5-13
カイはルートヴィヒ・フォン・ヴァルデック侯爵の厳粛な言葉を聞き、深く一礼した。
今までの努力が報われるかどうか、この場が大きな分岐点となる。カイは一瞬の緊張を感じながらも呼吸を整えた。
「まず、侯爵閣下に感謝を申し上げます。こうして直接お話しできる機会をいただけたこと、心より光栄に存じます」
カイの言葉は簡潔でありながら、しっかりとした礼儀が感じられた。
それもそのはず、この時のために必死になって礼儀作法を調べて覚えたからだ。……一夜漬けだが。
フローラとキャロルもそれぞれ静かに礼を尽くし、席に着くように促されると、緊張感の中にも和やかな空気が漂い始めた。
侯爵はカイたちを見つめたまま、深く息を吸い、ゆっくりと口を開いた。
「ヴィルヘルム男爵の件で貴公らが成し遂げた功績についてはすでに聞いている。だが、詳しくはまだ伝わっていない部分がある。
カイ・アサミ、貴公の視点から話してもらいたい。どのようにして、男爵の悪事を暴いたのかを」
「はっ、それでは僭越ながらご説明いたします」
カイは頷き、慎重に言葉を選びながら、今回の経緯を事細かに説明し始めた。
貴族であるヴィルヘルム男爵が海賊と裏で繋がっていた証拠をどのように掴み、どのようにして防衛隊へ報告したのか。全てを隠さずに侯爵へと伝える。
侯爵は時折、眉をひそめながらも、静かに耳を傾けていた。
「なるほど、シュタインシュマル家の一員が、そのような不埒な行為をしていたとはな……」
ルートヴィヒ侯爵は低く嘆息を漏らし、深く座り込んだ。
侯爵の声には、深い失望と疲労が滲んでいた。貴族としての誇りを傷つけられたその思いが、彼の表情からも伺える。
彼は一瞬、遠くを見つめるように目を細め、しばし沈黙を守った。
カイはその間、静かに待ち続けた。侯爵の嘆きを聞きながらも、自分の目的に焦点を合わせ、タイミングを図っていた。
やがて、侯爵は重苦しい空気を振り払うように、深い溜息をつき、ゆっくりとカイの方へ視線を戻した。
「貴公の功績を認め、相応の恩賞を授けたいと思う。何か望むものがあるなら、遠慮なく申し出るがよい」
その言葉に、カイは一瞬の間を置いてから軽く頷いた。
恩賞の提案が予想通り来たことで、内心で少し安堵した。しかし、ここからが本当の勝負だ。
軽はずみに要求を伝えてしまっては、信頼を損なう危険もある。
カイは一度視線を下ろし、少し考えるようにしてから、静かに口を開いた。
「侯爵閣下のお心遣いに感謝いたします。しかし、私たちはただ功績のために行動したわけではありません。ですが、もしお願いできるのであれば……」
カイは慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと頭を上げ、侯爵の目を真っ直ぐに見据えた。
「私たちはある特殊な物を追っております。それは、エクリプス・オパールという極めて稀少な鉱石です。その鉱石が、帝国貴族に関係する者の手によって奪われた可能性があるのです」
カイの言葉に、侯爵の表情が一瞬硬くなった。
その名に聞き覚えがあるのか、あるいはその話に驚いているのか。微妙な反応だった。
「エクリプス・オパール……か。その名は聞いたことがある。しかし、それは伝説のようなものではないのか?」
侯爵は腕を組み、少し身を乗り出しながらカイを見据えた。彼の視線には疑念と興味が入り混じっていた。
カイは頷き、慎重に話を進める。
言葉を選び、できるだけ詳細にエクリプス・オパールの入手経緯、そして盗難の顛末を語った。
オークションに掛けた途端、500億クレジットという途方もない値がつき、その直後に奪われてしまった。
後に、映像分析によって犯人たちがインペリアル・シルフィードを使用していたことを説明すると、侯爵の眉がさらに深く寄った。
「インペリアル・シルフィード……確かに、かの艦艇は帝国貴族のみが所有を許される艦だな」
侯爵は手元のテーブルに重く肘をつき、額に手を当てた。
その姿勢からは、深い葛藤が見て取れた。
「もしその話が本当なら……帝国の貴族が関与している可能性は高いな。……確認だが、貴公はその証拠を持っているのか?」
