6-12
「と、止まった?」
突然停止したセントリーボットを前に、フローラは警戒心を高めたままキャロルと困惑の視線を交わした。
その直後、工場全体に鳴り響くように、無機質なスピーカーを通して男の声が場内に広がった。
音質は悪く、割れた音声が反響しながら伝わってくる。
『……抵抗は無意味だ。私はこの実験施設の管理者、エミールだ。君たちの戦闘力を計らせて貰った、既に分かっていると思うがその装備ではガーディアン・γを撃破出来ない。
そのまま抵抗を続けるなら、ここで死を迎えることになるだろう』
その冷たい声に、フローラは唇を噛み締め、キャロルは嫌悪感を浮かべていた。
どうやら彼――エミールはどこかで今までの戦闘を観測していたらしい。
そうして、セントリーボットを撃破する算段が無いことを確認してから、わざとらしく攻撃を停止させて話しかけてきたのだ。
その事を瞬時に理解した二人は、苦虫を嚙み潰したかのように顔を歪ませ不快感を露にしていた。
一方、カイは眉間に皺を寄せつつも冷静に声の主を分析していた。
たしかハヤトはこの施設には海賊がもう一人居ると言っていた。このエミールという男こそが、きっとそれなのだろう。
問題は、このエミールとハヤトの関係性だ。
二人が繋がっているとすれば、やはりハヤトの目的は自分たちを何らかの目的で誘き寄せたということになる。
しかし今だにその真意は掴めていない。まだまだ情報が足りていない。
カイが思考を回転させる中、男の高圧的な声が再び広がる。
その声は自信が満ちており、圧倒的な優位を誇示するような態度が滲んでいた。
『私としても、折角の客人だ、粗末にしたくない。ここは大人しくこちらの指示に従って貰えないだろうか。従えば、命は保障しようじゃないか。悪い話じゃないだろう?』
エミールの言葉が再び施設内に響き渡り、静寂の中でカイたちに選択を強いる。
だが、カイはすぐに顎を引き、低く呟いた。
「どうせロクな結末じゃないんだろう? 何せ、脳転写実験で色々やっていたのは既に分かっている。ただ、こちらはあんたの研究には興味が無い。ここは見逃しちゃくれないか?」
カイは虚空に向かってそう叫んだが、返ってきた答えは期待していたものではなかった。
スピーカーから響くエミールの冷ややかな声が、空間に不快な緊張感を与える。
『残念だが、それは出来ない相談だ。君たちは既にこの施設の存在も、研究内容も知ってしまった。生かして帰すわけにはいかないのだよ』
カイはエミールの答えを聞きながら、再び思考を巡らせた。
この男には自分たちを生け捕りにしたいに違いない。それは間違いなくロクでもない理由だろう。
最初に差し向けてきたドローンが鎮圧型であったことからも、その意図は明白だった。
攻撃型ドローンを一切派遣しなかったのは、単に在庫切れというわけではなく、あくまで捕獲を目的としていたからだ。今になってその事実に気づいたカイは、内心で苛立ちを募らせた。
しかし、それが分かれば対策も考えられる。
このままパワードスーツの起動準備が完了するまで、時間を稼ぐことができれば、形勢を逆転できるかもしれない。
確かに現状では強力な戦闘ユニットであるセントリーボットを撃破するには、若干の火力不足なのは確かだ。
だがパワードスーツを起動出来れば、その状況は簡単に覆せる。例え固定武装を取り外されている状態でも、単純に組みつくだけで、相当な効果を期待できるのだから。
カイは計画を進めるべく、エミールとの交渉を続けるために口を開こうとした。
だが、その瞬間、キャロルが先に動いてしまった。
「おかしいわねぇ……さっきは命を保証するなんて言ってたのに、生かして帰さない? どうせ初めからそんな気は無かったんでしょ……それとも自分の嘘に気づいていないほど馬鹿なの?」
キャロルの挑発的な言葉が施設内に響き、しばしの静寂が続いた。
初め、その答えを聞いた時エミールの心中は困惑していた。何せ小馬鹿にされるなど、あまりに久方ぶりの出来事だったからだ。
次に湧き上がって来たのは激情。
この施設に住み始めて数年、彼が相手にしてきたのは自分の命令に忠実で、反論することすらしない無感情な人形たちだった。静寂で支配された生活は、異論や挑発に免疫を持たない彼の心を形成していた。
だからこそ、自分に対して反論するだけでなく、あざ笑うようなキャロルの言葉に、エミールは簡単に怒りを露わにしてしまったのだ。
もちろん、そんな事情をキャロルが知るはずもなかった。
その後、エミールの声がスピーカーを通じて怒りに満ちた音色で響き渡った。
『貴様……誰に向かって言っている!! 少々痛い目を見なければ分からないようだな! ガーディアン・γ、攻撃を再開しろ! 脳さえ無事なら構わん』
その瞬間、鈍い機械音と共にセントリーボットが再び動き出し、対人用機銃が威圧的に射撃を始めた。
カイは計画を台無しにしたことに怒りを露わにし、キャロルに大声で叫ぶ。
「キャロルのアホッ! なんで余計なことを言うんだよーーッ!」
キャロルはカイの怒声を受け流し、肩をすくめて軽い調子で笑った。
