がナスィと一緒に?
「お前、知らないのか?」
「え?」
「ナスィとレサー、もう公認のカップルみたいなもんだぞ」
その言葉を聞いた瞬間、ベチの心が凍りついた。
「……嘘」
動揺を隠せないまま、彼女は慌ててギルドを飛び出した。レサーとナスィが一緒にいる姿を、確かめなければならない。
村の広場に向かうと、そこに二人の姿があった。ナスィは穏やかな表情で、レサーと笑いながら話している。彼の表情はかつての彼女が知るものとは違っていた。
重苦しさも、迷いもない。まるで、すべてを振り払ったかのように。
(こんなの……見たことない……)
その光景が、彼女の心に鋭く突き刺さる。
彼が強くなったことは知っていた。
しかし、それだけではない。彼はもう、彼女の知るナスィではなかった。
「……私は、何をしに戻ってきたの?」
呟いた声は、誰にも届かない。




