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6-16 [挿絵アリ]

ちょっと、グロテスクなシーン描写があります。

 戦闘用自律人形(アサルト・ドロイド)を引き連れたエミールが、フローラたちの前に冷ややかに立ちはだかった。

 警告灯の赤い光が、船内の薄暗い通路を異様な雰囲気に染め上げ、機械の影が不規則に揺れ動いていた。

 エミールはフローラの侵入を把握しており、その対策として宇宙船に積み込まれていた白兵戦用ドロイド――SK-101シュトゥルムクリーガーを3機も引き連れてきていた。

 

 挿絵(By みてみん)

 

 エミールはあざけるような目でフローラを見つめ、その視線はすぐに後ろに立つB601へと移った。

 その瞬間、エルザをかばうように動くB601の姿を目にすると、彼の眉が微かに引きつり、胸の奥にくすぶる怒りが勢いを増した。

 B601の取った行動は明らかな感情を感じさせ、人間としての機能が回復しつつある事を示していた。

 

 そんなことは許されない。あっては為らないことだった。

 

 何故ならB601はエミールにとって、数少ない脳転写技術用の素体。その成功例だったからだ。

 通常、脳転写を行うための脳は必要最低限の生命維持活動のみをインプットされ、それ以外は何もない伽藍洞がらんどうとなっている。


 だが、今のB601の行動は明らかな感情を想起させる。それは、そもそも素体として()()()だったことを意味している。

 不完全な素体で、不完全な脳転写を行った結果。命令を曲解し、ひいては施設を放棄することになってしまった。

 そうした一連の事実に気付いた時、到底エミールの中で受け入れられない怒りが湧き出してきた。


 エミールの怒りの矛先はB601と、彼が連れてきたフローラに注がれていた。

 


「……降伏しろ。こちらは3機の戦闘用自律人形(アサルト・ドロイド)を連れている。お前たちは見たところ、戦闘できるのはそこの女一人。彼我の戦力差は明らか、だろう?」


 その声は冷たく、響くたびに船内の金属壁が音を返すようだった。

 何とか怒りを面に出さず、冷静に言えたことに、エミールは自分を褒めたくなった。

 

 しかし、エミールの最後通牒に対する返答はあまりに早かった。

 フローラは一瞬だけ視線を揺らしたが、すぐに鋭い目を向け、唇にわずかな笑みを浮かべながら挑発するように応じた。

 

「あら、たった3機の玩具おもちゃで私を止められるとでも? それだけじゃ、到底満足できませんわね」

 

 エミールの顔は瞬時に険しくなり、苛立ちが露わになった。

 計画は次々と崩れ、今ここにいる彼女らが目の前でエルザを連れ去ろうとしている光景は、彼の怒りの炎に油を注ぐに等しかった。

 何もかもが思い通りに行かない現実に、エミールは嫌気がさすようだった。


「そんなに死にたいのか、愚か者め! 自律人形(ドロイド)よ、奴の四肢を切り落とし、無様に這いまわらせろ!」


 命令が下ると、3機のシュトゥルムクリーガーが一斉に動き出した。

 両腕に備え付けられた金属の刃が超振動を伴い、鋭い音を立ててフローラに迫った。振動の波が空気を揺るがし、船内の緊迫感はさらに高まる。

 狭い船内はその動きによって共振し、金属音が耳を刺した。

 

 フローラは即座にアサルトレールガンを握り、迫りくるシュトゥルムクリーガーに狙いを定めて応戦する。


 シュトゥルムクリーガー達が迫る中、フローラがまず初めに狙ったのは先頭を走る機体だ。

 冷静にシュトゥルムクリーガーの関節を狙い撃ち、まずは機動力を削ぐ。

 アサルトレールガンより放たれたナノカーボン合金弾が駆動部を引き裂き、シュトゥルムクリーガーは地面に勢いよく転がる。

 そうして、すかさず中枢制御機能を有する頭部ユニットに二連射ダブルタップを加え、完全に機能を停止させる。

 

 白兵戦型のドロイドの致命的な弱点は、こうした駆動部の脆さにある。

 機動性能は高いが、軽量故に装甲に割く余裕はなく結果として関節部は脆弱となっている。

 ただし、高速で迫りくる自律人形(ドロイド)の関節を狙って撃ち抜ける者などそう多くは無い。だが、フローラはそれをやってのけるだけの技量を持ち合わせていた。

 

