表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/120

5-5

 オベリスクのブリッジにて、カイ、フローラ、キャロルはテーブルを囲み、現状についての話し合いを続けていた。

 艦内のメインスクリーンには、これまでにヴァルデック侯爵星系で海賊と遭遇した位置座標が表示されており、赤いマーカーが数多くの惑星を示していた。

 自分達ですらこの状況なのだ。

 星系全域で海賊被害は各地で多発しており、星系防衛隊の対応が追いついていない。

 これについて、星系統治者であるオットー・フリードリヒ・フォン・ヴァルデック侯爵から星域統合艦隊へ増援要請をしたという声明が発表されたが、領民の不満は膨張していた。

 カイはメーレスクローネへの武器輸送をヘルガから依頼されていたが、あれから各所で同様の依頼が発生していた。

 もはや領民たちは自分たちを庇護する貴族たちに対し、何ら期待はなく、生存をかけた自己防衛へとシフトしつつあった。


「防衛隊は各惑星に配置されていますが、装備も人も全く足りていませんわ。この図を見て分かるように、星系全体を防衛する戦力自体が不足しています」


 フローラの言葉には冷静な分析が含まれていた。

 母数自体が全く足りていない。

 それを補うために、より強大な上位組織である星域統合艦隊への増援要請をしているが、到着にはまだまだ時間が掛かるだろう。

 それまでの間、どうやって防衛していくのかが課題となっていた。


「実際、メーレスクローネでも防衛が手薄で、海賊が集落にまで手を出してるって話だ」


 カイは腕を組んで、ヘルガから聞いた実情をフローラとキャロルへ聞かせた。

 海賊たちの非道な手口に、二人は重々しい表情を浮かべる。


「それだけじゃない。武装化の兆しがあちこちで見られる。海賊対策に武器を手に入れようとしているんだ」

「……自衛のためとはいえ、統制が取れていない状況での武装化は危険ですわね」


 フローラは眉をひそめ、現状がより悪化していることに危機感を示す。

 確かに現状を見れば、領民は自分たちを保護するためには武装化するしかない。

 だが、武器が行き渡れば、反乱の火種になる可能性も十分に考えられる。

 本来、自分たちを庇護すべき貴族たちが何もしていないと領民には映っているのだから、この可能性は非常に高い確率で発生する事が予期された。

 

「ご主人様、どうする? 私たちも運ぶことになるんでしょ?」


 キャロルの質問に、カイはしばらく沈黙した。

 ヘルガから頼まれた武器弾薬の運搬、あの場では了承してしまってはいたが、現状をさらに悪化させることになるのではないかと危惧していた。


「正直、どうするべきか迷ってる。自衛のために武装化するのは理解できるが、それが無秩序になれば、反乱やさらなる混乱を招く。俺たちがその火に油を注ぐことになるのは避けたい」


 ブリッジ内には、カイの言葉に応じて一瞬の沈黙が流れた。

 誰だって引き金を引きたくはない。

 だが、カイ自身はヘルガの頼みを聞いてやりたいという思いがあった。

 そんな中で、キャロルが当然の疑問を口にする。

 

「そもそも、どうして星系防衛隊を縮小することになったの?」

「あーそれは、選帝侯の意思と財政の問題だな」


 星系防衛隊の縮小には、選帝侯の意思と財政的な問題が絡んでいた。

 アルテンシュタイン星域は連邦領と隣接している辺境に位置している。

 だが、そこの守護を任されているヴィッテルスバッハ選帝侯は見事な手腕で、星域全体の治安を維持していた。それは強力な星域統合艦隊が定期的に巡回していたからだ。


 星域統合艦隊はヴィッテルスバッハ選帝侯が指名した、司令官が指揮する軍隊となる。

 この軍隊は星域内の各星系より召集された人員で構成されており、主に星域全般を防衛する軍事組織となる。

 艦隊数は全8個艦隊となっており、これら艦隊が各星系を巡回している。

 

