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6-13

 先ほどまでの喧騒と打って変わり、工場内は静まり返っていた。

 辺り一面には激しい戦闘の痕跡が生々しく残っており、いまだに所々で熱を持っているかのようだった。

 フローラとキャロルの目の前で沈黙するセントリーボットは、原型を留めていたものの、その機能を完全に停止していた。

 

 キャロルの迅速な行動により露わになった内部の回路が、フローラが取り付けたプラズマグレネードの強力な電磁波によって焼かれ、もはや復旧不能な状態に陥っている。

 無機質な赤い視覚センサーも光を失い、その姿は鉄の亡霊のようにただ佇んでいた。

 

 一方、そんなセントリーボットに覆い被さるようにして停止している謎のパワードスーツも、至近距離からの電磁波攻撃のあおりを受け止まっていた。

 金属の冷たい表面がプラズマの残光を反射し、まるで時間が凍りついたかのように微動だにしない。

 薄い煙と、焦げた電子部品の匂いが漂う中、工場全体が静寂に包まれていた。


「お疲れ、二人とも。まさかセントリーボットを生身で倒せるとはなあ」


 離れた場所で急ぎパワードスーツの起動準備に取り掛かっていたカイだったが、肝心のセントリーボットが撃破されたことで二人の元へと駆け寄ってきていた。

 そうして、二人と同じようにして完全に機能を喪失しているセントリーボットを見上げて、驚嘆の声を上げる。


 目の前で擱座かくざしているセントリーボット――正式名称ガーディアン・γは、大ベストセラーであり強力な陸戦ユニットだ。

 強固な装甲、四足歩行からなる高い走破性。対物・対人のどちらにも有効な火力を保有する優秀な自律戦闘兵器。


 そんなセントリーボットの代名詞ともいえる相手を、途中で乱入者の手を借りたとはいえ、たった二人で、それも小銃とグレネードだけで倒したのだ。

 カイは、フローラとキャロルの戦闘員としての高い練度に、思わず身震いするほど感心していた。


「コレに助けられただけですわ」


 フローラは未だ銃を構えたまま、周囲を警戒しつつも目の前の動かなくなったガラクタに目を向けている。

 キャロルの額には汗がにじみ、その視線は同じく動作を止めたパワードスーツに向けられていた。


 一旦は助けられる形でセントリーボットを撃破することは出来た。

 しかし、何故パワードスーツがひとりでに動き出したのか、その謎については何も明らかになっていない。

 今はプラズマグレネードの余波で一時的に動作を停止しているだけで、再起動処理が終われば再び動き出すだろう。

 その時、このパワードスーツが敵対行動を取るという結末は、決して否定できない未来として存在していた。


 フローラとキャロル、その二人が未だに警戒態勢を解いていないのを見て、カイも否が応でも緊張感に包まれいた。

 そうして静寂が続く中、誰もが次の動きを予測できないまま、微かな機械音が空気を揺らした。


「!?」

 

 重厚な機械音が微かに響いた後、不動となっていたパワードスーツのハッチがゆっくりと開く。

 工場内に漂う緊張感が一層高まる中、カイたちは固唾を飲んでその様子を見守った。

 フローラとキャロルはカイを護るようにして一歩前に立ち、銃を構えている。

 ハッチが完全に開き切ると、その中から現れたのは、見覚えのある少年――ハヤトだった。


「……ハヤト……?」


 カイは驚きを隠せず、思わず声を漏らす。

 そして、その光景はエミールも同じで、映像を通してハヤトの姿を目にした瞬間、目を見開いたのだった。


 しかし、現れたハヤトはカイが見知った快活な姿ではなかった。その顔は生気を失い、空虚な目は光を宿していない。

 カイはその表情を見た時、心の奥底に冷たいものを感じ、無意識に嫌悪感を強めた。

 どうやらフローラの読みは当たっていたようだ。


 ハヤトの表情からは人間らしい感情と言うものが全く感じられない。

 その姿は、過去に幾度か目にしたことのあった人間の姿を精巧に模して造られたバイオロイドを彷彿とさせた。

 ハヤトの姿を見た瞬間、フローラとキャロルが息を合わせるようにしてカイの左右に寄り添い、身体を接触させる。それはハヤトが持つ強力なPI系能力を警戒してのことだった。


