Root
この世界は変わってしまった。 かの詩人ウィリアム・シェイクスピアの作品の中にもこういった一文がある。「この世の関節が外れてしまった」と。 まさしく、今の世はこの一文の通りなのだろう。 本来ある秩序、理から大きく外れている。 どういうことかって? そうだな…今では、当たり前になってきている魔法が使えるという事が真っ先に浮かぶか。 それと、日本各地にのみ出現しているダンジョンもそうだ。 少なくとも十数年前までは、そういったファンタジーな物は、創作物の中での話だった。 それがどうだ。 いまや、それらを産業として利用している。 魔法は使える。 一部の人はだがな。 ダンジョンに入る為には新しく創設された冒険者協会に登録をしないといけない。 そこで登録をすると、どういうわけか、ゲームのようなステータスを与えられ、一般人と比べて強大な力を得ることが出来る。
かくいう俺も冒険者協会に登録してからステータスを与えられ日々ダンジョンに潜っている。
ダンジョンには、ダンジョンにしか取れない資源がある。 魔力が潤沢に含まれた鉱石―魔鉱石―。 出現する化け物を倒して体内から剥ぎ取る魔鉱石よりも魔力が多く含まれる魔石や、モンスターの死骸だ。 主にこの3つがダンジョン由来の資源だ。 魔鉱石と魔石は、原子力のように危険を伴わず、火力発電のように大気を汚さず、太陽光発電のように森林を切り拓く事もしない新たなエネルギー源となっている。 魔石とモンスターの死骸は、冒険者の武具に使われる。
そして、冒険者協会 愛知地区 名古屋支部に一人のハンターがいた。
「あら、齋藤さん!」
「おう、かなちゃん! 今日も元気いっぱいだねぇ!」
左右の腰にそれぞれ太刀と小太刀を一振りづつ佩いて、背中に人の背ほどある大太刀を二振り担いでいた。 服装は、今や珍しい和服姿。 防具等は付けておらず、見るからに軽装だ。 …携行する刀に目を瞑れば。
「相変わらず、防具は付けてくれないのですね」
「…悪いね。 あまり重いと、動きが鈍くなるもんで」
『え?』
冒険者協会の受け付けに立つ眼の前の『かなちゃん』とすぐ近くで書類を運ぶ職員が耳を疑うかのように聞き返しつつ、齋藤を見る。
((それだけの武器を持ち歩いていて何言ってるの?))
「なにか?」
「い、いえ! そっ、それより! 今日はどちらまで?」
「鶴舞ダンジョンにしようかなぁ」
「鶴舞ダンジョン…ですね~。 クエストは……無さそうですね」
「いいよ。 金稼ぎに来たんじゃないし」
「…ああ、いつものですか」
「あ、はは…」
ジト目で見られ苦笑するとため息をつかれた。
「そういえば、もう普通の会社は帰宅時間ですか。 お疲れ様です」
かなちゃんが時計を見ると、針は23時を指していた。
「今からダンジョンに潜るってのにお疲れ様はおかしい気がするけどねぇ」
「ふふっ。 そうですね。 あっ。 そういえば、みかちゃん、夕方に来た学生の子たちって戻って来た?」
「学生の子たち? そんなのいっぱいいたじゃない。 全員戻って来てるかなんて把握してないわよ。 でも、ちょっと待ってなさい。確認するわ」
みかちゃんと呼ばれた嬢が、奥の部屋に入って行った。 奥の部屋には、冒険者登録した者がダンジョンに潜っているか分かる魔導具が置いてある。
「なんだなんだ。 若い奴らが戻って来てないかもってか?」
「はい。 最近力をつけ始めていて、少し背伸びしてるかなって」
「イキってるガキ共か」
「…今日びイキってるなんて使わないですよ?」
ガチャっと奥の部屋からみかちゃんが戻って来ると、面倒くさそうに口を開いた。
「レオン君達のパーティが戻って来てないわ」
「ああ…じゃあ、中でそれらしいのを見たら帰るように言っておくよ」
「「お願いします」」
齋藤は、後ろ手に手をヒラヒラ降ると、冒険者協会をあとにする。
鶴舞ダンジョン。 鶴舞公園を正面出入口から進んだ所にある奏楽堂に出来た地下へ降りるための階段。 そこが鶴舞ダンジョンの入口だ。
― 鶴舞ダンジョン一階 ―
ギャッ! ギャッ!
ゴブリンの群れがひしめき合っている。
「相変わらず、鬱陶しい」
裏拳で後ろから、切りかかって来たゴブリンを殴り落とす。 左右から飛びかかるゴブリンに目を向けると、タイミングを見計らって上に跳ぶ。
「「ギャッッッ!」」
ゴブリンが正面衝突して事故っている所を逆手で左腰の太刀を抜いて付き下ろす。
着地と同時にその場で左に回転しつつ右腰の小太刀を逆手で抜き放つ。
最後までかかって来なかったゴブリンがナイフを手に持って忍び寄って来ていたのだ。
「遅いなぁ。 さて、下に降りるか」
そこから、何回かゴブリンの一団を斬り伏せて下に降りる階段を探す。
― 鶴舞ダンジョン五階 ―
四階までは、特に代わり映えせず、ゴブリンしかでない。それに強さも変わらない。 それもその筈。 ここは、冒険者の中では、初心者ダンジョンで有名だ。 駆け出しの頃はここで経験を積んで、小銭を稼ぐ。 運が良ければ、5〜7万円位は稼げる。 ただし、一人当たりゴブリンを100体以上倒さないといけない。 正直なところ、割に合わない。
キュビィィィ! キュビィィィ!
ダンジョン内にけたたましいアラート音が鳴り響く。
「っ!!」
懐から、丸い小型端末を取り出した。 音はそこから鳴っている。 小型端末は殆どがモニターで占められていて、ダンジョンのマップが表示されている。 端末上部の余白部分に三つの色分けされたランプがある。左から赤黄紫。赤は、ダンジョン内から救難信号が発せられたときに点く。 紫は、冒険者協会からの非常事態を示すランプだ。 黄色は、緊急時に近くの冒険者、若しくは冒険者協会の職員と通信する為のボタンになっている。
「こちら、齋藤ぉ! 救難信号の場所は!?」
すかさず、黄色のボタンを押して叫ぶように投げかけた。
『ビビッ…齋藤さん! 佐倉です!』
慌てたような女性の声が聞こえてきた。
「みかちゃんか! 状況を教えろ!」
『ビビッ…は、はい! 場所は、5階層最奥のボス部屋です!』
「ボス部屋ぁ? 5階層ならそんなに苦戦しんだろうよ。 なんだってそんな事に」
『ビビッ…要救難者は、件の学生さん冒険者達パーティです!』
「チッ! すぐ、向かう! 他の冒険者は!?」
ビビッビビ…ピー。
「クソッ、通信が不安定になっていやがる。 イレギュラーか!」
途中湧いて出てきたゴブリンを走り抜けながら斬り捨てる。 ボス部屋までの道筋は憶えている。 ただひたすらに足を動かし続ける。
ぐぅおおおおお!
巨体のゴブリンがボス部屋前の道の途中に降って湧いて来た。
「邪魔だ、ボケぇぇ!」
懐に一気に踏み込んで、柄に手をかける。 飛び上がって太刀を引き抜いた。 空中で反転して、もう片方の手でもう一振り刀を抜き放つ。
巨体のゴブリンの両肩が切り飛ばされた。
齋藤は、天井を足場に地面に向かって飛びかかる。 両手の刀を回転しながら振り下ろす。
巨体のゴブリンは、 登場するだけ登場して、なす術なく斬り伏せられた。
「木偶の坊が…!」
ゴブリンの血を振り払い、持参した血拭い用の紙で拭ってから鞘に収めてボス部屋に向かう。
― 鶴舞ダンジョン5階 ボス部屋前 ―
ボス部屋の扉は、閉まっていた。 その前にいくつかの冒険者パーティが集まって話し合っていた。
「状況は?」
近づいて声を掛けると、見知った顔があった。
「綾小路?」
名前を呼ぶと、痩躯の男性が驚いたように見返していた。 綾小路は、胸当て、肩パッド、腕甲。 脛当てと、極々一般的に軽装と呼ばれる装備で来ていた。 武器は…
「おいおい。 ダンジョンに銃器類は不向きなんじゃないかい?」
「おお! 齋藤! 久しぶりだな! 元気そうじゃないか!」
低く、重みのある声で答えたのは、綾小路 健吾。 元陸上自衛隊で隊長を務めたこともある歴戦の猛者だ。 しかも実家は、古流武術の道場を開く一家だ。 そこの三男らしい。 そこでは、剣術、合気道、徒手格闘等、多種多様の武術を教えている。 元自衛隊故か、両脇に拳銃のホルスター。腰には、コンバットナイフを二本差していた。
「なぁに。 このダンジョンでは、コレくらいで十分だ」
「相変わらず、脳筋かよ」
「そう言うお前だって、そんなに刀差してそんなに使わんだろう?」
「うっせ。 使うから、持ち歩いてんだろうが」
「かっかっか!」
「で、状況は?」
「良くは無いな。 あいつ等何を考えたかボス部屋の扉を閉じて挑んで行きやがったみたいだ」
ダンジョンボスは、扉で閉じられた部屋の先に待ち構えている。 そして、その強さは、ここまでのモンスターの比ではないくらいに強い。 それ故に複数のパーティで挑み、戦力不足と感じた場合増援を入れるためにも扉は開け放った状態で入るのがマナーとなっている。 どうしてそんなマナーができたのかというと、見ての通り扉を閉じてボス挑むと、どちらかが敗れるまで扉は固く閉ざされ、開けることができない。
