8-8
カイがクルト・フォン・シューマッハー伯爵への面会へ向かう際、フローラとキャロルは基地内の潜入捜査を行っていた。
それは今回の目的地――シューマリオンのこの基地は、単なる軍事施設ではない疑いがあったからだ。
――恐らくは、ここでセイレーン製造やバイオロイド研究が進められている。
本来なら首都星シューマリオンはおろか、シューマッハー伯爵星系への進入は一般的には許可されていない。
今回、カイがそれを許されたのは“アデーレの毛髪を届けるため”という名目があったからこそ。
つまり、今が最初で最後のチャンスかもしれない――それが三人の共通認識だった。
カイは自分が伯爵と面談を引き延ばし時間を稼ぎ、その間にフローラとキャロルが基地を調べる。
もっとも、広大な施設をたった二人で完全に把握するのは不可能だ。
そこで、二人はまず全体図を手に入れ、そのうえで重点エリアだけでも潜入しよう――という段取りになった。
フローラとキャロルが併力して警備ボットの目を盗み、簡易コンソールのアクセスポートへクラッキングを仕掛けた。
そこには地上エリアと地下エリアを含んだ多層構造が記載され、どうやら相当に大きい基地であることが判明した。
これをたった二人で全域を探るには非現実的すぎるうえ、時間も少ない。
それでも、何もしないまま帰るのはありえない――という思いが彼女たちを強く突き動かしている。
カイが伯爵と対面するという大舞台に挑む裏で、フローラとキャロルは光学迷彩や複合式索敵ゴーグルなどを頼りに、この広大な基地へ足を踏み入れたのだった。
見取り図をざっと確認した結果、フローラは補給・物流関連施設の多いエリアを、キャロルは人員・生活関連施設のエリアを担当することになった。
それぞれの理由は単純で、フローラの方が制御コンソールへのアクセスや電子的なデータ収集を得意としており、物資搬入記録や基地の稼働状況を把握しやすい“中央制御棟”に狙いを定め安かったからだ。
一方、キャロルは人の痕跡という捜索に長け、悪戯半分の柔軟な行動力を発揮して、個別のオフィスや営舎を探って私的なメモやログを入手するのが得意分野と言える。
そうして二人は軽く頷き合い、互いの成功を祈る無言のエールを交わし、それぞれ別ルートへと姿を消した。
広大な基地の警戒態勢は思った以上に厳重だった。
フローラはスニーキングスーツの上に複合式索敵ゴーグルを装着し、可能な限り音も姿も消して歩を進めていた。
だが、あちこちに張り巡らされた警戒センサーと戦闘用自律人形の巡回が、まるで目を光らせる蜘蛛の巣のように敷き詰められている。
しかも、この区画――いわゆる中央制御棟へのアクセスルートとなる廊下には、いくつもの致死性トラップが確認されていた。
うっかりセンサーを踏めば、施設内だというのに高圧電流や殺傷性ガス、あるいはブレードの射出などが起動する仕組みらしい。
「何でここに致死性トラップなんて……このスーツがなければ、到底突破は難しかったですわね……」
フローラは息をひそめながら、わずか一歩ずつ足場を確かめて前進する。
視界に映し出されるゴーグルのインターフェースには、微弱な赤外線を感知するラインや特殊な反応を示す箇所が示されている。だが、はっきり目視できるわけではなく、細心の注意を払って間をすり抜ける必要があった。
中央制御棟は、この基地の中枢――といっても全体の警備や作戦指揮を司るわけではない。むしろ、基地全体の配電状況やインフラ稼働率、さらには物資の資材管理といった大動脈を束ねる物流とインフラ統制の要所だ。
フローラの目的は、ここに蓄積されているデータを入手することである。
たとえば、エクリプス・オパール強奪が起きた時期に、この基地の電力消費や物資の動きに不自然な変化がなかったか。あるいはセイレーン製造が本格化した時期や規模を、電力使用量や資材入出庫履歴から割り出せるかもしれない。
彼女はこの中央制御棟がそれらのログを保管しているはずだと睨み、内部データを徹底的に洗い出す意図で潜入を開始した。
しかし、その道は決して容易ではない。
