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7-9

凄く迷ったのですが、それなりに重い設定があります。

あと、2話分くらいの文量になってすいません……。

分割しようかと思ったのですが、一気に話を読んでもらった方がよいかなと思いまして。

 豪華な装飾が施された商談室の中央には、動物園のオーナーであるアレクサンダー・オットーが静かに座っていた。

 向かいにいるのは独立パイロット、カイ・アサミ。

 隣には控えめな笑みを浮かべるフローラが佇み、コーネリアはアレクサンダーの傍らに控え、その補佐役として静かに立っている。


「――ヴァルデック侯爵から星章士を賜っております」


 カイがその一言を放った瞬間、アレクサンダーの表情が僅かに動いた。

 その目には明らかに「どこにでもいる平凡なパイロット」という見下した色から打って変わり、瞳には明確な興味が宿っている。


(これで、第一段階はクリアだな)


 カイはアレクサンダーの反応を見て、内心でそう確信した。

 星章士――それは帝国内でも一部の信頼厚い者に与えられる称号であり、ヴァルデック侯爵の名が加わることで、アレクサンダーにとってこの取引は単なる偶然の商談ではなくなったのだ。

 カイは目の前に座る男の反応を冷静に観察しつつ、次の一手を仕掛けるべく言葉を続けた。


「それともう一つ――私は小型巡洋母艦(ハンガークルザー)を所有しています」

「ほう?」


 アレクサンダーの眉がわずかに動く。

 小型巡洋母艦(ハンガークルザー)は実のところ、そう多い艦種ではない。

 

 母艦としても、輸送艦としても中途半端であり、その癖に非常に高価だ。

 母艦機能も小型航宙艦2隻のみであり、輸送力に関しても同サイズの輸送艦と比較すれば取るに足らない。

 しかし、大型航宙艦などが搭載可能な艦載機と比べれば、小型航宙艦の方が遥かに強力なのはいうまでもない。加えて、積載量に関しても優に勝る。

 

 そのため、艦艇単位で比較して行けば、単なる輸送艦に比べて海賊船など第三者からの攻撃に対する抵抗力が高く、多様な業務を担う独立パイロットからは人気のある艦種だった。

 こうした特徴から、小型巡洋母艦(ハンガークルザー)は「重要な積み荷」を運ぶにはまさに打って付けの艦といえた。


「それなりの輸送が可能で、長距離航行にも対応しています。そして、今回の購入品――実はとある貴族からの依頼品なのです」


 カイはわざらしく曖昧な言い方をし、アレクサンダーの反応を窺う。

 勿論、この話はでっち上げの嘘に過ぎない。

 名指しを避けることで、彼の好奇心をさらに掻き立てると同時に、自らを「貴族の輸送役」として印象づけるためだ。


「……つまり?」


 アレクサンダーは口元に笑みを湛えつつも、その瞳はカイの真意を探るように鋭さを増している。


「今後も、こうした輸送をお手伝いすることが可能ということです。彼らとの取引は何かと手間がかかりますが――私を通せば、円滑に進むことでしょう」


 カイはあくまで落ち着いた態度を崩さず、相手の目を見据えた。

 それは、信用と自信を示すための一種の演出でもあった。


 アレクサンダーはしばし黙考する。

 彼の頭の中では、カイの発言が整理されていく。


(星章士、ヴァルデック侯爵(上位貴族)との繋がり、そして小型巡洋母艦(ハンガークルザー)――)


 侯爵とのコネクションが本当ならば、彼が統治する星系の貴族たちとも繋がる足がかりになるだろう。

 動物園のビジネスを広げるには、多くの貴族社会への接触が不可欠だ。

 そして、それを可能にする"橋渡し役"としてカイを利用する――。


(これは……悪くない機会だな。よし、少し様子を見るか)


