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6-3

 カイたちは、駐屯地の一角にある質素な宿舎へと案内された。

 宿舎の周囲は静まり返っており、遠くから防衛隊の活動の音が微かに聞こえるだけだった。

 少将の案内で宿舎の扉が開かれると、中にはすでに保護された奴隷たちが集められていた。彼らの表情は疲れ切っており、無言のままカイたちをじっと見つめていた。


 カイは室内を見回し、息をついた。エルザがいないことがすぐに分かったからだ。

 彼の心には、一瞬の落胆が広がったが、すぐにその感情を押し込めた。ここで見つからないのは、まだ想定内だ。

 瞬時に気持ちを切り替え、カイはこの中に誰か一人でも探し人の行方を知る者がいると願い口を開く。


「皆さんの中で、この少女を知っている方はいますか?」


 カイは奴隷たちに向けてエルザのホログラフ写真を拡大表示させ見せつけた。

 エルザの特徴を簡潔に説明し、彼女がこの一団に含まれている可能性に一縷の望みを賭けていた。

 

 だが、奴隷たちは誰も反応を示さなかった。

 誰一人として手を挙げる者はおらず、顔を見合わせては「知ってる?」「知らないなあ」と小さい呟き声が聞こえるだけだった。

 カイは完全に振り出しに戻った事を悟り、無力感を感じて肩を落としかけた。


「……また振り出しかあ」


 仕方がない、ここにはエルザに関する手がかりはなさそうだ。

 カイは深く息をつき、立ち去ろうとしたその時だった。


「なあ、彼女を何のために探しているんだ?」


 不意に、低い声が部屋の隅から響いた。

 カイが振り返ると、一人の少年が壁際に立っていた。年齢は15歳ほどだろうか、痩せた体つきに鋭い目つき。

 帝国では珍しい黒い瞳と黒い髪を持っていた。

 比較的壮年が多い奴隷たちの中で、若々しい彼は一際異彩を放っていた。

 

 普通、捕らえた人間の中で、年齢の若いものは男女を問わずにすぐに売られていく。だからこそ、エルザの捜索も難航していた。

 しかし、少年は明らかに若く、健康的だ。なぜ彼のような存在が、売られずに保護されるに至ったのか。

 カイは少年を見て、そこに少しばかりの興味も惹かれた。

 

 さて少年の質問にどう答えるべきか。素直にすべてを話すわけにはいかない。

 なにせエルザの出自が一般国民であると分かれば、ここに居る名誉国民や奉仕国民が功績欲しさに嘘をでっちあげる可能性もある。

 カイは逡巡して、ごく簡潔に答えることにした。


「捜索依頼が出ていてな、保護するために探している」


 必要最小限の答えだった。

 少年はカイの身近な返答を聞くと、ニヤリと笑みを浮かべる。

 まるで理想的な答えだった言わんばかりに。


「なるほどね。それで……もし、彼女を見たって話したら、アンタたちはどうする?」


 カイはその態度に少し警戒を感じつつも、慎重に話を続けた。


「もちろん、情報が真実なら報酬を出す。確証を得られた段階で、だけどな。で……何か知っているのか?」


 少年の笑みはますます挑発的になり、何かを企んでいるように見えた。

 何やらぶつぶつと小さく呟く少年の姿に、カイは別の意味で警戒を強める。

 大抵は金目当てであれば、報酬という言葉に何かしらの反応を見せるものだが、少年は無反応だったからだ。

 しかし、どうにも目の前の少年が重要な情報を握っているとは思えなかった。

 

