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7-11

 オベリスクは極彩色に彩られた超空間隧道ハイパースペース・トンネルを滑るように進んでいる。

 周囲は光の奔流が踊り、時折波打つように揺らめいては消えていく。この無限に続くかのような幻想的な空間の中、静かに目的地へと向かっていた。


 そのブリッジには、カイ、フローラ、そしてキャロルが集まっている。

 光の流れが大型スクリーンに映り込み、わずかに色彩を帯びた艦橋の中でカイの低く淡々とした声が響く。


「キャロルが持ち帰ったデータは、予想以上に重要な内容が含まれていた」


 スクリーンに投影されたデータが、白い光を放ちながら並ぶ。

 カイはその内容を要点ごとにまとめ、静かに語り始めた。


「まず、エクリプス・オパールについてだが……残念ながら、直接的な言及はなかった。たぶん、動物園がこれに直接関わっている線は薄そうだ」


 カイの指先がコンソールを滑り、データの内容が淡々と切り替わっていく。

 画面に映るのは動物園に関する事務的な報告や記録ばかりだった。


「御覧の通りデータの大半は動物園オーナー、アレクサンダー・オットーの私的なものだ。経費や管理記録、日記ばかりで、肝心の顧客リストの記述はない。だが――問題はここからだ」


 カイの声色が微かに低くなる。

 その一言に、フローラとキャロルの表情も引き締まった。


「問題は()()()()()だ」


 画面には、断片的な技術資料や日記の一部が拡大投影される。

 その中の一文――無機質な文字列が、二人の目にも飛び込んできた。


【セイレーンの製造工程は、クルト・フォン・シューマッハー伯爵の支援あってこそ成り立っている】


「ふむ。クルト伯爵がセイレーンに関わっている……」

「うーん? 伯爵がセイレーンを作って動物園に卸しているってこと?」


 フローラは小さく息を吐き、口元に触れていた指先をわずかに下げた。

 瞳はスクリーンを凝視し、断片的な情報の裏に潜む意図を追い求めているかのようだった。

 

 その隣では、キャロルが脳裏に浮かんだ疑念や感想を隠すことなく漏らしている。

 彼女の言葉は即物的で、考えをそのまま外界へ解き放つように飛び出す。

 

 カイはそれらに対して軽く頷きながら、先に得た断片が示す関係性を整理しながら二人に説明を続ける。


「どうやらセイレーン製造はクルト伯爵が主導しており、動物園側はこれに関して、おんぶにだっこという状態らしい」


 セイレーン製造の工程がクルト・フォン・シューマッハー伯爵によって主導されている事実は、動物園と伯爵との力関係を露わにしていた。

 動物園側は、セイレーン以外の他のゼノレギオンは全て自前で製造しており、そのことから分かる様に人工生命体(ニューロイド)に関する技術を十分有していた。

 

 しかし、ことセイレーンに関しては外部からの技術提供なしには成立しないほどに依存している。

 優れた資源管理や異種生物の制御ノウハウを持つはずの動物園が、その一体だけを自らの手で生み出せない。

 この不均衡は、セイレーンという存在が単なる展示用や商品に留まらぬ特別な位置付けを持つことを示唆していた。

 

「二人も見て感じたと思うが、セイレーンだけは異質だ。技術レベルが明らかに異なっている。その違和感の理由が、これで分かったと思う」


 その言葉に、フローラとキャロルも黙り込んだ。

 彼女たちの脳裏にも、動物園の地下で見たセイレーンの姿が蘇る。

 それは、他のゼノレギオンとは一線を画す()()()()()()()だった。

 

「そして、このセイレーンに関してまだ話があるんだ」


 カイがコンソールを操作し、次の資料を映し出すと、フローラとキャロルは自然とその内容に目を向けた。

 スクリーンには、セイレーンに関する極秘プロジェクトの詳細が表示されている。

 フローラは眉をわずかに寄せ、画面をじっと見つめながら低い声で呟いた。


「……リヒテンベルク選帝侯の第二息女の遺伝データを基にしたセイレーンの製造計画」


 その言葉には驚きと困惑が混じっているが、声色は落ち着いている。

 彼女はクルト伯爵の経歴を思い出し、この計画の異常性を瞬時に察していた。

 一方、キャロルはそのまま思ったことを口にする。


「えっ、流石にそれはマズイでしょ……。てか、普通にバレたら終わるのに危険すぎない?」

「伯爵がなぜそんな危険を冒すのかは一先ず置いて、この突飛な要望に動物園側が完全に拒絶できない理由があるんだ」

 

