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6-6

 宇宙の中で無軌道に漂うナイトフォールは、まるで溺れているかのように無惨にきりもみ回転を繰り返していた。

 その姿は、制御を失い、ただ無限の虚空に引きずり込まれていくかのようだった。

 そんなナイトフォールの姿を見つめる者がいた。

 キャロルはオベリスクのブリッジに立ち、溺れるナイトフォールを不安げな様子で見守っていた。

 

「うぅ、私の艦……絶対酷いことになってるよおぉ……」

 

 普段の明るくはつらつとした雰囲気と打って変わって、勢いのないキャロルの姿にカイは少しだけ新鮮さを覚えていた。

 しかし、愛する艦を勝手に素人に弄られ、海賊に良い様に的当てにされていたのだから、その心境は察するに余りあるだろう。

 カイはそんなキャロルの肩を、静かに抱いて慰めてやっていた。時折、後ろから小さな舌打ちが聞こえてくるのを必死に無視して。

 

「カイ様、ナイトフォールのコントロールをオーバーライドしますわ。キャロル、いつまでもメソメソしない!」

「……ああ、始めてくれ」

「だってえぇー……」


 フローラは操作パネルに素早く手を走らせ、作業を進めていく。

 彼女の指先が触れるたびに、オベリスクの制御システムが反応し、ナイトフォールとの通信が開かれる。

 画面越しに見える回転し続けるナイトフォールが、フローラの指揮のもと、徐々にその無軌道な動きを止めていった。


「オーバーライド完了。自動着艦シークエンスに移行します」


 ブリッジに設置されたスクリーンには、かつて漂流していたナイトフォールが、フローラの操作によって安定を取り戻し、静かに第2ハンガーへと誘導されていく様子が映し出されていた。

 カイとキャロルはその様子を確認し、安堵の表情を浮かべる。


「やれやれ……これで何とか着艦できそうだな」

「ありがとう、お姉様! 早く、早く状況を確認しに行きましょう!」


 ナイトフォールがオベリスクのハンガーへとゆっくりと収容されていく姿を見たキャロルは、居ても立っても居られないといった様子で落ち着かない。

 カイ自身もハヤトから色々と聞きたいこともあって、早速向かおうとするも、不意にフローラから声を掛けられた。

 

「待ちなさいキャロル、例の話がまだよ。カイ様、少しお時間よろしいでしょうか?」

「あっ、そうだった……」


 フローラの声には、いつもと違う緊張感が含まれていた。

 その様子にカイは僅かに警戒しながらも、立ち止まり、彼女の方へと振り向いた。


「何かあったのか?」


 フローラは小さく咳払いをすると、真剣な面持ちで話し始めた。


「……ハヤトがE()S()P()()()()()である可能性が高いのです。彼が無意識のうちに、カイ様に思考誘導を行っていたかもしれませんわ」

「なに!?」


 カイはその言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。

 自分の行動が不可解なものに感じられていた理由が、一気に明瞭になっていく。

 確かに、あの少年と接していた時、何か異常な引力に引き寄せられるような感覚があった。

 今思えば、あれはただの感情ではなく、外部からの影響だったのかもしれない。


「そうか……だから俺は……」


 カイはフローラの言葉にうなずき、思わず顎に手を当てた。

 そして、内心で湧き上がる不安を抑えるように、冷静な声で対策を尋ねた。


「……どうすれば防げるんだ?」


 フローラは微かに笑みを浮かべ、カイの腕を優しく取り、その手に自らの体を寄せた。


「カイ様が私たちの近くにいれば、問題ありませんわ。私たちは対ESP防御デバイスを装着していますから、影響は無効化されます」


 彼女はそう言いながら、頬をほんのりと赤く染めていた。


「……こうしていれば、カイ様は安全ですわ」


 フローラのささやきが耳元で響き、カイはほんの少しだけ気まずさを覚えた。

 だが、彼女の真剣な目を見つめると、それが冗談ではないことが伝わってきた。彼女は本当にカイを守ろうとしている――そう理解した。


 その時、キャロルが負けじとカイの反対側の腕を取った。


「私だって、ご主人様を守るわ! お姉様だけに任せるわけにはいかないもの!」


 彼女もまた、カイの腕に体を密着させ、まるで競争のように寄り添ってきた。

 カイは一瞬ため息をつきながらも、二人の真剣な表情を見ると、それ以上の反論はできなかった。


「はあ……実際の所、ここまで密着しないと防げないのか?」

「うーん、正確なところは分かりませんわ。ESPって同じ能力でも使用者次第で性能が大きく異なるので……」

「多分、ハヤトのESP能力は高ランクだと思うの。だから、確実に防ぐには密着していないと不安ね」

 

