6-4
カイたちはハヤトを連れ、惑星エーデルヴァイゼ1211から離脱した。
そうして今は、次の星系に向けてハイパースペースの極彩色に彩られた空間の中をオベリスクに乗って進んでいた。
分類上は小型母艦に該当するオベリスクだが、全長300mという巨体を誇る。その母艦の内部は広大だ。
ハヤトは興奮を抑えきれない様子で、目の前に広がる世界をじっと見つめていた。
「これがオベリスクか……すげぇ、本当にこんな大きな船が動くんだな!」
彼の興奮は隠しきれず、まるで子供が初めておもちゃを手にしたかのように無邪気に喜んでいた。
その姿に、カイは思わず微笑んでしまう。ハヤトの無邪気な反応が、カイの心の中に柔らかい感情を呼び起こしていた。
それはかつて、自分も初めてオベリスクに乗艦した時に抱いた気持ちそのものだ。
レオンという尊敬するエリートパイロットに誘われ、初めてこの艦に足を踏み入れた時と、全く同じ光景だった。
あの時も、レオンは自分と似た感情を抱いていたのだろうと、カイは感慨深い思いが込み上げてくるのを感じ取った。
「なあ、中をもっと見たい! オベリスクの中を全部見て回りたい!」
「ははっ、仕方ないなあ。それじゃ、ちょっと見て回るか」
カイは無邪気にはしゃぐハヤトを見て、軽く笑みを浮かべ案内をすることにした。
オベリスクの艦内は、その広さを目の当たりにするとさらに圧倒的だ。
まずカイが初めに紹介したのは、艦の大部分を占める巨大な格納庫だ。
ここは最大で全長100mクラスの中型艦を2隻格納できる規模を誇り、弾薬や燃料補給は勿論、簡易的な整備も行える。そして、そのほぼ全てが高度に自動化されていた。
「ここに船を入れるのか……なんてデカさだ!」
カイはハヤトの感嘆に軽く頷きつつ、さらに内部へと進んだ。
次に紹介したのはオベリスクの後部デッキだ。
全10階層にわたる居住区画が広がり、まるで小さなホテルのような空間が広がっていた。大型の食堂、シアタールーム、医務室、さらには多人数対応のシャワールームや大型バスルームまでも備わり、やはり全てが自動化されている。
「ここは食堂だ。いつでも食事ができるようになっていて、メニューを選べば後は勝手に自動調理機がやってくれる。こっちには医務室があって、大半の場合は処置が可能だ」
「うおー! ラーメンもあるじゃん、最高じゃん!」
ハヤトは無言で頷きながら、広大な空間を見つめていた。
その目はまるで冒険を始めたばかりの子供のように輝いていた。彼にとって、この艦内での体験はまさに夢のようなものだった。
「ゲームで知っていても、生で見るのとじゃ大違いだな! ……本当に夢みたいだ」
ハヤトは目を輝かせながら、無意識にそう呟く。
だが、その言葉にカイの表情が少し変わった。
「ゲーム……? フライトシミュレーターか、何かか?」
カイの問いに、ハヤトは一瞬動揺したように見えたが、すぐにその表情を取り繕った。
「あ、いや、そういう意味じゃなくて! ほら、昔からこういうのに憧れてたんだよ! それが叶ったって感じでさ……。次はどこに案内してくれるんだ? もっと見たいんだ!」
言葉を重ねて無邪気にせがむハヤトに、カイは一瞬考え込んだが、彼の無垢な笑顔を前に不思議と肩の力が抜けていくのを感じた。
そうして、少し眉を寄せながらも、やがて「仕方ないな」と苦笑を浮かべ歩を進める。
「よし、次は船室だな。基本的には個部屋だが、色々種類があるんだ」
その言葉に、ハヤトは嬉しそうに後を追い、二人は奥の居住区画へと歩を進めていった。
広大な艦内に響く彼らの足音が、静寂に包まれた空間をかすかに満たす。
一方、オベリスクのブリッジでは、フローラとキャロルが艦内モニターを見つめながら、神妙な顔つきでカイとハヤトのやり取りを見守っていた。
映し出された画面には、楽しげに笑顔を見せるカイの姿が映っている。それは、いつものカイとはどこか違うものだった。
「ご主人様……どうも様子が違うわ。何というか、浮かれている?」
