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7-1

ちょっと長くなっちゃいました……許してね!

 漆黒の宇宙を切り裂くように、一隻の巨大な航宙艦が進んでいた。

 その名は オベリスク。

 全長300メートルを超す小型巡洋母艦(ハンガークルーザー)は、星々の海を堂々と渡る巨躯を持ちながらも、最新鋭の技術で滑らかに進む。

 

 その懐には、膨大な積み荷が詰め込まれていた。その量たるや、最大積載量である5000トンに程近い。

 日用品から工業製品、小銃や陸戦兵器に至るまで、雑多な商品がぎっしりとカーゴに並ぶ。それらは次の星系で吐き出される予定の大事な商品だった。

 総額にして凡そ200万クレジット。

 そのオベリスクの第1ドックでは、元商船の白鯨号が静かに待機していた。大量の作業ボットが次々と荷物を運び込んでいき、その腹は着実に膨らんでいく。

 

 このオベリスクは、その巨躯故に特大型宇宙ステーション以外では停泊が出来ない。

 その為、それ以外のステーションへの貨物輸送を行うためには、こうして一時的に積み荷を乗せ換えて白鯨号が運び込むという形式をとっていた。

 白鯨号はゼニス・サントス社製バレーナと呼ばれる商船型航宙船であり、船としてのサイズは小型に分類されながらも、そのカーゴ容量は中型船と並ぶ大容量となっている。

 輸送に関して特化しているため、カーゴを客室に改装して客船とすることも可能という汎用性の高さも持っていた。

 巨大なカーゴ容量を持つオベリスクが母艦として多様な商品を積み、同じくカーゴ容量に余裕のある小型航宙船である白鯨号が各ステーションへ配送する。

 この2隻の強力な運搬シナジーによって、カイは輸送業に一定の成功を収めつつあった。


 その進捗状況をモニター越しに見つめるのは、この白鯨号とオベリスクの所有者であるカイ。

 艦橋のメインパイロットシートで、カイは手元の端末を操作しながら積み荷リストを繰り返しチェックしていた。

 

「次の星系のセキュリティレベルは……よし、低レベルのままだな。不幸に付け入るようで申し訳ないが、これなら需要は十分に見込めそうだ」


 彼は目の前の情報を確認しつつ、次の取引でどのように利益を上げるか頭を巡らせる。

 すべては計算のうち、どこにどれだけの品を供給し、どの程度の価格で売り込むか。それが彼の仕事だった。

 

 特に次の星系のセキュリティレベルは最低であることから、海賊の襲来が頻発しており、星系全体の治安が悪化していることが分かっていた。

 その中で何が必要とされるかは明白で、カイはオベリスクの積み荷の中から武器弾薬を優先的に白鯨号のカーゴへ積み込むように指示を出す。


 そうした治安が悪化している状況では、人々は個人的な防衛のために武器を手に取らざるを得ないことは、経験則として理解している。

 しかし、そこで直接人々に売りつけるような真似は決してしてはいけない。

 コントロールできない民間の武装化は更なる混乱を招くだけだからだ。

 

 カイはそれについても十分理解しており、今回の卸先は全て宇宙ステーションでのみ行っていく方針を固めていた。

 宇宙ステーションの所有者は星系統治者であることが多く、そこで商品を卸すのであれば、少なくとも統治者がコントロールできる環境で分配が見込める。

 それで更なる混乱を招く結果に繋がるのであれば、それは統治者の責任ということになる。

 なるべく後味の悪い思いはしたくない。カイはそんな小心者根性でも動いていた。


「WISE 1649-6847星系に到着しましたわ、カイ様」


 端末と睨めっこをするカイの隣から、柔らかな声が聞こえてくる。

 それは隣のサブパイロットシートに座るフローラの穏やかな声だった。


 小さな衝撃とともにオベリスクはハイパートンネルを抜け、目的地の星系に到達した。

 一見して穏やかに見えても、この星系は現在、海賊による被害が広がり、物資が深刻に不足している。

 人々は日用品を求め、また戦闘の備えに武器を必要としていた。

 カイはその需要に応えるべく、早速最寄りのステーションへと寄って商品の納品をしようと動くも、問題が発生する。


 突如、艦橋内に甲高い警告音が鳴り響いた。

 