「それにほら。 見てみな」
綾小路の指した先には複数人がタブレット端末で動画を見ていた。
「動画?テレビか?」
「馬鹿か? 今や、ダンジョンでの狩りをリアルタイムで配信する動画配信者がいるんだよ。 中の奴らもそれさ。 しかも、なんだか知らんが、若い連中には人気らしい」
「へぇ~」
遠目で覗き見ていると、画面を横切るように文字が流れていく。
【ああ! あのくそガキ!ミソラちゃんに守られておきながらどうしてっ!】
【おいおい! やべぇって! 援軍は!?】
【入ってコレねぇよ! このくそガキよりによって経験値を独り占めしたいのか知らんが閉じて挑みやがった!】
【はぁ!? 馬ッ鹿じゃねぇの!?】
【ド阿呆だよ! ミソラちゃんも怪我して動け無さそうだし、マイちゃんも、ミソラちゃんの治療で動けない。 アカネちゃんもボスの周りのモブからミソラちゃんとマイちゃんを守るので精一杯だ。 ああ!神様! あの三人だけでも助けてやってください!】
どうやら、中のド阿呆共は四人という少人数で挑み、しかも扉も締めて行ったと。 まぁ、流れる言葉を見る限りじゃぁ扉を閉めたのは黒一点のガキらしい。
「ん? おい! ちょっと見せてくれ!」
今の、見覚えがある。 倒れている女の子だ。
「おい、この怪我してる娘ぇ、名前は?」
タブレット端末を持っていた少年に聞いた
「倒れている女の子? マイちゃんだよ。 大手のダンジョンライバー事務所の子だよ」
「ダンジョンライバー?ってのは知らんがマイって名前なのか?」
「うん。 あ。でも、本名は分からないっすよ」
「どういう事だ?」
「どういう事って、ほら、アイドルとか、有名人って芸名名乗ってる人がいるじゃないですか。それと一緒ですよ」
「なるほどな」
「でも、どうしてこの子を?」
「他人の空似じゃなければ、知り合いの娘だ。ギルド支部。聞こえるか?」
齋藤は、小型端末の黄色のボタンを押しながら通信を試みた。
『ビビッ……こち……』
「あ! 今一瞬敵が映ったぞ! コボルトだ」
「チッ!通信は駄目か! っておい! コボルトだと? 綾小路!! この階層のボスってコボルトキングだったか!?」
「いや、違う。 ゴブリンエンペラーだった筈だ。 だが、強さ的には、ゴブリンもコボルトもそう対して変わらんだろ」
「きなくせぇ」
「だな。 俺達だけで、突入するか?」
「だが、あの扉はどうする? 誰か、槌使いか破城槌持ってる奴はいるのか?」
「…いないな」
手詰まり。 扉が空いていればと思うが、しまっているものは仕方がない。 解せないのは、たかがコボルトの一団に負けるようには見えない中のパーティが、苦戦してるって所だ。 それに、配信画面が固定化しているのにも違和感がある。 ちょろっと、他の配信者の物を見せて貰ったが、配信画面はどちらかというと斜め上から見下ろす様な形のものだった。それに、一人を起点に動いていた。 それが、地面に横たわる様な形で中の様子が映されていて、一向に動く感じがない。
(マイちゃんだっけ? その子が倒れているからか? それともドローンかなんかで撮影していて、それが落ちたか? どっちにしろ、コレじゃ情報が足りん)
《こ、のォ…クソトカゲがァァァ! 死ぃねぇぇぇ!》
「「「っ!?」」」
画面から中で戦っているパーティの画面には映っていない子の声が聞こえてきた。
「おい、今なんて言った?」
「クソトカゲって」
「まさか…竜種がいるのか?」
「ああ…俺達じゃ無理だ! コイツらは、諦めよう! 自業自得じゃないか! 自分達の利益のために、マナー守らず扉を締め切ってさ!」
「そうだそうだ!」
集まった冒険者の数人。 いや複数のパーティからそういった言葉が出始め、帰ろうとする者までいる。
「そりゃ、そうだわな。 なんせ、コレはこいつ等が悪い。 扉を開けて挑んでいれば、俺達は援護に入れた。 仮に、竜種がいたとしても、尻尾巻いて逃げて、扉を閉めておしまい」
ダンジョンボスのエリアの扉を開けておくマナーには、もう一つ、役割というか、意味がある。 それは、逃げる際に扉を閉じれば、中のボス含めモンスターが追ってこなくなる。 だが、それは、扉が扉としての機能をしていればだ。 仮に、今回みたいに扉が閉じられていて、無理矢理こじ開けたとしよう。 扉は、恐らく壊すしか無い。 中の冒険者を助け、逃げる際に魔法で塞ぐなり、壁を崩すなりしても意味をなさない。 モンスターは道なりに地上へと目指し、名古屋の地を戦場と化すだろう。
「…綾小路。 中の子供ら数人と名古屋に住まう住人。 救うならどっちだ?」
「愚問だな。 どちらかしか選べないなら、名古屋に住まう住人達だ。 だが…そんな考えは「糞食らえだ!」」
「やるか?」
「当たり前だろう? お前達。 無理強いするつもりは無いが、ちょっと、手を貸してくれ。 俺達二人じゃ中の子らを運び出せない」
「正気か!?」
「そもそも、扉はどうすんだよ!」
「こいつで斬る」
齋藤は、背中に背負った大太刀のうち一振りを抜いた。
「馬鹿か!? そんなんで斬れ…る……魔剣、なのか?」
「おおよ。 暴れ馬だが、この扉ぁ切り裂くには十分だ。 どうする? 手伝うか、尻尾巻いて逃げるか。 逃げたとしても責めはしねぇよ」
「勝てるのか?」
「…分からん。 だが、やらない後悔よりやっての後悔だ。 ギルド聞こえるか?」
『ガガガッ』
「まぁいい。 聞こえてたら、住人に避難命令をだしてくれ。 俺は、一人でも中に突入する。 悠長に話し合っていたら、助けれる命すら助けられなくなっちまう。 それと、もしかしたらそっちでも確認してるかもしれんが、竜種がいるかも知れねぇ。 高ランク冒険者の派遣を要請をしてくれ。 大至急だ!」
通信を切り、小型端末を懐にしまう。
大太刀を握る手に力が入る。
扉の前に立ち、深く深呼吸をする。
「すぅ~…はぁ~。 《我、生を望むもの也。 我、血潮望むもの也。 我、戦乱望むもの也。 我、死地を求め死を振り撒くもの也。 生を望み死を招く狂人。 戦乱に生き、戦火の焔を振るう者也!》」
「詠唱? 齋藤…お前、魔法は使えんって言って無かったか?」
「はっ! そんなんじゃねぇよ。 ちと訳アリの魔剣でなぁ。 今、封を開けただけだ。 いいかぁお前ら。 俺が扉ぁ斬ったら突入しろ。その後、即時撤退だぁ」
「あいわかった!」
残った冒険者は齋藤、綾小路と、あと二人。 どちらもまだ若い。 まだ、社会人1年目かそこらだろう。
ここで死なすには少し若すぎる。
綾小路と視線を交わして、意思疎通を図る。
綾小路は、頷くと突入準備を整える。
「行くぞ…」
グッと、刀を握る手に力を入れると、刀身に黒い焔が覆う。
「ぅおおおお!」
一足で扉に詰めて、縦一文字に刀を振るう。 黒い焔が綺麗な弧を描き、それから一瞬置いて、扉に銀閃が奔る。
ドバァァァアン!
扉が粉砕された。
「今だ! 突入ぅぅ!」
綾小路が叫びながら、ボス部屋に走り抜けて行く。 それに続いて、名前も聞きそびれた若い冒険者が入って行く。
「はぁ…はぁ。 クソッ!」
齋藤は、刀を取り落とした。 手が血まみれになり、震えて力が入らない。
「とにかく、中へ……」
―――――――――――――
ガォン!
「グッ! おい! 支援しろよ! 何やってんだよ!?」
盾を構えた少年がコボルトの攻撃を受け、大きくよろける。
「無茶言わないでよ! 誰のせいでマイちゃんがこんな事になってると思ってるの!?」
「うるせぇ!! いいから、さっさと補助魔法掛けろよ! サポーターだろ!?」
「ああ、もう! 《フィジカルエンチャント!》 これで、良いんでしょ!?」
「ああ!? コレくらい言われんでもやれよな! とろくせぇ」
悪態をつく少年冒険者は、補助魔法を受け身体能力がました事を確認すると、無謀にもコボルトの奥にいる、鎮座した黒き竜に突撃して行った。
「あ、馬鹿! 先に周りのコボルトから倒してよ! せっかく、大人しくしてるのにわざわざちょっかいかける馬鹿がいる!?」
一人、倒れたマイとマイを治療するサポーターをコボルトから守る少女ミソラが突撃して行った少年に吠えた。
「ぐぁぁああ!」
案の定、少年は黒き竜の鼻息一つで、吹き飛ばされた。
「ほら見ろ! 言わんこっちゃない! アカネ!そんなヤツ治療しなくて良いよ! とにかく、時間を稼ごう」
「ミソラちゃん…。 時間を稼ぐったって、扉は…」
「…分かってる。 でも、誰かが壊してでも助けに来てくれることを祈るしかない」
「そうだね…」
「おぉい!! 喋ってねぇで、テメェらもなんとかしろぉ!」
ドォン!