 二人の回答を聞いて、カイは肩を落とす。

 ハヤトと会う時には、常にフローラかキャロル二人のうち、どちらかと密着状態で合わなければならない。

 それは傍から見れば一体どう映るのか。

 そのことにカイは気が滅入る思いだった。

 

 それでもカイは、内心で不安を感じずにはいられなかった。

 もし再びハヤトの思考誘導を受けてしまったら――自分はその影響を逃れることができるのか。それは彼の胸の内に、消えない影を落としていた。


「はあー……仕方ない、今はこれで納得するしかないか」


 カイはようやく二人の提案を受け入れ、深く息をついた。


「それで、ハヤトをどうされます?」


 フローラが尋ねると、カイは即座に答えた。


「星系防衛隊に彼を引き渡して、専門機関に保護してもらうべきだな。先ずは適当な部屋で隔離して、その後にエーデルヴァイゼ1211へ戻る」


 もはやカイにとって、ハヤトは潜在的な脅威であり、これ以上のリスクを冒すつもりはなかった。




 ナイトフォールが自動着艦シークエンスによってオベリスクの第2ハンガーに収容されると、格納庫内のシステムがハッチのロックを解除し、ゆっくりと扉が開かれた。

 カイたちは慎重にハンガーに足を踏み入れ、緊張の面持ちでナイトフォールの姿を見つめていた。


 キャロルは無言でナイトフォールに近づき、指先でその艶やかな表面を撫でると、無数の小さな傷が見つかっていく。

 それぞれが海賊との戦闘の痕跡であり、彼女の愛機が耐え忍んだ証だ。

 その痛ましい傷痕を見て、キャロルの心は瞬く間に怒りに染まった。


「この傷……全部、勝手に操縦した結果なのね!」


 その声は、聞く者が寒気を覚えるような低い声で、キャロルの目は怒りに燃え、拳を固く握り締めている。


 一方、カイはフローラに寄り添われながら、ハヤトが降りてくるのを緊張した面持ちで待っていた。

 何せ相手は精神に影響を与えるESP発現個体だ。

 フローラと密着している状況であれば、ESPの影響を受けないというのも、あくまでも仮説に過ぎない。

 

 もし、ハヤトがデバイスの効果を打ち消すほどの能力者だとすれば、自分は意識することも出来ずに再びその影響下に入ってしまう。

 そして、もしかすればフローラやキャロルもそれに抗えない可能性があるのではないか、そう考えると寒気すら覚えるのだった。

 無意識的にカイはフローラの手を強く握りしめていた。

 そんな不安気なカイを安心させるかのように、フローラは優しく握り返す。

 やがてナイトフォールのエアロックが開き、ハヤトが不満げな顔をして降りてきた。


「ちくしょう……なんでうまくいかなかったんだよ!」


 ハヤトはつぶやき、悔しさと苛立ちを隠せない様子であたりを見回す。その態度に、カイは深い息をつき、努めて冷静な口調で問いかけることから始める。


「ハヤト、勝手に艦を操縦して状況を悪化させたことについて、何か言い分があるか?」


 そう問われたハヤトは一瞬ためらい、視線をそらして呟いた。


「俺なら、ちゃんとできたはずなんだよ……こうなるはずじゃなかったんだ」


 その曖昧な答えに、カイは一層眉をひそめ、疑念の色を隠さずに見つめ返した。

 カイの疑問を含んだ視線に、ハヤトは苛立ちを募らせる。

 何より、自分が得るべきはずのフローラがカイに寄り添っている様子が怒りを掻き立てのだ。


「アンタが邪魔しなければ、俺はちゃんとやれたんだって! モブキャラなのにしゃしゃり出るなよ!」


 そうしてハヤトは声を荒らげ、怒りを爆発させた。

 

「俺は異世界から転移してきたんだ! この物語の主人公で、賞賛を受けるべき人間なんだ! お前のようなモブに邪魔される筋合いなんてない!」

「え、えぇ……」


 その突然の告白に、カイは困惑し、フローラは冷ややかな目でハヤトを見据えた。

 理由を問うと、訳の分からない事を言い始め、終いには異世界の人間だと言い始めたのだから。

 

