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6-1

 広大な宇宙の中、星々の瞬きが無数に散りばめられた黒いキャンバスの上を、一匹の白い鯨がゆっくりと泳いでいるかのように見えた。

 滑らかな曲線を描く船体は、宇宙の無音の波を切り裂きながら、悠然とその道を進んでいた。

 それはまるで、海を泳ぐ巨大な生物のように静かで力強い動きだった。


 それがカイの操る白鯨号だ。

 エンジン音さえも周囲の無限の静寂に吸い込まれ、船は星々の間を縫うように航行していた。

 目的地は、アウトポスト型の宇宙ステーション。視界の端に徐々にその姿が大きく映り始めると、カイは操縦席で計器を確認し、着艦手続きを進めるためにコンソールを操作した。

 白鯨号は、まるで長旅の末に休息を求めるかのように、その小さなステーションに向かって静かに近づいていく。


「こちらカイ・アサミ、白鯨号。着艦許可を求む」


 彼が送信したメッセージが応答されるまでのわずかな時間、カイは目の前の宇宙の広がりに一瞬だけ意識を向けた。

 星の海を渡る旅、それでもこの瞬間だけは彼にとって心地よいものだった。


『こちらヴァイセンフルス管制局、白鯨号の着艦を許可します。ドッキングベイ2に向かってください』


 返ってきた管制官の声に、カイは操作を手慣れた手つきで進め、白鯨号をステーションの指定されたドッキングベイへと導いた。

 静かに速度を落としながら、船はスムーズにその巨大な構造体に吸い込まれていった。

 やがて、白鯨号が指定された場所に収まると、ドッキングベイ全体がゆっくりと下降を始め、ステーションの中へと格納されていく。

 白鯨号が格納されたところで、カイはステーションのオペレータに連絡を取った。通信が繋がり、雑音混じりの声が返ってくる。


『こちらヴァイセンフルス・オペレーターです。ご用件はなんでしょうか』

「こちら白鯨号。広域指定されていた積み荷を運んできた。依頼ID:STW-98321-BK。指定された荷はすべて揃っているから、ちゃちゃっと運んでくれ」


 少しの間、通信が途絶えた。ステーション側で何か確認しているようだったが、やがて管制官の声が弾んで返ってきた。

 

『確認しました、これより搬出作業を始めます。……本当に助かります!ちょうど在庫が切れていたところだったんですよ。特に衣類やら日用品が不足していて、これで当面は持ち直せそうです!』

「そいつは良かった、俺も運んできた甲斐があったよ」


 カイは軽く笑いながら、そう告げる。彼は積み荷が順調に降ろされるのをモニターで確認しつつ、通信を終了させるとシートから立ち上がった。

 作業員たちが積み荷を次々と降ろしているのを横目に、カイは商業区画へと向かう準備を始めたのだった。




 カイは商業区画を抜け、目当ての酒場を探しながら歩いていた。

 ステーション内はどことなく静まり返っていて、所々で機械の低い唸りが響いているだけだった。

 はっきり言って、活気がない。それもそのはず、ここは荘園星系ヴァルデックホーフ-2。

 

 ヴァルデック侯爵の広大な領地には、資源供給を目的とした特殊な星系が存在する。これらは「荘園星系」と呼ばれ、星系全体が侯爵の経済基盤を支える役割を担っている。

 荘園星系は、星系全体の管理を委任された代官、すなわち子爵や男爵たちによって統治されている。


 荘園星系の特徴は、その多くの惑星が未だテラフォーミングされておらず、主に資源採取が中心となっている点だ。

 鉱物資源やエネルギー資源が豊富に眠る惑星では、採掘が主な産業となり、労働者たちはその過酷な環境で日々作業を続けている。

 一部には、限られた資源を使ってテラフォーミングされた惑星もあり、これらは農園としての役割を担い、食料や燃料作物が生産されている。

 こうした農園惑星は荘園星系内でも希少であり、居住に適しているため代官など執政官や駐留部隊の拠点となっており、他の資源採取惑星とは一線を画している。


 荘園星系で得られる全ての資源は、ヴァルデック侯爵星系へと集約され、そこから帝国全体の経済を支える貴重な資産となる。

 代官として派遣された下位貴族は、資源の効率的な採取と流通を確保するため、星系全体を統治し、各惑星の産業を監督している。

 彼らは侯爵に忠誠を誓い、星系の利益を最大化するためにその任務を果たしていた。

 そうした特性をもつ荘園星系では、やってくる人々は基本的には労働者や、それに類する人間だけだ。

 そのため、宇宙ステーションも小型のアウトポスト型が大半を占め、そのステーションの中も寂れていた。

 

