第十七話 二人の距離
ナスィとレサーが並んでギルドの丘を見下ろしたあの夜から、二人の距離は少しずつ縮まりつつあった。
ギルドに姿を見せるナスィは、どこか穏やかで余裕を感じさせる様子を見せるようになり、そんな彼を見るレサーの顔にも、自然と笑みがこぼれる日々が続いていた。
「おはようございます、ナスィさん!」
いつもより少し早めにギルドへ来たナスィを見て、レサーは笑顔で挨拶をした。
「おはよう、レサー。今日も元気そうだな。」
「ええ、ナスィさんの姿を見ると、それだけで元気が湧いてくるんですよ。」
その素直な言葉に、ナスィは少し顔を赤らめながら視線を逸らした。
「そ、そうか。それは……よかったな。」
周囲の冒険者たちは、二人のそんなやり取りを微笑ましく見守っていた。以前のナスィなら考えられなかった光景だ。
「さて、今日はどんな依頼があるんだ?」
ナスィはカウンターに身を寄せながら、掲示板に貼られた依頼書を眺めた。
「これなんてどうですか?」
レサーが勧めたのは、近隣の森で発生した魔物の調査依頼だった。
「危険度もそこまで高くないですし、村にも近いので安心かと。」
「そうだな、これなら一人でも問題ないだろう。」
ナスィは依頼書を手に取り、準備のためにギルドを後にした。その背中を見送りながら、レサーはふと手を握りしめた。
(ナスィさんが無事に戻ってきますように……)
依頼を終えたナスィがギルドに戻ってきたのは、夕方のことだった。鎧にはところどころ汚れがついていたが、表情はどこか満足げだった。
「おかえりなさい、ナスィさん!」
レサーはカウンターから駆け寄り、その顔を見上げた。
「ただいま。無事に終わったよ。少し魔物が増えていたが、そこまで手間はかからなかった。」
「本当によかったです。怪我もなさそうですね。」
レサーは安心したように微笑みながら、ナスィの肩の埃を払った。
「それより、腹が減ったな。どこかで飯でも食うか?」
「えっ……?」
突然の誘いに驚き、レサーは目を丸くした。
「いや、無理にとは言わないけど……どうだ?」
ナスィは少し照れたように言葉を続けた。
「いえ、ぜひご一緒させてください!」
ギルド近くの酒場で、二人はテーブルを囲んで向き合っていた。夕方の酒場は比較的空いており、二人だけの時間を楽しむにはちょうどよかった。
「ここ、普段は冒険者が多いけど、こんな時間だと静かなんですね。」
レサーは少し緊張した様子で周囲を見回した。
「ああ、俺もあまり来ないから、こんなに落ち着いてるのは知らなかった。」
二人は料理を分け合いながら、互いに他愛のない話を続けた。レサーはギルドでの小さな出来事や冒険者たちの噂話を語り、ナスィは依頼中の面白かった出来事を話した。
「でも、ナスィさんって本当に変わりましたよね。」
ふと、レサーがそう口にした。
「そうか? 自分ではあまりわからないけどな。」
「ええ、とても前向きになったと思います。以前は、何かを背負い込んでいるように見えましたけど……今はそうじゃない気がして。」
ナスィはその言葉を受け止め、少し考え込むように天井を見上げた。
「そうかもしれないな。でも、変われたのは、あの出来事があったからだ。」
「死の巣でのことですか?」
「ああ。あそこで自分の弱さと向き合って、ようやく振り切れた気がするんだ。これからは、誰かの期待に応えるためじゃなく、自分自身のために進もうと思う。」
ナスィの真剣な表情に、レサーは胸が熱くなった。
「それがナスィさんの強さなんですね。」
食事を終え、夜道を歩く二人。月明かりが足元を照らし、夜の空気は心地よく冷たかった。
「今日は楽しかったです。こんな風にナスィさんとゆっくり話せる日が来るなんて……思ってもみませんでした。」
レサーは頬を赤らめながら言った。
「俺もだ。レサーとこうして話すのは、悪くないな。」
その何気ない言葉に、レサーの心臓は大きく跳ねた。
「ナスィさん……」
「これからも、時々こうして一緒に飯を食おう。お前と話していると、不思議と気が楽になるんだ。」
ナスィの素直な言葉に、レサーは涙をこらえながら笑顔を返した。
「はい! 私もいつでもお供します!」
その夜、二人の間に確かに新しい絆が生まれた。ナスィの心に余裕が生まれ、レサーの想いが少しずつ報われ始めたことで、二人の関係は次第に特別なものへと変わっていく――。