6-8
カイたちは小惑星内部の施設への侵入に成功し、背後ではゲートが低い音を響かせながらゆっくりと閉じていく。
やがて、周囲は息を呑むような静寂に包まれ、その重々しい機械音も空気に吸い込まれるように消え去った。
そして、淡く暗がりに沈んでいた内部が一斉に明るくなり、照明が施設内を白く照らし出す。
そこには中型航宙船が数隻は停泊できる広々とした宇宙港が広がっていた。
カイはその規模の大きさに驚きつつも、施設内部の状態が意外にも良好であることに気付いた。
多少の年月を経ていることは明らかだが、大きな劣化は見られず、実用に堪えうる環境が保たれている。
カイはそのことに少し顔をしかめながら周囲を見回し、ハヤトに問いかける。
「なあ、外には厳重な防衛網まで張られていたんだ。この内部にも、相当な警戒システムがあるんじゃないのか?」
それこそ進入は当たり前に検知されており、ここを支配している海賊が今まさに反撃の準備を整えている最中なのではないのだろうか。
そんな懸念がカイの脳裏に過る。
しかし、その問いかけに、ハヤトが気楽な様子で答えた。
「あ、それなら今は大丈夫ッス。さっきの暗号コードはここの海賊の片割れが使用しているコードだったんで、俺たちを仲間だと思ってるはずッスよ。
まあ、途中でバレたら防衛システム起動されちゃうんで、ここから先は隠密行動になるッス!」
その説明を聞いて、カイはひとまず胸を撫で下ろす。
しかし油断は出来ない。これが本当に偶然、隠れ家として見つけられた場所なのだろうか。
施設の整備状態や高度な防衛システムを見るにつけ、これは何か重大な機密が眠る場なのではないかという疑念が膨らむ。
「ここって明らかに、何かを隠すために作られた施設だよなあ……」
「設備の作り込み具合から見ると、あまり表には出したくない代物を扱ってそうですわね」
「ってことは、軍関連の施設? ハヤト、アンタ本当に何も覚えてないの? 何か特徴的な出来事とか、何かないわけ?」
キャロルがハヤトに問いかけたが、彼は無言のまま、ぼんやりとした表情でただ立っているだけだった。
その瞳は不自然に瞳孔が開き、まるで意識が遠くに飛んでいるかのように見えた。
虚空を見つめる彼の姿には、どこか異様で、不安を誘う気配が漂っていた。
「え、ちょ……なに?」
「……」
その普通ではない様子に、思わずキャロルも息を呑んだ。
カイも心配になり、声を掛ける。
「おい、大丈夫か?」
その瞬間、ハヤトはハッとしたように我に返りカイの顔を見つめ返した。
目の焦点が戻った彼は、気まずそうに頭を掻き、乾いた笑みを浮かべるのだった。
「あ、すいません! ちょっとボケっとしてました……えぇと、この基地の経緯については……何も分からないんッスよ。本当にすみません」
「ったく、驚かせないでよね」
それを聞いたキャロルは大きなため息をつき、わざとらしく不満を表情に出した。
そのため息に、ハヤトはさらに肩をすぼめ、居心地悪そうに目を逸らす。
「まあ、分からないというなら仕方ない。ところでハヤト、エルザがいる場所まで案内は出来そうか?」
その言葉に、ハヤトはぱっと顔を明るくする。
まるで救いの手を差し伸べられたかのように、安堵の色が浮かび、力強く首を縦に振った。
「もちろんッス! 任せてくださいッス!」
ハヤトの自信に満ちた表情に、カイとキャロルはすっかり彼が異世界から来た存在であることを信じつつあった。
先ほどまでの頼りなさはどこかに消え、少年らしい活気が蘇っているように見えた。
カイとキャロルは、そんな彼の変化にまたも驚きつつも、少しずつ彼が本当に異世界から来た存在であることを信じ始めていた。
彼の知識は、確かにこの施設の侵入を助けている。
だが、一方でフローラだけは何か引っかかりを感じ、内心で慎重な目を向けていた。
(本当に異世界人なの……? それとも、何かもっと別の意図がある?)