「ええ……明らかにいつものパーソナリティと異なりますわ」
キャロルは画面を睨みつけるようにして、低い声で呟いた。
その言葉にフローラも同意し、口数少なげにモニターを見つめ続けていた。カイが誰かにこうも無防備な笑顔を見せることは、これまでにほとんどなかった。
少なくとも、そうした笑顔を向けられていた二人は、そう感じ取っていた。
「……ただ単に、あの少年が気に入っているというだけではないようですわね。何か……作為的なものを感じますわ」
フローラが静かに言葉を継ぐ。
彼女はいつも通り、表面上は落ち着いているように見えていたが、その内心は真逆だった。
正体の掴めない原因に、頭の中では激しく警鐘が鳴り響いていた。
自らの主に危険が迫っている。守らなければならないという本能的な衝動に駆られていた。
キャロルもそれは同じで、腕を組んで焦りを隠せない表情で鼻を鳴らす。
「やっぱりお姉様もそう思う? どうもご主人様が簡単に心を開いているように見えるのよね……」
キャロルの声には、警戒心と苛立ちが混じっていた。
彼女にとって、カイがハヤトに見せる特別な親しみの態度は、安心できないものであったからだ。
あの笑顔は特別な者にだけ向けられるべきなのだ。少なくとも、たった数時間程度の付き合いの相手に向けられるべきものではない。そう感じ取っていた。
「心を開く……もしかしたら、彼はESP発現個体かもしれませんわ」
「あっ」
フローラが口にしたESPという単語を聞いて、キャロルは思わず声を漏らす。
ESP、それは極稀に人類の中から発生する特殊能力者のことを指す。所謂、超能力と呼ばれる能力だ。
発現した個々人によって能力は様々で、任意の物体を動かす能力であったり、何もない空間に炎を発生させるなど多様に富んでいる。
そして、もし仮にハヤトがESP発現個体だとすれば、その能力系統は非常に質の悪い物に該当するだろいう予測がついた。
「……ESPだとしたら、分類はMM系? パッシブっぽいし、PI系か」
「ええ、間違いなく精神ベクトルに影響を与えるタイプですわ。だからこそ、私たちには影響が薄いのだと思いますわ」
「コレのおかげってことよね」
そう言ってキャロルは自らの胸を持ち上げてみせた。
「あ、キャロルもそこに着けてたんですのね。私たちはカイ様と正式なハンドラー契約を結んでいますから、ESP系統への防御は一定で無効化できますわ」
ESP発現個体の中で最も凶悪といえるのが、精神に影響を与えてくる能力だ。
意識改変、催眠といった類の能力は汎用性が高く、用途は多岐に渡る。
多くの時間と金を注ぎ込んだ強力なユニットであっても、ESP発現個体を前にしては簡単に無力化させられる。それだけならまだ良い。
逆にコントロールを奪われ、逆襲などさせられた日は目も当てられない。
そんな結末を防ぐために、軍としてはESP対策は必須であり急務だった。
特殊部隊出身であったフローラとキャロルは、そうした能力から身を護るためのデバイスが配布されていた。
彼女たちが装備することによってのみ効力を発揮し、しかも生命活動がある限りは半永久的に動作するという代物だ。
今回のハヤトに対するカイの対応に違和感を抱いていたのは、そのデバイスによってESPを無効化出来ていたからだ。
そのため、フローラとキャロルは、カイがハヤトに対して普段とは違う距離感を持っていることに気づいていた。
「あんまり意識したことないけど、このデバイスって地味に凄いのよね」
「ええ、連邦軍の英知の結晶ですわよ? まあ、私たち以外では電力問題で課題が残っていますから普及はしていませんけれど」
ハヤトがESP発現個体である可能性に気づいたフローラとキャロルは、二人とも心の中でその重大な可能性に対して警鐘を鳴らしていた。
二人は顔を見合わせて、今後の彼に対する対応を協議する必要があると認識していた。
そんな矢先、オベリスクの自動航行システムからアナウンスが流れた。
『間もなくジャンプが終了します。通常空間への移行を開始します』
