第十九話 ナスィって意外と人気?
朝の市場は活気に満ちていた。ナスィは久しぶりに村の中心部を歩きながら、隣を歩くレサーの横顔をちらりと見た。彼女は目を輝かせながら屋台を見渡し、時折、小さく歓声を上げる。
「ナスィさん、見てください!この果物、すごく甘そうです!」
「そうだな。試食してみるか?」
ナスィは果物売りの老人に頼み、小さく切られた果物をレサーに差し出した。彼女は遠慮がちに受け取り、一口かじると、目を見開いた。
「美味しい!甘くて、少し酸味もあって……これ、買いましょう!」
その無邪気な笑顔に、ナスィの胸がくすぐったくなる。最近、レサーと一緒に過ごす時間が増え、彼女の色々な表情を見る機会も増えていた。
「ナスィさん、どうかしました?」
「いや……楽しそうだなと思って。」
「もちろん楽しいです!だって、こうしてナスィさんと……その、のんびり買い物するの、初めてですし。」
レサーは少し頬を染め、視線をそらした。ナスィも妙に照れくさくなり、咳払いして誤魔化す。
市場を一通り歩いたあと、レサーがふと思い出したように言った。
「そういえば、今夜は村の小さな祭りがありますよね。ナスィさんも行きます?」
「祭りか……しばらく行ってなかったな。」
「じゃあ、今年は一緒に行きましょう!」
レサーはナスィの腕を軽く引っ張るようにして微笑む。その表情に断る理由などあるはずもなく、ナスィは静かに頷いた。
その後、ナスィとギルドの前を歩いていると、数人の子どもたちが駆け寄ってきた。
「ナスィ兄ちゃん!また剣の振り方教えてよ!」
「この前の魔物の話、もっと聞かせて!」
ナスィは少し困ったように笑いながらも、子どもたちの相手をしてやる。適当に木の枝を拾い、簡単な剣の構えを見せると、子どもたちは目を輝かせて真似をし始めた。
「ナスィ兄ちゃん、やっぱりすごい!」
レサーは少し離れたところでその様子を見守りながら、微笑ましく思っていた。村では目立たない存在だったナスィが、今では子どもたちに慕われ、憧れられている。
「……ナスィさんって、意外と人気者ですよね」
ふと呟くと、ナスィが少し照れたように肩をすくめた。
夜、祭りの広場には色とりどりの提灯が灯り、屋台の明かりが人々の笑顔を照らしていた。ナスィとレサーは並んで歩きながら、射的や屋台の食べ物を楽しんでいた。
「ナスィさん、あれ見てください!」
レサーが指さしたのは、川辺に並ぶ小さな灯篭だった。人々が願いを書いた灯篭をそっと川に流していく。
「私も願いごと、書いていいですか?」
「ああ、好きにするといい。」
レサーは真剣な顔で小さな紙に何かを書き、灯篭に結びつけた。
「何を書いたんだ?」
「……内緒です。」
そう言って微笑むレサーの横顔を見て、ナスィは改めて彼女のことを意識した。こんなふうに穏やかで、心が温まる時間を過ごせるのは久しぶりだった。
「ナスィさん。」
「ん?」
「これからも、こうして一緒にいられたら……って思います。」
レサーは照れくさそうに、しかししっかりとナスィを見つめていた。ナスィはしばらく彼女の言葉を反芻し、それから静かに頷いた。
「……ああ、そうだな。」
川に流れていく灯篭の光が、二人の間の空気を優しく照らしていた。