 アレクサンダーがチラリと横に立つコーネリアを見ると、彼女は小さな笑みを浮かべていた。

 それは、彼の考えを肯定するかのような仕草だった。

 部下との意見の一致(コンセンサス)を得て、アレクサンダーは小さく頷き口を開いた。


「面白い。アサミ殿、貴殿の提案――乗らせていただきましょう」


 その言葉に、カイは軽く微笑んだ。

 フローラもまた、品のある笑みを浮かべて頷いている。


「ありがたいお言葉です。必ずや期待にお応えします」


 アレクサンダーは満足げに頷く一方で、その目には警戒心の光が残っていた。

 商人の直感として、カイがどこまでの"器"かは今後見極めるつもりなのだろう。


「それでは、早速ですが幾つかの商品を運んで頂けないでしょうか。何、ご心配なく、配送は後回しにして良い商品ですから」


 アレクサンダーが軽やかに切り出したその瞬間、カイは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「――へ?」


 その場にそぐわない間抜けな声が、静まりかえった商談室に響く。

 堂々とした態度を保っていたカイだが、まさかこの場ですぐに依頼が来るとは思っていなかったのだ。


「お、お引き受けしますが……まさか、え、もう今!?」


 カイが確認するように聞き返すと、隣のフローラが深々とため息を吐いた。


「カイ様、少し落ち着いてくださいまし。何をそんなに驚いているのですか」


 フローラが呆れたように眉を寄せながらも、上品な笑みを浮かべている。

 その様子に、アレクサンダーが堪えきれず、大きく笑い出した。


「はっはっは! いやはや、貴殿は実に面白い方だ。ここまで堂々とした態度を取っていたのに、その反応はどういうことですかな?」


 アレクサンダーの笑い声が、重かった空気を和らげる。

 その笑いにはこれまでの鋭い打算こそあれど、カイへの興味と親しみが滲んでいた。


「い、いえ、こちらとしてもすぐに依頼が来るとは思っていなかったものでぇ」


 カイは気まずそうに頭をかきながら、なんとか取り繕おうとするが、その素の反応がさらにアレクサンダーを愉快にさせる。

 そのとき、商談室の扉が乱暴に開けられた。


「カイ様! 私、任務お――え? 何この空気」


 キャロルが勢いよく室内に戻ってきたが、すぐに足を止めた。

 笑い声を上げているアレクサンダーと、その横でため息を吐くフローラ、そしてカイの困惑した表情――普段とは違う空気に、キャロルは眉をひそめる。


「ご主人様、また何かやらかしちゃったの?」

「やらかしていない! ……多分」


 カイはすかさず否定するが、その返事がどこか弱々しい。

 フローラが静かに目を伏せ、呆れたように口を開いた。


「カイ様が慌ててしまっただけですわ。こちらのお話は、正式にお仕事を頂けたということでよろしいのですわよね?」


 フローラの言葉に、アレクサンダーが軽く頷いた。


「ええ、その通りです。アサミ殿には幾つかの商品を運んで頂きたい。何せアサミ殿は星章士。その称号が伊達ではないことを証明して頂きたい」


 アレクサンダーの口調は穏やかだが、その目には笑みとは裏腹の鋭い光が宿っていた。

 まるでこちらの力量を測るかのように――あるいは試しているかのように。

 カイはその視線を受け止め、内心で息を呑む。

 

(あ……これ、絶対に失敗できない依頼だ)


 先ほどまでの余裕はすっかり消え、カイの胸中には静かな緊張が広がる。

 ここで失敗すれば、星章士の名に傷がつくばかりか、アレクサンダーの信用も失うことになる。

 それがどういう結果を招くか、想像するまでもなかった。


「詳細については後ほどお知らせ致します」


 アレクサンダーは端末に軽く指示を送り、コーネリアに視線を向ける。


「コーネリア、後は任せるとしよう」

「承知いたしました、オーナー」


 コーネリアが静かに一礼し、手元の端末を操作し始める。

 その手際の良さが、アレクサンダーの信頼の厚さを物語っていた。


「では、アサミ殿。私はここで失礼させていただきます。良い商談でしたな」


 アレクサンダーは立ち上がり、にこやかな笑みを浮かべたまま、ゆったりとした動作で席を離れる。

 その背にはどこか余裕と威厳が漂い、彼がただの動物園のオーナーではないことを改めて感じさせた。


 カイは静かに頭を下げる。

 それと同じくしてフローラも頭を下げ、やや遅れてキャロルもそれに倣った。


「こちらこそ、良いお話をいただき感謝します」


 アレクサンダーは満足げに頷き、そのまま商談室を後にした。

 扉が閉まると、室内には一瞬の静寂が訪れる。


 カイは息を吐き、気付けば肩に力が入っていることに気がついた。


(……重圧(プレッシャー)がすごいな)