「お、おい……ハヤト? お前なのか……お前が、助けてくれたのか?」


 カイは慎重に声をかけたが、返答はなかった。

 その顔には何の反応も見せず、瞳はただ虚空を映しているだけだった。

 一方、エミールの顔には怒りの色がはっきりと浮かび、冷たい声がスピーカー越しに響いた。


『貴様……B601! なぜ勝手に動いた!? いやそれよりも、すぐにそいつ等を念動力で押さえ込め!』


 そのエミールの命令を聞いて、フローラとキャロルは瞬時に腰を落として全身を強張らせる。

 ハヤトのESP能力は単なる認識阻害のみならず、超常的な力で物体に干渉する念動力(サイコキネシス)すら持っている可能性が高まったからだ。


 不可視の力で攻撃をされれば、流石にカイを護りきれる自信は無い。

 フローラとキャロルは瞬時に互いを見合わせ、小さく頷き合った。それは、どちらかが犠牲になってでもカイの生存を優先させるべきという認識を合わせた瞬間だった。

 

 しかし、そうした二人の覚悟を他所に、ハヤトは微動だにせずエミールの命令を無視したままだった。

 その様子を見たエミールは瞬時に異常を悟った。

 

『なッ!? 貴様、まさか……!! くそ、この失敗作が!!』

 

 致命的な欠陥が生じている――それが、ハヤトのこの行動の理由だった。

 帝国軍は特殊な脳構造を持った人間であれば、他の人間の脳情報を転送できるという所までは突き止めた。


 しかし、それでも技術的にはまだまだ不完全で、仮に転送に成功したとしても定期的な再焼き付けをする必要があった。

 時間経過で焼き付けた情報が揮発してしまうことも、新たな課題として生まれた。


 このB601の場合は、ハヤト・ソウマの記憶を植え付けられていたが、処置から既に半年以上が経過していた。

 そのため、情報の揮発が始まっており、異常行動を引き起こすようになっていた。

 

 エミールはそうした事情を知っていながら、ハヤトの処置を後回しにしたことを後悔していた。

 同時に、急ぎ事態を収拾するための策を考える為に、目の前の問題からすぐに目を背けた。

 結果、彼は焦りを隠せず声を震わせて罵倒を吐いた後、通信を無理やり切ったのだった。


 片やカイたちは再び張り詰めた空気に包まれていた。

 フローラはその場に立つハヤトを見つめながら、呼吸を整える。最悪の場合は、自分が飛び込んで肉壁になるつもりだった。

 キャロルも銃を構えたまま微動だにせず、緊張の中で全員が沈黙を保っていた。


 そんな中、ハヤトが唇を震わせ、かすれた声で言葉を紡ぎ出した。


「……助けて……くれ……」


 その一言に、カイたちは目を見開いた。声は痛々しく、まるで壊れた人形が命を求めるかのような響きだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 エミールは、コンソールの端末に映る無表情なハヤトの姿を忌々し気に見つめると怒りに任せて通信を終了した。