「ああ……彼女の行方について、心当たりがあるぜ」


 少年が自信たっぷりに言うと、その場にいた一同が彼に注目した。

 隣にいたエーリッヒ少将は眉をひそめ、少年に向かって低く注意するように声を掛ける。


「分かっているとは思うが、虚偽の証言をすれば、隷属奴隷にされる可能性がある。それでも、発言を撤回しないか?」


 しかし、少年は少将の警告に対してまったく動じることなく、自信に満ちた表情を浮かべたままだった。

 どことなく、彼はその言葉の意味を深く理解していないようで、むしろ皮肉な笑みを浮かべて少将を見返す。


「俺は嘘はつかないさ。で、どうするよ? そこのお兄さん」


 その堂々たる振る舞いに、警告を発した少将は口を閉ざす。

 一方のカイは、ここへ来て少年が何か特別なことを知っているのではないかと感じたが、同時にその過信と態度に警戒心を深める。

 だが、この少年が重要な手がかりを握っている可能性がある以上、一先ずそれを確かめるべきだとも感じていた。


「少将、別室を用意して貰えますか? 彼から詳しい話を聞きたい」

「……了解しました。空いている部屋がありますので、そちらへ移動しましょう。どうぞ」


 そうして、カイたちは少年を連れて、別の部屋へと移動することになった。

 少年は相変わらず自信たっぷりな態度を崩さず、カイをちらりと見ながら薄く笑みを浮かべていた。

 

 

 

 カイたちは、駐屯地の一角にある質素な部屋に案内された。

 そこには簡素な椅子とテーブルが備えられ、テーブルを挟んで少年とカイが向かい合って座る。

 カイの背後にはフローラが、少年の後ろにはキャロルがそれぞれ立ち、じっと見守っている。部屋は静まり返り、重い空気が流れていた。


 カイは手始めに、少年を試すことにした。

 彼は本当にエルザのことを知っているのか、それを慎重に探ろうとしたのだ。

 わずかに顔を引き締め、質問を投げかける。


「さて、改めて尋ねる前に彼女の風貌について答えてくれ。髪の色、服の色、身体的な特徴は覚えているか?」


 試すような質問に対し、少年は軽く肩を竦める。

 そうして彼は、少しも迷うことなく答えていく。

 

「髪は金髪で、長い髪を三つ編みにしていた。服は薄い灰色のローブみたいなやつで……優しい目をしていたな。彼女の名前はエルザ。エルザ・ミュラーだ」


 カイは少年の落ち着いた返答に、彼がエルザと接触した可能性が高いことを悟った。

 先ほどの場では公開していないエルザのフルネームも言い当てたとなると、少年はほぼ間違いなく彼女と接触したのだろう。

 

「どうやって彼女と知り合ったんだ?」


 次のカイの質問に対し、少年は少し目を伏せ、過去を思い返すようにしながら語り出した。


「俺が海賊に捕まった時、営倉に放り込まれたんだ。あの時、彼女も同じ牢に入れられていた……。最初はお互い警戒してたけど、同じくらいの年齢だったから、すぐに話すようになったんだよ。