 アレクサンダーの笑顔は一見柔和だが、その裏に潜む厳しさや計算高さが、彼をただの商人以上の存在に見せていた。

 この依頼は一つの試金石――カイはそう感じざるを得なかった。


「カイ様、大丈夫ですか?」


 フローラが落ち着いた声音で問いかける。

 彼女の優しい笑みが、張り詰めた空気をわずかに和らげた。


「ああ……少し気が張っただけだ」


 カイはそう言いながら、天井を見上げて深く息を吐く。

 だがその表情には、既に次の行動へ向けた覚悟が滲んでいた。


 コーネリアが淡々と端末を操作する音が、商談室に静かに響く。

 新たな仕事の詳細が、間もなくカイの手元に届けられる――。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 オベリスクのブリッジには、微かな振動音と機器の制御音だけが響いていた。

 大型のスクリーンには、星々が無数の光点となって散りばめられ、そこに航路の軌跡を示す青いラインが描かれている。

 目的地は200光年先――エオキス・ゲリー YU-H b13-3星系。いや、今はもうその名では呼ばれていない。

 

 目標の星系はリヒテンベルク選帝侯の名のもと、新たに「シュバルツベルク伯爵星系」と改められた。

 新たに任命された統治者、グラフ・フォン・シュヴァルツブルク伯爵がその中心に立ち、未開の宙域に帝国の新たな足跡を刻もうとしている。


 正確な配送先は、その第4惑星グリューンハイデだ。

 まだ開発途上にあるその惑星へ、荷を運ぶ予定となっている。


「よし、入力完了。航行ルートについても問題は無し」


 カイはブリッジのメインパイロットシートに腰掛け、前方に映る航路図をぼんやりと眺めていた。

 手元の端末には、今回の積み荷が事細かにリストアップされている。

 ゴブリン100匹、オーク50匹――これだけでも気が重いのに、関連ユニットや飼料まで運ばなければならない。

 おかげで、その総量は4200トンと膨大な重量となっていた。


 そのリストを確認して、カイの目が自然と細められる。

 生物150匹――しかもそれがただの動物ではなく、ゼノレギオンという"管理が難しそうな"代物だ。

 最初に聞いたときは、思わず「お断りします」と言いかけたほどだ。


「生きた荷物ってのは、いろいろと厄介なんだよなあ……」


 口元から零れた呟きに、隣のキャロルが微かに笑みを浮かべた。


「けど今回は楽じゃない? ゼノレギオンたちは冷凍睡眠状態での輸送だもの。殆どに単なる荷物と変わらないと思う」


 その声にはいつもの彼女の気楽さから来る余裕が滲んでいる。

 確かに、生きた状態で運ぶとなれば、酸素供給、気圧、温度管理、食料供給――その全てに気を配らねばならない。

 だが、今回の依頼は違った。

 ゼノレギオンたちは、一部を除いて冷凍ユニットの中で眠りについている。


(まあ、眠っている連中に関しては問題ない……が)


 カイの懸念は、一部のゼノレギオンが冷凍状態ではなく、通常状態で運ばなければならないという事実にあった。

 これは、今回依頼を持ち込んだ動物園の営業担当であるコーネリアから提示された条件だった。

 同様のゼノレギオンを生体のまま安全に輸送できるかどうかのテスト要素も含まれているという。


 その中でも最大の問題は、その覚醒状態のゼノレギオンたちの世話役にフローラが名乗りを上げたことだった。

 彼女は動物行動学や飼育管理に詳しいものの、あまりにも没頭しがちだ。その懸念が見事に当たったように、このブリッジには肝心のフローラの姿がない。


「あいつ、まだ帰ってこないのか……」


 カイは小さな溜息を吐き、申し訳なさそうにキャロルに指示を出す。

 