「サトル!! ああもう! 世話が焼ける!」
ミソラが、コボルトに殴り飛ばされ気を失った少年冒険者―サトル―を助けに行く。
「グゥぅ! 痛ぇなぁ! クソがぁ! テメェもさっさと助けに来いよ!」
「自分が弱いのを棚に上げて人に当たらないでくれる!?」
「うるせぇ!! もういい! 俺は、帰る!」
「はぁ!? 帰るって何よ! 扉は、アンタが閉めて帰り道が塞がってるじゃない!」
「クククッ。 まさか、お前らは持ってきてないのか! この、帰還アイテムを!」
サトルは、白い大きな羽を取り出した。 『帰還の尾羽根』と呼ばれる即時帰還アイテムだ。 これを掲げることで手に持っている人をダンジョン入口まで強制転移させる。
「なっ!? 私達を見捨てるつもり!?」
「はっ! 死ぬよりマシだ! あばよ、生きて出てこれるならまた会おうぜ!」
「サトル!!」
サトルが『帰還の尾羽根』を掲げた瞬間、コボルトがサトルの腕を食い千切っていった。
「うゎあああああ! 腕がぁ…俺の腕ぇぇ!!」
「くっ! 引っ込んでて!」
ミソラが、飛びかかって来そうなコボルトを蹴り飛ばす。 蹲ったサトルに斬りかかろうとしているコボルトが視界に入って、直ぐに、そちらを向いて、タックルをかます。 押し倒したコボルトの喉元にナイフを突き立てた。 ナイフを引き抜き、血が吹き出す。 何度も突き刺し、絶命したのを確認すると、起き上がり、顔についた血を腕で拭い、ナイフを振り下ろして血を払う。
「ぜぇ…ぜぇ…。 サトル、アンタが死のうが知ったこっちゃない。 だけど、自分がしでかした事態だよ。 責任持ってなんとかしてよ! 一人だけで逃げようとすんなよ!!」
「う、うるさい! 俺は、こんなとこで死んでいい人間じゃないんだよ! お前らみたいに顔だけで生きてる底辺の奴らとは違うんだよ!」
「っ!? 言い残すのはそれだけ…?」
「は? ぶへっ!」
ミソラがサトルを殴り飛ばし、後ろ首を掴んでアカネのいる方向に投げる。 仲間達の前に立ってナイフをもう一つ取り出し構える。
周りを取り囲むコボルトに意識を向けて、出方を伺っていると、スンッ…と小さな音が後ろ聞こえ、振り向くと扉に縦一文字に線が入って次の瞬間扉が爆散した。 土煙が舞い突風が吹き荒れる。
「なっ…ぁ…え!? ぁ…そっか、やっと、来てくれたんだ」
「ボサッとしてんじゃねぇ!」
「え?」
安堵して気を抜いてしまってしまったミソラの後ろには、大きな口を開けて、今にも喰らいつこうとするコボルトがいた。
ミソラは、目を見開き、避けることも、助けも間に合わないと悟り、目をギュッと瞑る。
「諦めんじゃねぇぇ!」
「ぇ…?」
両手から血を流した男が大きく手を広げ、その身を盾にして立っていた。
「おじ、さん?」
「マナちゃん!? 良かった、目が覚めて! 立てる!? 助けが…助けが来たんだよ!!」
「あの、ゴリラ女ぁ…。 テメェら! 勝手に救難信号だしたのか!?」
「るっさい! この状況見てよ! 現実見てよ!! 私達じゃなんにもできなかった!」
「落ち着け嬢ちゃん。 そっちの君も。 まだ、ボス部屋の中だ。 気を抜いて良い状況じゃない」
綾小路は、冷や汗を流して声が震えないように気を付けて子供らを宥める。
「誰だオッサン!」
「君達を助けに来た、冒険者だ。 救難信号を受け取って来たんだよ。……齋藤ォ!」
「あぁ!?」
「要救助者4名生存確認! 即時撤退を提案する!!」
「…何で俺に言うんだよ! そういうのはお前の性分だろ!?」
「救助隊のリーダーはお前だ。 お前が突入を決め、俺等はそれに付いてきた」
「チッ! 各自、一人担いで撤退だ! 綾小路ぃ!お前は、二人担いでいけ!」
「構わねぇが…お前は? いや、愚問だったな」
「すまねぇな。あとは、頼んだ」
「…あいよ」
「離せよッオッサン! おいゴラッ! 人の獲物を横取りすんじゃゴフッ」
「黙ってろ」
綾小路は、サトルの腹に一発拳を入れて黙らす。
齋藤は、足元で座り込んだミソラに目を向ける。
「ご、ごめんなさい。 安心したら腰が…」
「はぁ…。綾小路、受け取れ」
「へっ? え…? ちょぉぉぉ!? 女の子を投げんなァァァ」
齋藤は、ミソラの両脇に手を入れると、持ち上げて綾小路の方に向かって放り投げる。
「とっとと…。 大丈夫か嬢ちゃん。 悪いな、ああいうやつなんだ」
「だ、大丈夫です。 ありがとございます…」
綾小路は、そのまま、ミソラを右肩に担ぎ、サトルを左脇に抱える。
「綾小路。アレ、持ってきてるんだろ? 崩しながら帰れよ」
「……必ず」
「あ?」
「必ず、迎えに来る! だから、それまで死ぬんじゃねぇぞ!!」
「はっ! 誰に言ってる? 生き汚さに定評のある俺だぜ? おら、行け! あっコレも持って行け!」
齋藤は、首飾りを引き千切り綾小路に投げ渡す。 肩に担がれていたマナの手にすっぽり収まる。
「待って…! おじさん、だよね?」
「…マイちゃんだっけ? 行きなさい。 そいつ等と一緒なら大丈夫だ」
「待って…お願い……待ってよ! おじさん! ここで死ぬつもりでしょ!? おじさん!!」
若い冒険者に担がれて、必死に手を伸ばすマナ。 暴れるのを必死に押さえられて無理矢理ボス部屋から出て行かされる。
齋藤は、出入口を塞ぐように立つ。
「待ってくれてありがとうよ。 いったいどんな思惑があんのか知らんが、助かった。 礼代わりといっちゃぁなんだが、全力でお相手させてもらおう! だが、もうちっとだけ待ってくれねぇ?」
齋藤は、黒き竜にそう言うと、竜は、尻尾を地面に叩きつける。 すると、齋藤を囲んでいたコボルト達が後ろに引いていった。
「すまねぇな」
齋藤は、竜達に背を向け、居合の構えを取る。
シャァァァァン!
出入口の周りの壁を切り崩し、出入口を塞いだ。 その後、なにかを探すように、歩き回る。
「お? あったあった」
瓦礫に埋もれたレンズを見つけ、瓦礫を退かすと今、この瞬間を映し流している配信機材のドローンを引っ張り出す。 上に放ると、飛び上がる。
「俺の機材じゃないかなコメント類は読めねぇが、遺言を残すくらいは許してくれ。 綾小路、いい忘れていた。 マナを頼んだ。 そいつは、複雑な家庭事情でなぁ。 後見人になってやってくれ。 それと、これを見ている全員に。 すまねぇ。 俺は、ボス部屋の扉を壊し、ガキ共を救出した。 お察しの通り、ボスは健在だ。 何故だか、今は襲って来るのを待ってくれている。 今から、俺はボスとその周りにいるヤツ等を倒す。 だが、多勢に無勢。 恐らく、一方的な蹂躙になるだろう。 それでも…俺は、戦わなくちゃならねぇ。 俺が、死ねばこいつ等は地上を目指す。 そうなれば、どうなるか分かるだろう? 今から、起こることを教訓に同じ事を繰り返さないようにしてくれ。 お前達の無事を祈る」
言い終わると、ドローンは高く飛び上がり、ボス部屋を俯瞰するように見下ろし滞空する。
「言い残す事はもうない…。 この命、尽き果てるその時までっ! 一匹たりともここを出さん! 行くぞ? クソトカゲ共ォォ!」
合図も名乗り上げもない、不意打ちのようにコボルトに斬りかかる。
――――――――
眼前には、肉厚の剣を持ったコボルトと何も持っていないコボルト。 その後ろに弓を構えたコボルトがいる。 眼前だけじゃない。 齋藤を取り囲むように配置されている。
飛びかかったはいいが、倒せたのは一匹だけ。
「オラ、どうしたぁ? 相手は手負い一人だけだぞ?」
挑発すると、乗って来た素手のコボルトが飛びかかって来る。
「ふっ!」
横をくぐり抜けながら太刀を滑らせて、胴を断ち切る。
「オラァ! どうしたどうしたァ! かかってこいやァ!」
齋藤の気迫に呑まれたコボルトは、後退る。
齋藤は、小太刀を逆手に持ち、右手を引き太刀を横に構える。
「フッ!!」
一足で飛び、弓を番えていたコボルトの喉元に太刀を突き刺した。 そのまま、横に薙いで、コボルトを払い落とすと、他の弓持ちのコボルトが弓を放っていた。
キン!
左手に持つ小太刀で払い落ととし、 弓持ちのコボルトに向かう。 途中にいる剣持ちと素手のコボルトの間をすり抜けながらすり抜けていく。 通過して行く度に、血飛沫が飛びコボルトの体がずり落ちていく。
弓持ちのコボルトの所まで辿り着いた頃には、矢をつがえ終わっていた。 ヒュンッと矢が放たれ、齋藤は体を捻り、紙一重で避け、捻った勢いのまま飛び上がり、斜め上から小太刀と太刀を切り下ろした。
「ぜぇ…ぜぇ…」
チッ! 息が上がってる。 手にも力が入らなくなって来てやがる。
今、どれくらい経った? あいつ等は、脱出できたか? 増援は? いや、道を崩しながら撤退してるはずだ。 増援は送れねぇだろうな。
小太刀と太刀に目をやると、刃毀れがひどくもう、使えない。
コボルトの数は減ってきたが、まだいるな。 こんちくしょうめ!
一瞬、気が抜けた所で矢が飛んで来た。 小太刀で切り払うと鏃に当たってしまいキンッ!と刀身が折れた。 幸い、矢は逸れてくれた。
「チッ。 折れたか。 まぁいい」
折れた小太刀を投げ捨て、もう一振りの小太刀を抜く。 横から斧を持ったコボルトが振り下ろしてきた。 右手の太刀を横合いから当て斧を逸らすと、太刀も折れてしまう。 折れた太刀の先をコボルトの肩に突き刺した。 大きく腕を振るって暴れるコボルトの腕を掻い潜り、喉元を小太刀で掻っ切る。
トスッ!
「くっ!」
矢が左の肩に突き刺さっていた。
弓持ちがまだいたのか! しくった!
「チッ! 左腕が上がんねぇ。 だが…それがどうしたァァ! まだ、右手がある! 刀もまだあるぞォゴラァ!」
右手で腰に差してある太刀を逆手で抜き、回して順手で握る。
左腕は、上がらないが小太刀を握る手に力はまだ入っている。
体を沈め、足に力を込める。
ドンッと地面を蹴り、飛んで来る矢をジグザグに走ることによって避け、近くにいるコボルトを次々と一刀に切り捨てて行く。 体を回して、遠心力で上がった左腕。 小太刀で弓持ちのコボルトを切り裂き、後ろから迫ってきたいたコボルトに太刀を突き刺す。
「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ。 どうだ…クソトカゲ。 テメェの下っ端共は全て斬ったぞ!」
左腕をダランと下ろし、右手に持つ太刀を黒き竜に突き出す。
フッと口を綻ばせた黒き竜は、今まで我観せず座り込んでいたが、ようやく、立ち上がった。
「ようやく、こっちに興味が向いたか?」
「グァアアアアアアアアア!!」
「グッ!」
黒き竜が吠えただけで、体が吹き飛ばされた。
「カハッ!」
壁に激突し、体が壁にめり込む。 左腕の感覚は失い、右手の太刀も取り落としてしまった。
右手で壁を押し、体をなんとか、押し出した。 体は、地面に落ちる。
「クソッ! こんなとこで、死んでたまるかよ!」
最後の一振り。 背中の大太刀を背負う紐を解き、濃い口を切って、柄を握り込む。 そして、引き抜きながら、黒き竜に立ち向かう。
「ぅオラァ!」
横薙ぎ。 黒き竜の足の関節を狙った。
キャイィン!
「なっ!?」
弾かれた。
どんな外殻してんだよ!
「硬ぇなぁおい! ブッ!」
足蹴にされ、飛ばされる。 何度も、地面を飛び跳ね、瓦礫の塊に体を打ち付ける。
「ガッ!」
クソッ! 意識が…
――――――――――――――――
冒険者ギルド 名古屋支部
ギルド内は、職員が右から左へ、上から下へと慌ただしく動いていた。
こんなにも、職員がいたのかと思う程沢山の職員がいる。
受け付けから覗ける限り、奥の部屋では普段は、席が埋まる時等見たことないが、今日は席が埋まり、全員が電話の受話器を手に何処かに連絡を取っていた。
「ああ!? 巫山戯ないでくださいよ! うちの冒険者が命がけで…自分の命を犠牲に時間を稼いでんだ! あんたらみたいに、ただ椅子に座ってるだけの置物じゃねぇんだよ! いいから、Sランク冒険者を派遣してくださいよ! 彼が、彼の命が尽きた時が名古屋が終わると言っても過言じゃないですよ! そうならないためにも!お願いしますよ!」
怒鳴る声が、受け付けの外にまで聞こえた。
バンッ! と扉が開け放たれた。
ドカドカと、受け付けの方へ歩いていく男。 それと、その男に襟首掴まれ引きずられている左頬がパンパンに腫れ上がった少年。
男は、今にも人を殺しそうな剣幕で受け付け窓口に歩いていく。 その剣幕に、周りの冒険者は自然と道を開けた。
「かなちゃん。 ギルマス呼んでくれ」
「へぁっ!? は、はい!」
かなは、慌てて立ち上がって奥の部屋に入って行った。
「いい加減離せよオッサン!」
「……」
ドガァァァン!