思考を巡らせながらも、彼女は黙って一行の後をついていく。
彼女の瞳は、どこか冷ややかで、鋭くハヤトを観察していた。ハヤトが語る言葉の裏に潜むもの、行動の隙間に見え隠れする真意を、見逃すまいとするかのように。
フローラの中では、これまでの常識を覆される違和感と、僅かながら感じる警戒が混ざり合い、静かな戦慄が広がっていた。
「それじゃ、行くか」
そんなフローラの感情とは裏腹に、カイはハヤトの案内を頼りにして進むことを決める。
こうしてカイたちは、未知の施設の奥深くへと足を踏み入れていった。
◇◇◇
施設内部は、まるで天然の洞窟を思わせるような荒々しさに包まれていた。
通路は岩肌をそのままくり抜いた構造で、ゴツゴツとした岩壁が円形状に形作っており、その足元にはメッシュウォークが敷かれ、不安定な岩肌の道を補っていた。
岩肌が露出した通路は暗がりの中で陰影を落とし、洞窟を進むような不気味さを漂わせる。
照明があるものの控えめな光量で通路を照らし出しているため、わずかに足元を明るくしている程度で、その先の空間は影の中に溶け込んでいた。
カイはその異様な静けさに神経を研ぎ澄ませながら進んでいた。
施設内は驚くほど広大で、幾つもの通路が左右に広がっている。
全体の構造は明らかに人工的だが、年月が経過しているためか、部分的に崩れた壁や風化した床が目立ち、施設全体に不気味な空気が漂っていた。
もし自動マッピング機能が無ければ、容易に迷い込んでしまいそうだった。
一行が施設内部の雰囲気に呑まれる中、ハヤトだけは違った。
彼はその空間をまるで見知った場所であるかのように歩いて、一行を先導していた。
監視カメラの視線やオートタレットの配置を察知して、巧みに回避のルートを選んでいる彼の姿は、まるで過去にここを何度も訪れたかのようだ。
「で……ここを曲がると、次のセキュリティポイントがあるはずッス」
ハヤトがそう告げ、次の曲がり角を指差す。
彼の声には緊張が入り混じっているものの、どこか確信に満ちた響きがあり、カイとキャロルは黙ってそれに従う。
フローラも警戒心を緩めず、ハヤトの後ろをぴたりと追っていたが、その動きはどこか疑いと驚きの色を含んでいた。
(明らかに道を知っている……まさか、本当に彼はここへ来た事があるとでもいうの?)
カイたちは慎重に足を進めながら、ハヤトの案内に従って施設の奥深くへと進んでいた。
カイもキャロルも、ハヤトが施設の構造を細部まで知り尽くしているかのような的確な指示を目の当たりにし、異世界から来た存在だという話が真実であると信じ始めていた。
(けれど、油断は出来ない。やはり何か引っかかる……)
しかし、その一方でフローラは終始冷静であり、冷ややかな視線をハヤトに向けていた。
彼の動きがあまりに正確すぎることが、かえって彼女の疑念を深めていたのだ。ハヤトがまるでこの場所に精通しているかのように振る舞う様子に、不安が拭い切れないままだった。
そうして、その予感は的中することになる。
やがて一行が施設内の十字路に差し掛かった時、カイがふと前を見ると、ハヤトの姿が消えていた。
「ん……? ハヤト?」
カイは眉をひそめ、急いでスーツの端末を操作してハヤトの位置を確認しようとした。
しかし、ぶ厚い岩盤が邪魔しているのか、信号が遮られハヤトの位置が表示されなかった。
「こちらではハヤトの位置情報はロストしているな、二人はどうだ?」
「……ダメ、私のほうでもロストしてる」
ハヤトが消えた。
その言葉を聞いてフローラは即座に危険を察知し、顔を険しくして周囲を見回した。
彼女の中で疑念がさらに膨らみ、ハヤトが何らかの企みを持って自分たちを孤立させるつもりだったのではないかという考えが頭をよぎった。
「フローラ?」
「……罠かもしれないですわ。カイ様、ご注意を」
すっかりハヤトを信用しきっていたカイとキャロルは、フローラの言葉に電流が走る思いだった。
すぐさまキャロルは意識を切り替え、カイも少し遅れて一層の緊張感を持って周囲を見渡しながら身構える。
何よりカイはリーダーということもあって、すぐさま次の行動方針を決めなければならなかった。
撤退するか、さらに進むか。