カイはその疑念に備え、予め準備を整えてきていた。
データパッドを取り出し、スター・バザールでのオークション出品履歴を侯爵に示した。
侯爵は目を細めてそれを確認すると、静かに息をつき、ゆっくりと椅子に身を預けた。
「500億クレジット……そんな価値を持つ鉱石が存在するとは。だが、これが事実ならば、貴族の中に盗人がいるということになる。それは帝国にとって……いや、我々貴族にとって最大の恥だ」
侯爵の声には、重い決意が込められていた。
彼の顔には深い皺が刻まれ、その瞳には激しい怒りが宿っていた。
「いいだろう、その願い聞き入れた。三ヶ月だ……三ヶ月の猶予をくれ。その間に、必ず犯人の目星をつけて見せよう。帝国の名誉を守るためもな」
侯爵の声には確固たる決意が込められていた。
その言葉を受けて、カイはようやく心の中で安堵の息をついた。
これで犯人捜しは確実な前進が見込める。
あとは、三ヶ月の間に、先にスター・バザールの追手が犯人を見つけ出すことが出来なければ、こちらの方が一歩有利となるだろう。
カイがそんなことを考えていると、侯爵の視線が再び向けられた。今度は鋭く、そして冷静にカイを見据えている。
その視線に一瞬、カイは心の奥底に緊張が走るのを感じた。何かが来る――そう予感した次の瞬間、侯爵の口が再び動いた。
「だが……三ヶ月もの間、暇であろう? その間、貴公にやって貰いたい事があってな」
その言葉が放たれると、部屋の空気が一気に変わる。
カイは、言葉に含まれた圧力をはっきりと感じ取り、思わず無条件で首を縦に振りたくなるのを必死に堪える。
侯爵はカイの表情を観察するように一瞬、目を細めた後、さらに言葉を続けた。
「今回の海賊被害、実は我が領民にも被害が出ておってな。数名、奴隷として連れ去られたのだ。貴公には、その行方を捜し出してもらいたい」
「えっ、あ、捜索ですか……」
奴隷の捜索――カイはその言葉に驚きを隠しきれなかった。
何せ報酬の話だけだと思っていたのに、まさか、そんな依頼を持ちかけられるとは思ってもいなかったのだ。
だが、侯爵はカイの反応を無言で見守るだけで、微かに口元を歪ませるような気配を見せた。
それはまるで、カイの驚きを楽しんでいるかのようだった。
「何、数名とはいったが、探し出して貰いたいのは一人だけだ。他は名誉国民以下だ、捨ておいてよい。見つけ出すことができれば、相応の報酬を用意しよう」
侯爵はその言葉を淡々と語りながら、カイの返答を待っている。
カイはその無言の間に隠された圧力を感じつつ、頭の中で素早く計算を巡らせた。その結果は、断ることはできないという結論だった。
だが、この要求には単なる頼み事以上の意味が含まれているのは明らかだった。
侯爵の言葉に押しつぶされそうな空気の中で、カイは思わず口を開こうとした。
完全に侯爵のペースに飲まれてしまったことを悟りながらも、状況を打破する言葉を見つけられずにいた。
そんな中、突然フローラが静かに声を上げた。
「侯爵閣下。この依頼を引き受けるにあたり、いくつか条件を提示させていただいてもよろしいでしょうか?」
カイが驚きに目を向けると、フローラはいつもの穏やかな微笑を浮かべながら侯爵へと向き直った。
その姿は、まるでこの状況にまったく動じていないかのようだった。
「我々の資産は、先日の定期巡回依頼でほとんどを使い果たし、現在は100万クレジットを切っております。
ですので、前金として活動費にあたる100万クレジットを頂戴したく存じます。また、捜索が成功し、三ヶ月以内に領民を見つけた場合には、500万クレジットの達成報酬をお願いしたく存じます」
フローラの言葉は、静かでありながらも確実に侯爵に届いた。
侯爵はその申し出を聞きながら、わずかに笑みを浮かべる。その笑みは、彼女の聡明さを認めたかのようだったが、その裏には別の意図が隠されていた。
実の所、密かにカイたちを試していたのだ。
カイたちが成し遂げた功績に対して、褒美として情報提供だけではあまりに物足りないことは侯爵も承知していた。