「あー……早速補足されたか」

「ですわね。全く、どこから嗅ぎ付けてくるのやら……」


 カイとフローラが同時に小さく溜息をつく。

 フローラは気怠さを我慢しつつも、レーダーを操作すると赤い点が3つ、こちらに向かって急接近しているのが確認できた。

 それが意味するのは敵の接近――そして、彼女が最も忌み嫌う"厄介ごと"の始まりだ。


「フローラ、緊急アラート待機中のキャロルに連絡。こっちは白鯨号への積み込みを中止して、戦闘に備える」

「承知しました」


 フローラは表情を引き締め、手早く通信を開くとキャロルの軽快な声が応じた。


「キャロル、IFF(敵味方識別)に応答の無い船が接近していますわ。迎撃の用意を」

『そう思って、もう準備はできてるわよ!』


 キャロルはすでにオベリスクの第2ドックで準備を整えていた。

 彼女の愛機であるグダワン社製小型戦闘艦インペリアル・ライト・キャバリー――ナイトフォールは全ての作業を終えて静かに備えていた。

 セキュリティレベルの低い星系では、敵の襲撃は避けられない。だからこそ、彼女は"待機時間"を無駄にせず、常に戦闘準備を整えていた。


 艦内通信を切ると、キャロルは操作パネルに手をかけ、ドック解放の手続きを始めた。

 第2ドックの折りたたみ式のハッチがゆっくりと動き始める。わずかな隙間から見える漆黒の宇宙が、次第にその全容を露わにしていく。

 息を呑むような美しさ――それは毎回同じ光景であっても、キャロルの胸をどこかざわつかせる。

 

「ナイトフォール、出撃するわよ!」


 やがて、ナイトフォールを固定していたアームが取り払われると、キャロルは操縦レバーを握りしめ、スラスターを全開にした。

 スラスターから勢いよく推進剤が噴射され、ナイトフォールはオベリスクの巨体から滑るように発進した。黒い装甲が宇宙空間に溶け込み、反射するわずかな光がその輪郭を際立たせていた。

 背後にオベリスクの巨体がぼんやりと残る中、キャロルの戦闘本能が目を覚ます。


 程なくしてキャロルの視界に、接近してくる3隻の敵船が映り始めた。

 光学カメラが艦影を捕捉した瞬間、即座にシステムが自動的にその正体を掴むべく稼働する。ナイトフォールの中枢DB(データベース)は数多登録された艦船の中から、該当する艦を絞り込んでいく。

 そうして1秒にも満たない時間の中で、3隻全ての正体をパイロットであるキャロルに通告した。

 

「ふぅーん、3隻ともシルクシェードか。それも現行型じゃなく旧型。小型戦闘艦3隻が相手だけれど、これは余裕ね」

 

 迫りくる海賊船3隻。その正体を掴むべく、ナイトフォールの警戒システムが弾き出したのはラプター・ドレイカー社製シルクシェードという答えだった。

 これはナイトフォールと同じ小型戦闘艦に分類される航宙艦で、さらに小型ではあるものの、高レベルに機動性と火力を高めた戦闘艦だった。

 しかし、最新モデルではなく旧モデルを使用している時点で、キャロルはその危険性は低いと判断する。

 

 その答えは相手が海賊ということに起因する。

 海賊は往々にして貧乏であり、艦を大切にするといった殊勝な精神もない。故に、元々が小型戦闘艦という高い戦闘力を持つ艦であっても、真面に整備していない可能性は非常に高いからだ。

 それはキャロルが独立パイロットとして得てきた経験であり、そのことが事実だということは直ぐに示された。

 

 迫りくる海賊船の3隻のうち、先陣を切っていた1隻が突如、挙動を乱した。

 速度を落とし、蛇行するような動きを見せるその様子に、キャロルはすぐさま原因を察する。


「エンジントラブル……ダメじゃない、ちゃんと整備してあげなきゃ!」


 キャロルの声に興奮が混じる。

 ナイトフォールのコックピットに備えられたターゲティングシステムが、速やかにその海賊船をロックオンした。――弱った獲物を逃すわけがない。

 キャロルは操作パネルを叩くように指示を入力し、ナイトフォールの推力を一気に増幅させるブースターを起動した。


 青白い光を噴射するナイトフォールは、瞬く間に海賊船との距離を縮める。

 その間にも、ターゲティングシステムが敵艦の弱点を分析し、最適な攻撃箇所ウィークポイントを指示していた。距離が縮まるや否や、ナイトフォールの左右に備えられた2門の大型レールキャノンが一斉に火を噴いた。


