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6-7

 一行は目の前の光景に、ただ息を飲んだ。

 オベリスクのブリッジに設置された高精度の望遠レンズが捉えた映像には、何の変哲もない岩石の塊――ただの小惑星が映し出されている。

 だが、それは単なる小惑星ではなかった。

 その小惑星にスキャンをかけると、内部には人工的な構造が隠されていることが明らかになったのだ。


 カイはその結果に、思わずこぶしを握り締めた。

 ハヤトが示したとおりの場所に、謎の施設が存在する――常識を超えたこの事実が、何か重苦しい現実感をもってカイたちを飲み込んでいく。

 これが偶然なのか、それとも彼の言葉通りなのか。疑念と共に、カイの脳裏には本当にハヤトが異世界転移者なのではないか。という考えが浮かび上がっていた。

 

「信じられないわ……本当にあるなんて」


 キャロルも目の前の光景が信じられないといった様子で、ふと漏らすように呟いた。

 彼女の顔には微かな驚愕と、不安が交錯しているのが見て取れる。


「ご主人様……もしかすると、ハヤトが異世界から来たって話、本当なのかも?」

「……まあ、出来過ぎてるってのはあるよな、間違いなく」


 カイは思わずキャロルの考えに同意しそうになったが、流石に異世界からの来訪者というのは些か現実味を欠いている。

 しかし、目の前の事実はハヤトが告げた通りなのも確かだった。

 なぜ彼がこの場所を知っているのかについては、今の段階では他にそれらしい答えは見つかっていない。

 自然とカイとキャロルの脳裏には同じ考えに辿り着き始めた。

 

 一方で、フローラは冷ややかな表情を崩さず、ため息をつく。


「異世界から転移してきた? そんな、荒唐無稽こうとうむけいな話があるわけないでしょう。現実離れにも程がありますわ」


 その態度にキャロルは眉をひそめ、フローラに向き直った。


「じゃあ、お姉様はどう説明するの? あの小惑星の内部に施設があることまで、ハヤトが知っていた理由は? 偶然で片付けるには、どう考えても無理があるわ」

「それは……」


 フローラは一瞬口を開きかけたが、言葉が続かなかった。

 これまで彼女が信じてきた知識や論理が、目の前の現実によってきしんでいくのを感じる。

 自身の動揺を悟られまいと表情を引き締め、再びスクリーンに視線を戻したものの、冷静さの奥には拭えぬ疑念が残っていた。

 

「やっぱり、異世界転移者なんだわ! ハヤトが高レベルESP発現個体であるのも、それに関係していると思わない!?」


 キャロルの興奮を帯びた声がブリッジに響く。彼女はカイに顔を向け、さらに言葉を続けた。


「異世界から来た存在だからこそ、ESP能力も異質なものになっているのかもしれないわ。普通の発現個体とは全く違う……そう思わない?」


 ハヤトが本物の異世界人だと結論付け、一人興奮するキャロル。

 片や、カイは腕を組みながら考え込んでいた。

 確かにハヤトの話には、辻褄の合う部分も多い。しかし、即座にすべてを信じるにはまだ判断が早い気もしていた。


「……確かに奇妙に合致してはいるけれども、信じるにはもう少し根拠が欲しいところじゃないか? どうにもまだ()()()()()んだよなあ」

「あ、それならハヤトにエルザの所まで案内させるってのはどう?」


 今だに疑うカイを他所に、キャロルは完全にハヤトが類稀なる存在だと信じていた。

 彼がゲームを通してこの先の展開を知っているというのであれば、それを確かめるという意味でも、道案内をさせるのは合理的だとキャロルは判断していた。

 ただ、ハヤトを引き連れ歩く。その事には重大な懸念が含まれている事について、この時のキャロルはすっかりと抜け落ちていた。

 そんなポンコツなキャロルを、フローラは眉をひそめ、鋭い視線で見やった。


「ハヤトとの接触は一切絶つのが賢明ですわ。彼は精神ベクトルを操作する異能の持ち主である可能性が、非常に高いと結論が出たではありませんの。

そんな彼と長時間接すれば、カイ様にどんな影響を与えるか想像が付きませんわ」

「あっ……そうだった」


 ハヤトが異世界人であるかはさておき。

 最も恐れなければならないのは、彼が強力な精神操作を引き起こすESP発現個体だということだった。

 それをフローラの指摘によって、キャロルは漸く思い出す。

 しかし、それでもキャロルは譲らない。


「確かに、ハヤトの異能は厄介よ? けれど、それは私たちがご主人様と肌身離れずに居れば良いというのも答えよね? 護衛も兼ねるわけだし。なら、ハヤトを道案内に使っても大丈夫じゃない?」