警戒が薄いかと思いきや、その逆、セキュリティレベルは非常に高い。フローラは身を低くし、光学迷彩と複合式索敵ゴーグルを駆使して、危うい罠を一つまた一つ見極めながら前進する。
もしここで見つかれば自分だけでなく、潜入しているキャロルや伯爵に対応しているカイにも危険が及ぶ――それを噛みしめつつ、フローラは一瞬たりとも気を抜けないまま、中央制御棟の奥に目を向ける。
けれど、早くも何度もセンサーをかい潜るうちに、フローラは時計とにらめっこすることになった。
カイと伯爵の対談がいつ終わるか分からないし、キャロルも別のエリアを探っている。自分が遅れたら合流に支障が出るうえ、もし自律人形に見つかれば全てが終わりだ。
(しかし、これほどの防備なのに人間が一人もいないなんて……あまりに異常ですわ)
フローラはバレエのステップでも踏むかのように華麗な足取りでレーザー状のセンサーを跨ぎ越す。
スーツ自体にも隠密機能が備わっているが、それ以上に彼女の身体能力がものを言う。静かでいて素早い。
小刻みに体重を移動させながら曲がり角に到達すると、索敵ゴーグルが複数の熱源反応を示した。自律人形が巡回しているらしい。
フローラは背後の壁際へ身体を引き寄せ、迷彩を微妙に調整し、相手が通り過ぎるのを息を殺して待つ。
(見つかったら最後……私だけじゃなく、カイ様やキャロルまで巻き込んでしまう)
ふと、ゴーグルに映った自律人形が、こちらとは逆方向へ移動し始める。フローラは小さく息を吐き、再び通路を進んだ。
こうして幾度も巡回をやり過ごし、センサーやトラップを避ける過程は、想定していた以上に時間を食う。それでも、潜入開始からどれほど経ったろうか――フローラはようやく目的の制御室へ辿り着いた。
そこは重厚な扉で守られているわけではなく、シリンダー状の電子ロックがあるだけ。フローラはツールを取り出し、慣れた手つきで盗聴を仕掛けると、あっさり閂が外れる小さな電子音がした。
(思ったよりもロックが単純ですわね。時間をかけさせるのは、むしろ通路のトラップが本命ということかしら)
そっと扉を開けて部屋の中を窺うが、そこにも人間の気配はない。
室内の真ん中にコンソールが設置され、自律人形の充電ステーションのような設備が隅に佇んでいる。
フローラは素早くコンソール近くへ身を滑らせると、スニーキングスーツの光学迷彩を解除し、端末をケーブルで繋ぐ。
「やはり無人……なのね」
コンソールを操作すると、思いのほかスムーズに内部ファイルへアクセスできた。
フローラは内心でほくそ笑みながら、施設の稼働情報や警備のモジュールを片っ端からダウンロードしていく。
しかし、気を抜いたのも束の間――画面には大量のエラーが躍り始めた。特定ファイルへのアクセスが“権限外”と表示され、端末側のクラッキングツールが弾かれている。
「深層には高レベルの暗号があるようですわね。……これだけじゃ時間が足りないか」
暗号化されたデータを時間をかけて解読すればたどり着ける可能性があるが、そうすれば巡回のリスクも高まる。
部屋の外で警備が回ってくるのは時間の問題だ。
フローラは焦燥に駆られる。あと数分あればもう少し深く潜れるかもしれないが、その数分ですら危険だ。合流地点も迫っている。
そうして逡巡していると、索敵ゴーグルが警報を通知する。
外の廊下で複数の戦闘用自律人形がこちらへ向かっているらしい。すぐに部屋を出て通路を進めば発覚する危険性が高いし、これ以上籠るわけにはいかない。
「――ちょっと厄介ですわね。仕方ありません」
フローラは端末のケーブルを抜き、コンソールとの接続を断つ。
ダウンロードできたのは表層階層のデータだけ。肝心の機密情報には手が届かないまま、結局時間が尽きてしまった。
扉が一つしかない狭い制御室に、自律人形が入り込めば逃げ場はない。
あたりを見回すと、天井付近に換気用のダクトがあるのを見つける。フローラは音もなく飛び上がり、スーツのグリップ力を活かして天井へしがみつくと、短時間で換気口のパネルを外した。