だからこそ、あえて適当な依頼を持ち掛けたのだ。
彼らがどれほどの見返りを求めるのか、その度量を図ろうとしていたのである。
もしカイたちがそれに甘んじていたなら、彼らの価値はそこまでだったということになる。
しかし、フローラが正当な報酬を冷静に要求してきた瞬間、侯爵はその判断力と交渉の巧みさを評価し、彼女の要求を素直に飲むことを決めた。
「なるほど……資金が尽きかけているというわけか。まあ、良いだろう。今回の報酬が情報だけというのも味気なかったしな。
前金として500万を渡しておく。そして見事領民を見つけた際には、報酬として1000万クレジット。これを約束しよう」
侯爵は穏やかな口調で承諾した。
カイたちが自らの功績に見合う正当な対価を求めてきたことに対して、彼は心の中で満足感すら覚えていた。
彼らがただの下働きではなく、堂々とした交渉者であることを示してくれたからだ。
「それに加えて、貴公らにはヴァルデック侯爵家の紋章が付いた通行許可証を与えよう。これがあれば、アルテンシュタイン星域のほぼ全域で自由に行動できる」
カイはその言葉に心の中で喜びを感じた。
これほど強力なツールを手にすることで、今後の行動は大きく有利になるはずだ。
侯爵は、フローラの申し出に素直に応じつつも、内心ではさらに彼らを評価していた。
彼らが自らの価値をしっかりと認識し、それを堂々と主張できることが、カイたちの本質的な力を示していることを確信したのだった。
「ありがとうございます、侯爵閣下。私たちは全力で任務を遂行いたします」
「うむ、それでは吉報を待っておるぞ」
こうして、会談は和やかに終わり、カイたちは新たな任務と期待を胸に、その場を後にした。
◇◇◇
カイたちはオベリスクのブリッジで出発の準備を整えていた。カイはコックピットのシートに深く座り込み、これまでの会談を思い返す。
帝国貴族の――それも上位貴族のネットワークを利用できるようになったことは大きな前進だ。
しかし、その代わりに人探しの依頼を引き受けることになってしまった。そんな状況に、カイは小さく愚痴をこぼした。
「まさか人探しを頼まれるとはなあ。貴族ってのは本当にしたたかだわー」
カイがため息をつきながらそう呟くと、隣で積み荷を整理していたフローラが呆れたように微笑んだ。
「カイ様、もしあのまま単純に侯爵の言葉に従っていたら、どうなっていたと思います? 今頃前金の500万クレジットも、特別な通行許可証も手に入らなかったかもしれませんわよ」
「あー、やっぱりそんな感じ?」
彼女の言葉には優しさと冷静な分析が滲んでいた。
カイはその指摘に軽く頭をかきながら、内心で彼女の助言が的確だったことを実感していた。
「試されているんだろうなあーってのは分かっていたんだが、どうにも動けなくてなあ。……まあ、そこは助けてくれてありがとうな、フローラ」
カイは素直に感謝の言葉を告げた。
自分が困っている時、必ず救いの手を差し伸べてくれるフローラには、いつも感謝していた。
……時折暴走する点だけは、どうにかして欲しいところだが。
カイの思惑を感じ取りつつも、フローラは微笑みながら「どういたしまして」と、いつもの柔らかな笑顔で応えた。
そんな二人のやり取りを見ていたキャロルは、少しばかり嫉妬の色を浮かべた表情で、大きな声を上げる。
「目的地の設定とハイパードライブの準備、完了したわよ! あとはご主人様が号令をかけるだけ!」
彼女の声が響くと、カイは苦笑いしながら振り返った。
「分かったよ、キャロル。そんなに焦るなって」
キャロルの少し不機嫌そうな態度に、カイは微笑を浮かべつつも、すぐに気を引き締め直して操作パネルに手を伸ばした。
「よし、それじゃあ次の目的地に向かうぞ」
カイがそう言うと、オベリスクのハイパードライブが静かに起動し、彼らを次なる星系へと導く光が広がった。
ストックが完全に切れたので、次回更新は早ければ21日を予定しております。
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