 カイは一瞬、自分が気付かないうちに再び精神操作を受けたのではないかと錯覚すら覚えた。

 それほどに荒唐無稽な話だったからだ。

 しかし、隣にいるフローラにチラりと目を向けると、静かに首を横に振ってその考えを否定する。


「お前は、いなくてもよかったんだ……んぐッ!!」


 ハヤトは言葉を重ねるが、その怒りがどこか焦りにも似たものに変わり始めているようだった。

 しかし、その次の瞬間、ハヤトは背後から力強く押し倒され、勢いよく顔が床に叩きつけられた。

 

 容赦なく彼を押さえつけていたのはキャロルだった。

 彼女は冷ややかで鋭い声を放つ。


「随分好き勝手言ってくれるじゃない? 私の艦を勝手に乗り回し、海賊との戦闘を悪化させたっていうのに。さらに愛すべき人を侮辱するなんて……そんなに死にたいの?」


 キャロルはハヤトの髪を掴んだまま離さず、乱暴に何度も顔を床に叩きつけていく。

 ハヤトの視界が赤色に染まり、次第に鼻の感覚が無くなっていった。

 顔を持ち上げられる度に、ぷちぷちと髪が引き抜かれる音が聞こえ、痛みと苦しみに藻掻く。


「う、痛い……やめてくれ、頼む……!」


 そうして堪らずハヤトは痛みに顔を歪め、命乞いをしたのだった。

 しかし、キャロルは冷たい視線を一瞬も緩めず、彼の顔を地面に叩きつけようと力を入れた。

 再びあの痛みが走るとハヤトが身構えるも、床に着く寸前で止まったのだった。


「待て、キャロル。そこまでだ」


 動きを制したのは他らないカイだ。

 彼の低く静かな声が響き、キャロルの手がその場で止まった。

 ハヤトの鼻先が地面すれすれで止まり、彼は恐怖で震えながらカイを見上げた。

 しかし、カイの瞳には一抹の同情も見当たらず、ただ冷徹な判断だけが宿っているだけだった。

 

「ハヤト、お前の言う話は全く理解できないぞ。結局のところ、何がしたかったんだよ」


 実際のところ、ハヤトの言い分は何一つとして要領を得ない。

 今の所、分かっている事は妄想に捕らわれての行動というだけで、それだけが理由とは到底思えなかった。

 

「……この、世界とよく似た世界を……知っているんだ」


 しかし、ハヤトから語られるのは相変わらず妄想の話だった。

 

「またその話? まだ口が堅いようね、もう少しだけ叩きつけて柔らかくしてあげるわ」


 再びキャロルがハヤトの髪を掴んで頭を持ち上げると、容赦なく地面に叩きつけるかのような素振りを見せた。


「ち、違う! 本当の話なんだ! 頼む、話を聞いてくれよ!」

「だから、待てキャロル」


 じたばたと藻掻いて、必死に懇願するハヤトを見たカイは、それが演技とはとても思えなかった。


「じゃあ、何か証拠を見せてくれ。流石に荒唐無稽すぎる。そのことはお前自身も分かっているだろう?」

「ああ……全部、話すよ……」


 そうしてハヤトは自分がこの世界に転移してきた経緯を語り始めた。

 その表情には、これまでの自信と苛立ちに代わって、どこか疲れたような陰りが見えていた。


「初めは何が何だか分からなくてさ……だって、ゲームの中じゃ奴隷として捕まるなんてイベントがあったけど、現実でそんな経験したことなかったし。

でも、あれこれされるうちに、これは俺が知ってるゲームと同じだって気づいたんだ」


 ハヤトの声は徐々に熱を帯び、遠い記憶を掘り起こすかのように、言葉を慎重に選んでいた。


「奴隷から救出されて、カイ、お前と出会って……それも全部ゲームの中のイベントで見た光景と同じだったんだ……」

「ふぅん。それじゃ、今回襲撃した海賊の名前だって言えるわよね?」


 キャロルは疑いの目をハヤトに向け、試すかのように尋ねる。

 目の前のホラ吹き小僧が知っているはずがない。そう確信しての質問だった。

 何故なら、海賊が名乗ったのは最初の襲撃時のみで、その通信先はオベリスクが受けていたからだ。

 その時、カイとハヤトはハンガーに居たのだから知るはずはない。

 

 残る手段として、海賊船をスキャンすれば可能ではあるが、それも難しいということも分かっていた。

 ハヤトはまるでナイトフォールを操縦できておらず、その状況で海賊船をスキャンするなど不可能に近い。

 

 キャロルはそうした一連の事実を鑑み、ハヤトがボロを出すことに期待を寄せていた。

 だが、それは簡単に裏切られる。

 