 迅速に1機目を撃破したところまでは良かったが、その隙に別のシュトゥルムクリーガーが至近距離まで接近してくる。

 

「チッ!」

 

 フローラに肉迫してきたシュトゥルムクリーガーが、超振動ブレードを勇ましく振り上げる。

 超振動ブレードは、戦場において恐るべき威力を誇る。刃が生み出す超高速の振動は、鋼鉄をも容易に裂き、触れたものの分子結合を震わせて粉々にする。

 

 既に必殺の間合い。

 回避すれば、間違いなく致命傷を負うと判断したフローラは、反射的に手にしていたアサルトレールガンを盾に使うことを選んだ。

 

 愛銃を犠牲にして超振動ブレードの刃を辛うじて受け止めると、フローラは全身に力を込めて掌底を放った。

 その場で力強く足を踏み込み、腰を落として放った一撃は重く、それはフローラが踏み込んだ金属製の床板が軽く変形するほどだった。


「ふんッ!」


 フローラの手の平がシュトゥルムクリーガーの胴体に触れた瞬間、空気を裂くように鋭い紫電が迸った。

 打撃と共に空気が震え、破壊的な衝撃波がシュトゥルムクリーガーの内部を伝搬でんぱんしていく。

 その衝撃に耐えきれず、シュトゥルムクリーガーは背後のもう1機と共に激しく吹き飛ばされ、金属の軋む音を響かせながら背後の仲間諸共に船内の壁に叩きつけられた。

 

 掌底の直撃を受けたシュトゥルムクリーガーは煙を上げ、かすかな音を漏らしながら機能を失っていた。


 エミールはその光景に目を見開き、口を開けて驚愕していた。

 フローラが使用した技は、帝国軍のごく一部の特殊部隊にのみ伝えられる古代格闘技術のそれによく似ていた。


「まさか、発勁!? 何ということだ、ますます欲しくなってきたぞ……!」


 フローラが単なる独立パイロットではないと悟ったエミールは、ますます彼女の身柄を欲するようになった。

 B601がリーディングに失敗したことから、彼女は特殊な脳を持つESP発現個体である可能性が高かった。

 そして今、それに加えて極めて練度の高い戦闘員であることも分かった。

 捕獲して、彼女を意のままに操る事が出来るようになれば、自分の計画はさらに加速する。

 

 エミールは思わず自らの野望に耐え兼ね、口元に笑みを浮かべていた。

 そうして意を決したように、彼は残った1機の戦闘用自律人形(アサルト・ドロイド)に命じた。


「よし、捕らえろ! 絶対に逃がすな!」


 壁に叩きつけられたものの、致命的な損傷を間逃れていた最後の1機が、その命令を忠実に実行しようと立ち上がる。

 シュトゥルムクリーガーが超振動ブレードを震わせながら、じりじりとフローラに近づいていく。

 

 アサルトレールガンが使い物にならなくなった今、いよいよ徒手空拳となったフローラは、それでも冷静に見据えて腰を落とし、迎え撃つ構えを見せていた。

 彼女の目には恐ろしいまでの静謐が宿り、周囲に張り詰めた空気が重くのしかかる。

 だがその顔の裏には、焦りが隠されていた。

 

 ハイパードライブ起動まで残り時間は僅かだ。

 一度、起動してしまえば数十光年先の彼方まで飛び去ってしまう。

 そうなれば、カイとは切り離され孤立無援。ジャンプアウトした先で、エミールの仲間が待ち構えているとも限らない。

 早々に決着を付けて、急ぎこの船から脱出しなければならなかった。

 

 しかし、素手のみとなった今、目の前のシュトゥルムクリーガーを五体満足で撃破するのは至難の業だ。

 先ほどの一撃は奥の手であり、あの攻撃はそう簡単に何度も使えるものではない。

 フローラは、己の肉体に宿る電力が回復リチャージしきれていないことを忌々しく感じながらも、積極的な攻勢に出れずにいた。

 

 その時だ。

 フローラが背後から妙な気配を感じ取り、敵に視線を固定したまま、横目で背後を捉えた。

 すると、そこにはB601がゆっくりと前方へ手をかざしているのが見えた。

 