背後には複数の足音が近づき、自律人形特有の金属質な響きが重なり合い、扉の向こうに殺気を孕んでいるかのようだ。
フローラは最後に視線を落とし、床に痕跡が残っていないか確認してから、素早くダクト内へ身体を滑り込ませる。
(あともう一息だけど……今は撤退するしかありませんわね)
その瞬間、扉が開き、自律人形が内部をスキャンしはじめる。
フローラはダクト内でじっと息を止める。視線までは向けられないが、金属パーツの回転音とスキャンの電子音が耳に響いてくる。
幸いにもダクトを重点的に調べる様子はなく、やがて人形たちは警戒を続けながら部屋を後にした。
フローラは一抹の安堵を得つつ、さらにダクトの奥へ進む。この場で再度コンソールをいじるなど無理があるし、自分の役目はある程度果たしたのだ。
彼女は部屋を出る代わりに、ダクトを辿って別の場所へ抜ける道を探る。
最終的にはキャロルと合流しなければならない。それに、この基地の異常性が強まれば強まるほど、フローラは早く仲間のもとに戻って情報を共有したいと思うのだった。
一方、別の区画ではキャロルが幹部の営舎に潜入しようとしていた。
フローラが中央制御棟を目指すのと同時に、キャロルは生活関連施設――兵士用居住区や物資補給棟、医療施設など、人間が日常生活を送るために不可欠なエリアを探り、そこで個人的なログや書類を探す役割を担っている。
このエリアには戦闘用自律人形の姿は少なく、どちらかと言えば補助的な作業ボットが多く配置されていた。
しかし、キャロルが営舎に踏み込んでみると、思わぬ光景が広がっていた。
そこには何もない。まったくの無人どころか、ベッドすらろくに置かれていない完全な空室状態。無骨な部屋が並ぶ廊下には埃が舞い、照明も薄暗いまま。
しかもクローゼットやロッカーを探っても、雑多な私物やメモなどが一切見当たらない。まるで、そもそも兵士が存在しない基地と言わんばかりの無人ぶりだった。
(なんなの……? 本当に誰も住んでいない? ここって営舎のはずよね)
キャロルは呆然としたが、気を取り直して医療棟や物資補給棟、整備工場などを回ってみる。
だが、どこも同じように人気がなく、設備があるだけで人の気配が感じられない。
苛だつ思いで施設内を走り回るキャロルだが、時間は刻々と過ぎていく。時計を見るたびに戦果なしでは戻れないという焦りが増してきた。
そこでキャロルは一度足を止め、施設全体図を改めて眺めた。
そこには地下に繋がる巨大な区画があることが表示されている。しかし、“今回はリスクを考慮して合流後に判断”――それがフローラとの事前の約束だった。
キャロルの心中には迷いが生じる。
だが、このまま帰るなんて納得いかないという気持ちが次第に強くなっていく。もともと探究心旺盛な彼女にとっては、無為に終わるのが我慢ならないのだ。
「……行ってみるしかないじゃない。大丈夫、うまくやるわよ」
キャロルはそう呟き、思い切って地下施設に向かうことを決断する。フローラにはこってり怒られそうだが、成果を出さずに戻るほうがキャロルとしては堪え難い。
そうして、物資搬入用の自動ラインにこっそり紛れ込む形で、地下へ続く斜行エレベーターへ乗り込んだ。
思ったとおり、ここにも人間の警備員らしき存在は見当たらない。
リフトに載せられたコンテナが無数に並ぶのを横目に、キャロルは光学迷彩を維持したままコンテナの陰に隠れ、暗い通路を目指す。
エレベーターが止まった先は、まるで別世界のような静寂に包まれていた。
コンテナが自動搬送され、目的の倉庫なりプラントなりへ運ばれていくが、人間のオペレーターはまったくいない。
キャロルが地図を見ながら進んでも、警戒センサーやカメラなども見当たらず、それが逆に不安が増すばかりだった。
やがて、重厚な隔壁にぶつかり、キャロルはクラッキングツールを取り出して解錠を試みる。
下手に複雑なロックが仕掛けられているかと思いきや、意外にも単純な構造だったらしく、数十秒後には扉が開いた。
「え……なに、これ……」
扉の先に広がっていたのは異様な光景だった。