「ハヤトの異能は今段階で未知数ですわ。もしかすれば、私たちのデバイスすら無力化してくる可能性もあり得ますのよ。やはり、リスクは避けるべきだと思いますわ」


 キャロルとフローラはお互いに持論を述べ、一歩も引かずに口論を交わしていた。

 そんな二人のやり取りを見ていたカイは、意を決して口を開いた。


「分かった。ハヤトを連れて行く。彼の言葉が真実であれば、エルザも無事に救出できる確率は高まるし、結果的に彼との接触時間も最短になるはずだ。

逆に間違いだと分かったら、それも収穫だ。偶然、単なる妄想が合っていたペテン小僧ってことで、ハヤトの正体も掴める」


 このカイの決断について、フローラは渋々といった様子で従うのだった。


「ふぅ、分かりましたわ」


 だが、フローラはハヤトを連れて行くというカイの決断に、なおも懸念の表情を浮かべていた。

 彼女の中では、ハヤトをこの場で尋問し、エルザの情報を聞き出すだけで十分だという考えが変わっていなかったのだ。

 しかし、奇妙なまでに一致する情報と目の前の謎の小惑星により、彼の正体を解明する必要があることも確かだと感じていた。

 この不気味な状況から早く脱したいという思いが、彼女をしてカイの結論に従う選択をさせた。


「流石はご主人様、理解が早くて助かるー!」


 一方で、キャロルはハヤトのESP能力には警戒心を抱いていたものの、実の所は彼を利用することを考えていた。

 高レベルのESP能力者は極めて希少で、特に精神操作系の能力は、あらゆる場面で利用価値を持つ。

 先ほどのハンガーでのやり取りから、キャロルはハヤトが高い自尊心を持っていると見抜いており、即座に彼を懐柔かいじゅうする計画を密かに思い浮かべる。


 その為の布石として、まずはプライドを折ることから始めた。

 必要以上に攻撃的に振舞い、彼の自信を精神と肉体ともども打ち砕いて見せた。

 そうして心を揺さぶったあと、次に自分たちが彼を認めてやるような態度を示すことで、簡単に取り込めると考えての行動だった。

 そして、ハヤトが持つ能力をゆくゆくは、邪魔な存在となり得るフローラを排除するために、利用できるかもしれない。そんな密かな企みも含まれていた。


「よし、それじゃ準備するか。フローラは医務室へ行ってハヤトの準備をしてくれ、キャロルはナイトフォールのチェックだ」

「承知いたしましたわ」

「了解!」


 そんな二人の思惑には気付かず、カイは一歩を踏み出した。小惑星の内部に何が待ち受けているのか、真偽を確かめるための準備に入る。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 カイは白鯨号を慎重に操りながら、小惑星の表面へとゆっくり接近していた。

 

「あ、そのまま進むと低周波音センサーに引っ掛かるんで、一旦3000m下降して進んでくださいッス」

「了解……キャロル、どうだ?」

「ちょっと待って……うわッ、本当にある!」


 メインパイロットシートの隣に座るキャロルが、光学カメラを通して、宇宙の闇に溶け込むようにして漂う小型の検知器を発見した。

 大きさは約1mほどの機器であり、付近に漂う無数の岩石の中に完全に紛れており、事前に指摘されなければ全く気付くことは無かっただろう。

 幾度目かのハヤトの予測が再び的中した事に、一同は息を呑む。

 やはり、彼は本当に同じ状況をゲームで体験していたのではないか。誰しもが、そんなことを頭の中で思い浮かべた。

 こうしてカイたちはハヤトの指示に従い、見えない警戒網を丁寧に避けていた。

 

「ふう……」

「ふふ、緊張していますわねカイ様。大丈夫、ゆっくり……そう、お上手ですわ」


 カイはその日、幾度目かの溜息を付きながらも入念に操縦桿を握る。

 普段なら単に操縦に集中するだけで十分だが、今回は些か事情が異なる。

 その原因はフローラだった。

 ハヤトのESP能力の影響を受けないように、カイはフローラと密着しつつ船を動かしていたのだ。

 

 メインパイロットシートに座るフローラの膝の上に腰掛ける形で、カイは操縦桿を握っていた。

 人間椅子と化したフローラの吐息がカイの耳元にかかり、密着する体温が集中を乱すたびに、カイは別の方法を懇願こんがんした。

 が、フローラの抱擁ほうようは決して緩むことはなかった。


「……動かないでくださいませ、カイ様。私も必死ですのよ」


 フローラは淡々とした声ながらも、どこか楽しんでいるようにカイをしっかり抱きかかえ続ける。

 一方、サブパイロットシートで補助を担当しているキャロルは、不満げに腕を組み、鬼の形相でモニターを睨んでいた。


「ぐぬぬ……! あんなの絶対座りにくいじゃない、私ならもっとスマートな座り心地を提供できるのに!」


 キャロルのぼやきが聞こえたが、カイはそれに返す余裕もなく、ひたすらに操縦に集中した。

 ハヤトがいることで起こる影響を最小限に抑えるためには、特殊デバイスを身に着けているフローラとの密着は不可欠だった。

 そのため、カイはフローラかキャロルの膝の上に座る以外の選択肢がなかったが、どちらかを選ばずに済んだことに、内心ほっとしていた。

 そうして、妙な座り心地を覚えながら、カイは緩慢な白鯨号で必死にセンサー類を回避していた。

 