 その瞬間、フローラと対峙していたシュトゥルムクリーガーが突如として動きを止めた。

 必死に動作を試みるシュトゥルムクリーガーが、軋む金属音と共にわずかに動きを見せた。それがB601による念動力(サイコキネシス)による強力な呪縛であることをフローラは即座に理解した。

 

「B601、貴方……!」

「こ、の隙に……エリー、を」


 振り返れば、B601は震える腕を前にかざし、必死に念動力(サイコキネシス)を行使していた。

 戦闘用自律人形(アサルト・ドロイド)念動力(サイコキネシス)で抑え込むなど常軌を逸した力を必要とする。それが分かると同時に、B601の顔には過負荷の兆候が顕著に現れていた。

 鼻から血が滴り落ち、こめかみには血管が浮き上がっている。そうまでして激しい負担に耐えながらも、その瞳は鋭い光を失っていない。


 シュトゥルムクリーガーは金属の悲鳴を立てながら膝を床に突き、動きを完全に封じられていた。

 B601は、もはや身体が崩れ落ちそうになるのを必死に抑えつつ、たどたどしい口調で再びフローラに呼びかけた。


「……今、の、うち……エリー……逃げろ……!」


 その言葉が終わるや否や、フローラは即座にエルザを抱きかかえ、T-45パワードスーツの元に向かって駆け出した。

 エルザは突然の展開に困惑し、胸が締めつけられるような感情に襲われた。目の前を流れる風景の中で、遠ざかるB601――ハヤトの姿が見えた瞬間、すべてを理解した。


 彼は自分を守るために、あえて犠牲になろうとしているのだ。


「ハヤト、だめ……! お願い、一緒に!!」


 エルザの叫びが船内に響いた。

 だが、その声に応じるように、ハヤトは疲れた目で彼女を見やり、口元を小さく動かした。

 何を言ったのかは聞こえなかったが、その口の動きは確かに「大丈夫」と告げているように見えた。


 時間が刻一刻と迫り、ハイパードライブの起動アラートが再び響く。

 エルザの涙が頬を伝い、フローラは無言のまま前方を見据え、出口を目指して疾走した。

 背後で響く金属の軋みとエルザのすすり泣きが、船内に残る緊迫した静寂を埋め尽くしていた。

  

 フローラたちが走り去ったのを確認すると、B601は残された力を振り絞り、更なる念動力(サイコキネシス)を発揮した。

 彼の目の中で血管が破れ、両眼からも血が流れ落ちる。顔全体には怒張した血管が浮き上がり、過負荷の限界に達していることは明白だった。

 それでもB601は動きを止めることなく、念動力(サイコキネシス)の行使を続けた。


 その影響は目の前のシュトゥルムクリーガーに如実に現れた。

 周囲の空間が歪み始め、シュトゥルムクリーガーの機体は異様な力に引き裂かれるように捻じれ出した。

 アクチュエーターが悲鳴を上げ、限界の出力を試みても、超常的な力の前では全く無力だった。高強度チタニウム合金の機体がゆっくりとねじれ、まるで見えない螺旋に引き込まれるかのように変形していく。


 やがて金属が圧壊し、悲鳴をあげて砕け散ると、シュトゥルムクリーガーは無残な鉄屑へと変わり果てた。

 その瞬間、B601の力は尽き、彼の体は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「こ、これほどの出力……なんと凄まじい!」


 エミールはその光景に息を呑み、戦慄を覚えた。

 B601がこれほどの念動力(サイコキネシス)を秘めていたことに驚かされると同時に、それを創り上げた自分自身への自負が湧き上がってきた。

 しかし、床には無惨に破壊された3機のシュトゥルムクリーガーが転がり、フローラはエルザを連れて逃げ去った後だった。この事実が、エミールの胸に再び燃え上がる怒りを呼び起こした。


 怒りの矛先は、目の前で気を失っているB601へと向けられた。

 エミールは顔を歪ませ、倒れ込んでいるB601の顔面を激しく蹴り上げた。


「……くッ、この失敗作が!!」


 その罵倒は、金属の冷たい反響と共に船内に虚しく響いた。

 彼はB601にもう一度冷たい視線を投げかけると、すぐさまコクピットへと向かって走り去った。




「まだだ、まだ方法はある! 逃がしてたまるものか……!」


 エミールはハイパードライブの起動手順を加速させるために、全力でコンソールに手を伸ばした。

 彼の頭の中にはただ一つ、フローラたちを確実に捕らえるという執念だけが燃え上がっていた。船内に緊迫した空気が再び満ち、アラート音が響く中、彼の指は冷や汗で濡れたまま、コンソールを駆け抜けた。