地下空間一帯が巨大なプラントのように整備されており、無数のシリンダー型容器が並んでいる。
そして、目の前の光景は、動物園の地下施設で見たものと酷似していることに気づく。
あの時と同様、並べられた巨大なシリンダー型の容器が淡くエメラルドグリーンの輝きを放って整然と並び立っていた。
「……この感じ、間違いない。あの時のセイレーン育成カプセルみたい……」
キャロルは小さくつぶやきながら、一つの容器へ恐る恐る近寄った。
よく見れば、容器は既に何らかの液体で満たされており、その中に“何か”が脈動していることに気づく。それは、非常に小さい――成長過程の胎児を思わせる姿だった。
その存在を目にした瞬間、キャロルの胸は嫌な予感で大きく高鳴る。
直感的にそれが“人間の胎児”であると理解したのだ。
「セイレーンの胚……? いや、違う!」
背筋が寒くなる。
慌てて隣のシリンダーも確認してみると、そこにも同様の状態の胎児が浮かんでいる。
もはや確信に変わっていく。キャロルは妙な焦りを覚えながら駆け足でプラントを掛け回り、次々にシリンダーを確認していく。そうして、そのどれもが同じように胎児を宿していると知ったとき――思わず息が詰まった。
「なんてこと……これ全部、人型じゃない!」
キャロルは当たりを見渡し、ここがまさしくバイオロイド製造用――セイレーン製造のプラントであると悟り、言葉も出ないほど絶句する。
動物園オーナーが扱っていたセイレーンよりも、さらに大量かつ組織的に培養しているようだった。
その場で息が詰まる思いをしながら、キャロルは視線を走らせる。
ほんの少し奥まったスペースに、コンソールがぽつんと設置されているのが見えた。
駆け寄ると、画面は薄く明滅している。ロックなどかかっていないらしく、手を触れるだけで操作可能な状態に移行しようとしていた。
「よし……動いてる。クラックしなくても入れそう」
キャロルは迷わずコンソールに指を走らせ、システム情報を呼び出す。
そこには多数のファイルとデータベースが格納されているようだ。さらに目立つのは“セイレーン”ではなく“Doppelモデル”という名称。
アクセスしてみると、やはりここがバイオロイド製造の大規模プラントであること、現在生成中の胚がなんと1000体規模であること、そして胚の種別は“Doppelモデル”であるらしいことが分かった。
「これは……やっぱり大当たりじゃない……! 急いで全部もらっとかなきゃ」
思わず興奮を抑えられないまま、キャロルは携行端末をコンソールに接続し、膨大なデータを一括ダウンロードし始める。
ファイルの転送がゆっくり進んでいく間、彼女の胸中には焦りと喜びが交互に込み上げた。
意識の片隅ではフローラとの合流予定時刻が近いことを悟っており、あまり時間は残されていない。だが、これを逃せば二度と手に入らないかもしれない機密情報――そう思うと、待つしかなかった。
「お願い……あと少し……」
やがて、進捗バーが完了を示す。
キャロルは安堵の息を吐き、コンソール画面を初期状態に戻す。
ファイル転送がすべて終わり、ようやく彼女は緊張を解いて周囲を見渡す。
ここに長居するのは危険だ。妙に警備がない分、何かの“誘い”である可能性もぬぐえない。
キャロルは再び光学迷彩を起動し、プラントの広いフロアを後にする。
自分が地下へ潜ってきた斜行エレベーターへ戻り、地上へ脱出する必要があった。フローラとの約束の時刻を誤れば、今度こそ取り返しのつかないことになる。
かすかな足音をしのばせ、駆け足で施設を後にするキャロル。その表情には達成感と薄ら寒い不安が混ざり合っていた。
フローラはコンクリート壁の陰に身を潜め、息を殺して辺りを警戒していた。
合流予定時刻より少し過ぎているが、キャロルはまだ姿を見せない。
静寂の中、彼女はスニーキングスーツを調整しながら、心の中で焦りを噛みしめる。もしキャロルに何かあったなら……と、暗い予感が頭をかすめるが、いまはただ待つしかなかった。
そのとき、フローラは微かな気配を背後に感じ取った。音もない――だが、確かに誰かが近づいている。