「確か……ホワイトオパールのジャッキーのはずだ。奴はこの先にある隠れ家を根城にしている海賊二人組の内一人なんだ」

 

 その瞬間、キャロルとフローラが驚愕の表情を浮かべた。

 その二人の様子から、カイは襲撃犯の名前が一致していた事を静かに悟る。


「え、待って……確かめてくるわ」


 予想外の言葉にキャロルは動揺を隠せずにいた。

 一体なぜ知っているのか。あの混乱の最中、ハヤトが敵艦をスキャンしていたとでもいうのか。唯一知る術があるとすれば、それしかない。

 キャロルは真相を確かめるべく、急ぎナイトフォールのコクピットへと向かった。

 仮にスキャンしていたのであれば、その履歴が残っているはずだからだ。

 

 急ぎナイトフォールへと乗り込むキャロルを他所に、フローラも目を見開いて思考を回転させていた。

 一体なぜハヤトが海賊の名前を知っているのか。

 その答えを考えるも、自分で納得のいく回答を得る事は出来なかった。

 ハヤトが高レベルのESP発現個体であることを考慮すれば、リーディング能力という線が考えられたが、これも否定出来た。

 フローラとキャロルは一般的な人間の脳構造とは異なるため、過去の実験結果から、それら能力には完全な耐性を持つことが証明されていたからだ。

 突如、目の前の少年が得体の知れない存在に思えたフローラは、自然とカイの手を握る力がこもっていくのだった。

 

「どうやら海賊の名前はあっているっぽいな……。それじゃ本当に次の展開を知っているのなら、攫われた領民――エルザがどこに居るかも知っているのか?」


 それまでホラ吹き小僧だと思っていたハヤトが、ここへ来て妙な説得力を持ち始めた事に、カイは表面上では冷静さを保ちつつ警戒心を強める。

 一方、ハヤトはカイの質問に頷き、隠し事をする素振りもなく素直に答え始めた。


「エリーは海賊の隠れ家に捕らえられているはずなんだ。ゲームの流れでは、降伏した海賊が見逃してもらう代わりに隠れ家の場所を話す――それで次の場所が分かるって流れだったんだけれど……」


 そこでハヤトの声が少し沈んだ。

 現実の状況がそのシナリオ通りに進んでいないことが、彼の感情に燻りを生じさせていた。

 だが、それを表に出せばどうなるのか。その事は先ほど文字通り痛い目を見て学んでいる。

 それ故にハヤトは感情を出さないよう努めて抑えながら、隠れ家の詳細を語り始めたのだった。


「……その隠れ家は、小惑星の一つをくり抜いて作られてるんだ。海賊の片割れがそこに潜んでて、なんか怪しい実験を繰り返してるって設定で、そこにエリーが居るんだ」


 カイはハヤトの言葉を聞きながら考え込んでいた。

 その真偽を見極めるように彼の顔を見つめていたが、どこか話が現実味を帯びているように感じられたからだ。

 特に小惑星の隠れ家については、何か根拠があるかのように詳しい語り振りに、自然と説得力があった。

 

 そうして暫しの間、悩んでいるその時、キャロルが静かに戻ってきた。

 彼女はいそいそと駆け足で近づくと、カイとフローラにだけ聞こえるように、小声で報告を始めた。


「ナイトフォールのシステムログに、敵艦をスキャンした形跡は見当たらなかったわ。つまり、ハヤトが敵艦の情報を知る手段はなかったということになるわね……」


 その報告に、カイは短く頷いた。

 ここまで来れば、真実か確かめるのも悪くはないだろう。

 カイは小さく溜息を吐いて、心の中で決意が固まるのを感じると、再びハヤトに視線を向けた。


「よし。試しにその隠れ家まで行ってみよう。お前の話が本当かどうか、確かめさせてもらう」


 その言葉を聞いたハヤトはわずかに安堵の表情を浮かべる。

 少なくとも自分の価値を証明できたなら、これ以上何かされる事はないと考えていたからだ。

 そして同時に、シナリオ通りに進んでいない現実を見て、ハヤト自身、本当に隠れ家存在していて欲しいと願わずにはいられなかった。

 果たして、物語の筋書きが現実となるのか――すべては、次なる航路の先に待っていた。

いよいよ明日、新探査船実装!楽しみいぃー!!

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― 新着の感想 ―
やーい、お前俺とおんなじ地球人ーーー笑 なう(2025/06/21 21:55:10)
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