3-4
宇宙の闇にドローンが放たれた。
前回、制御を失ったドローンが逆襲してきた恐怖が、まだカイたちの心に残っていた。
だが、今回は違う。
カイたちは先のドローン喪失と逆襲の原因は、この特異な環境下で何らかの外的要因によるものと結論付けた。
そこで今度のドローンは設定を変更し、ブラックホール周辺の異常な重力場や磁場を克服するため、リアルタイムのデータリンクを断つ自閉モードにセットし直されていた。
これにより、外部からの干渉を最小限に抑え、定期的に送信されるデータに全てを託すこととなった。
オベリスクから次々と飛び立つドローンは、漆黒の空間を縦横無尽に飛び回りながら、周囲の詳細なデータを送り続ける。
そのデータがモニターに映し出されるたび、カイとフローラの視線は鋭さを増していく。
やがてブラックホール近辺の謎めいた空間が、少しずつその姿を現し始めていた。
前回の異常事態が頭をよぎり、誰もが内心で緊張を抱えていた。
しかし、時間が経つにつれ、ドローンは順調にデータを送信し続け、モニターに映し出される情報も安定していた。
全員が、わずかに安堵の表情を浮かべ、互いに目を合わせた。
前回のような制御不能状態にはならず、今度こそデータ収集が順調に進んでいることに、少なからず安心感を覚えていた。
しかし、その静寂は長くは続かなかった。
ドローンがある特定のエリアに差し掛かった瞬間、モニターに映し出されるデータに異常が走り、次々と制御が失われ始めた。
カイは息を呑んだ。
先ほどまで鮮明だった映像が乱れ、ドローンが停止するたびに胸の奥に不安が広がっていく。
ドローンの制御が失われたのは、それがオパールの力によるものなのか――ただの偶然ではないように感じられた。
「やはり駄目ね……。自閉モードでの探索は順調だったけれど、時間経過で何らかの影響で閾値を超えて、制御を失うのかしら」
フローラがモニターから目を離さずに言葉を絞り出す。
色々と試してみたものの、制御を失ったドローンを復旧させることは叶わなかった。
その声には、抑えきれない焦燥感が滲んでいた。
しかし、前回とは異なり、今回はドローンが制御を失っただけで静止した。
だが、その静止には不気味さが漂っていた。まるで何かを待っているかのように、ドローンは動きを止め、異様な存在感を放っていた。
「……いや、違う。このエリアだ、間違いない!」
レオンの目がモニターに釘付けになった。
その瞬間、空気が一変する。
強烈なエネルギー反応が、表示されたデータに浮かび上がる。その異常な波形が、ただならぬ事態を告げていた。
カイとフローラも視線をモニターに固定した。漆黒の宇宙空間に何かが潜んでいる――そんな感覚が二人の胸に広がる。
レオンはゆっくりと息を吐き、目の前に広がるデータを見つめる。
これはただの異常ではない。確信が胸に湧き上がった。
カイの手が無意識にモニターの縁を掴んだ。視線の先に映し出されたエリアには、何かが確かに存在しているのだ。
フローラもまた、その場の静寂に飲み込まれ、息を呑む。
彼らの脳裏には一つの言葉が浮かんだ。
エクリプス・オパール――伝説の鉱石。その在処が、ついに明らかになったのだ。
静かな興奮がブリッジ全体に広がり、誰もがその瞬間を共有した。これまでの全てが、この一瞬のためにあった。
「エクリプス・オパールだ……。ここだ、ここに眠っているんだ!」
ブラックホール近くの特定のエリアでしか生成されないとされる伝説の鉱石、エクリプス・オパール。
その在り処が、ついに明らかになった瞬間だった。
◇◇◇
オベリスクのブリッジに緊張感が漂っていた。
レオンはディスプレイに映し出されたデータを鋭い目で見つめ、静かにチーム全体に向けて説明を始めた。
