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7-13

 無限の闇に漂う星々の海。その中に、ひときわ孤高な存在感を放つ2隻の艦があった。

 ここはシュバルツベルク伯爵星系。旧称はエオキス・ゲリー YU-H b13-3星系と呼ばれた未開拓地だが、現在はリヒテンベルク選帝侯の名の下、グラフ・フォン・シュヴァルツベルク伯爵が統治者に任命されている。

 星系全体が、未来の繁栄を目指して目下開発の真っただ中にあった。


 星系内にはいくつかの前哨基地(アウトポスト)型ステーションが建設されており、各惑星への開拓事業もゆっくりと進行している。

 しかし、その歩みはまだ十分とは言えず、荒涼とした空間が広がる一方で、多くの作業人員や入植者たちがその可能性を信じて賑わいを見せていた。

 その静寂と喧騒の狭間、群青色の装甲を持つ大型航宙艦「デスアダー」と、漆黒に包まれた小型巡洋母艦(ハンガークルーザー)「オベリスク」が向かい合っていた。


 やがて向かい合う2隻の艦は、自動ドッキングシークエンスを作動させながら、慎重に距離を縮めていった。

 無数のデータがリアルタイムで両艦のシステムに共有され、軌道修正が緻密に行われる。

 その動きはまるで宇宙空間で繊細なダンスを踊るようであり、一切の無駄がなかった。


 そうして、双方の艦から連結スロープがゆっくりと伸び始める。

 それは宇宙の静寂を切り裂くかのように、確実に互いを結びつける。スロープがしっかりと接続し、連結システムが安定状態を確認すると、両艦に「ドッキング完了」の通知が表示された。


「よし、終わったか」


 ヴィンセント・ヴェッセルは、コクピットに響いた完了通知の音を聞き、シートから軽やかに立ち上がった。

 スクリーンには、黒曜石のように鈍い輝きを放つ小型巡洋母艦「オベリスク」の姿が映し出されている。

 デスアダーと繋がったその漆黒の艦体は100億クレジットを超える高価な代物だ。こうした希少な艦に乗り込む機会など滅多にない。

 その珍しい釣果に、ヴィンセントは思わず口元を緩めた。


「こうして近くで見ると、中々にいい艦だな」


 呟きに混じるのは興味と期待。艦そのものだけではない。先ほどの通信で応対したパイロット――あの男にも、妙に引っかかるものがあった。


(さて、どうにも何か勘違いしているようだが……どっちにしても、退屈しなさそうだ)


 ヴィンセントは微かに肩を揺らし、楽しげな笑みを浮かべると、ふと隣の補助シートに目を向けた。

 そこには、無表情のまま座る相棒がいる。彼女は微動だにせず、まるで精巧な人形のようだった。


「モニカ、行くぞ」


 その名を呼ぶと、モニカと呼ばれた彼女は無言で立ち上がった。その動きには一片の無駄もなく、機械仕掛けのような滑らかさがあった。


「さあ、楽しませてもらおうじゃないか」


 ヴィンセントはモニカを伴い、コクピットを後にする。

 連結通路に足を踏み入れたその瞬間、わずかな高揚感が胸を満たすのを感じた。この臨検が、いつも通りの退屈な作業では終わらない――そんな予感が確信へと変わっていく。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 オベリスクの中にある一室。普段は使われることの少ない会議室は、今や臨時の交渉の場と化していた。

 室内の中央には簡素なテーブルがあり、向かい合う形でヴィンセントとクラリスが座っている。

 対するは、カイ、フローラ、キャロルの三人。テーブル越しに交わされる視線には、互いの思惑が交錯する微かな緊張が漂っていた。


「改めて、カイ・アサミだ。独立パイロットをやっている。隣の二人は、フローラにキャロル。一人が傭兵、もう一人は同じ独立パイロットだ」

「フローラ・ベレスと申します」

「キャロル・ラウムよ」

 

 カイは一先ず自分たちの名前を名乗り、落ち着いた口調で今回の経緯についてごく簡単に説明することにした。

 彼の紹介に続いて、フローラとキャロルもそれぞれ簡単に名乗る。

 しかし、二人の意識は元同僚のクラリスへと向いており、目の前に座る男については興味はないといった空気を醸し出していた。

 それを感じていたカイは、なるべく彼女たちの意向に沿ってやりたという意識もあって、手早く事を片付けようと考えていた。


「さて今回この星系へ来たのは、とある依頼で人工生命体(ニューロイド)の輸送を任されたからだ。それ以上でも、それ以下でもない」


 改めて、カイは経緯について努めて簡潔に目の前に座る男――ヴィンセント・ヴェッセルに説明する。

 それに対し、ヴィンセントが特に驚いた様子もなく聞き流すようだったことにカイは僅かな苛立ちを覚える。


「ふむ。なるほどな」


 彼は小さく頷くと、椅子の背もたれに体を預けて軽い調子で言葉を続けた。


「だが、分かってるよな? ここは帝国の統治下だ。そして、帝国法によれば許可の無い人工生命体(ニューロイド)の持ち込みは厳密に規制されている。違法な持ち込みの場合、当然だが罰則がある」


