第二十話 気づき
旅路の途中、ベチは馬の手綱を握りながらぼんやりと前を見つめていた。勇者エガワの一行は次の目的地へ向かって進んでいたが、彼女の心は別の場所をさまよっていた。
ナスィのことを考えてしまう。
あの日、「死の巣」での出来事が頭から離れない。
彼が魔物を倒す瞬間をこの目で見た。彼の剣が閃き、巨大な魔物が崩れ落ちる。
あの場にいた全員が息を呑んだ。それまで「田舎で燻っていた弱い男」と思っていた相手が、信じられないほどの実力を持っていた。
それを認めたくなくて、彼の力を何かの間違いだと思おうとした。
でも、それは違った。
ベチは唇を噛む。認めたくない思いと、湧き上がる後悔が交錯する。
「あの男、やるじゃないか」
不意にエガワが口を開いた。
「……誰のこと?」
「ナスィだよ。『死の巣』の件、最初は半信半疑だったが、どうやら本当にあいつ一人で突破していたらしいな」
「……」
「正直、驚いた。あんな場所を単独で突破できるような奴が田舎のギルドに埋もれていたとはな。何か理由があるのか、それともただ目立たないだけなのか……」
エガワは淡々と語るが、ベチにとってはひどく居心地の悪い話題だった。
「でも、お前もアイツとはもう関係ないんだろ? それなら気にすることはないさ」
「……そうね」
気にすることはない。
そのはずだった。
しかし、ギルドで再会したときのナスィの冷たい目。まるで彼の中でベチの存在がもう過去のものになったような態度。そして、レサーの存在。
(ナスィは、もう……)
胸の奥に広がるこの感情は何なのか。
「なあ、ベチ」
リエレンが馬を並べてきた。彼女は弓使いとして勇者パーティーの後方支援を担っている。
「最近、様子が変だよ。ナスィのこと、まだ気にしてるの?」
「……別に」
「嘘。私にはわかるよ。あの人のことを見直したんでしょ?」
「見直した? そんなこと……」
「そういうの、素直になったほうがいいと思うな。だって、ベチは本当は……」
「……何よ」
「ナスィが好きなんじゃない?」
ベチは息を呑んだ。
「そ、そんなわけ……!」
「でも、ナスィはもうレサーと一緒にいる。ギルドでも公認の仲みたいだし」
「……っ」
その事実が、なぜこんなにも胸に突き刺さるのか。
勇者の仲間になることが夢だった。だからナスィとの婚約も気にせず、彼を置いて旅立った。けれど、今になって振り返ると、彼がずっとそばにいたことがどれだけ大きかったかを痛感する。
ナスィは何も言わずに見送った。引き止めもしなかった。けれど、本当は寂しかったはずだ。それを思うと、胸が痛んだ。
「……私は、間違えたの?」
リエレンは黙ってベチを見つめた。
「後悔してるなら、今からでも遅くないよ」
「でも……」
「戻らないの?」
その言葉が、決定打だった。
ベチは自分の手を握りしめ、目を閉じる。迷いが消えたわけではない。でも、確かめなければならない。
「……戻るわ」
ナスィがどんな気持ちでいるのか。彼女がまだ間に合うのか。それを確かめるために。
馬の向きを変え、ベチは故郷へと走り出した。