瞬間、フローラは敵の接近を察知し、振り返るより先に全力の回し蹴りを繰り出す。
腰から肩へ、そして脚先へと連動する力が一息に凝縮され、空気を裂く。
「ヒィ!?」
蹴りが空を切ると同時に、彼女の足先がコンクリートの柱へめり込むように叩き込まれた。
低く重い衝撃音が響き、柱が粉々に砕け散る。
破片があたりに飛び散るが、フローラの目には手応えのなさがわずかな苛立ちをもたらしていた。
「……ッチ、外した」
腰を落として臨戦態勢を取りつつ、フローラはすぐさま動きを止めて周囲を探る。
そこへ、何もない空間から青ざめたような声が転がり落ちてきた。
「ちょ、ちょっとお姉様、殺す気!? 今の、鼻先ぎりぎりだったんだけど……!」
声と同時に光学迷彩が解け、姿を現したのはキャロル。
額に冷や汗を浮かべ、驚愕の顔を浮かべている。
そんな彼女を見て、フローラは一瞬息を呑み、肩から力が抜けるのを感じた。けれど、安堵よりも怒りが先に立つ。
「キャロル、あなたねぇ……。潜入中で気が立っているのですから、冗談で済むわけありませんわよ。もし本当に当たっていたらどうするんです」
「うー……少しビックリさせたかっただけなのに。しかし、本当にお姉様の回し蹴りって凄い破壊力ね……流石、重量級」
「あなたは、一度は味わってみた方がいいかもしれませんわね……」
キャロルは肩をすくめて笑い、フローラはこめかみに手を当てる。
隠密活動の最中にこんな悪ふざけとは、頭痛の種でしかない。
それでも、とりあえず無事に合流できたことにフローラはほんのわずかな安堵を覚える。カイの時間稼ぎがいつまで続くか分からない状況で、二人がバラバラのままなのは危険すぎるからだ。
「それで、首尾はどう? 私はあまり大きな成果はなかったのだけれど……」
フローラが事務的に尋ねると、キャロルは満面の笑みを浮かべ「地下施設で見つけちゃった」と小声で一気に話し始めた。
膨大なシリンダー、成長段階の胎児、Doppelモデル……聞くほどに信じがたいが、キャロルの端末にはその証拠データが満載だという。
その話を聞くうち、フローラは苦々しい表情になった。
地下調査は合流後に協議するはずだったのに、キャロルが勝手にリスクを冒して出向いたのだ。もちろん大きな成果を得られたのは事実だが、最悪の可能性を考えるとフローラとしては気が気でない。
「勝手に決めて……。本当に身体で分からせたほうがいいみたいね」
「え、ちょ……あ、これマジなヤツだ! 待って、ちゃんと成果出したじゃない!」
フローラがわずかに体を動かし、折檻の構えを取りそうな気配を見せた瞬間、基地内にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
その音を聞いた途端、二人とも口を噤み、素早く警戒態勢に入る。
周囲に自律人形やドローンの姿は見えないものの、このサイレンが無関係であるとも限らない。
キャロルは慌てて壁面にあるアクセスポートを開き、端末を繋いで内部状況を探る。
表示されたログを読み取りながら、顔を上げる。
「どうやら中央制御棟で侵入者の痕跡があったらしいわ……お姉様、しくじった?」
「そんなはずは……。たしかに時限式ウィルスを仕込んでましたけど、それはカイ様と合流後、白鯨号の発進が済んでから発動するよう調整済みですわ。こんなに早く起動するなんて……」
フローラは不審の色を深める。
何らかの方法でウィルスが早期に露見したのか、あるいはまったく別の要因が働いたのか。ともかく、ここで意図せず警戒が高まれば追加調査は不可能に近い。
もう時間がない。フローラはキャロルに短く指示を出すと、二人そろって光学迷彩を起動し、今度こそ速やかに撤退の準備を始める。
「わかった、お姉様。今は逃げるのが先ね」
「ええ。私たちまでロックダウンに巻き込まれたら、カイ様も一緒にアウトですもの」
二人は素早く迷彩を最大出力にし、気配も熱源も消し去る“無音駆モード”を並列起動して、駆け抜けていく。
その先で待つカイと白鯨号――そこで全ての作戦を終えるために。