 そして、この星域統合艦隊の巡回は、各星系から兵力を吸い上げる目的もあった。

 これにより、各星系統治者が過剰な戦力を保有することを防ぎ、強大な軍事力を持たせないための策として機能していた。

 これに対し、平時に大規模な軍隊を維持することはコストがかかるため、星系統治者である高位貴族たちは防衛隊の規模縮小を受け入れていた。

 しかし、この政策が裏目に出てしまうこともある。

 1年前、ヴァルデック侯爵星系でも統合艦隊が巡察を行い、一時的に海賊の勢力を大幅に削減することができた。

 その結果を受け、ヴァルデック侯爵星系では防衛隊の人員削減を行い、軍備縮小を計る。これによって浮いた防衛費は、各惑星の開発などに回され、星系全体の経済基盤をより盤石にするはずだった。

 だが、予想だにしない速度で、再び海賊が勢力を拡大し始めたのだ。


「結果、防衛隊は数が足りず、十分に対応できていない。それで、各地で領民が自衛のために武装しようとしているって流れ」


 カイは考えをまとめながら、深い息を吐いた。

 その視線はブリッジのスクリーンに映るメーレスクローネを見つめていた。

 カイの心の中では、ヘルガから頼まれた武器の供与について葛藤が渦巻いていた。

 確かに、現場では武装が急務だ。

 しかし、外部から武器を供給することが、別の大きな問題を引き起こす可能性があった。


「武器を運ぶこと、それ自体は違法性を問われない。だが、それを直接領民に配っているとなれば話は別だ……」


 領民が武器を手にすれば、それは自衛だけでなく、反乱の火種にもなりかねない。

 武力蜂起に繋がる可能性があることを、カイは理解していた。

 そして、惑星統治者がそのリスクを回避するために、領民に武器を与えていないのは明らかだった。


「領主たちは領民に武器を与えることを避けているのは明白ですわ。それが武力蜂起に繋がる恐れがあるから。外部から武器を供与すれば、貴族たちから反感を買うことは必至でしょうね」


 カイはフローラの言葉に頷き、さらに悩み始めた。

 もし自分たちがヘルガのために武器を供給したとして、そのことが貴族たちに知れ渡れば、海賊よりも恐ろしい敵を作ることになりかねない。


「そうなるよなあ。俺たちが武器を供与したとなれば、貴族からの反感を買う。それは避けたい。睨まれたら仕事どころじゃなくなる」

「そもそも私たちの目的は貴族とのコネクションを得て、彼らが持つ情報網を使って強奪犯の正体を掴むことですわ。今は貴族の意向を汲んで行動すべきです」


 貴族からの反感を買えば、ランクが上がっても彼らからの依頼は受けられないかもしれない。

 そうなれば、ここでの星系での活動を取りやめて、別星系を探す必要が出てくる。その時間的なロスは大きい。

 だが、海賊被害にあっているヘルガたちを救ってやりたいと言うのもあり、カイは頭を悩ませていた。

 カイが腕を組んで黙り込んでいると、キャロルの明るい声がブリッジに響いた。


「はいはーい! ご主人様、秘密裏に武器を供与しちゃうのはどう? 表向きは合法的な物資運搬を装いながら、必要な場所にこっそり武器を届けるという方法!」


 一瞬その言葉に唖然とするカイだったが、頭の片隅ではその考えもあった。

 だが秘密裏に武器を供給するとなれば、発覚したときのリスクは大きい。

 貴族たちに目をつけられるのはもちろん、密かに武器を流しているという噂が立てば、今後の仕事にも影響が出かねない。


「いや、秘密裏にやるのは危険だ……もしバレたら、俺たちの身が危ない。それに、武器が適切に使われるかもわからない」

「はぁ、これだから汎用型の浅知恵は……いい、キャロル。この方法は結局彼らの武装化を促す結果になりますから、あまり意味はありませんわよ」


 フローラはそのリスクを承知しているかのように、溜息交じりにキャロルの案を否定する。

 一方、考えを面と向かって否定されたキャロルの顔には不機嫌さがにじみ出ていた。

 