エルザ……エリーは強かったよ。どんな状況でも諦めることを知らなかった。だから俺も、必死で生き延びることを考えたんだ」


 少年の言葉に感情が乗り、声が震えた。

 彼の言葉は不思議と何か引き寄せるものがあり、カイも耳を傾けざるを得なかった。そして、彼の表情が暗くなると共に、部屋に重い沈黙が漂い始めた。


「エリーとは色々話していく内に、その……妙に気が合ってさ。気が付けばお互い愛称で呼ぶ間柄になっていたんだ。

けどある日、別の海賊がやってきて、彼女を連れ去った。俺には何もできなかった。助けることすら……」


 少年の拳がぎゅっと握り締められ、彼の悔しさが肌に感じ取れるほどに伝わってきた。

 カイは静かに彼を見つめ、何も言わなかった。過去の苦悩を抱える者は何度も見てきたが、カイは目の前で健気に震える少年に徐々に引き込まれていた。


「そうか……辛かったな。それで、彼女はどこへ連れて行かれたんだ?」


 カイの声は低く、少年に僅かな同情心すら芽生えていた。

 だが、同時に鋭い探りを入れる事は忘れてはいない。

 少年は一瞬、躊躇したように見えたが、ふっと覚悟を決めた顔付でカイを見返した。その瞳には決意とある種の冷静さが宿っていた。


「……俺の知ってる情報を渡す前に、話をしよう。俺も一緒に同行したい! エリーを探すのを手伝わせてくれ!」


 その言葉を聞いて、少年の後ろに立っていたキャロルが後ろで軽く鼻を鳴らす。


「ねえ、立場分かってる? アンタは聞かれたことだけ話せばいいのよ、それが真実だったならお金を貰ってサヨウラ。これが、お互いにとって一番なのよ?」


 だが少年は、まるでキャロルの言葉を聞いていないかのように、自信に満ちた表情を崩さない。

 カイはそのやり取りを一瞬眺めたが、再び少年に視線を戻した。


「……分かった。同行を許可しよう」

「え、ちょ、ご主人様?」

 

 カイから出て来た予想外の言葉に対し、キャロルは明らかな戸惑いがあった。

 いつもは冷静で慎重な行動を取るカイが、この少年に対してどこか感情的に判断を下しているように見えたからだ。

 

 一方、フローラもカイの様子が普段とは違うことに気づいていた。彼の判断は常に冷静という名の臆病風に吹かれ、こうした提案をすぐに受け入れるタイプではない。

 だが、今回に至ってはどうにもその気風を見せつけない。

 何か特別な理由があるのかもしれないと感じたフローラは、しばらく成り行きを見守ることに決めた。


「さて、君の名前を教えてくれ。俺はカイ・アサミ、君の後ろに立っているのがキャロル。そして、俺の後ろに立っているのがフローラだ」

「俺の名前はハヤトだ。ハヤト・ソウマ」


 ハヤトと名乗った少年は、自らの名を力強く答えた。

 その目には決意が宿っており、カイは彼に何か奇妙な縁を感じた。ハヤトの境遇や、その目の奥に潜む強い意思が、どこか自分と重なるように思えたのだ。

 何よりハヤトの名前と姿は、自分と同じ旧アナトリア領をルーツに持つ同胞であることに疑いはない。

 だからなのか、カイは自分でも不思議に思うほど、気が付けばハヤトを受け入れていた。


「よし……ハヤト、俺たちと同じ道を歩む覚悟があるんだな?」

「ああ! もちろんだ。エリーを救うためなら、何だってするぜ」


 再び力強く答えるハヤトの言葉には、揺るぎない決意が込められていた。

 その強い意志を感じ取ったカイは、静かに頷き、彼の同行を許可することを決めた。


「分かった。ハヤト、これから一緒にエリーを助け出しに向かおう!」


 カイの言葉に、ハヤトは小さく微笑んだ。

 そんな二人のやり取りを、キャロルとフローラは静かに見つめていた。

 キャロルはまだ不満げな表情を浮かべていたが、カイの決断を覆すことはできなかった。彼こそが自分のマスターであり、彼が決めたのであればそれに従うのが道理と考えていた。

 フローラも少し驚いたものの、カイの決意に口を出すことは無かった。彼女自身、途中から事の成り行きを見守ることに徹すると決めていたからだ。

 そして、この結末を見てフローラの中で疑惑が確信へと変わったのだった。

 

 そんな二人の心理状況など、露にも感じずに、カイは新たな仲間ハヤトと共にこれからの行動について話し合っていた。

 こうしてカイの一行に奇妙な仲間が加わることになるのだった。

旧アナトリア領:かつて太陽系統合連邦の初期に存在した独立自治区。

所謂、モンゴロイドを中心とした自治区だったが、帝国と隣接していた為に侵略を受けて消滅。

もともと連邦内でも人種的地位が低いこともあって、そのまま難民として各自治区へ散り散りとなる。

現在では純血は非常に稀な為、帝国内の蒐集家の間で高値で取引される。

連邦内でも人間牧場が存在するという噂が存在する。

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