少年の体に男―綾小路―の蹴りが炸裂する。 少年は、テーブルを巻き込みながら蹴り飛ばされ、壁に背中を打ち付ける。
「かはっ! ケホケホッ…。 テメェ! がはッ!」
綾小路は、少年の胸を踏む。 そして、拳銃を抜き、銃口を向ける。
「何事だ!! 健吾!足、それと銃下ろせ」
「史郎さん。 おい、クソガキ。 テメェのやったことを話せ」
綾小路は、史郎の言われた通り、少年から足をどかし、銃を下ろした。
「ああ!? なんでテメェの〈パァン!〉」
綾小路が、少年の耳を掠めるギリギリの位置に発砲する。
「健吾!」
「史郎さん。 いえ、ギルマス。 コイツは、やっちゃならねぇ事をしてんだよ。 さぁ、言え!! 次は、当てるぞ!」
「誰が!〈パァン!〉あぁああああ!」
綾小路は、再び発砲した。 今度は、右耳を撃ち抜いた。
「次は、左だ。 話せ」
「健吾! やり過ぎだ!」
史郎が綾小路の肩に手を置き、止めさせようとする。
「…話せよクソガキ」
「…こ、と〈パァン!〉いァァァァァあ!」
「健吾ォ!」
綾小路は、ため息を付いて、小瓶をポケットから取り出すと上部を親指で折る。 そして、中に入っていた液体を少年に撒く。 すると、少年の両耳に開いた銃痕が塞がった。
「お前…そんな高価なもん」
「まだ、予備はあります。 史郎さん、俺は悔しいです。 目の前の脅威にコレの事を失念していた。 コイツをアイツに渡していればと…だけど、今となっちゃ強ち良かったのかもしれない。 なぁ…クソガキ。 お前…あと何発耐えられる? なぁ、安心しろよ? 脳天ぶち抜こうが、15秒以内にコイツをかければ死なねぇ。痛みは感じるし、しばらくは残るらしいがな」
「カチカチッ」
少年は、顔を青ざめさせ、歯を鳴らす。
「分かったなら話せよ。 こっちも暇じゃねぇんだよ。 アイツを助けるために動かなくちゃなんねぇんだよ」
「ぼ、ボスを倒したあと…ボスの魔石にありったけの魔力を流した」
「…はぁ!?」
史郎は、それを聞いた瞬間、怒気が露わになる。 そして、少年の胸ぐらを掴み上げる。
「君…何をしたのか理解してるのか?」
「……」
「そうか。 理解して、やったんだな。 誰か、警察に連絡を。 国家転覆を企てた大罪人を現行犯で取り押さえたと伝えてくれ。 あと、この子を縛り上げて、空き部屋に放り込んでおけ」
「は、はい!」
受け付け嬢の一人が電話をかけ始めた。
男性職員が、少年の腕を後ろに回し、手首と親指を紐で縛り上げる。足首も縛り、担ぎ上げて運ぶ。
「健吾、家の方に連絡は?」
「もう、入れた。 討伐隊を組んでくれるらしいが、時間がかかる」
「だろうな。 にしても、やってくれたな」
「ああ。 どうやら、配信者の中では結構やってる事らしい。 経験値がうまいんだとよ」
「そんな事の為に?」
「らしいぞ。 自分達で対処出来るなら問題無いが、出来ない敵が来た時にどうするつもりだったんだろうな」
「はぁ…。 頭が痛いな」
「まったくだ」
ダンジョン内で多くの魔力が集まる場所がボス部屋だ。 ボス部屋に辿り着くまでの道中で、モンスターを多く倒す事でボス部屋の魔力が薄くなっていく。 ボスの強さは、変わらないが、魔力が濃い時と薄い時で、攻撃の通りやすさが変わる。 濃い時は、魔法攻撃も、物理攻撃も薄い見えない壁みたいなのに威力を削がれる。 ボスを倒すと、入口からボス部屋までの階層の魔力がボス部屋に集約されていき、一定量集まるとボスが復活する。 もし、そこに高純度の魔力体である魔石があると、ダンジョンの魔力がその魔石に集まっていき、通常のボスより強力なモンスターが現れる。 その為、冒険者の持つ魔石を入れる袋には魔力遮断の魔法が付与されている。
「たしかに、ダンジョンが、確認されてから、効率の良い経験値稼ぎだと行われてきていたが…まさか、ボスの魔石でそれを行うとか」
「馬鹿通り越して、阿呆だ」
「それで、今回でてきたのは…黒龍と」
「いや、黒龍じゃ無いな。 アレは、そんな生易しいもんじゃ無い。 なぁ、史郎さん。 アンタ、魔力は見れるかい?」
「魔法職じゃないからなぁ…」
「俺もだよ。 だけど…アイツ、あの竜は…魔力を纏っていた。 それが分かるくらい濃密で膨大な魔力だ。 それを、外殻として身に纏ってんだぜ?」
「本当かい? それは…非常にまずいな」
「お偉いさん方が、どう判断を下すか分からんが、恐らく、アレ使うんだろうな」
「それまでに彼を助け出さないとか。 住民の避難は進めているけど…アレを使われると…」
「ああ。 タイムリミットは、3日って所か」
「でも、彼もそこまで時間は…」
「無理だろうな。 だから、史郎さん。 ギルマス、頼む!! アンタのコネを使って高ランク冒険者を集めてくれ! アイツを助けてくれ!!」
【綾小路、いい忘れていた。 マナを頼んだ。 そいつは、複雑な家庭事情でなぁ。 後見人になってやってくれ】
「!? 齋藤!?」
避難せず、ギルドに待機している冒険者がタブレットで、配信を流していた。
【今から、俺はボスとその周りにいるヤツ等を倒す。 だが、多勢に無勢。 恐らく、一方的な蹂躙になるだろう。 それでも…俺は、戦わなくちゃならねぇ】
【今から、起こることを教訓に同じ事を繰り返さないようにしてくれ。 お前達の無事を祈る】
「…ギルドにいる全冒険者に告ぐ!! 戦の準備だ!! 具足を持て! ありったけ回復薬、武器弾薬をギルドから提供する! 己が命を犠牲にしようとしてる大馬鹿野郎、助けに行くぞ!!」
「「「「「「おお!」」」」」」
「ギルマスッ!! 政府から通達が! 『鶴舞ダンジョン周辺に住民がいないことを確認した。 《メギド》を発射する為、立ち入りを禁ずる』との事です!」
「はあ!? 早すぎる! 政府の馬鹿共は何を考えている!」
直後、とてつもない衝撃がギルドを襲った。
――――――――――――
目を覚ますと、そこは、火の海に包まれた鶴舞公園だった。
「グッ! どういう事だ? なんで外に…」
痛む体に鞭打って立ち上がると、殺気を感じた。 横に転がると同時に発砲音と、今まで立ってた所に銃痕が出来た。
「は!? どうなってんだよ!」
バァウ!!
「チッ! コボルトもいやがんのかよ!!」
大口開けて飛びかかって来たコボルトの顎を蹴り上げる。 コボルトは、口を無理矢理閉じさせられて、舌を自らの歯で噛み切った。
齋藤は、落ちてくるコボルトを大太刀でなぎ捨てる。
「おいおい! どこの地獄だ、ここは!?」
火に包まれたコボルトが、避難し遅れた人達を啄んでいる。 そして、黒装束の集団が、食事に夢中のコボルトに銃弾を浴びせる。
ダダダダダッ!
再び、殺気を感じ首を横に傾けると、ナイフがそこを通過する。
「どういうつもりだ? 俺は、モンスターじゃ無いぞ?」
「…」
振り向くと、黒装束の一人がナイフを振るって来た。
大太刀でナイフを防いでいると、不意に腹を蹴られた。
「グッ。 っやろ!」
黒装束は、飛び上がり、体を回しながら踵を振り下ろしてきた。
防御も間に合わず、脳天に直撃して地面に叩きつけられる。
「クソッ!」
視線を上に上げるとナイフを逆手に振り下ろそうとする黒装束が見えた。
体を横に転がし、ナイフを避けると、黒装束の首に足を絡ませ、投げ落とす。 黒装束の首が折れ曲がり、ピクリともしなくなった。
「やべっ!? やり過ぎたか?」
ピクッと動いた黒装束に安堵しているとナニかが黒装束を掻っ攫って行った。 齋藤は、嫌な予感がしたため後ろに飛んで避けたが、避けていなければ、黒装束と同じ結末を送っていたことだろう。 黒装束を掻っ攫ったのは、黒き竜だった。 空中で黒装束を放り捨て、空中で噛み砕いた。 口から血をボタボタと垂らし、上空をグルグルと飛び回る。
「アイツ…。っ!? 止めろっ! 倒さねぇといけねぇヤツは他に居るだろう!?」
他の黒装束が、ロングソードを片手ににじり寄って来た。
「…」
「そっちがそのつもりなら、こっちにも考えがあるぞ!」
「…」
黒装束が、体を落とすと同時に距離を詰めてきた。 そのまま、横に振るう。 齋藤は、姿勢を落とし、ロングソードの下を潜り、刃を上にして、峰に手を添えて上に飛び上がる。
黒装束の首が落とされ、血が吹き出た。
大太刀を十字に振り下ろして血払いをして、肩に刀身をもたれかかせる。
殺気っ!
ダダダッ! ダダダッ! ダダダダダダッ!
ジグザグに走り、黒装束が撃ち放つ銃弾を避けつつ距離を詰めていく。 黒装束の持つライフルごと切り裂き、ライフルを向けてきている他の黒装束の元に走る。 敵は、黒装束だけじゃない。 コボルトもいる。黒き竜も上空からこちらの様子を伺っている。 ほら、来た。
コボルトが両横から飛びかかって来た。 しかも、剣を持っている。
跳躍して、コボルトの斬撃を避ける。 落下しながら、片側のコボルトの首を切り飛ばし、着地と同時にもう片方のコボルトの喉元に大太刀を突き入れ、黒装束の方へ走る。
ダダダダダダダダダダダダダダダッ!