 しばらく歩くと、見慣れた酒場の看板が目に入った。この場所でも、このような酒場はどこにでもあるものだ。

 カイは扉を押し開け、酒場の中へと入る。

 薄暗い店内には数人の客が静かに座っているだけで、活気はない。壁紙はところどころ剥がれ、古びた家具が置かれていた。

 彼の目は、カウンターで黙々とグラスを磨いている店主に向けられた。

 カウンターに座ると、カイは軽く手を挙げて店主を呼び寄せる。


「いらっしゃいませ。お飲み物か何か、いかがなさいますか?」

「いや、今日は違うんだ。人を探している」


 そういってカイはホログラフ写真をカウンターに置き、対価のクレジットスティックも差し出した。

 写真に映るのは、金色の髪に身なりの良い服装をした少女だ。

 16か17歳ほどの若い顔つき。それがヴァルデック侯爵から依頼された、行方不明の領民だった。


 店主は丁寧に写真を手に取り、少しの間じっと見つめた。

 その後、静かにスキャナーを取り出して写真を読み込ませた。


「お探しの方について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?」


 カイは短く息をつきながら、言葉を選んで話し始めた。

 

「ヴァルデック侯爵星系の領民だ。名前はエルザ・ミュラー。海賊に連れ去られたらしく、彼女を追っている」

「なるほど、承知いたしました。検索をかけてみますが……最近はこのような情報も少なくなっております。どうかご了承を」


 カイはその言葉を黙って聞いていたが、すでに予想していた結果だった。

 何度も同じような話を聞かされ、期待を裏切られてきた。

 しかし、簡単に諦めるわけにはいかなかった。

 この依頼自体、侯爵にとってはさほど重要性の高い依頼ではないということは理解している。

 しかし、それを裏切って期限の三ヶ月よりも短い期間で成果を上げることができたなら、より価値を証明できる。

 加えて成功報酬の1000万クレジットという額も魅力的でもあった。

 しかし、そんなカイの僅かな期待を裏切るかのように、店主が操作を終えた後、少し申し訳なさそうに顔を上げた。


「申し訳ございませんが、該当する方はおりませんでした」


 カイは予想通りの結果に小さく溜息を付いた。

 そして眉間に皺を寄せながら、わずかに頭を下げた。


「まあ、簡単には見つからないよなあ」


 幾度となく同じ結果に直面してきたが、ここも外れだったようだ。

 この酒場は、独立パイロットたちが集う場所で、表に出てこない情報を扱っていることが多い。それが役に立つと思っていたが、今回は外れだった。

 そんなカイを見て、店主は小さく咳ばらいをして呟く。


「実は……つい最近、星系防衛隊が海賊の拠点を潰したという話がございます。その際、奴隷にされていた方々も保護されたとか」


 カイはその言葉に一瞬驚き、店主の顔を見つめた。


「ですが、その後の詳細はまだ確認できておりません。ただ、お探しの方に関する手がかりになる可能性はございます」


 カイは一瞬、考え込んだ。

 もしその奴隷たちの中にエルザの情報を知る者がいるなら、一つの突破口になるかもしれない。


「助かった。調べてみることにするよ」

「いえいえ。何かございましたら、またお立ち寄りくださいませ」


 カイは急ぎ足で店を後にし、白鯨号へと戻った。ついに掴みかけた手がかり、それを確かめるために。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 カイがオベリスクのブリッジに足を踏み入れると、目の前には広々とした操縦席のレイアウトと、艦内を包む静けさが広がっていた。

 ブリッジは、最新鋭の機器と無駄のない配置が施された、まさにオベリスクの心臓部とも言える場所だ。

 大型の窓からは、暗黒の宇宙が広がっており、遠くに浮かぶ星々の光がわずかに瞬いていた。


 そこでフローラはいつものようにカイを出迎えた。

 彼女の長い金髪が控えめに揺れ、淡い光に反射して艶やかに光る。


「あらカイ様、おかえりなさいませ。今日の依頼を終えられたようですわね」


 彼女の声はいつも通り、優雅で落ち着いていた。

 カイは短く頷くと、ブリッジの中央に立って、早速仕入れてきた情報の共有を行おうとした。

 そんな時だ。

 ふと、扉が静かに開き、キャロルがブリッジへと入ってきた。

 彼女はちょうど任務から戻ってきたばかりのようで、パイロットスーツを纏っていた。

 キャロルはカイのことを見つけると、満面の笑みを浮かべ、軽やかな足取りでカイの腕にしがみ付いてきた。


「ご主人様、ただいま戻りました! 調査結果なんだけど、この荘園星系での海賊活動は、防衛隊の尽力のおかげでほとんど抑え込まれているみたい。海賊の拠点が次々に摘発されているって聞いたよ!」