 

 自分はまだ敗北していない。ここでフローラたちを捕らえれば、彼女たちを使ってさらなる勢力の拡大を図ることができる。

 二人とも美しい雌なのだから、売れば高値が付くことに疑いようはない。

 実験材料の確保として、孕み袋に使うという手もあるし、母体に高い負荷を与えるが成長剤を投与すれば短期間で繁殖も可能だ。

 種は……自分のを使うというのも悪くはないだろう。

 久しく女を抱いていないし、良いストレス発散にもなる。


 エミールは、頭の中で自らの成功を思い浮かべていた。

 フローラたちを捕らえ、計画を再構築することは十分に可能だ。そう考えると、自然と笑みがこぼれた。


 手元の操作盤にはハイパードライブの起動時間が徐々に短縮されていく様子が表示されている。一度超空間(ハイパースペース)へ突入すれば、船内に残ったフローラたちを捕らえるのは造作もないことだろう。

 残された自律人形(ドロイド)を数機ばかり起動し、船内を捜索させれば事足りる。勝利を確信し始めたその時、不気味な音を立てて背後の扉が静かに開いた。


「何だ……?」


 驚いて振り返ると、そこに立っていたのはB601だった。

 だがその姿は異常だった。

 彼は白目を剥き、口を半開きにしたまま、不規則な呼吸を繰り返していた。さらに異様なことに、その周囲の空間は歪み、金属板が不自然に曲がり、超常的な圧力を感じさせた。


 その光景を目の当たりにして、エミールの心臓が一瞬止まったかのように跳ね上がる。

 状況はすぐに理解できた。B601は先ほどの過負荷の影響で暴走状態に陥っていたのだ。制御不能なESP能力が無秩序に垂れ流され、その力で周囲の空間を歪ませ、破壊していたのだ。


「お、おい……! 落ち着け、B601! 私の声が聞こえるか……!」


 エミールはなんとか声を絞り出し、B601に呼びかけた。

 しかし、その声は虚しくも響くだけで、B601の耳に届くことはなかった。自意識を完全に失ったかのような彼は、一歩、また一歩とエミールの方へ歩み寄ってくる。

 ゆっくりとしたその歩みは、確実に死を連れてくるものだった。


 エミールが次の手を考える間もなく、激痛が左腕を襲った。

 彼が驚いて目をやると、左腕は念動力(サイコキネシス)によって異常な方向へと捻じられていた。関節は逆向きに曲がり、骨が皮膚を突き破りそうになるほどに折れ曲がっていた。


「ぎゃあああぁーーッ!! 腕が、私の……ぐああああっ!」


 悲鳴が喉を突き破り、船内に響き渡る。だが、それは始まりに過ぎなかった。

 B601の念動力(サイコキネシス)は無差別にエミールの身体を侵し破壊していく。指先から割かれ、四肢は捻じり折られ、内臓を圧縮していく。

 

「や、やめ……もう、やめ……ぇ!」

 

 エミールの泣き叫ぶ声がコクピットにこだまする。やがて、視界が一瞬暗転した後、視点が激しく回転した。

 エミールは何が起きているのか理解する間もなく、自分の意識が消えていくのを感じた。

 血が口から溢れ出し、目に見える世界がぐるりと反転し、最後に見たのは自らがねじれた無残な姿だった。


 その時、エミールの意識は完全に途絶え、船内には再び重い静寂が戻っていた。

 B601の目には血の筋が流れ、倒れる寸前まで力を振り絞っていた彼も、最後の力を使い果たし、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 B601の献身によって、辛うじてその場から退散することができたフローラは、涙を流し続けるエルザをしっかりと抱きしめながら走っていた。

 船内の赤い警報灯が視界を染め、緊張感が肌に刺さる。焦りを感じつつも、彼女は無言で足を動かし続けた。


 やがて、視界にT-45の重厚なシルエットが現れる。

 フローラは安堵の息を漏らし、すぐさま起動準備に取りかかった。システムが起動音を立てる中、彼女の耳に時間を知らせる無情なアラートが響く。ハイパードライブ起動まで、残り2分。もはや一刻の猶予もなかった。

