8-29
それは、シューマッハー伯爵領にてカイたちが強襲作戦を始める、ちょうどその前日のことだった。
遥か離れたヴァルデック侯爵星系の首都星ヴァルデシアでは、まだ穏やかな時間が流れていた。
昼食を終え、午後の執務に取り組んでいたヴァルデック侯爵の元に、側近の一人が慌ただしい様子で部屋へと入って来る。
普段の彼に似つかわしくないその行動に、侯爵はわずかに眉を顰めたが、あえて諫めることはせず、落ち着いた口調で用件を問い質す。
「騒々しいな、何かあったか?」
「か、閣下……これをお読みください……」
側近は震える手で一通の手紙を差し出す。
侯爵はそれを受け取ると、差出人の名に目を通し、さらに眉間の皺を深くした。――そこに書かれていた名前にはカイ・アサミとあった。
つい数か月前、このヴァルデック侯爵星系は海賊被害に苦しんでいた。
その一件を解決に導いたのが、一人の独立パイロット――カイ・アサミだった。
侯爵は、彼の要望に応じて、エクリプス・オパール強奪の行方を追うため調査支援を行っていた。
彼はその後、カール・フォン・リヒテンベルク選帝侯の統治するノイシュテルン星域へ向かったはずであった。
そんな彼からの手紙に、侯爵は微かな不安を覚えていた。
すでに側近によって封は切られていたが、侯爵は静かに中身を取り出し、目を走らせていく。
数行も読み進めぬうちに、その顔が静かに歪んでいく。
そして手紙を握る手に力がこもり、ついには盛大なため息が漏れた。
手紙にはこうあった――クルト・フォン・シューマッハー伯爵。彼が、エクリプス・オパール強奪事件に関与していたと。
そして、その背後にある存在として、元特別情報局局長ラングと、連邦軍出身の科学者ウィン・アサミの名が記されていた。
カイはその調査の中で、ドッペルゲンガー計画の存在を掴んでいた。
すでにその計画は進行しており、リヒテンベルク選帝侯の娘――アデーレの遺伝情報を元に製造された第2世代型バイオロイド、通称セイレーンが完成目前であるという。
さらに、第3世代型バイオロイドを転用し、各地の要人を模倣したドッペルゲンガーの生産が始まりつつあるとも記されていた。
要人をバイオロイドで置き換えることで、政治中枢を掌握するこの計画が本格始動すれば、ノイシュテルン星域だけでなく、帝国全体が静かに乗っ取られていく危険がある。
それを阻止するため、カイは単独でクルト伯爵の首都星シューマリオンにある製造施設へ強襲を行う予定だという。
ひいては、その行動についてヴァルデック侯爵には後ろ盾になって欲しいという要望が書き添えられていた。
一通り手紙に目を通し終えた侯爵は、椅子に深く身を預け、顎に手を当てた。
「……独断専行、か。まったく、困った男だ」
星章士の位を与えたのは、確かに己であった。
その功績を讃えるためでもあり、今後の行動にある程度の自由を与える意味もあった。だが、こうも早く、過激な形で利用されるとは思ってもいなかった。
しかし――侯爵は理解していた。
カイの行動には、理がある。正当性がある。そして、放置すれば帝国の均衡が崩れるという確信も彼の中にはあった。
「無視することもできようが……さて、どうしたものか」
窓の外を見やる。
そこには、濃紺の空に浮かぶ都市軌道環。その灯火が、侯爵の静かな眼差しに静かに映った。
「……ここはリヒテンベルク家に恩を売る機会、と捉えるべきか。仕方ない、奴の口車に乗ってやるか」
侯爵はすぐに立ち上がり、側近たちに命じた。
「星系防衛隊を再編成しろ。遠征艦隊を組む。今すぐだ。同時に、アーネスト・フォン・ヴィッテルスバッハ選帝侯への謁見を申し込め。先触れも出せ」
慌ただしく動き出す執務室の中、侯爵は静かに一人微笑んだ。
「やれやれ。この尻ぬぐい、高く付くぞ……カイ・アサミ」