 彼女の報告は、まるでお使いを終えた子供かのように愛らしく振舞っていた。

 そんなあざとさが丸見えなキャロルに、カイは思わず苦笑いで答えるしかなかった。

 かれこれキャロルと共に旅を続けるようになって、数か月が過ぎようとしていたが、相変わらず彼女はカイの前では全力で無邪気さを演じていた。

 だがカイは、ときおり敵対者に見せる冷徹な態度と表情こそが彼女の本質なのだとも理解していた。

 だからこそ、自分にだけ見せる愛らしい振る舞いに対し、そのギャップに度々心の中で引いていた。


「そ、そうか。ちょうど俺も、その話を聞いたところだ」


 ここでカイはフローラとキャロルに自分が仕入れてきた情報を共有した。

 つい最近、海賊の拠点を摘発する過程で、拉致された領民たちが保護されたこと。

 そして、もしかすればその中に、探し人であるエルザがいるかもしれないという話だ。

 

 窓の外には何も見えないかのような暗黒が広がっていたが、カイの視線はその先に何かを捉えようとしていた。

 エルザの手がかりがここまで来たのは偶然ではなく、確実に一歩ずつ近づいている。その直感が彼を動かしていた。


 一方、フローラはカイの言葉を聞きながら、静かに考えを巡らせていた。

 彼女の目は、しばらく虚空を見つめていたが、やがて優雅な仕草で操作パネルに手を伸ばした。


「であれば、確かめに行く他ありませんわね。最悪、探し人が見つからないとしても、奴隷にされていた人々の中から情報が得られるかもしれませんわ」

「ああ、俺もそう思う。面会するにしても、今ならコレがあるから手続きはパス出来るだろうし」


 そう言ってカイがポーチから取り出したのは、煌びやかな装飾が施された一枚のカード。

 それはカイたちがヴァルデック侯爵から褒美として貰う事になった、特別な通行許可証だった。

 本来の用途は、帝国臣民ではないカイ達がアクセスできない星系へ赴いた際に力を発揮する代物だ。

 だが、実質的に所有者が侯爵と所縁のある人物という証明書としても機能する。

 

「それ、貰っておいてよかったね! 侯爵直筆の許可証見せれば、防衛隊もスンナリと奴隷たちと面会させてくれるわ」

「ああ、本当にな」


 カイは手元にある通行証を見て、しみじみとその有用性の高さを感じるのだった。

 星系統治者であり、上位貴族であるヴァルデック侯爵から貰った通行許可証は非常に幅広く効力を発揮するだろう。

 しかし、その使い方を一歩誤れば、発行者の顔に泥を塗る事にもなる。使い方は慎重にしなければならない。

 そんなことを考えているカイに、意気揚々とフローラが声を掛ける。


「ふふ、誰のお陰で入手できたかお忘れなきよう」

「分かってるって、感謝してるよ。フローラ」

「それなら、今日の夜は期待していいですわよね? あ、防衛隊へ行くまでの少しの時間でもいいですのよ」


 カイはフローラの言葉に苦笑しながら、彼女の提案を流すように答えた。


「頑張らせていただきますよ、夜にな」


 カイの冗談交じりの返答に、フローラは満足そうに微笑んだ。

 その微笑みはどこか意味深で、カイは一瞬言葉を飲み込んだが、すぐに気を取り直した。こうした軽口のやり取りも、長い航海の中では欠かせないものになっていた。


 しかし、そのやり取りを横で見ていたキャロルは、明らかに面白くなさそうな表情を浮かべていた。

 カイとフローラの関係が特別なものであることは知っていたが、それでも彼女はカイに対して独占的な感情を持っていた。フローラとのやり取りを見るたびに、嫉妬心が胸の奥で疼いていた。


(お姉様ったら、露骨に見せつけてくれるじゃない。けど、今回は譲ってあげるわ。次は私が貢献して、それ以上のご褒美を頂ければいいだけだもの)


 そうしてカイの知らない所で、キャロルは密かに強い決意をしていた。

 彼女もまた、自分なりにカイに認められたいという思いがあったのだ。自分も重要な役割を果たしていることを証明したい、そう心から思っていた。

 同時に、フローラを排除しカイを独占したいという黒い欲求も渦巻いていた。


「さあ、目的地は決まった。出発の準備をしてくれ」

「分かりましたわ」

「了解、ご主人様!」


 ブリッジに漂う緊張感が少し緩んだようだったが、次の目的地は星系防衛隊の駐屯地がある農園惑星だ。

 ここでの情報収集が、エルザを見つけるための重要な一歩になるかもしれない。カイたちの次の動きは、まさにこの惑星での面会にかかっていた。

 カイはフローラとキャロルに指示を出し、彼らの乗るオベリスクはゆっくりと進路を調整し始めた。

 オベリスクが加速し、星系の広大な宇宙を背景に、目的地へと向けて航行を始めた。

某デンジャラス、もうすぐ新型探査船がリリースなので超楽しみです!!

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