黒装束は、齋藤が着地した所を狙ってライフルの引き金を引いた。 だが、齋藤は、コボルトを盾に一直線に向かって来た。 コボルトから突き出ている刀身を横に飛び、避けると直ぐにコボルトの後ろにいる齋藤に銃口を向ける。
「ッ!」
「どこ見てんだ?」
齋藤は、大太刀を投げていた。そして、黒装束が飛び避けた方向とは逆方向から回り込んだ。
黒装束の首を右腕で絞め上げる。 絶命したコボルトから大太刀を引き抜き黒装束の喉元に突き刺す。
「ったく。 お?」
黒装束の遺体をまさぐると、タバコを見つけた。
「タバコあんじゃねぇか」
ライターは無かったが、火は、そこら中にある。 タバコに火を付けると紫煙が立ち上る。
「はぁ~。 うめぇ~なぁ」
右腕を振るうと血飛沫が上がった。
「せっかく、至福のひとときだったのに邪魔すんじゃねぇよ」
背後から忍び寄って来ていた黒装束が胴体を斜めに切断された。
ブゥゥゥン…
「あ? ドローン? …案外、頑丈だなぁあの配信機材」
関心していると、ザッザッと何者かが近づく音が聞こえた。
「はぁ…。 テメェらを相手してる暇はねぇんだよ」
「「…」」
「そうかい。 じゃ…」
ザンッ!
「死ね」
目にも止まらない速度で黒装束の間をすり抜けざまに首を切り飛ばす。
バララララッ
「あん? ヘリ? …自衛隊のか? いや、ちげぇな。 あのマーク…クククッアハハハは! そうか! そうかそうかっっ! あいつ等が関わってんのか! なぁああ! 《三界貫く大樹》!!」
ティルトローター型のヘリの下部に描かれたマークは、大樹の根が三叉に別れ、その根にそれぞれ逆さ五芒星、しゃれこうべ、両翼と上部に環の印が刺し貫かれていた。それぞれ、悪魔住まう世界《魔界》。 しゃれこうべは《人間界》。つまり、この世界。 両翼と上部の環の印は《神界》ないし《天界》を意味する。
「目的は知らんが…」
ヘリからパラシュートなしで、何人もの黒装束が飛び降りて、コボルトを殲滅し始める。 黒装束が固まって移動していると、黒き竜が上空から襲い掛かり、喰らい尽くす。 遊撃なのか、数人は、ヘリから飛び降り、着地と共に四方八方に走り去る。
「襲って来るなら、斬るまでだ」
体を回し、大太刀を振るうと光学迷彩服を纏っていた黒装束が切り飛ばされ、血が舞う。
齋藤は、襲い来る黒装束とコボルトの絶え間ない攻撃に辟易しながら、斬り倒していく。
全身返り血塗れになりながら空を飛ぶ黒き竜を追う。
バシュゥゥ………ドォン!!!
黒装束の一人がロケットランチャーをぶっ放したみたいだ。 黒き竜の翼に命中して、激しい爆発を起こした。
墜落した黒き竜によって、暴風が吹き荒れ、瓦礫が辺りを襲う。
黒装束が、いたるところから現れ、黒き竜を取り囲む。
ダダダッ! ドォン! ギュィイイイン!ガガガガガガッッ!
おいおい誰かチェーンソーまで持ち込んでのかよ。
バチチッ!シュァアアアアアッ!
…溶断か? そんな道具まで持ち出してんのかよ!?
瓦礫の物陰から覗きこんでいると、生きながらに外殻を剥がされ、その下の鱗も剥ぎ取られる。 そして、黒装束の奴らは、何をトチ狂ったか、鱗を剥がした所から、齧り付いて肉を食い千切って咀嚼し始めた。
「食ってやがるのか?」
見る見る内に黒き竜は、その姿を無惨な姿へと変えていき、しだいに骨格だけになった。
骨格になるまでにそんな時間は掛からなかった。 そして、次の目標は…
「はっ! 遅えんだよ!」
瓦礫を飛び越えて来た口から血を垂らした黒装束に大太刀を突き刺す。
「ッ!?」
大太刀を手放し、後ろに飛び退る。
「あはは…何だよそれ。 喉元突き刺してんのに何で生きてんだ?」
黒装束は、大太刀の刀身を握り、喉元に刺さった大太刀を引き抜く。 大太刀が引き抜かれ、できた傷口がスッと治った。
「ありえねぇ。 不死身か?」
黒装束が突き出してきたナイフを躱し、放り捨てられた大太刀の方へ転がり拾う。
「理性失ってんのか知らんが、脇が甘いなぁ。 そんなんじゃ、スッてくれって言ってるようなもんだぜ?」
黒装束は、数人腰にポシェットを巻き付けている。 そして、そこに回復薬を入れているのを確認している。
齋藤は、すれ違いざまにそのポシェットから、回復薬の瓶を引き抜いていた。
パキッ。
瓶の蓋を折り、左腕にかけると肩の傷口がふさがっていき、感覚も戻ってきた。
「ふぅう〜。 ようやっとまともに戦えるな」
カチャッと両手でナイフを一振りづつ構える黒装束。
齋藤は両手で大太刀の柄を握り込み、刃を寝かせ地面と平行ににして鋒を黒装束の額に向ける。姿勢を落とし、半身になる。
先に動いたのは黒装束の方だった。 一足で齋藤までの距離を詰める。 動き出しと同時にナイフを二本共齋藤に向かって投擲する。 そして、手首を返すと袖口からナイフが飛び出した。 そのナイフを受け取って、齋藤を切りつける。
キキィン! ガキッィィイン!
齋藤は、神速の二連撃でナイフを弾き落とし、踏み込んで黒装束の胴を薙ぎ払う。
黒装束の胴が滑らかに滑り落ちて、血が吹き出た。
グチュッッ。 ブチュッッ! ビチャビチャチャチャッッ!
黒装束の傷口が、ビチャビチャと血と肉が蠢き、分かたれた下半身と繋がり、再び立ち上がる。
「おいおい勘弁してくれよ。 ガチで不死身かよ」
齋藤は、冷や汗を流し、脱兎のごとく逃げ出す。
ウィィィ…バババババッッ!
モーター音の後に、齋藤が通った後を追うように地面が爆ぜていく。
「クソッ! どこのどいつだッ!? ミニガンなんて持ち込んだやつは!!」
転がり、瓦礫の陰に潜むと、追って来た黒装束が飛びかかって来た。
飛び退ると、瓦礫の陰から出てしまい、再び銃弾が飛んで来る。
「クソがっ!」
追って黒装束の足を切り払い、そのまま、ジグザグに走り抜け銃弾を避けていく。 ミニガンの弱点は、その重量故の取り回しのしづらさだ。 だから、速度で翻弄して近づけば良い。
「ッラァ!」
黒装束の首を刎ねた。
「…回復しない? だが、さっきの黒装束は…」
ナイフを振り回す黒装束は、斬り倒しても直ぐに治って襲って来る。 だが、この黒装束は傷が癒えることも無く絶命した。
チッ! 考える時間もねぇ!
未だに追って来る黒装束。 襲って来るのかと思いきや、齋藤の横を通り抜けていき、齋藤が首を落とした黒装束の屍に噛みついた。
グチャッ、バキッブシュックチャクチャッ
齋藤は、悍ましい者を見る目でて、静かに後退る。 目の前では、一人の屍に何人もの黒装束が群がり、肉食い千切って咀嚼していく。 あの、黒き竜の時と同じ事が目の前で起きていた。
「何なんだよコイツ等…」
人、一人分を十数人が食い千切る時間は、ほんの1、2分だった。そして、十数人全員が齋藤の方を向く。
「おぉう。 ちと不味いねぇ…。 逃げに徹するか」
身を翻し、足に力を入れようとした瞬間、どこからか湧いて出てきた黒装束の集団が目の前にいた。 瓦礫の上、廃墟と化したアパートないしマンションの最上階。 いたるところに黒装束の人影がある。 それぞれが、ミニガン、ライフル。 ショットガン等銃器類。 ボウガンや弓を持っている者もいる。 そして、ナイフやロングソード、ショートソード等の近接武器を持つ者も多数。 中には、何も持っていない者もいるが、さっきのナイフ持ちのように服の下に仕込んでいる可能性もある。
「…はぁ~。 万事休すか」
大きく息を吐き、体の力を抜く。
「…ハァああああ!」
喊声を上げ、黒装束の集団に飛び込んで行く。
一振りで、黒装束4人を斬り倒して、即時離脱する。 今しがた齋藤がいたところに銃弾が集中的に放たれた。
齋藤は目の前の黒装束に大太刀を振り下ろした。
黒装束は、手に持っていた手斧の柄で大太刀を受け止めた。
「チッ! オラァ!」
黒装束の腹に蹴りを入れる。 後ろによろめき、たたらを踏む黒装束に、大太刀を押し込む。 手斧ごと切り裂き、右から左斜め下に上半身が滑り落ちる。 黒装束の体は、グチュグチャと回復する兆しがあるが、気にする暇もなく次々と襲って来る黒装束の攻撃を躱して行く。 飛んで来たボウガンの矢をつかみ取り、近くにいる黒装束の胸に突き立てて、大太刀を振るって胴体を斬り飛ばす。 黒装束の間を駆け巡り、一時止んでいたミニガンが再び掃射が始まり、黒装束の間を駆け巡り同士討ちを誘発させて数を減らしていく。
「はっ!! こんな密集しとる中でんなもん使うからこうなるんだよ! ボケがっ!」
齋藤は、ミニガンの掃射が止むと復活してきた黒装束に向かって斬りかかる。
ガキンッ!
「は!? 刃が通んねぇ!」
飛び退り距離を取る。
ヤベッ! 後ろッ!
直ぐ後ろにチェーンソーを振りかぶった黒装束。 咄嗟に大太刀で受け止めたが…
ジャギャギャギャギャギャギャッギャァイイイイン!
大太刀が削り折られた。
「クソッ!」
体を沈みこませ、反転しながらチェーンソーを躱し、折られ短くなった刀身で、黒装束の腕を落とし、首を刎ねた。
パンッ! パンッッ!