 本来なら、このような隠密潜入には、隠蔽いんぺい性能が高く戦闘にも優れているナイトフォールが適役だった。

 しかし、ハヤトが無茶な戦闘でナイトフォールに微小な損傷を負わせたため、調整が必要で使用不可の状態にあった。

 そのため、仕方なく白鯨号での潜入となり、それに対してキャロルは苛立ちを隠さず、呟くように不満を口にする。


「まったく、誰かさんのせいで、どれだけ手間が増えたと思ってるのよ……」

「ウッ! ……本当にすいませんッス、キャロルさん」


 キャロルの愚痴がハヤトに聞こえると、彼は申し訳なさそうにうつむき、何も反論できないままだった。

 その圧倒的な態度に、ハヤトはすっかり萎縮し、彼女の支配力を感じ取っていた。

 

(すっかり上下関係を構築していますわね。最初に痛めつけたのはこれが狙い? だとしたら、なかなかの手腕ね……)

 

 その様子を見て、フローラは内心でキャロルの手腕に感心し、彼女の人心掌握術に驚いていた。

 

「しかし、なんでこんな厳重な警戒網なんだ? 単なる海賊の隠れ家としても、小惑星をくり貫いた基地なんて聞いた事も無いぞ」


 カイはひたすらに操縦に集中しつつも、次第に湧き上がってくる疑念を拭いきれなかった。

 目の前の小惑星に潜む施設には、通常の海賊が持ち得るとは到底思えないほどの高度な警戒網が張り巡らされている。ありふれた宇宙の盗賊が、ここまで綿密な防御を構築できるのか――その答えは否である。


 ふと、彼の頭に基本的な海賊団の現実が浮かんだ。

 海賊たちは概して金が無い。

 略奪したものを現金化しても、その殆どは酒や女、薬といった具合にすぐに使い切ってしまう。

 こうした海賊の隠れ家は、元々他の勢力が放棄した施設を無断で占拠しているケースが多く、荒れ果てているのが常だった。修理や整備が行き届いているのは、人員の多い大規模な海賊団くらいのものだ。


 だが今回、カイが相対しているのは、ハヤト曰くたった二人組の海賊だという。

 なのに彼らが隠れているのは小惑星をくり抜いて作られた基地――この不自然さは否応なくカイの不安を掻き立てた。


「本当に……ただの海賊か? 軍が放置していた施設を彼らが偶然発見したという可能性も考えられるが、ここまでのセンサー網が維持されているのは……」


 カイが呟くと、フローラも眉をひそめ、キャロルも気まずそうに視線を巡らせた。

 そんなカイの疑問に、ハヤトも焦りの色を浮かべつつ、答えに窮していた。


「えっと……たしかにゲームの中ではこういう警戒網があったッスけど、俺、そういう裏設定とか調べるのはあんまりしなくて……」


 ハヤトの言葉は歯切れが悪く、はっきりとした根拠が無いことが見て取れた。

 ゲームの展開を知っていたとはいえ、物語の背景や設定について深く追及するタイプのプレイヤーではなかったのだ。


「つまり、お前もこの施設がどうやって維持されているのか、そのあたりの背景までは把握していないってことか」


 カイの冷静な確認に、ハヤトは小さく頷いた。

 その答えを聞いて、カイは瞬時に内心で警戒レベルを引き上げる決意をした。

 目の前に広がるのは、明らかに軍事レベルの防衛網。これほど厳重なセンサーが配置されている地点が、ただの海賊の隠れ家であるとは到底思えない。

 むしろ、軍事施設かそれに匹敵する何かが隠されている可能性が高まった。


「どうやら、ただの隠れ家じゃ済まなそうだな……」


 カイはそう言って視線をスクリーンに戻し、緊張を走らせながら操縦を続けた。その間、フローラもキャロルもいつも以上に注意深くモニターを睨み、進行方向を見守っている。

 

「あ、これで警戒網は終わりッス。あとはゲートがあるんで……」

 

 そうして、ハヤトの指示に従いながら、カイたちは複雑な警戒網を突破することに成功した。

 鈍重な白鯨号が岩陰を縫うように進む中で、ついにハヤトが示した通りの場所に到達した。


「そこッス。あの岩陰の先に、偽装されたゲートがあるッス」


 ハヤトの言葉にカイは操縦桿を丁寧に操作し、指示通りに白鯨号を滑り込ませた。

 すると、確かに小惑星の表面にさりげなく偽装されたゲートが見えてくる。

 キャロルはコンソールに向かい、事前にハヤトから伝えられていた暗号コードを素早く入力した。その数秒後、ゲートの表面がわずかに振動し、低い音を立てながら重厚な扉がゆっくりと開き始める。


「コードが本当に通ったなんて……信じられない」


 キャロルが呟き、目を見開く。

 カイが白鯨号のライトを点灯させ、暗闇に差し込むと、内部の異様な構造が少しずつ浮かび上がる。暗く無骨な金属の壁や、年代を感じさせる装置が隠された空間に自然と緊張感が増していく。

 フローラも静かに状況を見守りながら、自然とカイを抱きしめる腕に力が籠っていく。

 こうしてカイたちは、ハヤトの導きによって、未知の施設内部へと慎重に進入していくのだった。

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