 カイは言葉を切り、次なる情報を投影した。

 そこには、動物園がセイレーンを通じて築いてきた簡単な取引内容が記録されている。


 クルト伯爵の協力を得てセイレーンの製造・販売を行った結果、動物園は多数の有力貴族との取引に成功していた。

 その完成度の高さから、セイレーンは単なる愛玩用の枠を超え、一種の「ステータス」として認識されるようになっていた。


 セイレーンを所有することは、ただの贅沢品ではなく、動物園と繋がりを持つことで得られる限定的な地位の象徴でもあったのだ。

 この特異な市場価値は、動物園が水面下で貴族社会に根を下ろし始める要因となり、彼らとのコネクションはノイシュテルン星域内部で緩やかだが確実に拡大していた。


 その結果、動物園は単なる娯楽施設の枠を超え、特異な立ち位置を獲得していた。

 表向きは目立たないが、裏では貴族たちとの結びつきが強化され、セイレーンを媒介として彼らの間に確固たる足場を築いていたのである。

 そのような背景があったからこそ、クルト伯爵の次なる提案――リヒテンベルク選帝侯の第二息女の遺伝データを基にしたセイレーン製造計画――も完全に無視することができなかった。


 動物園側にとって、その計画が持つリスクは痛いほど理解していた。

 選帝侯家の血筋を遺伝情報として扱うことは、発覚すれば帝国全体を揺るがしかねない。

 だが、彼らが築き上げた貴族社会とのコネクションを守るためには、クルト伯爵の意向を完全に拒絶するのもまた難しい。


 スクリーン上のメモには、動物園が現在計画進行を引き延ばし、回答を保留していることが淡々と記されていた。

 その一文が、動物園の苦しい立場を物語っていた。

 

「なるほどね。動物園側もこれじゃあ、逆らえないわけね」

 

 キャロルはカイの説明を受け、動物園がクルト伯爵との協力によって貴族社会での勢力を広げ、その結果として伯爵の要望を断ることができない状況に追い込まれていることを理解した。

 その巧妙な構図に、小さく唸り声を漏らす。

 フローラもまた、動物園の置かれた立場を理解しながらも、別の疑念が頭を離れなかった。彼女は視線をスクリーンに向けたまま、静かな声で問いを口にする。


「……ただ、一つ腑に落ちませんわ。なぜクルト伯爵がセイレーンを製造する技術を持っているのか。それが最も不可解ですわね」


 その指摘に、カイもまた思案げな表情を浮かべた。


「確かに、伯爵家が代々そういった人工生命体(ニューロイド)製造に関わっていたのであれば話は分かる。けれど、先日ヘリオスを通じて入手した情報には、シューマッハー伯爵家がそんな事業を行っていた経歴はどこにもなかった」


 フローラは静かに頷きつつ、その点が動物園のデータにも記されていないことに違和感を覚えていた。


「普通ならば、こうした技術を持つ貴族なら、それなりの痕跡が残るものですわ。それが全くないというのは……隠しているか、あるいは最近になって得たものだと考えるべきですわね」


 キャロルが腕を組みながら、やや挑発的な口調で言葉を挟む。


「つまりさ、伯爵はどっかから技術を引っ張ってきたってこと? それとも盗んだ?」

「個人的な直観で言えば前者だな。ただ、こればっかりは今の状況だけでは判別がつかないな」


 カイは考え込むように視線を落とした。

 シューマッハー伯爵家にそうした技術の痕跡が確認されない以上、外部から技術を得たと考えるのが自然だ。

 しかし、その出どころがどこなのか――その疑問が解けないまま、答えは霧の中に包まれていた。

 

「クルト伯爵がどうやってセイレーン製造に関する技術を手に入れたのか……正直なところ、現時点では情報が不足している。これ以上考えても無意味だ」


 その言葉にはどこか割り切れない響きが混じっていたが、すぐにカイは視線をフローラとキャロルに向け、次の課題に話を移した。


「問題は動物園が置かれている状況だ。この背景を把握した上で、俺たちが次にどう動くべきかなんだが……」


 その言葉にフローラは腕を組み、落ち着いた表情でカイの話を待った。

 一方、キャロルは軽くコンソールにもたれかかりながら、いつもの軽い調子ではなく、真剣な眼差しをカイに向けている。


「俺の答えは()()だ。動物園側が第二息女の遺伝データを入手すること――それ自体は半ば決定事項だと見ている。セイレーンという目玉商品で販路を拡大した以上、唯一それを製造できる伯爵の機嫌を損ねる選択肢は彼らにはない」


 キャロルは軽く眉をしかめると、体を前に乗り出し、率直に疑問を口にした。


「でも、情報って鮮度が大事じゃない? 折角手に入れたんならさっさと売り払った方がいいんじゃない?」


 その言葉にカイは一瞬考え込みながらも、スクリーンに目をやり説明を続ける。


「それは分かってる。けど、現時点ではこの情報の価値はまだ高くない。何せ具体的な動きが何もないからな。活かせるとしたら、リヒテンベルク選帝侯に告げることだが、幾ら星章士の肩書を使ってもそれは厳しい。よしんば叶ったとしても、報酬も微妙だろうな」