「キャロル。悪いんだけど、フローラに出航準備が整ったことを報告して来てくれ」

「げ……。はあー、仕方ないか。お姉様に、遊びも程々にするように注意してくるわね」


 カイからの指示に、キャロルはあからさまに嫌そうな顔をしてみせた。

 しかし、最高責任者からの命令とあって渋々ブリッジを後にする。

 彼女はスラリとした体躯を起こし、重い扉が開くと、その先にある第2カーゴへと向かった。

 

 キャロルは重い足取りで長い通路を進む。

 カーゴ区画へ向かうにつれ、艦内は徐々に静寂を深め、その代わりに低い機械音が耳に残るようになる。


 やがて隔壁を抜け、第2カーゴへと辿り着く。

 艙内(そうない)は薄緑色の非常灯に照らされ、コンテナや冷凍ユニットが整然と並ぶ。その奥には、今回の肝である覚醒状態のゼノレギオンが収容されたケージ群がある。

 

「ぉ……! んッ……ぁあ!」


 キャロルが第2カーゴにあるケージ群へと近づいていくと、何やら女性のうめき声のような声が聞こえてきた。

 その声を聞いた途端、キャロルの中で疑惑は確信へと変わり小さな溜息が漏れ出した。

 

 視線を巡らせると、背の高いケージの影からフローラが現れた。

 ヘアバンドで後髪をまとめた彼女は、ポニーテールを揺らしながら何やらホロ端末をいじっている。足元には給餌装置らしき機械や、何やら得体の知らない粘液塗れの棒状のものなどが散らばっていた。


「ちょ、ちょっとお姉様! 服くらい来てよ、もう!」


 驚くことにフローラは全裸だった。

 それも何か激しい運動をしたのか、よく見れば全身が汗ばみ、身体から湯気が立ち込めていた。

 同僚のあられもない姿にキャロルが苛立ち混じりに声をあげると、フローラは顔を上げて微笑む。


「あら……キャロル、来てましたの。今、ちょうどこの子たちのストレス値を測定し終えたところですわ。不慣れな環境でも、今の所みんな満足しているみたい」


 フローラは端末を見せつけるように掲げる。

 そこにはゴブリンやオークと呼ばれるゼノレギオンたちの生理データ――心拍、呼吸、ストレス指数――が詳細に記録されていた。

 何やらそれぞれの個体に数え線が刻まれていたのは見なかったことにした。

 そうして、キャロルはやたらと肌艶の良いフローラの顔を見て小さく呟く。

 

「もうヤってる……ほんと、手が早いんだから」


 キャロルは抑えきれない頭痛を押し込めるように、指先でこめかみを強く押さえた。

 頼りない照明が、濡れた鉄床に微かな輝きを散りばめている。

 そのかすれた明かりは、フローラの艶めいた裸体を、どこか現実感の薄い、異様な場面へと映し出していた。


「全く……出航準備は整ったわ。ご主人様がブリッジに集合するようにって」


 その声色には、呆れと諦念が滲む。

 フローラはキャロル――もとい、カイからの指示を聞いて、肩をすくめた。

 その仕草は普段通りの気楽さを伴っていたが、その表情には微かな惜別が混じっている。


「もうそんな時間なのですわね……。あともう一、二発くらい……発散させておきたかったのに」


 その言葉を聞いて、キャロルは顔をしかめる。

 この女は一体なにを言っているのか――。


 フローラの熱のこもった呼吸が、区画内の重い空気に溶けていく。

 ゼノレギオンたちは冷たい金属の柵の向こう側で静かに身を横たえ、あるいは不規則な呼吸を繰り返している。

 生物、欲望、管理――何もかもが混濁した空間の中で、キャロルは自分がいかに常識側に踏みとどまっているかを確認するように目を閉じた。


 再び目を開いたとき、彼女は問いを口にする。

 その声には、感情を抑えきれない微かな揺らぎが混じる。


「ねえ、お姉様……前から疑問だったんだけれども。ご主人様がいるのに、なぜこんなことをするの? お姉様だって、ご主人様とハンドラー契約を結んでるんでしょう? それなら――」


