第一話 婚約解除します
ギルドの広間はいつも通り賑やかだった。
冒険者たちが集い、情報を交換し、次のクエストに向けて準備をしている。
だが、その中にひときわ目立たない男がいた。
「 ナスィ 」
彼はいつも他の冒険者たちと距離を置き、静かに自分の装備を確認しているだけだ。
長い剣と短い剣を携えたその姿は、どこか孤独を感じさせる。
ナスィはギルドで数々のクエストをこなしてきたが、誰も彼の名前を知らなかった。強さを示すことなく、無口で、目立たない。だからこそ、ギルドの受付嬢であるレサーを除いて、彼を知っている者はほとんどいなかった。
「ナスィさん、今日もクエストですか?」
レサーはナスィに声をかけた。彼女の目は優しく、彼を心配そうに見つめていた。
ナスィは軽く頷くと、無言でクエスト掲示板に向かう。
レサーはその後ろ姿を見守りながら、心の中で呟く。
「いつも一人で、孤独に戦って…でも、すごく強いんだよね。」
ナスィは、かつてあの騎士団の戦士として名を馳せた時代から、孤独を選んだ男だった。彼がなぜギルドに参加したのか、誰も知る者はない。
ただ、彼が何度も任務をこなし、そのたびに誰にも気づかれずに帰ってくることだけが、他の冒険者たちの記憶に残っていた。
その日のクエストもいつもと同じように静かに進んでいった。
ダンジョンの奥深くでモンスターを討伐し、また無言でギルドに帰還するナスィ。
クエストの報酬を受け取ると、彼はまたすぐにギルドを後にした。その姿を見送りながら、レサーはただ一人、ため息をついた。
「どうして、こんなに強いのに…もっと認められてもいいのに。」
レサーは心の中で呟く。ナスィがどれほどの実力を持っているのか、誰よりもよく知っているのは彼女だ。だが、ナスィはそれを一度も表に出すことはなかった。強さを証明することなく、ただ静かにクエストをこなす。そんな彼を、周囲はただの影のように扱っていた。
その日の夕方、ギルドの扉が開き、レサーは驚きの表情を浮かべた。
「えっ…?」
そこに現れたのは、ベチだった。
ベチは、ギルドの冒険者の中でも名の知れた戦士であり、数々の戦果を挙げてきた女性だ。その美しい顔立ちと強さから、多くの冒険者が彼女に憧れを抱いていた。
「ナスィはいますか?」
ベチは静かに、だがしっかりとした声で尋ねた。彼女の目は少し鋭く、どこか緊張感を漂わせている。
レサーは驚きながら答える。
「ナスィさんなら、ちょうどクエストを終えて帰ったところですが…」
ベチはその言葉に少し眉をひそめたが、すぐに冷静に話を続けた。
「わかりました、少し待ちます。」
ベチはそのままギルド内に入ってきて、ひときわ目を引く存在となった。
しばらくして、ナスィがギルドに戻ってきた。
クエストの報酬を手に持っていたが、その手を止めることなくベチの方を見つめる。
「ベチ…」
ナスィは静かに、しかし確かに呼んだ。
ベチはその声に振り向くと、わずかに視線を交わした。しばらく沈黙が続いた後、ベチはゆっくりと口を開く。
「ナスィ、久しぶりね。」
その言葉に、ナスィは少し驚いたように息を呑む。
ベチは続けた。
「私、勇者のパーティーに加わってから、ずっと忙しくて。あなたのことをほとんど忘れてしまっていた。でも、今日はどうしても話さなければならないことがあって…」
ナスィは少し戸惑いながらも、彼女の言葉をじっと聞いていた。
「私、あなたとの婚約を解除したいの。」