 カイは無言のままヴィンセントを見据える。その瞳はそんなことは百も承知だと言わんばかりだった。

 これに対してフローラとキャロルも、僅かばかりに緊張を孕んだ表情を浮かべていた。


「罰金は1体当たり1000クレジット。今回お前が運んできたのは150体だから……合計15万クレジットだ」


 ヴィンセントは指を一本一本折りながら、淡々と計算を口にした。

 さらに罰金の他、当たり前だが違法に持ち込まれた積み荷は全て没収となることも付け加えられる。

 

 それは、つまるところはカイが動物園より依頼されていた輸送依頼が失敗に終わるということ意味していた。

 そのことを耳にしながらもカイは視線をヴィンセントから外さないまま、考えを巡らせていた。


(全てがこいつの掌の上か――そんな錯覚を覚えるな。いや、錯覚じゃない。実際に計算尽くだ)


 苛立ちが胸の奥からじわじわと広がっていく。

 ヴィンセントの話しぶりは余裕に満ち、相手の出方すら予測して楽しんでいるかのようだった。

 この星系に到着して間もなく、唐突に現れたこの男が、まるでこちらのカーゴの中身を初めから知っていたかのように「違法な荷はないか?」と訪ねてきたのは記憶に新しい。


(ヘリオスだな……こいつはフォクシアから情報を得て、追跡してきたに違いない。俺がここへ来ることも、人工生命体(ニューロイド)を運んでいることも、すべて把握していたからこその行動だ)


 カイは、胸の内でそう結論づけた。

 それが彼の計算通りならば、罰金や没収の話も単なる形式に過ぎない。

 ヴィンセントは本当の目的を隠したまま、こちらを試している――その態度がカイを苛立たせていた。


「……で、それが言いたいことの全てか?」


 カイの声は低く、静かだったが、その奥には押し殺した苛立ちが滲んでいた。

 一方のヴィンセントは唇の端をわずかに上げながら、テーブルに片肘をつき、指先で軽く顎をなぞった。

 

「ああ、そうだが? ほかに何があるって言うんだ?」


 ヴィンセントの含み笑いが、カイの胸の内にくすぶっていた苛立ちを一層煽る。

 まるで掌の上で踊らされているような気分だ。この男は一体何を考えているのか。

 真意を隠したまま、余裕たっぷりの態度を一向に崩そうとしない。


「はっきり言え。本当の目的は何だ? ゼノレギオンか? それとも――」


 カイの低く抑えた声には苛立ちだけでなく、押し込めた不信感が滲んでいた。

 だが、その問いに対するヴィンセントの反応は予想外のものだった。

 彼は薄い笑みを浮かべると、肩を揺らし始め、やがて堪えきれなくなったように声を上げて笑い出した。

 その響きは、この場の緊張感を嘲るかのようだった。


「いやーすまん、すまん! ふふ、勘違いだよ……お前の勘違いなんだよ」


 笑いを挟みながらそう言い放ったヴィンセントの言葉に、カイは一瞬動きを止めた。

 言葉の意味を測りかねて、険しい表情のまま彼を見つめる。


「はあ? ……勘違い?」


 カイの声に戸惑いが滲む。隣に座るキャロルも困惑の色を隠せない様子で、目を丸くしていた。

 だがその一方で、フローラだけはヴィンセントの言葉の真意を読み取ると、小さく溜息をつき目を伏せた。

 その仕草には、諦めと察知した者だけが持つ冷静さがあった。


「ちゃんと説明してやるよ。誤解されたままじゃ、こっちも話が進まないからな」


 ヴィンセントはようやく笑いを収めると、姿勢を正し、冷静な口調で語り始めた。

 その表情はどこか楽しげでありながら、言葉には確かな説得力が宿っていた。


「まず言っておくが、俺はお前を追ってきたわけでも、最初から知っていたわけでもない。ただの偶然だ」


 カイはヴィンセントの言葉にわずかに眉をひそめた。その表情には、疑念がぬぐい切れない色が浮かんでいる。

 だがヴィンセントは気にする様子もなく、小さく頷き続ける。

 

 シュバルツベルク伯爵星系――その名の響きこそ威厳を感じさせるが、実際の姿は混沌そのものだった。

 帝国領の外縁に位置するこの星系は、まだ発展途上の開拓地であり、整備されたインフラもわずかだった。

 ステーションは数基あるものの、全てが小型で低コストな前哨基地型で、最低限の宇宙港といった基本的な役割を担うだけに留まっている。

 