 その瞬間。

 フローラの背筋が、ぴんと張るのをキャロルは見逃さなかった。

 先ほどまでの豊満な色気をまとう姿は、まるで仮面のように剥がれ落ちていく。そこに立っているのは、かつて部隊を率いて数々の敵を排除してきた、部隊長フローラの顔付だった。


 彼女の瞳は、冷静だが確かな意志を宿し、キャロルを射抜く。

 その鋭さは、この区画をかすめる淡い照明よりも、はるかに強い輝きを帯びているようだ。


「ふむ……そうですわね、いい機会かもしれません。……ねえ、キャロル」


 わずかな間が空く。

 フローラは、船内のこの限られた空間に自分とキャロル以外の視線が存在しないことを、改めて確かめるように周囲を見渡した。

 つい先ほど、まるで禁じられた愉楽に耽るかのような自分の姿を見られた以上、改めてこの状況を利用して本質的な理由を明かしておくべきだろう。

 この時この場所で、何も誤魔化さず話しておいた方がいい――フローラはそう判断したのだ。


「カイ様との子供、欲しいと思ったことはありますか?」

「えっ……」


 その問いは、予期せぬ方向から胸を抉るようだった。

 キャロルは、問いを受け止め切れず、わずかに頬を染めながら視線を逸らす。そして、少しだけ躊躇いがちに言葉を紡いだ。


「そりゃ……将来的には、欲しいと思ったこと、あるわ」


 その言葉に、フローラは不意に笑った。

 けれど、その笑みは砂上に描かれた絵のように頼りない。すぐに崩れ落ち、冷たく乾いた声が残る。


「そんな未来は、()()()()()()()()()

「えっ……な、何で!?」


 キャロルは思わず一歩前へと詰め寄った。

 目の前のフローラが、自分とカイとの関係、そのこれから先にあるかもしれない子供まで、強引に断ち切ろうとしている――そんな発言に聞こえたのだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ、お姉様! それはどういう意味? 私がご主人様との間に子供を作ろうとしたら、それを許さないってことなの!? そんなの、お姉様に決められるはずがないでしょう!」


 苛立ちが混じる声が艙内(そうない)に響く。

 キャロルは怒りと動揺を抑えられず、険しい目つきでフローラを睨んだ。

 しかし、その反応を受けても、フローラはわずかに眉を寄せたまま静かに首を振る。

 まるで、話が噛み合っていないことを嘆くように、深く息を吐く。


「違いますわ、キャロル。そうじゃないの。問題は、私たちの身体……()()()()()()()()()()()のですわ」


 その瞳には、先程までの覇気と異なる、沈鬱な光が宿っていた。

 キャロルは一瞬息を呑み、フローラの次の言葉を待つ。


「私たちとカイ様との間に、子供は作れません」


 その言葉が、ようやくキャロルの思考を正しい方向へと向かわせる。

 フローラが告げる「絶対に訪れない未来」とは、フローラが勝手に踏みにじるようなものではなく、もっと根本的な、超えようのない現実の壁を指している。

 ――そう悟ったとき、キャロルは唇を噛み締め、何も言えなくなってしまうのだった。


 フローラは、ほつれた前髪を耳の後ろにかき上げながら、静かに続ける。


「正確に言えば――生まれ落ちても、子供は成長できません。遺伝的な問題により、私たちの身体に組み込まれた増強された筋組織に、幼い骨格は耐えられない。強すぎる張力と圧力に、未発達な骨が軋み、破壊され、そして生命を維持できなくなる」