「ちょっと面白くなっちゃって……って危なっ! めちゃくちゃコッチ狙うじゃない」
そんなキャロルの無邪気な笑みにも似た態度に、カイは一瞬の苛立ちを抑えきれずに歯を食いしばった。
フローラは軽く溜息をつきながらも、キャロルに向かって冷静な声を掛けた。
「はあー。……キャロル、油断せずに集中ですわ」
キャロルは舌を小さく出したまま頷き、再び鋭い視線でセントリーボットを見据える。
フローラは腰のプラズマグレネードに手を伸ばし、次の作戦を練っていた。最悪は腕一本がダメになるが。
そのとき、突然工場内にけたたましい金属音が響き渡り、一瞬その場にいた全員が動きを止めた。
「この特徴的なモーター音……パワードスーツの起動に成功したの!?」
キャロルは思わず反撃の瞬間かと期待して叫ぶ。
だが、その音は、カイが操作していたパワードスーツからではなかった。カイも驚愕の表情で手を止め、音の発生源を確認しようと周囲を見渡した。
工場の奥、長らく埃をかぶり放置されていた別のパワードスーツがゆっくりとその重厚な機体を動かしていた。
鈍いモーター音が再び響き、そのパワードスーツは起動し、目の前にいるセントリーボットに向かって突如として突進を開始した。
『馬鹿な、誰が動かしている!?』
「おいおい、何で動くんだ!?」
カイの声が驚愕に満ちる中、同時にスピーカーを通してエミールの焦りを隠せない声が漏れ出していた。
パワードスーツはその巨体でセントリーボットに激しく体当たりを見舞い、衝撃でセントリーボットが後方に大きくよろめいた。
重厚な機械同士がぶつかり合う轟音が工場内に反響し、金属片が飛び散る。
目の前で繰り広げられる光景に一瞬、カイたちは呆気にとられた。
重厚なパワードスーツが突進し、セントリーボットを大きく揺らしたその衝撃は凄まじかった。
通常、放置されていた機械が勝手に動くはずもなく、カイの心中には疑念が渦巻いていた。
「何が起こってるんですの……?」
フローラの声が微かに震え、戦場の緊張感を一層際立たせた。
キャロルは目を見開きながら、鋭い視線でパワードスーツの動きを追った。
パワードスーツは、まるで意志を持っているかのように動き、よろめくセントリーボットに猛然と組み付いた。
その動作は機械的でありながらも力強く、機械同士が軋む音が鋭く響き渡る。
セントリーボットは抗おうとするが、ガトリングアームもない現状では叶わなかった。
フローラは動き出したパワードスーツに自分たちを害する意思が無い事を感じ取り一瞬の安堵を感じたが、それと同時にこの場の異常さが頭をよぎった。
何故パワードスーツが動き出したのか、その背後にいるのは誰なのか。もしくは何かのプログラムが作動したのか――答えは分からなかった。
「お姉様! あいつが抑え込んでいる間に、セントリーボットを撃破よ!!」
キャロルの言葉に、フローラはハッとは我に返り、頷いた。
「え、えぇ! キャロルは側面からメンテナンスハッチを狙って! 私がプラズマグレネードを突っ込みますわ!」
「了解!」
二人は一瞬の躊躇もなく、セントリーボットへ向かって駆けだした。
あのパワードスーツが何故動いているのか。そんなことは、後で考えれば良いのだ。
今集中すべきは、絶好の反撃のチャンスを活かすこと。
フローラは腰から取り出したプラズマグレネードを握りしめ駆け出し、キャロルは素早い動きでセントリーボットの側面に回り込むとメンテナンスハッチに狙いを定めて攻撃を始める。
セントリーボットはパワードスーツに組みつかれ思うように身動きが取れずにいた。
それでも残る対人用機銃で至近距離から攻撃を試みており、それでは不十分と判断を下すと、自爆も恐れずに背中のロケットポッドをパワードスーツへと指向していた。
その様子を見たフローラは一刻の猶予も無い事に焦りを覚えながらも、抑え込まれているセントリーボットを正面から駆け上って、キャロルのパルスマシンガンによって融解していたメンテナンスハッチにプラズマグレネードを取り付ける。
「キャロル、今ですわ!」
そうしてセントリーボットから飛び降り、素早く距離を取ったフローラが、キャロルに向かって叫ぶ。
フローラの声に反応し、キャロルは再びパルスマシンガンの引き金を引いてプラズマグレネードを狙い撃つ。
瞬間、プラズマグレネードが大爆発を引き起こし、発生した電磁波がセントリーボットの制御系統を焼き尽くした。
轟音と共にセントリーボットは機能を停止し、重々しくその場に倒れ込んだ。
一瞬の静寂が訪れ、フローラとキャロルは息を整えながら顔を見合わせた。
カイもその様子を見てほっと息をつき、ちょうど起動準備が完了したパワードスーツを前に小さく息を吐いた。
セントリーボットに組みついていたパワードスーツは、プラズマグレネードの電磁波の余波を受けて、今は完全に動きを止めていた。
動かなくなった巨躯を見て、カイたちの誰しもが同じ考えを思い浮かべていた。
一体誰が動かしているのか。
力なくセントリーボットの残骸に覆い被さるパワードスーツは、彼らの視線をじっと受け止めるかのように立ち尽くしていた。