「意見出してから否定してくださーい。それと、汎用型ってディスるのやめてよ」

「では私の案を披露しましょう。それは民間防衛組織を設立し、武器を適切に管理させる方法ですわ。これなら、無秩序な武装化を防ぎつつ、貴族たちにも武器がきちんと管理されていると説明できます」


 カイはその案に興味を持った。

 領民に自衛力を持たせるためには、武器だけでなく、その使い方や管理方法も必要だ。

 だがこれにも問題はある。

 組織を設立するには時間がかかるし、今すぐに海賊被害を防ぐための即効性には欠ける。

 長い目で見れば、今後の同様の事態に対して効力を発揮するのは確かだが、時間がかかり過ぎる。


「確かに、武装化を管理するのは理にかなっているが、すぐに結果が出るわけじゃない。今必要なのは即効性だ」

「プークスクス。お姉様の案もダメじゃない。指揮官型が聞いて呆れるわ」

「ぐぬぬ! そういうカイ様にも、当然案がございますのよね? 聞かせて下さるかしら」


 自分の案にダメ出しをされ、キャロルからも先ほどのお返しとばかりに小馬鹿にされる結果に終わったフローラ。

 では先ほどから提案を聞き入れないカイには何か腹案があるのか。

 そう問い質すような口調でフローラは尋ねた。

 

 カイは再び深く考え込むように視線を落とし、静かに口を開いた。


「今の状況は本当に厳しい。星系防衛隊はもともと十分な戦力を持っていないし、急増する海賊犯罪に対して対応できる限界に達している。防衛隊があっても、貴族たちは領民に武器を与えない。

だから、海賊に襲われた領民はどうすることもできず、ただ無力に耐えるしかないんだ」


 その言葉に、ブリッジ内には張り詰めた静けさが漂った。

 フローラとキャロルもそれぞれの思いを巡らせ、口を閉ざしていた。

 カイは言葉を続けながら、彼自身もその現実に苦しんでいる様子だった。


「正直、武器を供与することは一時的な解決にはなるだろう。ヘルガたちを助けてやりたい気持ちは強い。でも、武器を配ればどうなる?

領民が武装すれば、次は確実に貴族に対する不満が高まって、いずれ反乱が起こるだろう。それがどんな結果を招くか……」


 海賊被害は急増しているのに、領主は未だに何の手立ても打っていない。

 すでにヘルガから感じ取れる貴族への憎悪は、武器を手にした時、領民がどのように動くかは火を見るよりも明らかだった。

 カイの中ではヘルガたちを見捨てたくない気持ちが滲んでいたが、その裏には、未来に対する強い不安も読み取れた。


「ただ、自衛のために武装させるって手は危険すぎる。そこでだ……俺たちの手で海賊の本拠地を突き止める。

そして、その情報を星系防衛隊にリークして、彼らに直接対処させる。俺たちが外部から武器を供与するよりも、もっと安全で効果的だ」


 そこでカイは直接的な原因である海賊自体を叩くことを考えた。

 侯爵からの声明にあったように、防衛隊は守備を固めて星域統合艦隊の到着を待つ。というのが基本方針だ。

 戦力が不足している防衛隊が、海賊の本拠地を洗い出すリソースすらも割けないという状況ならば、自由に動ける自分たちの手で見つけ出そうという考えだった。

 

 それまでのカイと違って、大胆な作戦を打ち出したことに、フローラはその提案に一瞬驚いた。

 そして、カイにその決断をさせるに至ったヘルガという女に僅かな嫉妬心が芽生えた。

 だが、すぐに頭を軽く振って雑念を掻き消す。

 カイの臆病さに改善の兆しが現れたこと、それ自体は喜ばしいことなのだから。

 

「確かに、情報を提供すれば少数戦力の防衛隊でも、リソースを集中することで対応は可能ですわね。それなら領民の武装化を防ぎつつ、海賊の脅威も抑えられる可能性がありますわ」