「ッ……!?」


 ケージの中のゼノレギオンたちは、何も知らぬ眠りに沈んだままだ。

 ほの暗い明かりが、二人の影を深い陰影として甲板に描き出す。

 静寂が、鋭利な刃のように空気を裂く中、フローラの声はどこか諦念に満ちていた。


「それが、私たちの現実ですわ」


 キャロルは、鋭い衝撃を受けたかのように言葉を失っていた。

 生まれながらにして備わった、生殖に関する根源的な機能は、当たり前のように次世代へと繋がっていくべきもの。

 それが成り立たないなど、これまで想像すらしたことがなかった。


「……そんな、あり得ない……」


 辛うじて絞り出した声は、区画全体に淡く混ざり合って消えていく。


 フローラは、その困惑した妹分の視線を、冷静に受け止めていた。

 再び彼女は、かつての部隊長としての重みを帯びた声で語り始める。


「先ほど、あなたが私に問いましたわね。なぜ、こんなことをするのか、と」


 キャロルは黙ってフローラの顔を見つめる。

 フローラの表情は淡々としているが、その瞳の奥には、いまだ燃えるような意志の光が揺らめいている。


「その問題を解決するためですわ」


 冷えた甲板の上、機材やパッドが不規則な影を落としている。


「私たち72人の姉妹は、いわば試作品のようなもの。ありとあらゆる条件下で戦い、繁殖し、人類の枠を超えた存在になり得るかどうか。その可能性を検証するために()()された」


 微かな装置音が、二人の間を満たす。


「けれど、私たちには致命的な欠陥がありましたわ。それが今言った()()()()()()()です。カイ様のような人間との間では、私たちは正常な子供を残すことができません。

それどころか、人間以外の哺乳類種族との間でも、産まれてくるのはその相手種族側のクローン個体ばかりなのです。だから私は、あらゆる遺伝子パターンを集め、解析し、この問題を克服しようとしているのですわ」


 キャロルは思わず息を呑む。


「お姉様……じゃあ、軍時代のあの噂は……」


 キャロルの脳裏を掠めるのは、曖昧な影に包まれた記憶だった。

 たとえば、ある時期、フローラが任務から長く外されていたこと。

 医務室と実験区画を往復する、医師たちの妙に緊張した足音。

 それが何だったのか、誰も語らない。書類上にも存在しない。

 ただ、部隊員たちの間に、微かに滲んだ不自然な沈黙だけが残っていた。


 フローラは少しだけ悲し気に微笑みながら静かに頷く。


「ええ、事実ですわ。けれど、後悔はありませんの。それが、私に()()()()()()でもあるから」


 その言葉には、生まれながらに背負わされた宿命への諦念と、打破しようとする執念がないまぜになっている。

 驚愕するキャロルを前に、フローラはわずかに表情を和らげる。

 強張りかけた頬が、微妙に緩み、皮肉げな笑みが浮かぶ。


「もちろん、そこには私自身の内なる衝動も関係していますわ。異なる種族との交合、その記録と分析……それが私を高揚させるのも事実」


 キャロルは、思わず息を詰める。

 この異様な告白は、まるで人間味に溢れながらも、人間ではない存在の本能を垣間見せているかのようだった。


「……でも、お姉様、それは……」


 言葉に詰まるキャロルの前で、フローラはさらなる事実を告げる。


「72人の姉妹は、みな同じ問題を抱えていますわ。私たちがこの先も生き続け、次の世代を成していくには、この欠陥を乗り越えねばならない。そして私は、部隊長として、この宿命に応えなければなりません」


 酷薄とも思える決意を帯びた声が、ひそやかに響く。


「だから、カイ様以外の雄のサンプル収集は、これからも続けますわ。たとえそれがどんなに歪に見えても、私はこの使命を放棄しません」


 微小な振動が金属フレームを伝わる中、キャロルは、何も言えず、ただ立ち尽くす。

 二人の間に横たわる沈黙は、濃密なまま、断ち切られる気配はなかった。

ちょっと体調を崩しているので

もしかすると、2~3日位更新が遅くなるかもしれません。

ごめんなさいー!


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― 新着の感想 ―
体調お気を付けくださいね。 お大事に。昔のあとがきだから今はどうか知らんけど笑 なう(2025/06/22 17:45:04)
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