「これから、エクリプス・オパールの採掘手順を確認する。作業は俺のルナ・シーカーがメインで行う。カイの白鯨号は支援に回ってもらう」
カイはレオンのその言い分に文句はないとばかりに頷いた。
採掘には白鯨号とルナ・シーカーの2隻で対応に当たる事になった。
というのも、この小型巡洋母艦は輸送に特化しており、それ以外の用途で使う事は出来ない。
そのため、レオンは予め高重力下での作業用としてタイプ8ロードランナーに船を乗り換えており、この小型巡洋母艦に積み込んできた。
一方、白鯨号はルナ・シーカーほどの性能はなく、多少、採掘が出来るという程度でしかない。それでもサポート役として徹するのであれば、それなりの能力を持っていた。
しかし、フローラはレオンの言葉を聞いて、心の中でカイの安全を案じていた。
今回の任務は非常に危険度が高い。一歩間違えれば、カイは白鯨号と共にブラックホールへと引きずり込まれてしまう恐れがあった。
フローラはそう考えた途端、直ぐに行動に出る事にした。
「レオン様、それでしたら、私が白鯨号に乗ってサポートするのはいかがでしょうか? 私が直接サポートした方が、迅速に対応できる場面もあるかと思いますわ」
その突然の行動にカイは驚く。
「え、ちょ、フローラ。気持ちは嬉しいけど、白鯨号の操縦は俺が慣れているよ。お前がオベリスクでサポートしてくれた方が、全体の安全性が高まるんじゃないか?」
「いいえ、カイ様。ハッキリ言って、カイ様の腕前は下の上。良くとも、中の下。エリートランクのレオン様のサポートをするには不適と言えます。
今回は難易度の高いミッションになりますわ。よって、この場は私のほうが適任と判断いたします」
フローラはあえて辛辣な言葉を選んだ。ここでカイに諦めてもらわないと、彼の身に危険が及ぶ――そんな思いが、彼女の胸にあった。
カイは一瞬、言葉を失った。
フローラの冷静な指摘に驚きと戸惑いが交錯する。
「うぐぐ……困った。ちょっと言い返せない」
フローラの指摘は事実だ。
カイのパイロットとしての腕前は、決して高いとは言えない。何せ本格的に宇宙船の操縦をするようになってから、数年しか経過していない。
対してフローラは、元特殊部隊出身とだけあって、あらゆる方面で高い能力を発揮できる。それは勿論、宇宙船の操縦に関しても。
その彼女から、今回は身を引け。そう言われてしまうと、カイは対抗手段を今現在何も持っていなかった。
そんなカイの様子をみて、フローラは心の中で安堵していた。
しかし、そんなフローラの計画をレオンが突き崩す。
「フローラ、アンタの提案は理解できる。しかし、カイが言う通り、白鯨号のパイロットは彼じゃないか。カイがサポートに深い経験と知識を持つのであれば、文句は無いんだが、実際その辺はどうなんだ?」
「あ、無いです! 俺は白鯨号のパイロットとしての経験や知識はあるけれど、サポート業務はいつもフローラにやってもらってましたァ!」
思わぬ方向から援護射撃を受けたカイは、水を得た魚の如くレオンの言い分に乗っかる。
これに対し、フローラはしばらく黙ったまま、考え込むように目を伏せた。
そして、やがて小さく息をつき、静かに頷いた。
「分かりましたわ、レオン様。カイ様、どうかお気をつけて」
カイはホッとしたように微笑んだ。
レオンもまた、フローラが先に折れてくれたことで、無用な言い争いに発展せず胸を一撫でする。
「ありがとう、フローラ。アンタがオベリスクにいてくれると安心できるよ」
そうしてレオンは再びディスプレイに目を戻し、冷静に指示を出した。
いよいよ、長年、夢見てきた宝と巡り合える。そう胸中で心躍らせていた。
「では、各自の船に移動しよう。カイ、準備が整ったら出発だ」
カイは頷き、レオンに続いてブリッジを後にした。
フローラは二人の背中を見送りながら、心の中でカイの無事を祈りつつ、オベリスクのコンソールに向かいサポートの準備を始めた。