「クッソめんどくせぇなぁ! コイツラァァ!」
どこからか撃たれた銃弾を寸でのところで鍔に当て、やり過ごす。 大太刀は、折られ、鍔で受けたとはいえ銃弾を受け止めた刀身はヒビが入り、いつそこから折れるか分からない。
齋藤は、大太刀だった物を弓を番えた黒装束の頭に投げつけた。 頭に刀身が突き刺さり、倒れながら矢を誰もいない所に放っていた。
齋藤は、チェーンソーを拾い、エンジンをかける。
「こういった物は扱い慣れてないんだがなぁ」
チェーンソーを振り回し、近づいてきていた黒装束を切り裂いていく。 チェーンソーなだけあって、傷口はボロボロで再生するのに時間がかかっているみたいだ。
「ちょうどいい。 このまま、ミニガン持ちを獲りに行くか」
チェーンソーを担ぎ上げる。 ミニガン持ちは、何度も掃射を行っているが、移動はしてないみたいだ。 探す手間が省けるが、なんともお粗末な頭をお持ちのようだ。
齋藤は、ミニガン持ちに向かって走って行く。
――――――――――
齋藤が、激しい衝撃に襲われ、ダンジョンが崩落、開放された時配信用ドローンは破損すること無く、配信をし続けていた。
【おいおい。今、何が起こったんだ? 一瞬グルッたけど】
【《メギド》だ! 政府のバカ共、やりやがったんだ!】
【《メギド》!? おいおい! 名古屋に住んでるやつは、大丈夫なのか?】
【分からん。 知り合いに名古屋住みのダチがいるから連絡取って見るよ】
【頼んだ】
【にしても、あのおっさん結構、粘ってるな】
【たしかに! 近接タイプなのは見て分かるけど、それでも、身体強化くらいの魔法は使えるだろ? なんで、使わないんだろ?】
【…使えないとか?】
【まっさかーw】
【報告 名古屋の住民、《メギド》が発射される直前に避難してたらしい】
【不幸中の幸いだな。 《メギド》か、実際に使われたのは初か?】
【だな。 もし、避難が間に合ってなければ、今頃…】
【ああ。 こんなのまるで、原爆を落とされた広島の再現じゃないかっ】
【しかも、それだけの被害を出しながら、ダンジョンの完全破壊はできてねぇし、逆にダンジョンのモンスターを外に出してんじゃねぇか】
【ってか、誰か助けに行ったれよ!】
【間違いない!】
【オッサン、目ぇ覚ましたみたいだぞ?】
【ヤベぇ! 後ろだ!!】
【ウッソだろおい! 膝蹴りからの一閃ってスゲェぇ!】
【お? 援軍だ!】
【…待て。 なんか、怪しくね? 全員黒装束だぜ?】
【軍隊? でも自衛隊って訳でもないし…】
【オッサンが襲われてる!】
【ああ! 黒龍も飛んでんじゃん!】
【待て待て待て! どういう状況!? モンスターvsオッサンvs黒装束集団ってもう無茶苦茶だ!】
【…今のあのオッサンの動きって】
【る◯剣の龍◯閃?】
【実際に使ってるヤツいんのかよww】
【ダンジョンの中にいた時も牙◯っぽいの使って無かったか?】
【そのうち、月◯天◯とか、ヒ◯カミ◯楽とか使いだすんじゃね?】
【まっさかーw】
【ないないww】
【おっ! やっと援軍か!?】
――――――――――
バラッラッラッラッラッラ!
「クソッ!また追加か!? いや、音が違ぇな。 どこのだ?」
齋藤は、チェーンソーを振り回し、黒装束の首を刎ねながら上を見上げる。
特にマークは無しか…。 だが、迷彩柄って事は……。
ヘリからロープが降ろされ、それを伝って次々と武装した者達が降りてきた。 降りた者から、ライフルを構え、黒装束達に向けて発砲しだした。
「自衛隊…?」
チェーンソーで黒装束達を薙ぎ払いつつ武装した集団に近づいて行く。
「お前達、一人たりとも撃ち逃すな!」
『了解!!』
隊長らしき人物が、指示出してこちらに近づいてきた。 そして、目の前で止まると、敬礼をしてくる。
「私は、陸上自衛隊 特殊作戦群対魔物部隊 08小隊 隊長 丹羽 正嗣 三等陸佐であります! 齋藤 一片冒険者とお見受けいたします!」
「おう。 そうだが?」
「やはり、そうでありましたか!」
丹羽が確認を取ると、胸元にあるトランシーバーで通信を始めた。
「要救護者を確認! コレより護送を始める! タラップを下ろせ! ささっ、どうぞこちらへ」
丹羽が、通信を終えると直ぐにヘリからタラップが下りてきた。
「お掴まり下さい。 安全な所へご案内致します」
「いやいや、ちょっと待て! こいつ等はどうする!? 直ぐに周辺の街を襲い出すぞ!」
「問答している時間は無いのです。 こちらへ」
齋藤は、渋々丹羽の言葉に従いタラップに手をかけた瞬間、背筋に電気が流れたような感覚を覚えた。
「いかん! 脱出しろ!!」
黒装束の一人が、ロケットランチャーをヘリに向けていた。
齋藤は、直ぐにチェーンソーのエンジンをかけてヘリの前方にぶん投げた。
黒装束がロケットランチャーをぶっ放したのはそれと同時であった。
バシュゥゥ…ジャギィィィィ…
チェーンソーがミサイルを切り裂いた。 だが、あまりにもヘリに近い。 チェーンソーで切断されたミサイルがヘリを襲った。
「総員、退避ぃぃ!」
丹羽が叫ぶ。
「クソッ! 間に合わ無かった!!」
「…やはりこうなりましたか」
「おい、どういう事だ!」
「我々は、確かに貴方を助けに来ました。 しかし、上からの指示は、貴方をヘリに速やかに乗せ帰還する事。 こちらへ来るまで、周辺を見てきましたが、どうやら奴らは『音』に反応するようです。 そのため、いくら技術の向上で静音されてきているとはいえ、プロペラの回る音は大きい。 ここでは大きすぎるほど響き渡ります。 言いたいことは分かりますね?」
「格好の的って訳か」
「はい。 もちろん、速やかにヘリに乗り込み、即時に撤退。というのが理想でしたが…」
「あのまま乗り込んでたら俺、死んでたろ」
「…こちらへ」
丹羽に手招きされて訝しながら近づくと耳打ちしてきた。
「上は、恐らく貴方の死を望んでいる」
「はぁ!? だが…なら…どうしてあんたらは」
「上がどう指示を出そうが私達は自衛隊です。 国民を守るのが仕事です。 その自衛隊がどうして国民を殺す指示に従えましょうか」
「難儀なもんだ」
「ええ。それと、もう一つ。『蒼き清浄なる焰』の発射が決まっています」
「…マジかよ」
『メギド』。 ピンポイントで、対象を殲滅する軌道上より発射される超高圧縮収束魔導砲と呼ばれる物で、魔力を超高密度にまで圧縮したものを幾つも作り出しそれを収束、発射する。 ピンポイントと言ったが、その威力は凄まじく、街一つ分は、巻き添えをくらい、そこは炎に包まれるだろう。 それに対して、『蒼き清浄なる焰』は、『メギド』を発射する砲門を八角形になるように連結された砲門により発射される魔導砲で、その威力は『メギド』を凌駕する。 そして、なにより目標地点を囲うように隔壁が展開されて、『蒼き清浄なる焰』のエネルギーを発車後に魔力障壁を展開させ物理と魔力のエネルギーをその場に押し留める。 そうすることによって、地表にある生物含め、ありとあらゆる物質を消滅させるのだ。
「とにかく、今は急ぎましょう」
「急ぐって、逃げ場なんて無いだろ?」
「はっはっは! お忘れですか? お誂え向きの避難場所があるではありませんか!」
「はぁ? っ! 地下鉄か!」
「ええ。『蒼き清浄なる焰』は、地表を灼くものです。 地下に逃げ込めばあるいは。しかし…」
「衝撃だけはなんともならんか。 最悪、崩落ないし生き埋めだな」
「コレに賭ける他ありません。 隔壁は、もう既に展開されていましたのでこの地を脱出する事ももう叶いません。 ですが、地下に降りれば…線路を伝って外部に出れます!」
「分かった。地下へ行こう」
「分かりました。 総員、聴けぇ! 我々は、今より地下へと目指す! 目前の敵を極力撃ち倒しつつ速やかに向かう必要がある! 時間の猶予は無い! 怪我人は置いていく! 心してかかれっ!」
『了解!!』
「齋藤さん。 武器は、コレしかありませんがお持ちください」
丹羽が、長い布袋から取り出したのは一本の打刀だった。
「悪いな。 ほぅ…いい刀だ。 それに、やけに手に馴染む」
「それは良かった。 うちの倅の物だった刀です。 冒険者だったんですよ。 2年前に亡くなりましたが」
「おいおい。良いのかよ」
「構いません。 嫁にも愛想つかれて出ていってしまいましたし、家で埃を被るよりは、誰かに使って貰った方がいい」
「…すまない。有り難く使わせてもらう」
地下鉄への入口を探し求め、倒壊した建物を越えて進軍を始めた。
何度目かの襲撃で、隊員達の弾薬が底を付きそうだ。 いくら、一発必中で当てているにしても、相手は直ぐに起き上がる。 足を狙い撃って時間稼ぎをするにしても逃げ切るには何発も撃たないといけない。
「さて、歩きながら作戦会議といこう」
齋藤が提案した。
「まず、刀を持っている俺が前衛をやる。 あんたら、銃以外は持ってきてないのか?」
「ナイフを一振り持ってきていますが、正直なところあの怪物を相手取るとなると…」
「厳しいわな。 まず、冒険者とそうじゃない人間とで、圧倒的に身体能力が違う。むしろの今までよく付いてきてたと思うぞ」
「それは、齋藤さんが私達に歩調を合わせてくれていたからでしょう?」
「それでも、だ。 奴らは、俺でも対処が難しい動き方をする。それをあんたらは、百発百中とは…恐れ入る。 あんたらを敵に回さなくて良かったとつくづく思うぞ。 まぁ、そんなことよりだ。 …グループでも造るか。 丹羽さん、アンタらで最低限の退路、防衛線の維持。 俺が、進路を切り拓く」
「…まぁ、そうなるでしょうな。 しかし、それでは貴方の負担が大きいのでは?」
「かっかっか! そんなもん一々気にしてられっか。 少しでも、生き残れる確率の高い方法を取るには、コレしかねぇ」
「…分かりました。 冒険者として経験豊富な貴方に従いましょう。 お前達も良いな?」
「構いませんが…」
「隊長、コレでは、どちらが助けに来たのかわかりませんね」
「そう言うな、足立。 俺達には、俺達のやり方がある。それで、齋藤さんの負担を少しでも下げてやればいい。千早は…好きに暴れろ。 背中は任せておけ。俺達がしっかり守ってやる」
「ウス」
方針が決まったとこでちょうど、襲撃があった。
手筈通り、齋藤が前に出て、進路上の黒装束を斬り伏せていき、その背を追うように、丹羽、足立、千早の3人が続く。 後ろから襲って来る黒装束の腹に一撃を入れた千早が、素早く首に腕を回し、転ばせてから喉元にナイフを突き刺す。 その後、もう一人迫ってきていた黒装束の足を刈り取り、よろめいた所に逆手でナイフを一閃し首を刎ねた。
「ひゅ~。やるねぇ。 それで、ノーマルなんだろ? 冒険者資格を得たらとんでもなく強くなんじゃね」
「昔取った杵柄ってヤツです。 フリーで冒険者の真似事してたので、それなりに動けると思います」
「はっはっは。 『それなりに』なんて生やさしい動きじゃなかっただろう? だが、気をつけろ? そいつ等まだ死んでないぞ」
「ですね。 厄介な敵です」
「本当にな」
そして、ようやく地下の入口らしき場所を見つけた。 だが…
「ものの見事に塞がってんなぁ」
「ですね」
「ふむ。 丹羽さん、外部との連絡は?」
「さっきから試していますが…」
「そうか。……もう一ついいか?」
「はい? なんでしょうか」
「丹羽さん達って、どうやって俺のところまで飛んできたんだ?」
「どうって…あっ! 配信! そう、ここに来るまで配信でおおよその場所を特定したんです!」
「配信? ドローンってまだ飛んでんだ」
ガァァアアン!