 フローラが小さく首を傾け、優雅な仕草で問いを投げかけた。


「それでは、カイ様。今はただ待つということですの?」


 彼女の静かな声に、カイは頷きスクリーンを指し示した。

 そこには、動物園が計画を引き延ばしている旨が記されたメモが映し出されている。


「そうだ。計画が動き出すまで一旦放置する。観察し、価値が高まるタイミングを見極める。それまではヘリオスなどの機関にリークすることも含め、手を出さない方が賢明だ」


 その言葉を聞き、フローラは小さく息をつきながら、カイの慎重な判断を受け入れる表情を見せた。

 キャロルも静かに頷き、カイの意見に賛同を示した。

 そうして全員の意見が一致したタイミングで、ブリッジに聞きなれた電子音が響く。 

 それは、オベリスクが間もなく目的地である星系へジャンプアウトすることを告げていた。


「さて、今は何よりも、依頼を成功させることが最優先だ」


 カイはコンソールから目を離さずに言い放つ。

 その声に迷いはなく、そこにはハッキリと“動物園オーナーの期待に応え、信頼を得る”という意志が宿っているように感じられた。


「フローラ、キャロル。それぞれ所定の位置についてくれ」


 フローラは静かに「承知しましたわ」と答えると、補助席に着いてシステムチェックの準備を始めた。

 キャロルは「うん、わかった!」と明るく短く返事をし、ブリッジ奥の制御パネルへと駆けていく。

 

 緩やかに時が進むなか、艦内の警告灯がわずかに点滅し、ジャンプアウトのタイミングが迫っていることを示す。

 やがて、オベリスクの艦体全体が軽く軋むような振動に包まれた。


 眩い閃光が一瞬、視界を染める――と同時に、艦はハイパースペーストンネルから解き放たれ、広大な宇宙空間に姿を現した。

 周囲には星のきらめきこそあるが、まだ荒涼とした空間が視界の大半を占めている。


「ジャンプアウト完了。フローラ、システムチェックを頼む」

「かしこまりましたわ。……システム良好、出力は正常値を維持していますわ。エンジン負荷も基準値以内、外部との通信状況も問題なし――」


 フローラが淡々とチェック結果を読み上げていると、唐突に甲高いアラートがブリッジを切り裂いた。

 その鋭い警告音に、キャロルは思わず顔をしかめる。


「な、なに!? いまの音、故障とかじゃないよね?」

「いえ、違いますわ。……未確認の艦がこの宙域へジャンプアウトしてきます!」


 フローラが叫ぶように報告すると同時に、ブリッジのメインスクリーンが自動で切り替わった。

 オベリスクの光学カメラが捕捉した映像が拡大され、そこには空間が軋むように歪み、その先から何かが出現しようとしている様子がはっきりと映し出されている。


「ニアミスか? いや、違う――!」


 カイが声を低く落とした。

 数秒の静寂が続き、まるで空間そのものが震えるように空間が一瞬歪んだかと思うと、1隻の大型航宙艦が真正面にジャンプアウトしてきたのだ。

 そのあまりに突然の出現に、カイ、フローラ、そしてキャロルは思わず息を飲んだ。


「嘘でしょ……あれ、デスアダーじゃん!」


 キャロルは緊張を隠せないまま、その大型艦を凝視する。

 静謐な青が彩られた装甲は微かな光を放ち、側面には重厚そうなパネルが幾重にも張り巡らされている。そして次の瞬間、そのパネルの隙間がゆっくりと開き始めた。

 隙間から、いくつもの火砲がせり出すように姿を現し、ハッキリと攻撃の意思を示す。


「……やばいな。キャロル、急いで出撃準備。命令があるまで下手に動くんじゃないぞ」


 カイが押し殺した声でそう告げるや否や、キャロルは静かに頷いてブリッジを後にする。

 そうしてカイの視線が再びモニターへと向けられると、こちらを狙う火砲の群れ。さすがに迂闊に動くことはできない。

 フローラもコンソールの前で固唾を呑み身動きを止めている。


 そのとき、不意にブリッジ内の通信端末が電子音を響かせた。

 急な着信に一瞬たじろいだものの、カイはすぐに表示を確認する。


「……相手艦からの通信リクエストだ」


 火砲を突きつけられ、膠着状態となったまま迎えた、まさかの呼び出し。

 謎の大型艦がどんな要求を突きつけてくるのか――

 ブリッジに残ったカイとフローラは、息を呑むような緊張を抱えながら、通信を繋げるのだった。

どうやらインフルエンザに掛かってしまったようで

ずっと体調が悪いです。皆さんもどうぞお気を付けをー!!

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