こうなってはサポートに全力を注ぎ、カイの身の安全を計るほかない。
フローラは最悪の場合に備え、抜かりの無い様にと目を鋭くさせた。
レオンとカイはオベリスクの通路を進み、それぞれの船へと向かった。
ルナ・シーカーと白鯨号はオベリスクの格納庫内に停泊しており、二人は無言で準備を整えていた。
そうして、お互い準備が整ったタイミングでフローラへ発艦の合図を出すと、オベリスクの巨大な格納ハッチがゆっくりと展開され、深い闇を抱く宇宙空間がその姿を現した。
次の瞬間、ドッキング・ベイがせり上がり、白鯨号とルナ・シーカーの船体が徐々に浮かび上がってきた。
格納庫内のライトが両船を照らし出し、発艦の準備が整う。
船体を固定していたアームが順次解除され、船が静かに浮かび上がった。
その瞬間、船体が宇宙の静寂の中で自由に動き出した。
「白鯨号、発艦する」
「ルナ・シーカー、出るぞ」
こうして2隻の船は、ついにその在処が分かったエクリプス・オパールの採掘へ向け旅立った。
◇◇◇
2隻の船が宇宙の闇に飛び立った。
白鯨号とルナ・シーカーは、冷たい空間を静かに進んでいく。
エクリプス・オパールの在処が判明した今、全員の心に高揚感が広がっていたが、それは同時に危険への警戒心も高めていた。
カイは白鯨号の計器を見つめながら、静かに息を吐いた。心臓の鼓動が早まるのを感じつつも、手は安定して操縦桿を握っていた。
彼にはフローラがオベリスクから見守ってくれているという安心感があった。
身近で彼女の恩恵に預かって来たカイは、無意識的に彼女に対して絶対の信頼感を持っていた。
もちろん、それを口に出すことはない。なぜならば、恥ずかしいからだ。
「今のところは順調だ。……フローラが居ないのは、久しぶりだな」
カイはふと、隣に目をやる。
そこには、いつも自分を支えてきたフローラの姿があった。しかし、今、そこは空席で、ふともの悲しさがカイの胸に到来する。
だが、それも一瞬のことで、頭を振ってすぐに気持ちを切り替える。
ルナ・シーカーは彼の前方を滑らかに進み、レオンが一瞬たりとも気を抜かずに操縦しているのが伝わってくる。
やがて、2隻はエクリプス・オパールが存在すると目星をつけたエリアに近づいた。
周囲の空間は次第に異様な雰囲気を帯びてきた。重力の歪みや磁場の変動が、まるで生き物のように感じられる。
『カイ、もう少しだ。慎重に進もう』
レオンの声が通信越しに響いた。
カイは短く返事をし、船の速度を落とす。
「了解。フローラ、モニタリングはどうだ?」
『こちらも異常なしですわ、カイ様。モニタリングを続けます』
フローラの冷静な声に、カイは再び心を落ち着けた。
彼は白鯨号を慎重に操作し、ルナ・シーカーに続いて進んでいった。
目の前には、ブラックホールが静かに回転し、その重力が周囲の空間を引き寄せるように見えた。
その近くには、小惑星が無数に浮かぶベルト状のエリアが広がっている。
大小さまざまな小惑星が漂い、時折ぶつかり合っては細かな破片が宙に散っていた。
エリア全体が、まるで何かを守るかのように静かに動いている。
カイはその光景を見つめ、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
その小惑星帯の中心には、一際大きな小惑星が浮かんでいる。
それは周囲の小惑星がまるで守るかのように集まり、その存在感が異様に感じられた。
「うーん、あの大きな小惑星……なにか変じゃないか?」
『ああ、そうだな。あれは臭う。俺の採掘師としての長年の勘も、アレだと言っている』
カイは頷き、小惑星帯の中心に目を凝らした。
ブラックホールの近くに位置するその場所は、まさに危険地帯だったが、彼らが求める宝がそこに眠っているのは確かだった。