「まずは1隻!」


 キャロルの声と共に、6発のタングステン・フェライト弾が放たれた。秒速30,000mの速度で敵艦に命中したそれは、装甲を容易く引き裂き、最重要機関である主動力炉パワープラントを直撃する。

 瞬間、海賊船が閃光を伴い大爆発を起こし、破片が四散した。

 

『アルベルト!? チクショウ、よくも!』

『焦るんじゃない、冷静に片付けるぞ! 護衛さえいなければ、残るは輸送船だけだ……クソ、ヤツはもうあんな距離に!?』

 

 残る2隻の海賊船は、仲間を失った怒りから復讐に燃え、必死にスラスターを全開にしてナイトフォールを追いかけ始める。


 だが、キャロルのナイトフォールはすでにその場から離脱していた。

 小型戦闘艦としての機動力を活かし、安全圏へと瞬時に移動していたのだ。追撃しようとする海賊船たちがいくらスラスターを吹かしても、キャロルの俊敏な動きを捕らえることは叶わない。


「あらあら2隻とも整備不良で、稼働率4割下回ってるじゃない。焦らないで、順番に相手して上げる!」


 キャロルは冷静に敵艦の動きを観察しながら、次の標的を決めた。

 ターゲットロックが完了すると同時に、再びレールキャノンが火を噴いた。放たれた弾丸が、次の海賊船のシールドを破り、装甲を撃ち抜いた。

 その瞬間、2隻目の海賊船が閃光と共に爆発する。


『や、野郎ッ、主動力炉パワープラントだけ狙って来てやがる! 畜生、手練れじゃねえか!』


 ものの数分で、たった1隻となった最後の海賊船。

 そこで生存本能が目覚めたのか、即座に撤退を図ろうとハイパードライブを起動し始めた。

 しかし、次の瞬間、彼の船内コンソールに赤い警告メッセージが表示された。


質量制御異常マスロックエラーだと!? しまったッ!』


 それは、付近に強大な質量を持つ艦艇が存在している際に発生する、ハイパードライブの安全機構。

 それが意味する自体に気付いた海賊は、焦燥感をあらわにし、慌ててレーダーを確認する。

 そこに映し出されていたのは、彼らがただの輸送船と侮っていたオベリスクが、至近距離まで接近していることを示していた。

 この時、初めて海賊は最初から致命的なミスを犯していたことに気付いた。

 相手が輸送船などではなく、()()()()()()()()()だったことに。


 小型巡洋母艦(ハンガークルーザー)であるオベリスクにも最低限の自衛装備は存在する。――その巨体ゆえに、一般的な最低限の規格からは少し逸脱しているが。

 オベリスクはヒュージマルチキャノンを展開し、海賊船を正確に捕捉していた。

 海賊船の光学カメラが、マルチキャノンの発射を捉えたのとほぼ同時に、おびただしい量の質量弾が直撃した。そうして最後の海賊船もまた、閃光と共に爆発し、その残骸が宇宙の闇に溶け込んでいった。

 

「敵海賊船、全て撃沈を確認。このままキャロルには念の為、巡回監視を指示しておきますわ」

 

 一連の事態が終結したことを、フローラが告げる。

 艦橋のモニターでその様子を見届けたカイは、深く息を吐きながら状況終了の合図を出した。


「ふぅ、相変わらずキャロルの戦闘機動は大したもんだ。帝国領でもガンガン、戦闘ランクが上がって行ってるもんなあ」


 フローラは小さく微笑みながら、静かに頷いた。


「まあ、彼女は出来る子ですから。さて、次の海賊が来ない内にステーションまで近づいておきますわね」

「ああ、頼むよ」


 カイは少しだけ肩の力を抜きながら、後の航路設定をフローラに任せると、再び積み荷のチェックに集中するのだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 カイは白鯨号で前哨基地アウトポスト型ステーションとの往復を無心で続けていた。