 その時、フローラの通信装置にカイの声が割り込んできた。


『フローラ! こちらカイだ。白鯨号を第3ドックから出航させた。今、そっちへ向かっている!』


 その声を聞いた瞬間、フローラの胸中に緊張が一気に和らぐ。

 カイの存在が、彼女の中にかすかな希望の光をともしていた。フローラはエルザの肩を軽く抱き、静かに囁いた。


「安心して、もうすぐですわ……カイ様が来てくれる」


 T-45の全システムが起動し、機体が動き出した。

 フローラは急いでエルザを抱え込み、補修された侵入口に向かってエネルギーブレードを起動した。刃がゴム状の膜を焼き切る音が微かに鳴り、やがて再び道が開かれた。外に広がるのは、無限に続く漆黒の宇宙だった。


 その広大な深淵を見たエルザは一瞬、恐怖に身体を硬直させた。

 しかし、フローラは一切の迷いを見せなかった。エルザをしっかりと抱えたまま、勢いよくT-45を前に突き出した。


「行きますわよ!」


 宇宙船を飛び出し、フローラとエルザは無重力の宇宙に放たれた。

 身体がゆっくりと回転し、無音の闇が全方向から二人を包み込む。そんな中で、フローラは視界の隅に眩しい光を捉えた。

 宇宙船が急激に光を放ち、その光は一瞬、視界を焼きつけるほどの強さを見せたかと思うと、何処かへと消え去っていった。


「あぁ、ハヤト……」


 エルザは小さく、その名を呟いた。

 彼女の目に涙が浮かび、宇宙の冷たい闇にその言葉が吸い込まれていく。ハイパードライブの起動によって、B601を乗せたままエミールの船は未知の彼方へと消え去ったのだ。

 

 心が締め付けられ、胸の奥で痛みが広がった。

 再びハヤトと遠く離れ離れになってしまった現実が、エルザを容赦なく打ちのめす。

 優しく温かな太陽のような笑顔を見せてくれたあの少年は、記憶の中でいつも彼女を励まし、希望をくれていた。そのハヤトが、変わり果てた姿となっても自分を救うために戻ってきたことは、エルザにとって救いと同時に悲痛な思いでもあった。


「また、離れ離れになっちゃったよ……ハヤト」


 その名を静かに呟くと、エルザの目には涙が浮かんだ。

 自分を守るために、再び彼が身を犠牲にして、どこか知らない場所へ消え去ったという事実が、彼女の胸に言い知れない虚無感を呼び起こす。

 その一方で、あの残虐非道な男、エミールの支配から解放されたという安堵感が、わずかに心を軽くしていた。


 希望と絶望が交錯する中、エルザは冷たい宇宙の中で静かに、しかし強く願った。

 再びハヤトと再会できるその日が、いつか訪れることを。闇の中で瞬く星々に向けて、彼女はその想いを託した。

 

 やがて、フローラは視線の先に微かな動きを捉えた。

 無限の闇に包まれた宇宙の中で、小さな光がこちらに向かって進んでいるのが見えたのだ。心拍が自然と早まるのを感じながら、その物体の輪郭が徐々に明瞭になっていく。


「見えますわ……あれは……!」


 それは白鯨号だった。

 カイが駆る白鯨号が、一直線に彼女たちへと向かってきていた。フローラはその姿を見て胸に熱いものがこみ上げる。この冷たい宇宙の闇の中で、その光は希望そのものだった。


「カイ様……やっぱり、見つけてくれましたわね」


 フローラは、小さな安堵の息を吐き、微かに笑みを浮かべた。

 白鯨号がまばゆい光をまといながら近づいてくるのを見て、胸の内に温かな感情が広がっていく。彼女はこの光が、自分たちを救い出してくれるものであることを確信していた。

戦闘用自律人形について

連邦での呼称はアサルト・オートマトン。

帝国での呼称はアサルト・ドロイド。


連邦では自律人形の定義はオートマトンに集約されており、これは人型も四足型も含まれる。

一方で、帝国ではドロイドの呼称は人型のみに使われ、それ以外はセントリーボットと呼称される場合が多い。

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