2隻は慎重に小惑星を避け、その中心を目指していく。
そして、ついに中央のひと際大きい小惑星の元へと辿り着くと、すぐに位置へとついた。
ルナ・シーカーが主導となって採掘を開始し、白鯨号はその支援に回る。
格納されていた採掘レーザーを展開させたルナー・シーカーから、紫色の光柱が放たれ、小惑星のクレバス目掛けて岩石を削り取っていく。
カイはその様子を確認しつつ、回収用ドローンを展開し、飛散した岩石の欠片を回収していっていた。
エクリプス・オパールの採掘は一筋縄ではいかない。重力や磁場の変動に加え、周囲の環境が不安定であるため、慎重な作業が求められる。
「レオン、手応えは?」
『今のところはない。だが、間違いなくここだ。俺の勘がそう囁いている』
その言葉にカイは頷き、自分の手元に集中した。
エクリプス・オパールは伝説の鉱石と言われるだけあって、その採掘には極度の注意が必要だ。
何が起こるか分からない。
2隻の船は、互いに連携を取りながら慎重に作業を進めていった。やがて、レオンの声が再び響いた。
『んん、なんだこれは。いや、これが……?!』
レーザーが岩を切り裂くたびに、削られた表層から淡い紫色の光が漏れ出し始めた。その光は暗い岩盤の中から放たれ、まるで異世界からの輝きのように静かに、しかし確実にその存在を主張していた。
さらに深く削り取ると、紫色の光は強さを増していった。
やがて、岩の隙間から紫色の輝きを放つ物体が少しずつ姿を現し始めた。
そして、ついにルナ・シーカーの照明が照らし出す先に、異様な輝きを放つ物体がゆっくりと姿を現した。
それは、500メートルの小惑星に埋もれるようにして存在していた。その表面は滑らかで、それは、まるで宇宙の深淵から現れた宝石のように、紫色の輝きを放っていた。
『これが……エクリプス・オパール!』
レオンの声は驚きと興奮に満ちていた。
オパール特有の輝きが、まるで小惑星の中心から脈動するかのように光を放つ。
カイはその光景に目を奪われながらも、慎重に操縦桿を握りしめた。エクリプス・オパールの美しさと、その背後に潜む未知の力に対する恐れが、彼の胸に重くのしかかっていた。
レオンの言葉が響き渡ったその瞬間、カイの通信システムが突然ノイズを発し始めた。
モニターには乱れた映像が映し出され、フローラとの通信が途絶えがちになる。
「フローラ、聞こえるか? なんだ、何かがおかしい……」
カイは必死に通信を試みるが、応答はなく、ただ静寂が返ってくるばかりだった。
その直後、船体が激しく揺れ、白鯨号のコクピットにけたたましいアラート音が鳴り響く。
即座にサブディスプレイで周辺環境の状況を確認すると、重力値のメーターが見た事のない数値を示していた。
「レオン、重力異常だ!! オベリスクとの通信も断絶。何かが起こってる!」
カイが叫ぶようにして警告を発すると同時に、小惑星帯全体が不穏な動きを見せ始めた。
小惑星が急に軌道を変え、互いに衝突し始めたのだ。
周囲の空間には、無数の細かな岩石片が撒き散らされ、カイたちの船に迫ってきた。
カイは急いで配電システムを操作し、防御シールドを最大限に強化し、岩石片の雨に備えた。
しかし、シールドに当たる岩石片の衝撃が船体に伝わり、激しい振動が走る。細かな破片が次々とシールドに突き刺さり、システムが警告を発し続けた。
「レオン! 聞こえないのか?!」
カイが叫ぶが、依然として返答はない。
彼はシールドが耐えている間に、この異常な状況からどう脱出するかを考えなければならなかった。次の瞬間、小惑星の一つが突然崩壊し、さらに多くの破片が宙に舞った。
通信が途絶えたまま、カイたちはこの予期せぬ危機に直面し、出口の見えない状況に追い込まれていった――。