 海賊被害によって物資の共有が途絶えていたステーションでは、あらゆる商品が飛ぶように売れていっていた。

 生活用品は勿論として、カイの見込み通り、地上世界向けに個人用携行火器の類も求められており、オベリスクのカーゴは猛烈な勢いで在庫が捌けていく。

 

 白鯨号でステーションで積み荷を降ろし、すぐにまたオベリスクへと戻って荷を積み直し、再びステーションで降ろすというピストン輸送。

 多少高値で吹っ掛けても直ぐに買い手が見つかる。そのため、まずまずの稼ぎになっているようだった。

 しかし、その業務はフローラが担当しているため、白鯨号の操縦を担う運転係であるカイには実感が湧かなかった。

 

 カイは運送作業員として、黙々とステーションとオベリスクとを行き来する機械と化していた。

 そんな作業の中で、フローラから少し興奮した様子で連絡が入った。


「カイ様、大変ですわ! 作業を止めて、急いで艦橋にいらしてください!」


 フローラの声には普段の落ち着きがなく、どこか熱を帯びている。

 それが良い知らせなのか悪い知らせなのかは判断がつかなかったが、カイは即座に白鯨号の着艦プロセスを完了させ、オベリスクの第1ドックに戻った。


 艦橋へ向かう道すがら、彼はフローラの様子を思い返しながら考えを巡らせた。


「一体何があったんだ? まさか、また海賊? いや、ここはステーションの安全圏セーフティーゾーンだし――」


 艦橋に到着すると、そこにはフローラとキャロルが待ち構えていた。

 二人とも何かに興奮しているようで、特にフローラは落ち着きを失った様子でカイにデータパッドを差し出した。


「カイ様、これを……!」


 受け取ったデータパッドを開いた瞬間、カイの瞳が鋭く光る。

 そこに表示されていたのは、ヴァルデック侯爵からつい今しがた送られてきた報告書だった。それはカイがずっと追い求めてきたもの――エクリプス・オパールの行方についての調査結果だった。


「ついに来たのか!」


 カイは興奮を隠せずに、データパッドに記された内容を確認する。

 侯爵のネットワークを駆使して収集された情報には、オパールの足取りとそれを手にした可能性のある関係者たちが詳細に記されていた。

 その中にはカイがこれまでに集めた断片的な情報も含まれており、それがひとつの線で繋がっていく感覚があった。

 

 報告書の構成は極めて丁寧で、使用された艦の特性、追跡過程、容疑者の絞り込みまでが順序立てて記されている。

 特にインペリアル・シルフィードの主動力炉パワープラントに関する記述が目を引いた。


「特殊な振動波……そんな特性があったのか」


 インペリアル・シルフィードが装備する主動力炉パワープラントは、製造時のロットごとに異なる固有の振動波を放つ仕組みになっている。

 これを基に、侯爵はスターバザール側との交渉で得た振動波パターンから艦の所有者を追跡し、事件当時に連邦領内に所在していた3名の貴族を特定することに成功していた。


「どうやら、相当苦労されてスターバザールから情報を入手したようですわ」


 フローラがカイの言葉に頷きながらデータパッドを指差した。


「調査はこの振動波の一致が決め手になりましたわ。該当する艦の所在地を割り出した結果、容疑者は3名に絞られています」


 事件発生当時、該当する振動波を放つ艦の所在地を洗い出した結果、連邦領内に所在していた艦の持ち主が3名に絞られたという。

 一人は、アルテンシュタイン星域のクラウス・フォン・ヴァルトシュタイン伯爵。

 もう一人は、ヴィンタークロン星域のルドルフ・フォン・ハプスブルク辺境伯。

 そして最後の一人が、ノイシュテルン星域のクルト・フォン・シューマッハー伯爵。

 この3名はいずれも高位貴族であり、それぞれが星系を統治または影響下に収めていた。


 報告書には、それぞれの容疑者についての背景も記載されていた。

 クラウス・フォン・ヴァルトシュタイン伯爵は、ヴィッテルスバッハ選帝侯が収めるアルテンシュタイン星域を統治する人物だ。

 星系内で軍事力を保持し、星系防衛隊とは別に独自の艦隊を運用していることで知られている。

 事件当時、彼の艦が連邦領内に入っていた記録が確認されているが、それ以上の具体的な動機や証拠はまだ掴めていない。

 

