第二話 あなたでは相応しくない
「私、あなたとの婚約を解除したいの。」
ベチの言葉がギルド内に響き渡ると、冒険者たちの間に驚きが走った。
あの名高いベチが、まさかこの目立たない男に対して婚約解除を告げるとは、誰も予想していなかったからだ。
ナスィはその言葉に思わず立ち止まる。手に持っていたクエストの報酬が、重く感じられる。
「ベチ…」
ナスィは静かに、しかし確かにその名前を呼んだ。長い間、心の中で囁いていた名前を、ようやく声に出した。
ベチは少しだけ息をつき、ナスィを見つめる。その目には、わずかな迷いと冷徹な決意が交じっていた。
「どうして…?」ナスィが静かに尋ねる。その問いには、どこか困惑と切なさが滲み出ている。
ベチは冷たく言い放った。
「私は、ずっと悩んでたの。あなたとの婚約が本当に意味があるのかって。」ベチの声には、迷いを感じさせない冷徹な響きがあった。
「でも、気づいたの。私は、強い人が好きだから。エガワ様のような、私を守ってくれる強い人が、私にはふさわしい。」
ナスィはその言葉を黙って聞いていたが、心の中で何かがざわめいた。
「エガワ様は、私が所属するパーティーのリーダーで、大陸一の勇者よ。あの人の力には誰もが敬意を表している。」ベチは少し遠くを見つめるように言った。
ナスィはその言葉を胸に刻みながら、じっとベチを見つめる。その目には、ただ静かな悲しみが宿っていた。
「だから、ナスィ…あなたとは結婚できない」ベチは無感情に言い放った。彼女の口調には、もう少しも迷いが見えなかった。
その言葉に、ナスィの顔は変わらなかった。静かに彼女を見つめるばかりだ。
「私はエガワ様のような、強くて堂々とした男が、私にはふさわしいのよ。」ベチは冷笑を浮かべながら、ナスィを見下ろすように言い放った。
ギルド内の冒険者たちはそのやり取りを驚きの表情で見守り、何人かは耳を疑うような反応を見せた。
「ベチさんの婚約者が、ナスィだったなんて…」一人の冒険者が呟き、他の者たちも納得したように頷いた。
「でも、ベチさんがエガワ様を選んだのは分かる気がする。あのエガワ様って、大陸一の強さを持ってるって聞いたし…」別の冒険者が語る。
「ナスィって、あれほど何もない男じゃん。目立たないし、無口だし、クエストだって地味だし。」と、さらに誰かが続ける。
ベチはその反応に何の躊躇も見せず、続けた。
「だから、ナスィ、あなたとはもう終わりよ。もう私のことは忘れて。あなたがどれだけ努力しても、私が求めるものを持っていないんだから。」ベチの声は、冷たくて断固としたものだった。
ナスィは無言でその言葉を受け入れ、静かにその場を離れようとした。だが、ベチは少しだけ顔をしかめ、ほんのわずかな遅れで言葉を続けた。
「もうあなたには戻れない。これでお互いに前に進めるかもしれない。」
ナスィはその言葉を飲み込み、無言でその場を後にした。心の中で湧き上がる感情は、言葉にすることができなかった。
その背中を見送りながら、ギルド内の者たちはしばらく沈黙していた。どこかに驚きの表情を浮かべた者もいれば、無言でそのやり取りを見守る者もいた。