 各惑星の開拓はまだまだ序盤で、最近一部の惑星のテラフォーミングが終わり、本格的な入植事業が始まったばかりだ。

 入植者たちは資源を求めて荒野を切り拓き、やがて安定した生活基盤を築くことを目指していた。


 しかし、こうした場所には常に危険がつきまとう。

 豊富な資材や物資、人の流れ――これらは開拓の進展を支える原動力である一方で、不法な取引や犯罪行為を呼び込む温床ともなる。

 開拓星系には星系政府の目が届きにくい場所も多く、法の執行が行き届かない隙間を狙う者たちが跋扈していた。


 商人たちが運び込む日用品や娯楽品の陰には、しばしば規制品や違法な物資が紛れ込む。

 こうした違法品の取引は星系の隅々で密かに行われ、資源を狙った盗掘や密輸のリスクも絶えない。

 それだけではない――人の流れの中には、逃亡犯や賞金首といった厄介な存在も紛れ込むことがあり、星系の治安を一層悪化させる原因となっていた。


 こうした状況を放置すれば、いずれ開拓そのものが頓挫しかねない。

 それを防ぐため、統治者――グラフ・フォン・シュヴァルツベルク伯爵は特定のクライムハンターを雇い、法の執行者としての役割を与えた。

 

 彼らは独立パイロットとしての柔軟性を活かし、必要に応じて迅速に現場へ駆けつけることができる存在だ。

 星系政府の動きが鈍い状況でも、彼らならば即座に行動を起こすことが可能であり、その裁量権は広範囲にわたる。


 ヴィンセントもまた、その一人だった。

 この星系での秩序維持の一環として雇われ、日々、星系を訪れる新参者や物資の検査を行っている。

 彼の仕事は、混乱の兆候を見逃さず、不正の芽を摘み取ることだった。

 それは、平和的な開拓を進めるために欠かせない存在として、伯爵がなにより期待する役割だった。


 こうした背景を考えれば、カイの小型巡洋母艦が目をつけられたのは偶然であり、必然だったとも言える。

 何しろ中々見ない艦種であり、輸送艦ほどではないにしろ大量の物資を持ち運べる。

 ヴィンセントが目の前にいるのも、決して何か特別な因縁があったわけではない。

 ただ、こうした星系の混沌に対応するべく、彼がそこにいただけの話だった。

 

「あー……つまり、最初に現れたのは単なる業務の一貫で、俺を狙っていたわけじゃない?」

「ああ、そうだ。スキャンだって、先ほど見た限りでは人工生命体(ニューロイド)のケージ類は全て隠匿性能が完璧だった。まず黙っていればバレなかっただろうな」


 カイはヴィンセントの説明を聞き終えると、深く息を吐いた。

 その吐息には、苛立ちと、そして自分自身への呆れが込められている。


(結局、全部俺の勘違いだったのか……)


 自分を狙ってきた――そんな緊張感に満ちた展開を勝手に想像し、警戒を強めていたのは自分だけだったのだ。

 ヴィンセントの行動は、単なる日常業務の一環に過ぎず、彼がこの星系で秩序維持を担うクライムハンターであるという事実以外、特別な意図はなかった。


 何より、黙っていれば何も問題は起きなかった。

 ヴィンセントが笑い混じりにそう明言した瞬間、カイは天井を見上げ、これ以上ないほどの大きな溜息をついた。


「ったく……早とちりも大概だな、俺は……」


 声に出してそう呟いた瞬間、自らの顔が熱くなるのを感じた。

 恥ずかしさと自己嫌悪が入り混じり、どこに目を向けても気まずさを覚える。


 一方、キャロルはというと、どこ吹く風のように朗らかな表情でヴィンセントを見つめていた。

 何事にも動じないその態度は、今のカイにとっては少々羨ましいものだった。


「うーん? 結局、どうしてあのときヘリオスのホテルにいたの?」


 キャロルが不意に問いかける。その言葉は、カイの記憶を刺激した。


(そうだ……ヘリオスのホテルでこいつと会った。それがきっかけで、俺は自分が狙われていると勘違いしたんじゃないか)


 その記憶が蘇ると同時に、カイはわずかに身を乗り出し、ヴィンセントを睨むように見つめた。


「……キャロルの言う通りだ。偶然だってんなら、あのとき何をしてたんだ?」


 突然の追及に、ヴィンセントはわずかに表情を歪めた。

 普段の余裕を漂わせた態度とは裏腹に、少しだけ居心地の悪そうな空気が漂う。そして短い沈黙の後、肩をすくめて小さく呟いた。


「……相棒の調査だよ。モニカ――いや、クラリスの素性についてな」


 しかし、ヴィンセントの視線はどこか既に答えを得ているかのような確信に満ちていた。


「まあ、結局。その調査自体は徒労に終わりそうだがな」


 その軽い口調に、カイは怪訝そうに眉をひそめる。

 ヴィンセントは唇の端をわずかに上げると、フローラとキャロルを交互に見やった。


「どうもそこの二人からなら、クラリス――いや、モニカについて()()()()を聞けそうだからな」


 その言葉に、キャロルは警戒心を高めるかのように静かに口を閉ざす。

 一方、フローラは表情を変えることなく、ただ静かに微笑むだけだった。


 ヴィンセントはゆっくりと椅子の背もたれに体を預け、冷静な視線をカイたちに向けた。

 その瞳には、まるでこの場全体を掌握しているかのような怪しげな輝きが宿っていた。

すいません、最近流行りのインフルエンザで

妙に身体がダルくて余り進められませんでした。

皆さんも気を付けてー!

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