 被検体B601――ハヤトが脳転写の限界点である記憶揮発現象を起こしていると確認し、エミールは冷や汗を拭うように額をこすった。

 事態の悪化を受け、彼の脳内には唯一の選択肢が浮かび上がる。――脱出だ。


「くそ……計画が全て無駄になった! ここもかなり復旧が進んだというのに!」


 不完全なままの施設は防衛機能が整っておらず、セントリーボットの起動だけでも膨大な電力を消耗した。

 それでもエミールは電力をかき集め、必死にドローン部隊に指示を与えて、なんとかカイ一行を工場へと誘導した。


 目論見は途中まで成功し、案の定セントリーボットに対して有効手段を持っていなかった連中は、じわじわと消耗していた。

 あとは折を見て、ドローン部隊によって拘束する――そんな計画が順調に進んでいるはずだった。

 しかし、ハヤトの予想外の行動によって、すべてが狂った。


「このままでは奴らがパワードスーツを手にする。今更、幾らドローン部隊を送っても……無意味だ」


 整備工場に残置されていたパワードスーツは旧式で、今はもう使われていないような代物だ。

 だがパワードスーツである事には変わりなく、ドローンをいくら送ったところでその進撃は止められない。


 機動装甲ユニットに対抗できるのは同じユニット、つまりセントリーボットだけだ。

 だが、その肝心のセントリーボットを撃破されたとなれば、逆にこちら側に打つ手など無い。

 そうした事情を即座に計算したエミールは、鋭く歯を食いしばり、行動を開始した。

 施設を放棄し、全てを捨て去るしかない。


 幸いなことに研究データはすでに端末に保管されており、脱出用の宇宙船も存在する。

 加えて、奴隷として捕らえていた少女――唯一の生きた「資産」もまだ残っている。そこそこ見た目の良い雌だ。

 多くの用途が考えられるその存在を利用するため、エミールは急ぎ足でコンソールのデータフォーマットプロセスを起動し、部屋を後にした。


 牢獄に向かう薄暗い廊下を走る間、施設の緊急灯が赤く点滅し、無機質な警告音が耳を打った。

 中に入ると、鉄格子の向こうで少女が壁に寄りかかり、無気力そうに項垂れていた。

 エミールはその姿に苛立ち、声を荒げて呼びかける。


「おい、立て! 今すぐだ!」


 少女はゆっくりと顔を上げ、無力な瞳がエミールを捉えた。

 その瞳には絶望の色が浮かび、まるでエミールの状況を嘲笑うかのように見える。

 そんな勝手な想像に掻き立てられたエミールは、怒りに震えて手を振り上げた。


「なんだその目は! お前も私の計画を邪魔するのか!? ふざけるな!!」


 乾いた音が牢獄に響き渡り、少女が打たれた頬を抑える。

 彼女の瞳は怯えることなく、ただ空虚なままだった。エミールの息は荒く、怒りと焦燥の中で荒い呼吸が狭い空間を震わせた。


 少女は無気力な瞳のまま、エミールの命令に従ってゆっくりと立ち上がった。

 細い腕を無理やり引っ張られると、その身体は力なく前に倒れ込みそうになりながらも、なんとか歩を進めた。牢獄の扉が開かれ、二人はその場を後にする。


 鉄格子が閉じられた音が背後で響く中、少女の心は重く沈んだ。

 かつて、彼女はここから出ることを夢見ていた。この暗い牢獄を抜け出し、自由の空気を胸いっぱいに吸い込むことを願っていた。

 しかし、今目の前で引っ張られていくその先には、もっと深い闇と恐怖が待っていると感じていた。


「もっと早く歩け! 時間がない」


 エミールの声が響くが、その音はまるで冷たい刃のように少女の心を抉った。彼の力強い手が少女の手首を締めつけ、引きずるようにして進む。

 何かが自分の中で崩れていく感覚に、少女は小さく震えた。希望の欠片すら見つけられないまま、暗い通路を歩むその一歩一歩が、彼女にとって新たな地獄の扉へと繋がっているようだった。


 廊下の先には低い警告音が続き、施設内に漂う緊張が嫌でも高まっていた。

 少女の耳には、遠くで機械が軋む音や不規則な警告灯の明滅が、より一層不安を煽る伴奏のように響いていた。絶望の中、少女はただその一歩一歩を耐え忍び、無機質な男に連れられて歩み続けるしかなかった。

 

 エミールに手を引かれながら、無理やり歩かされる先に見えるのは、停泊している無機質な宇宙船だった。

 船内へと入れられると、彼は乱暴に少女を船室へ押し込み、ドアを閉めた。冷たく鋼鉄で覆われた船室は、暗く静かで、希望の欠片も感じられない空間だった。

 少女は薄暗い床に座り込み、希望を見失った目は、何も映さず虚空を見つめ続ける。

 

 少女の頭の中で、ふとある記憶がよぎった。

 薄暗い牢獄の中で交わした、ある男の子との約束だ。

 彼は自分と同じように捕らわれていたが、恐怖で震える自分を優しく抱きしめ、何度も励ましてくれた。

 その笑顔はまぶしく、今まで見たどの光よりも輝いていた。


「大丈夫、僕が絶対に自由にしてあげる」


 そう言ってくれた彼の声が、今でも鮮明に耳に残っている。

 だが、そんな彼はある日、エミールによって無言のまま連れ出されたきり、二度と戻って来ることはなかった。その姿を目で追った自分の胸に刻まれた不安と絶望を、少女は忘れることができなかった。


 日が経つにつれ、共に捕まっていた他の人たちも次々と消えていった。無言で連れ出され、誰一人として戻ることはなかった。

 そして気がつけば、残されたのは自分一人だけ――孤独に包まれた牢獄の中で、希望はやがて薄れ、最後には闇だけが残った。

 皆、いつか必ず戻ってくると信じたが、その期待はすべて裏切られた。そして今、自分にも同じ運命が訪れたのだと、心の底から悟る。


 その時、不意に船体が激しく揺れた。

 衝撃で壁に頭をぶつけそうになりながら、少女は動揺して顔を上げた。間もなく船内通信が偶然オンになったのか、エミールの荒々しい声が響き渡ってきた。


『何だ!? ……馬鹿な!! パワードスーツで追って来ただと!?』


 その声からは、今まで見たこともない焦りが感じられた。

 少女は耳を澄ませ、ただならぬ緊張感を読み取る。何者かがこの船に近づいている――それだけは確かだった。彼女の胸の中に冷たい恐怖と僅かな期待が入り混じり、鼓動が早まる。

 船室は再び静けさに包まれ、外の状況が伝わってこない中、少女は息を詰めてその瞬間を待ち続けた。

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