だが、その眼差しはすでに、遠くノイシュテルン星域の宙域を見据えていた。
帝国の秩序を揺るがす渦が、静かにその足元まで迫っていることを、彼は誰よりも早く悟っていた。
◇◇◇
重々しい金属音が、空気を震わせた。
フローラの手によって開かれた隔壁の先にあったのは、思わず息を飲むような光景だった。
広大なホール一面に広がるのは、翡翠色に揺れる光の海。
無数の培養槽が等間隔に林立し、それぞれの内部には、人の形をした幼体が胎児の姿勢のまま浮かんでいた。
全身が半透明の液体に包まれ、薄く光る人工羊水が幻想的に揺れている。
「……これが……」
カイは呟きながら、視線をゆっくりと巡らせた。
人の胎児に見えるそれは、しかし紛れもなく人間ではない。
「バイオロイド……だな」
それは確信だった。規則正しく並べられた成長槽、均一な発育段階、どれを取っても人工的な生命であることは明白だった。
フローラも黙って頷く。表情は固く、どこか痛ましげですらあった。
カイはその中でも一際目立つ、中央に据えられた巨大な培養槽を指差した。
「あそこが恐らくこの製造プラントの中枢だな。キャロルが以前、施設情報を抜き取ったのもあの位置だったはずだ。行ってみよう」
フローラは無言のまま頷き、カイを抱えたまま、翡翠の海の中を静かに進んでいった。
やがて中央の培養槽が目前に迫る。
その時、カイはフローラの腕を軽く叩き、合図するように小さく頷いた。
フローラはすぐに理解し、彼の体をそっと地に降ろす。
カイはぐっと足に力を込め、少しだけよろめきながらも自力で立ち上がった。
そうして中央の培養槽の基部へと辿り着いた二人の目に、信じ難い光景が飛び込んでくる。
その巨大な培養槽の中、緩やかに揺らめく培養液に包まれながら、眠るように浮かんでいたのは、一人の少女だった。
長い銀色の髪が液中に広がり、閉じられた瞼の奥には、まだ目覚めぬ意識が潜んでいるかのような静けさがあった。
そのすぐ傍ら、培養槽の基部に横たえられた簡易ベッドの上には、カイの叔父――ウィン・アサミの姿があった。
「……ウィン叔父さん……!」
かつて幼い自分を引き取り、家族として大切にしてくれた存在。
だが、その面影も、想い出も、記憶封印の影響で長らく思い出すことができなかった。
それでも今、こうして目の前に眠る彼の姿を見て、心の奥底に沈んでいた温もりが確かに蘇る。
懐かしさと、切なさと、わずかな喜びが胸を締めつけた。
だが次の瞬間、ウィンの頭部に突き刺さる無数の針と、それが少女の浮かぶ培養槽の中枢機構へと伸びている様子に、カイの思考は現実へと引き戻された。
一目でわかった。これは、脳転写だ。
フローラも思わず歩を止め、少女の姿を見つめた。
「この少女……似ていますわ。姉妹たちに……いいえ、それ以上にどこか……」
肌の質感、静かな呼吸、そして発せられる微かな同調感。
それはフローラにとっても明確だった。少女もまた、自分と同じ――バイオロイドだ。
さらにカイの目が、培養槽の台座へと移った瞬間、身体が硬直する。
そこに埋め込まれるようにして、脈動し、微かに紫紺の光を放っていたのは――
「エクリプス・オパール……!」
それは確かに、かつて自分が手にし、そして奪われたはずの鉱石の欠片だった。
「間違いない……やっと見つけた!」
緊張が一気に爆ぜるように、カイはコンソールへと駆け寄る。
――だが、その指が触れる直前。
「……それ以上は困るな」
背後から冷ややかに放たれた声が、まるで刃のように空気を裂いた。
視線を向けると、翡翠色の照明を背にして、ゆっくりと歩み寄る男の姿があった。
上質な仕立てのグレースーツに、光沢のあるタイピン。
額の頭髪は大きく後退しており、それを隠すようにきっちりと撫でつけられている。
一見して小綺麗にまとめられた紳士然とした佇まい――だが、その内側にある冷徹さは、確かな歪みとなって空気を揺らしていた。