そのアナウンスと共に、ブリッジ内に軽い振動が走る。
二人は思考を一旦中断し、艦内のモニターへと目を向けた。艦外カメラが捉えた景色が変わり、宇宙の暗闇に浮かぶ鮮やかな星々が瞬き、広がる極彩色が一際強く輝いた後、白色矮星がブリッジの窓一面に映し出された。
オベリスクの重厚な艦体は宇宙空間に溶け込むように静かに漂っているが、漂うのは無限の静寂と闇ではない。そこには目的地の座標があり、広大な無人星系が存在していた。
「確認……目的地の無人星系HIP8649、座標一致。予定通りですわね」
フローラが冷静に状況を整理し、座標を確認した。
目的地に到達したという事実が、彼女の口元に一瞬の安堵を浮かべさせる。しかし、その安堵が長続きすることはなかった。
突然、鋭い警報音がブリッジ内に響き渡ったのだ。
アラート音が何度も鳴り響き、全員の緊張が瞬時に高まった。ブリッジが一気に緊迫感に包まれる。
「何!?」
キャロルは驚いたように振り返り、急いでコンソールに駆け寄った。
指先が慌ただしく操作パネルを走る中、警報の原因を瞬時に特定する。
「未確認船籍がこちらの警戒システムに反応しているわ! 距離は接近中……来る!」
モニターに映し出された未確認船籍のシルエットはぼやけていたが、その影は徐々に輪郭を浮かび上がらせつつあった。
キャロルの表情には鋭い警戒心が浮かび、息を呑む。すぐにその船からの通信が広域チャンネルを通して入り、粗暴な声がブリッジ内に響き渡った。
『んんッ! あーアー、テステス。……オレ様は泣く子も黙る宇宙海賊ホワイトオパールのジャッキー様だ。そこの船、いい積み荷を持っているんだろう? 少し分けてくれよ。さもなくば、攻撃するぞ!』
キャロルはその一言に一瞬眉を上げたが、次の瞬間、不敵な笑みを浮かべた。
脅しのつもりらしいが、彼女には挑発の言葉としてしか響かなかった。
「ふん、黙って襲いなさいよね。海賊って案外、迷信深いわ……ま、返り討ちにしてやるけど!」
キャロルは即座に動き出し、格納庫へと向かおうとする。
彼女の心にはもう一つの思いが渦巻いていた。オベリスクはただの船ではない。自分たちはただの乗組員ではない。誰にも侵されることのない存在だという自負があった。
しかし、キャロルが格納庫に向かおうと足を踏み出したその瞬間、フローラが咄嗟に彼女を呼び止めた。
「待って、キャロル! ……ナイトフォールが……動いていますわ」
その言葉にキャロルは足を止め、振り返った。
モニターには第2ハンガーの上部ハッチが開放され、ナイトフォールが発艦しようとしている光景が映し出されていた。
目の前の事実に、キャロルは瞬時に混乱し始めた。
「え? カイ様が発進しようとしているの!?」
キャロルの驚きが声に出る。
その直後、通信がブリッジに入った。
「フローラ、キャロル! ハヤトが勝手にナイトフォールに乗り込んで、発艦しようとしている!」
カイの焦った声がブリッジに響く。
カイですら予測していなかったハヤトの行動に、事態は急展開を迎えていた。キャロルもフローラも、驚きと混乱が交錯し、すぐには状況が理解できなかった。
「はあ!? 何でそんなことに!?」
キャロルの声が怒りと驚きに変わり、彼女の瞳に鋭い疑念が浮かぶ。
しかし、その間にも事態は急速に進んでいく。第2ハンガーが完全に開放され、ナイトフォールは静かに宇宙空間へと発艦していった。
フローラとキャロルは、ただその光景をモニター越しに見つめるしかなかった。
ESPについて
・MentalManipulation:精神操作、対象の精神コントロールを奪う系統の能力。
ESP能力者によって差があるが、かなり強力な催眠を掛けられる。ただし、制限が厳しい事が多い。
・PerceptionInterfere:認識干渉、不特定多数の人々の認知を歪ませるなどの系統の能力。
基本的には垂れ流しな能力。効果は薄いが、時間経過で精神汚染が進むので発覚した際には広範囲で深刻な影響を及ぼしている場合が多い。