「けど、調査にも多少の時間は掛かるじゃない? その間、領民は無防備なままという問題はどうするの?」


 キャロルの当然の質問に、カイは続けて言葉を紡いだ。


「パイロット連盟に依頼を出す。他のパイロットたちに各惑星の定期巡回をしてもらう。これで海賊の動きも抑制できるし、被害が拡大するのも防げるはずだ」


 ヴァルデック侯爵が星域統合艦隊への救援要請を打ち出した以上、海賊問題は時間が解決してくれる。というのが、貴族たちの考えだった。

 それを示すかのように、多くの領民たちが海賊の被害に晒される中、海賊討伐の依頼件数は然程増えてはいない。

 基本的に海賊討伐の報酬は、他の形態の依頼と比べて割高だ。なにせ命の切った張ったをしているのだから、当然だろう。

 そのため、貴族たちからすれば、艦隊が到着すれば海賊は全滅させられるのだから、高い金を払って海賊を討伐して貰う必要はない。

 中には領民思いの惑星統治者もいたが、多くの貴族は直接的な被害を避ける自衛に抑えて、領民たちが海賊に搾取されるのを黙って見ているだけ。

 

 それに対し、カイは自分の懐を痛めてでも依頼を出すことを決意した。

 総額にして5000万クレジット。

 複数の星系への定期巡回を一定期間の間行って貰うという簡単な依頼だ。もちろん、海賊を討伐してくれれば追加報酬も出す。

 海賊討伐の報酬として1000万クレジット。残りの4000万クレジットで定期巡回依頼を100人ほどを限度に受けて貰う。

 これで多少なりとも、ヘルガたち領民の被害を抑えることが出来ると期待するほかない。

 

「つまり、ご主人様が身銭を切って助けるってこと? うーん、それって私たちにメリットはあるの?」

「ただの自己犠牲じゃないぞ。ちゃんと見返りを狙っての話だ」


 自分の懐を痛めても領民を助けるために行動したという事実は、それ自体が大きな意味を持つ。領民たちからは強い信頼を得られるだろう。

 困難な状況で手を差し伸べてくれる存在は、領民にとっては非常に心強いものであり、カイの行動は彼らの間で美談として広まり、今後の協力も得やすくなる。

 たとえ、海賊の本拠地を見つけ出すことができなくても、領民たちを守るために動いたという事実は消えることはない。

 結果がどうであれ、助けようとした姿勢は尊重されるのは間違いない。

 海賊問題が長引いても、領民の支持があれば、カイの立場は強固なものとなる。


 さらに、貴族たちはこうした美談に敏感だ。

 領民を守るために尽力した者の名は、貴族社会でもステータスとなる。貴族たちはそうした者を自分の周りに置くことを誇りに感じることが多く、カイたちの行動が貴族の目に留まれば、貴族とのコネクションを得るための新たな機会が生まれる。

 カイは静かな声でそう言いながら、フローラとキャロルに自分の決断を伝えた。


「俺たちが武器をばらまいて反乱を誘発するくらいなら、もっと戦略的に動いて、海賊そのものを叩きにいくべきだ。同時に貴族にも恩を売るチャンスに繋がる、動いて損はないはずだ」


 キャロルは少し嬉しそうに微笑み、フローラもそれに続いて微笑んだ。

 カイの言葉には、自らの立場を超えた決断と、ヘルガたちを救うための強い信念が込められていた。

 そして、それが二人にも伝わったのだった。

 カイは最後に、少しだけ気を引き締めた表情を見せながら、次の行動に移る決意を固めた。


「まずは海賊の動きを掴むところから始めよう。手を打つのは、今だ」

帝国軍の構造は地味に複雑なので、どう切り出していくか……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
それなら海賊討伐大会を開いて、各ランクパイロットの優勝者に500万クレジット進呈にすれば良い。 なう(2025/06/20 09:43:03)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