 次に挙がっているのはルドルフ・フォン・ハプスブルク辺境伯。

 彼はシュネーヴァルト選帝侯が治めるヴィンタークロン星域で影響力を持ち、自らの軍勢を維持するために広範な交易ルートを運営している。

 その一部には違法取引が含まれている可能性があり、辺境伯の艦もまた事件当時に連邦領内に所在していたことが確認されている。

 

 そして最後に記されているのがクルト・フォン・シューマッハー伯爵。

 リヒテンベルク選帝侯が統治するノイシュテルン星域で活動する貴族で、違法取引や生体兵器研究に関与しているとの噂がある人物だった。


「三人か……どれも曲者だな」


 カイはデータパッドを握りしめながら、オベリスクの艦橋で思案に耽っていた。

 3名の容疑者が記された詳細な情報を前にして、彼の心には焦りと決意が入り混じっていた。

 エクリプス・オパールが強奪されてからすでに半年近くが経過しており、この調査が一歩でも遅れれば、手掛かりが完全に失われる可能性があった。


「まず誰から手を付けるべきか……」


 データパッドの画面に表示される地図を睨みながら、カイは3人の候補を比較していた。

 最も近いのはアルテンシュタイン星域のクラウス・フォン・ヴァルトシュタイン伯爵だ。

 同じヴィッテルスバッハ選帝侯の統治下にあるこの星域には、ヴァルデック侯爵も統治星系を構えており、彼の協力を得るには理想的な条件が揃っている。

 

 しかし、クルト・フォン・シューマッハー伯爵がいるノイシュテルン星域もすぐ隣の星域であり、元々この帝国領に来る前から調査候補として挙がっていた場所だ。

 特に、生体兵器に関与しているという噂は強烈な疑念を抱かせる要因だった。


 一方、最も遠いヴィンタークロン星域のルドルフ・フォン・ハプスブルク辺境伯は未知の存在だった。

 星域が2つも離れており、調査に赴くには時間とリソースがかかり過ぎる。それに、今は確実性の高い場所から進める方が良いと判断できる状況だった。


 カイはデータパッドを閉じると、視線をフローラとキャロルに向けた。


「よし、まずは優先順位を付けて動く。ヴァルデック侯爵には、アルテンシュタイン星域のクラウス・フォン・ヴァルトシュタイン伯爵について、さらに調査を進めてもらおう。同じ星域の貴族のことなら、侯爵の調査網が一番効率的に活かせるはずだ」


 フローラは一瞬眉をひそめたが、静かに頷いた。


「確かにそれが最も効率的ですわね。ただ……貸し借りのない状況で侯爵に依頼するのは危険ですわ。後々、どんな形でその『借り』を返せと言われるか分かりませんのよ」


 その言葉に、キャロルが軽く肩をすくめて口を挟む。


「でも、時間がないわよね? ここまで掴んだだけでも奇跡的なのに、これ以上悠長なことしてたら、スターバザールの連中が先に犯人捕まえちゃうかも」


 カイは二人の意見に耳を傾けながら、静かに考えをまとめた。

 そして、はっきりとした声で言葉を放つ。


「確かにリスクはある。だが、エクリプス・オパールの行方を掴むためには、この情報を元に迅速に動くしかない。ヴァルデック侯爵の助力は必要不可欠だ。それに、ここで調査を分散させることで、時間を無駄にせず進められる」


 カイの決意の籠もった声に、フローラもキャロルも言葉を失った。

 そして、フローラは深く息を吐いて、再び端末に手を伸ばした。


「分かりましたわ。それでは私の方で、ヴァルデック侯爵に追加調査を依頼しておきます。それで、次の目的地は?」

「俺たちはノイシュテルン星域に向かう。クルト・フォン・シューマッハー伯爵を直接調べる」


 その言葉にキャロルは笑みを浮かべた。


「よし、それで決まりね!」


 フローラも端末を操作しながら頷く。


「航路の設定と必要な手続きも進めますわ。オベリスクの準備も整えておきます」


 カイの静かな決意が艦橋に響く中、オベリスクは新たな航路を設定し、ノイシュテルン星域への出発準備を進めていた。

 その先には、エクリプス・オパールに隠された真実が待ち受けているに違いなかった。

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