カイは一瞬迷ったものの、それなりに場数を踏んでいる。
このような不明確な状況の場合、撤退が可能ならば、それが最善であると理解していた。
「ここは一度引き返そう。たまたまハヤトと逸れたという可能性は捨てきれないが、フローラの言うように罠である可能性も捨てきれない」
カイの意見には残る二人も即座に同意した。
思い返せば、今回の潜入は些かハヤトに頼り過ぎていた。道中のあらゆる監視システムを、まるで魔法のように回避出来ていた為、それらを無力化することもしていない。
本来であれば、まずは施設内の詳細なデータを入手した上で、進むべき経路を考えるというのがカイのやり方だった。
それは独立パイロットとなって、数々の場数を踏んで編み出したカイの血で書かれたマニュアルでもあった。
しかし、その手法をまるで無視した今回のやり方は、初めから問題が起こることを想定していなかった。全てハヤトに任せっきりだった。
そのようなやり方では、イレギュラーが発生した際に、致命的な結果を引き起こすということを、カイは今更ながら思い出すのだった。
急ぎ来た道を戻る中、ふとキャロルが声を上げる。
「ねえ、罠を掛けるにしてもハヤトの目的は何? 私たちを誘き寄せて、殺すにしても他にもチャンスがあったと思うけれど」
それはキャロルの言う通りで、ハヤトが自分たちに危害を加えるのが目的であれば、そのチャンスは多々あった。
道中には侵入者排除用に致死的な防衛設備が多数存在していた。
それら一つを意図的に無視することで、いつでも罠にハメる事は出来たはず。
カイはキャロルの問いに、今一度なぜあのタイミングでハヤトが消えたのかを考える。
「道中で見た限り、ここの防衛システムは基本的に捕縛を前提としていないからなあ。下手に起動して自分も致死レベルの攻撃に巻き込まれる可能性を考慮していたとか?」
「うーん、確かにそれもありそう。だけれど、ハヤトがあの場で姿を消す理由って、割と意味が分からないのよね。だって、ただの通路のど真ん中だし」
カイとキャロルはそれぞれ、ハヤトの意図が何なのか頭を巡らせていたが、確かな答えには辿り着けなかった。
奇妙な沈黙が一行を包む中、先頭を進んでいたフローラが立ち止まり、二人に振り返って静かに声をかける。
「……二人とも止まってくださいませ。どうやら来た道はもう使えませんわ。……ぶ厚い隔壁が降ろされていますもの」
一行が進んできた道の先に、厚みのある隔壁が遮るように降りていた。
思わず足を止めたカイたちは、静まり返った通路の中で互いの呼吸音が異様に響くのを感じた。
「これって来た時には無かったよな……ハヤトの仕業か?」
カイの言葉に誰も応えない。
重い沈黙が一行を包み込み、肌にまとわりつくような不穏さが漂っていた。隔壁はまるでこの場に閉じ込めるための壁として立ちはだかっているかのようだ。
フローラがゆっくりと隔壁に近づき、その冷たい金属の表面にそっと触れた。わずかに身震いしながら彼女が振り返る。
「どうやら完全に退路を断たれましたわね……」
カイは周囲に警戒を向けながら考えを巡らせていたが、その場に流れる張り詰めた空気が思考を阻むようだった。目の前の隔壁が、ただの障害物ではないことを告げているかのようだ。
どうやらハヤトは、ただ姿を消しただけではなく、確かな意図を持って行動しているようだった。
このまま自分たちを簡単には帰さない、そんなメッセージが読み取れる。
「帰すつもりはないってことか」
カイは短く息を吐くと、素早く判断を下す。
もと来た道が塞がれている以上、この場で立ち往生するのは避けたかった。
こんな遮蔽物の何もない通路で襲撃されれば、ひとたまりもない。
カイの中で、瞬時に行動方針が決まる。
「引き返せない以上先に進むしかない。そいで、まずは施設の全体マップを確保しよう。それができれば、次にどう進むべきかも見えてくるはずだ。先頭はフローラ、後方はキャロルが担当してくれ」
「お任せください、カイ様」
「分かったわ!」
一行の顔つきが再び引き締まる。
カイの言葉に従い、警戒を一層強めながら、彼らはハヤトの策を上回るべく慎重に次の一歩を踏み出すのだった。




