第十三話 心配するわたし
ナスィが倒れた後、勇者たちは急いで周囲を警戒した。霧の中で響く魔物の咆哮は止んでおらず、ここがまだ危険な場所であることを示していた。
「マジア、あたりを結界で囲んで。休む暇はないけど、まずはこの場を安全にしないと。」
エガワが素早く指示を飛ばす。
「わかった。時間はかからない。」
マジアが杖を掲げ、低い声で呪文を唱える。淡い光が彼らを包み込み、霧の侵入を防ぐ結界が形成された。
リエレンはナスィの体を抱き起こしながら、その顔を見つめる。彼の額には冷たい汗が滲み、呼吸も浅い。
「ひどい傷だわ……このままじゃ危険かもしれない。」
「治療が必要だ。でも、ここでは限界がある。」
ベチが焦るように言葉を続ける。
「まずは一度引き返すべきだ。」
エガワがそう提案するが、リエレンは頑なに首を振った。
「彼をこんな場所に置いておくなんてできないわ。」
ナスィの意識は深い闇の中に漂っていた。目の前には霧が立ち込め、どこまでも続くような暗い道が広がっている。
(ここは……どこだ?)
彼がそう思った瞬間、霧の中から声が聞こえてきた。
「……ナスィ……」
その声は懐かしいものだった。振り返ると、そこに立っていたのは幼い頃のベチだった。無邪気に笑う彼女の姿が、一瞬だけ現れては霧の中に消える。
「ベチ……?」
ナスィは彼女を追いかけようと足を踏み出すが、次の瞬間、足元が崩れ落ち、底の見えない闇に飲み込まれていった。
その時、結界の外から一つの人影が近づいてきた。
「レサーさん?」
リエレンが驚いた声を上げる。
「ナスィは……! 無事なんですか?」
レサーは焦った表情を浮かべながら彼らに駆け寄った。その手にはナスィのことを案じるように握られた小さな薬瓶があった。
「なんでここまで来たんだ?」
エガワが驚きつつも問いかける。
「どうしても心配で……ナスィが無事か確認したかったんです。」
彼女の目には強い決意が宿っていた。レサーはナスィのそばに膝をつき、彼の顔を見つめると、小さく呟いた。
「本当に無茶をする人ですね……。」
彼女の手が震えながら薬瓶の栓を抜き、ナスィの唇にそっと触れる。
結界の外で、一行が気を緩めることなく警戒を続ける中、リエレンが弓を引き絞った。
「何か近づいてくる……!」
その声に全員が緊張を走らせる。結界越しに見える霧の向こう、赤く輝く瞳がいくつも揺らめいているのが確認できた。
「数が多いな……。今の俺たちの状態で対応できるか?」
エガワが険しい顔で呟く。
「ここで立ち止まるわけにはいかない。ナスィが命を懸けて開いた道だ。私たちも全力で応えないと。」
ベチが剣を構えながら言う。
「その通りね。逃げるわけにはいかない。」
リエレンも冷静な声で同意した。
「いいか、みんな。ここで踏ん張るぞ。結界の中にいるナスィとレサーを守りながら、全力で戦う!」
エガワの号令のもと、一行は戦闘態勢に入った。
ナスィは暗闇の中で夢と現実の狭間にいた。霧の中に見えたベチの姿、聞こえてきた言葉。それが真実なのか、ただの幻なのかは分からない。
(俺は……本当にここにいるべきなのか?)
その時、遠くから別の声が聞こえてきた。それはレサーの声だった。
「ナスィ……私はあなたを待っています。だから、どうか目を覚まして。」
その言葉に呼応するように、ナスィは深い闇の中から微かに光を見つけた。
(俺がここにいる理由……それを見つけるためにも、もう一度立ち上がらなければならない。)
次第に意識が戻り始めるナスィ。その瞬間、外の世界では激しい戦いが幕を開けようとしていた。