「「「「っ!!」」」」
「狙撃っ!?」
「齋藤さん! それ!」
「ドローン? 庇ってくれたのか? チッ。 どこからっ!」
一瞬チカっと光る場所があった。
「そこかっ!」
キンッ!
銃弾を切り落とし、魔力で筋力を上げて破損したドローンのプロペラの欠片を投擲する。
銃声を聞きつけた黒装束が、瓦礫の陰からわんさか出てくる。
…ォォン
「ん? なにか聞こえなかったか?」
「え? 私は特には…。 お前達は?」
「私も特に何も」
「……どっかで戦闘してる?」
「そうだよな!」
足立がかすかに聞こえる音を聞き取った。
「生存者がいるかも知れねぇ。 だが、人であるかどうかが分からねぇ」
齋藤は、丹羽を見た。
「様子を見に行きましょう! もしかしたら、一般人かもしれない」
「了解だ。 なら、周りの奴さんを早く退かさないとなァ!!」
齋藤は、右足を大きく後ろに出し腰を落とす。左手を地面に付き右手は、引き絞るかのように後ろへ引く。 魔力を持たない一般人には目にする機会が少ない魔力が齋藤の体を覆い、刀にまで及ぶ。
「齋藤さん? 何を…」
ドンッという音と共に齋藤が飛び出して目の前の黒装束の人物の首を刎ね、四肢を切り落とす。 そして、次の黒装束の人物に向かって一歩を踏み出す。 一瞬で詰め寄り同じく、四肢を切り落とし首を刎ね飛ばした。 その動作を何度も繰り返し、ものの数秒で、周りにいた8人の黒装束を行動不能にした。
チン!
「「「!?」」」
「今のうちに行くぞ」
「あはは、いやはやコレは凄まじい。 コレが冒険者の力というやつですか」
「そう、何度も使えんけどな。 殆どが逃走用だ。 俺、魔力量少ないからなぁ」
戦闘音が聞こえた方へ極力足音を立てないように走っていると、徐々に戦闘音が大きくなっていく。 そして、子供らしき声の悲鳴も聞こえてきた。
「複数人いるな」
「そのようですね。 子供らしき声も聞こえますね」
「っ!見えた! 黒装束…10人オーバー! 生存者2!」
まだ、小学生くらいの女の子とその子を庇いながら戦う短剣を振るう少女が一人。 少女の方は、左手から血を流し、ダランと下に垂らしていた。
「私達が彼女らを守ります。 齋藤さんは「分かってる」」
「奴らを行動不能にする」
黒装束の一人が魔力を右手に集約させて、少女に飛びかかった。
「おっと。 悪いねぇ、お前さん…ここは通行止めだ」
齋藤は、少女と黒装束の間に割り込む。
チン!
納刀する音と同時に黒装束の体から斜めに血が噴き出す。
「え…? えっ!? 誰っ?」
「テンパってんなぁ。 ま、しょうがないか。 とりあえず、怪我は無いか?」
「え、あッはい」
「ちょっと、下がっててな。 残りの奴らも直ぐに…ってほぉ~ん?」
少女達を襲っていた黒装束の一団が、齋藤が斬った者も含めて忽然といなくなった。
「まぁいい。さて、お嬢さんら現状はどこまで分かってる?」
齋藤が問いかけると。 よく分からないと返ってきた。 短剣を持った少女は、冒険者になったばかりの新人らしい。 名前は、月見 小百合。 彼女に庇われていた女の子は、佐々木 怜音ちゃん。 どうやら、月見の剣術の先生の娘さんらしい。 鶴舞公園には、月見と一緒に散歩に来ていたみたいだ。 そこで、避難指示を聞き、避難している途中で強い衝撃を感じて、気がつくと周りが火の山になっており、わけのわからない黒装束の人物が闊歩していたらしい。
「さてさて。 一般人の生存者を保護したは良いものの…どうしたもんかねぇ?」
「いったん、隔壁に向かって見ますか? ドローンで先程まで中継されていたと思われますので壁際でまで行けば救助してもらえるかも知れません」
「壁際か…。 地下の入口は塞がってたし、向かうか? 然程遠い訳でも無いし」
丹羽の提案を聞き、顔を上げると高く聳え立つ隔壁が見える。
「アレかぁ~。 高いねぇ…」
隔壁は遠くから見ると分かりやすいが、上部が湾曲していて吹き抜けのドーム状のようになっている。
「『蒼き清浄なる焰』のチャージまで、そんなに無いだろうし、行くか」
「そうですね。 サユリさんは、戦闘はまだいけますか?」
「足止めくらいなら…」
「…いや、丹羽さんがレイネちゃんを抱いて歩け、足立さんと千早さんでサユリちゃんを挟む形で行く。 戦うのは、俺だけでいい。その代わり、ナイフと短剣を貸してくれ。 後、ワイヤーかなにか無いか?」
「ワイヤーはないですが、ロープはあります」
「よし来た! 貸してくれ」
「構いませんが…」
丹羽が、携行していたロープを渡すと、サユリから借りた短剣にくくりつける。
「よし、こんなもんか…。 こっちの準備は整った。 目標地点には先程言った隊列で進む。 それに加えて、丹羽さんは外部との連絡が取れないか試し続けてくれ」
「了解だ」
「行くぞ! 皆で生きて帰ろう!」
「「「応!」」」
「はい!」
「おー!」
――――――――――
『メギド』が発射され、その衝撃がギルドを襲った。
「クソッ! 政府の野郎!」
「落ち着け綾小路!」
「ギルマス!」
「いいから落ち着け。 おい、被害状況は?」
「鶴舞公園を中心に半径10キロ圏内に甚大な被害がでている模様! コレは…!」
「どうした!?」
「軌道上に新たな魔力反応! そんなっ! 『蒼き清浄なる焰』です!」
「「何っ!」」
「ですが、『メギド』発射後ですので、チャージには時間を要す模様!」
「おい! 齋藤達は! あいつ等どうした!l」
「待って下さい! 配信は…続いてます! 映像…出ます!」
ギルドの依頼書やダンジョン発生場所、ランク等様々な情報が映し出されているモニターに配信映像が映し出された。
「齋藤…!」
「『メギド』でダンジョンを破壊した…? いや、しかし、モンスター共が街に出てるじゃないか! …そうか! 政府共ォ失態を揉み消すつもりかッッ!! その為に避難が間に合わなかった者諸共灼き尽くすとは言語道断! 綾小路!」
「本家には連絡済みだ! ヘリの用意ができ次第齋藤を迎えに行く!」
「行って来い! 責任は、俺が取る!」
「カチコミなら俺も行く。 最近の政府の腐敗具合には、目に余る物がある。 本家も今回の事にぶち切れてる。 綾小路家総員でバックアップする。 沙月もこっちに向かってるらしい」
「おいおい。 政府と戦争でもするつもりか? 沙月の嬢ちゃんが来るって事は、残りのメンバーも来るだろう?」
「だろうな。 だが、それも仕方ないことだ。 それ程の事を仕出かしたんだよ、奴らは」
綾小路のスマートフォンが鳴った。
「了解だ。 ギルマス、準備は整った。 行ってくる」
「おう、気ぃ付けて行って来い」
闘気と怒気、そして魔力を漲りさせ、『メギド』の衝撃で建付けの悪くなったドアを殴り、粉砕した。
「あんの馬鹿野郎! 扉壊していきやがった!」
「ま、まぁまぁ。 それにしても、すんごい怒ってましたね。 綾小路さんがあそこまで怒ってるの見たこと在りませんよ」
「ああ、それな〜。 あいつ、昔はもっと無愛想でな、それこそいっつも怒ったような感じだったんだが…近くの小学校の子供に見ただけでギャン泣きされたみたいでなぁ」
「うわぁ」
「それが、たいそうショックだったらしい。 そこからじゃないか? 表情が柔らかくなっていったの」
「そうだったんですね。 ちょっと、当時の綾小路さん見てみたかったなぁ」
口を歪ませる『かなちゃん』こと、近藤 鼎の一面を垣間見て頬を引きつらせるギルドマスターだった。
――――――――――
血潮が舞い、倒れては再び立ち上がる人型の異形。
手に持つ武器は、そんな次から次へと立上り、襲って来る異形を斬り続け、無理な斬り方を何度もしたせいか、刃が欠けてきている。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「齋藤さん!」
「大丈夫だ。 行くぞ」
何度も斬り倒し、ようやく、立ち上がらなくなった黒装束の人型の異形を尻目に血糊を拭き取り刀剣を納める。
「分かった事がある」
「はい?」
「あいつ等、復活するには回数制限、もしくは、相当のエネルギーを要するようだ。 エネルギーが尽きれば回復しない。そのまま、死を待つのみだ。 だが、奴らは仲間だった者を捕食して、そのエネルギーを回復しているみたいだ」
「数は減ってきていると」
「ああ。 捕食したせいか力もしぶとさも増してるけどな」
「…」
「大丈夫だ。 まだ、戦える。 ほら、もう目前に隔壁だ」
「ですね」
ここまで、来るのに時間がかかりすぎている。 上を見上げると地上からも目視出来るほど強大で強力な魔力の塊が見える。 いつ発射されてもおかしくない。
最初こそ、齋藤と齋藤を救出しにきた丹羽、足立、千早の4人だったが、途中で小百合と怜音を救助した。 その後、他にも生き残りがいるのではないかと気を付けて進んでいると、幸いな事にまだ、生きている人達がいた。 全員が全員救えるわけではない。 取捨選択をしなければならない。 キツい選択だ。 だが、救える命があるなら救いたい。 そう、誰もが思った。 そして、手を取り合って進んできた。
だが…
(クソッ! また、追いついてきやがった!)
もう魔力も底がつき、借りた短剣もナイフももう折れてしまっている。 残るは、刃毀れした刀のみ。 体力も限界に近い。
「はぁ…はぁ…はぁ…。 っ!」
一歩踏み出そうとしたところで、肩に手を置かれる。 振り向くと丹羽が険しい顔をしていた。
「齋藤さんは、少し休んでいて下さい。 体力も限界でしょう」
「大丈夫だ。 俺は、俺の責務を果たす。 丹羽さん、アンタら、自衛隊の責務はなんだ? あの、化け物共を斃す事か?違うだろう! アンタらは、国民を守るのが仕事、責務の筈だ! もうちょっと…もうちょっとで隔壁に着くんだ。 救える命は、救ってやってくれ」
丹羽の手を振りほどき、足に力を込める。
「齋藤さんっ!!」
悪いな…
バッバッバッバッバッバッバッ!
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
何が起こった!? どうして、追って来た、人型の異形共が倒れていく?
ヘリだ! どっかのバカがヘリでカチコミに来やがった!
「サイトォォォォォォォ!」
この声…!!
「こんのテメ、ゴォラァ! 綾小路ぃぃ! なんでテメェがいる!?」
「ああん!? テメェを迎えに来たに決まってんだろ!」
「じゃかましい! テメェは、逃げ遅れた人達を運べ!」
「ああ?! って多いなぁ! おい! 降ろせ!」
綾小路が、コックピットにいるパイロットに言うと、空いた場所に降下して行く。
「よーし! お前ら! 押さずに一人づつ乗り込んで行け! 押すなよ!」
綾小路の指示の元、救助された人達が乗り込んで行く。 綾小路が乗って来たヘリは、輸送機や大人数の者を運べるヘリではない。汎用ヘリでパイロット含め14人程度しか乗れない。 パイロット、綾小路しか乗っておらず、残り12人乗れる計算だ。 だが、ヘリには、機関銃が設置してあり、乗用人数は更に絞られる事になる。 救助できた人数は6人。 機関銃を降ろせば、ギリギリ乗れる人数だ。
「おい、綾小路」
「分かってるよ。 コイツを下ろすんだろ?」
「降ろさんとこの人数は無理だろ?」
「だな。 ま「とりあえず」」
「蹴散らすぞ」
「あいよ」
綾小路がニィと頬を上げ、小瓶を渡してくる。 魔力回復薬だ。
「用意が良いこって」
「あと、コレな」
「おいおい。 よく、持てたな」
綾小路があとから出してきたのは、一振りの大太刀だ。 齋藤が、ダンジョン内でボス部屋を切り裂いた時に使った刀だ。 鞘から抜く度に、魔力を根こそぎ持っていかれ、一度振るう毎に自傷ダメージがある。 その分威力は折り紙付きだが。
「ちょうどいいといえばそうなんだがな…」
下げ緒で大太刀を背中に斜めがけで固定する。
「なんだ、使わないのか?」
「今、使うにはリスクがデカい。 どっかの馬鹿がヘリなんて爆音響かせるもんで乗り付けてきたからな。 音を聞きつけた化け物共が押し寄せて来るぞ」
「ははっ! 悪ぃな」
「ほぅら来やがった。 準備は出来てるか?相棒」
「ったりメェよ!」
綾小路が、ガンブレードを二丁構える。
「じゃ、蹴散らせ!」
「応!!」
綾小路と齋藤は、合図と共に進行して来る人型の異形の群れに突っ込んで行く。
綾小路は、両手のガンブレードで近くの異形を切りつけながら、その奥から近づいてきそうな異形を撃ち抜く。
齋藤は、喉元に刀を突き入れ、横に振るい首を断つ。 掴みかかって来た異形の手を取り、投げ落とすと額に刀を付き下ろす。 そして、魔力を刀に纏わらせ、振るうと斬撃が飛ぶ。 綾小路の背後を忍び寄る異形に命中し胴体を分かつと、綾小路が驚いたかのように振り向き、ガンブレードを齋藤に向かって発砲する。 齋藤は、首を傾けると、銃弾はそこを通過していき、齋藤の背後を取っていた異形を撃ち抜いた。
「ふっ」
「はっ」
そのまま、位置入れ替え異形の者たちを倒していく。
「向こうも派手にやってんなぁ! 流石は自衛隊! 銃器の扱いはお手の物ってか?」
「さあな。 それより綾小路」
「なんだよ」
「そろそろチャージが終わる頃だろう。 一般人の収容も終わってる。 一気に片付けて俺達も避難するぞ」
「確かに。 直ぐ離脱しんと巻き込まれるな。 だがな齋藤。 一気に片付けるって言うがあてはあるのか」
「ある。 だが、反動がデケェ。 コレ使うと俺は動けん。 担いで行ってくれ」
「なるほど。 了解だ」
綾小路が、ヘリを守っている丹羽達に向かって手信号を送ると弾薬を撃ち尽くすかのように異形に向かって撃ち出した。 撃ち終えると機関銃は投棄して携帯出来るライフルのみ持ってヘリに乗り込んだ。 ヘリは丹羽達が、乗り込むとプロペラを回してゆっくり上昇して行く。
「始めてくれ」
「あいよ。 ちと、下がってな」
齋藤は、大太刀を抜き、地面に突き刺すと魔力をありったけ込める。 すると、刺さった場所を中心に血溜まりが広がるかのように地面が朱く変色していく。 目に見える範囲を基準に全周に拡がった朱く変色した地面。
「根源への扉よ開け! 煉獄より出る怨嗟の鬼神よ!」
ズズズッッと変色した地が揺れ始める。
「雷鳴轟かせ、憤怒の焔を知らしめよ!!」
バリバリバリバリ!ッと、紅く変色した稲妻が空へ奔り、黒き焰が立ち昇る。
齋藤は、大太刀を地面から引き抜き、上段で構えをとる。
大太刀が黒き焰に包まれ、天へと昇った紅き雷が刀身に落ち、黒き焰に紅き雷が纏わる。
「はぁぁぁぁあ! 『倶利伽羅』ぁぁぁ!」
大太刀が振り下ろされた。
無数の紅い稲妻が地を這い、それを追うように黒き焰が伸びていく。 そして、広範囲に斬撃の嵐が吹き荒れる。
「へ、ヘヘっ。 どんなもんじゃい、クソ共…」
「齋藤!」
綾小路が、齋藤の腕を肩に回し、担ぎ上げる。
ヘリから、タラップが降ろされ近づいてくる。
綾小路は、タラップに捕まり足をかける。
「良いぞ! 上げてくれ!」
「悪ぃな、綾小路」
「良いって。 ウソだろ…」
綾小路は、ヘリに上げられながら、遠ざかって行く地面を見ていると、複数の異形が一箇所に集まっていたいた。そして、巨大な魔法陣がその集まっている所を中心に広がる。
「おいおい、マジかよ」
「竜のアギトか?」
半透明の竜のアギトが作り出されて、その口の中に炎が溜められていく。
「ドラゴンブレスだ! 避けろぉぉぉ!」
「…もう無理だ!間に合わねぇよ」
「クソッ! しょうがねぇな…」
「おい、齋藤! 何しようとしている!?」
綾小路が、大太刀を握る手に力を込める齋藤に嫌な予感がした。
「じゃあな。 お前らは、生きろ」
齋藤が、体に鞭打って、力を振り絞って飛び降りた。
「間に合えぇぇぇぇ!」
半透明の竜のアギトから解き放った熱線がヘリに向かって発された。
だが、ヘリに直撃する前に黒き焰の斬撃が熱線を切り裂いた。
(ああ…死んだな。 だけどまぁ…いっか。 ははっ、綾小路、丹羽さんも、手ぇ伸ばしたってもう、無理だって)
「てめぇ等ァ!」
齋藤が叫ぶ。 そして、大太刀を左手に持ち替え、右手の指を揃えて
頭の横に持っていく。
「齋藤ぉぉぉぉぉ!」
「「「……っ」」」
綾小路は遠ざかって行く齋藤に手を伸ばす。 丹羽と千早、足立が涙ぐみながら、齋藤と同じく敬礼をとった。
直後、空より光の柱が落ちてきた。
丹羽が、綾小路の襟首を引き戻し、ヘリの扉を閉めると同時に、爆風にヘリが襲われ、操舵が不能になって吹き飛ばされた。
「「きゃぁああああ!」」
「全員! なにかに掴まれッ」
丹羽の指示で近くにあった、固定してあるものに全員がしがみつく。
天地が入れ替わりながら、衝撃に耐えながら数秒。 ようやく、機体が安定した。
「ほぅ? 良い腕のパイロットだ。 あの状態から持ち直すとは」
「言うようになったな、丹羽」
「げぇ! ヤっさん!」
「げぇ!ってなんだよ!? 誰が鍛えてやったと思ってる?!」
安田孝宏。 空挺団に所属していて今は、綾小路家の専属パイロットをしている。 丹羽の代の教官もやっていた。
「ふんっ! まぁ良いさ。 健吾サマ、冒険者ギルドの裏手の広場に停めます。」
「…ああ」
心此処にあらずという感じで健吾は、答えた。
「…しっかりしろぉバカモンが! アイツは助けれなかった! それに後悔してんならアイツはなんで死んだ!? 死に損じゃないか! お前らに生きていてほしいから、アイツはその身と引き換えに立ち向かったんだろう!? なら、てめぇ等は何をする? 覚悟キメて逝ったアイツの意思無視して諦めんのか!?」
「クソッ! 分かってる! 分かってるが!」
「…なら、せめて態度にでないようにするんだな。 ガキ共が萎縮してるぞ」
「すまねぇ」
ヘリから降りた綾小路達は、ギルド職員とギルドマスターに出迎えられて、待機していた車でギルド提携の病院へと運ばれて行った。
政府が強硬で実施した『メギド』と『蒼き清浄なる焰』で受けた被害は、避難が間に合わなかた者多数で、死者多数、行方不明者多数。 怪我人多数。 と、ありとあらゆる情報が把握出来ていない。 大失態も良いところだ。 しかも、自分達は、その様な指示は出していないと言い出す始末。 そして、何者かが政府のパソコンに不正アクセスをした形跡も見つかり、防衛プログラムの惰弱性も見つかり、国民の政府への不信感が募る。
全国各地でデモが起こり、その対応に追われる警察。 『蒼き清浄なる焰』を使用した事によって誘発された自然災害に見舞われ、自衛隊が救助に向かう。 政府への不信感、災害による不安がいつしか怒りと変わり、全国的に治安が悪くなっていく。 そして、国の防衛にまで手が回らないとなると、侵略を目論む国も出てきた。 冒険者が、モンスターとそして、人と戦う様になった。
日本は、再び戦乱の時代へと逆戻りした。 この事態が起こった原因となった、鶴間公園での惨事を地名をとって「鶴舞事変」と名付けられた。