その背後には、漆黒の装甲を纏った二体の自律人形が付き従っている。
人型ではあるが、装甲の継ぎ目や関節部の処理、背部に配された推進ユニットの構造――戦闘用自律人形だ。
「カイ様、お気を付けください。……あの自律人形、恐らく戦闘用ですわ」
「ああ……けど、見た事もない型だ。フローラ、見覚えは?」
「残念ですが、ありませんわ。恐らく試作機でしょうか、厄介な臭いがしますわ」
フローラの警告に、カイも一歩下がり、視線を鋭くする。
カイはその男の顔をじっと見据えた。
無表情で歩み寄るその容貌に記憶が呼び起こされる。
(……間違いない)
以前キャロルが得た機密ファイルから掘り起こされた一枚の静止画――帝国軍元特別情報局局長、ブルーノ・ラング。
その目つき、顔の輪郭、整えられたスーツの趣味。どれも、今目の前に立っているこの男と完全に一致していた。
「……お前がブルーノ・ラング、か」
男の足が止まる。
その名を聞いた瞬間、わずかに口元が歪み、僅かな間が空いた。
それが肯定でも否定でもない、ただ「知られている」ということを受け止めた時の無言の反応であることを、カイは直感的に理解する。
ラングは一呼吸置いてから、芝居がかった仕草でスーツの裾を整えた。
その口元には、薄く笑みが浮かんでいる。
「地上基地の襲撃は実に見事だった。……だが、あれは囮だろう? 本命はこの製造施設。そして目的は……情報か、それとも――エクリプス・オパールか? 何にせよ、お前らの企みはもう終わりだ……」
自信に満ちた声音で言い放ち、まるで先手を取ったとでも言わんばかりに、ラングは顎をわずかに上げる。
だが次の瞬間、襲撃者――カイとフローラの顔を正面から見たラングの目が、わずかに見開かれた。
(……まさか)
ラングは過去、ウィン・アサミを引き入れる際、周囲の人物関係を徹底的に洗っていた。
その中に甥の存在があった。カイ・アサミ――かつてはまだ幼く、脅威でも何でもなかった一人の少年。
しかし、目の前の男。その輪郭、目元、気配までもが、かつての記録と重なっていた。
ラングは即座に確信する。あれが“甥”本人だと。
だがそれ以上に、隣に立つ女の姿に、ラングは言葉を失いかけた。
金銀の髪、冷静な瞳、戦闘姿勢に入る前の静かな圧力。
その記憶は、戦場に刻み込まれている。
――黄昏戦争。
連邦軍が極秘裏に投入したバイオロイド部隊に、帝国軍は幾度となく苦しめられた。
その中でも際立っていた、指揮官型の一体。
そして自分が率いた部隊が壊滅し、命からがら逃げ延びたあの戦場――あの女。
(死んだと思っていた……いや、撃破したはずだが……生きていたのか!)
全身を冷たい汗が伝うのを感じながらも、ラングはその動揺を外に出すことなく、内心で唸る。
(……残っていた。第3世代、それも指揮官型が……)
襲撃者など始末してしまえばいい。最初はそう思っていた。
地上の騒ぎを囮に潜り込んできた愚か者ども――そう切り捨てるつもりだった。
だが、その“愚か者”の正体が、失われたはずの第3世代型――しかも、わずか七体しか存在しない指揮官型バイオロイドだと知った瞬間、ラングの中でその価値が一気に転じた。
(確保できれば、技術基盤は跳ね上がるな。あのカイという小僧も、ウィンのお気に入りのようだし……ここは一芝居打つか)
瞬時に舌打ちと共に排除という考えを捨て、ラングは脳裏で新たなシナリオを描き始める。
始末するのではない。取り込む。懐柔する。
この存在を味方に引き入れることができれば、自分にとって計り知れない利益となる。
ラングは表情を切り替えた。
まるで初めから好意的だったかのように、両手をゆっくりと広げて見せる。
「だが、こうして顔を合わせたのも、何かの縁かもしれないな。……話し合う余地はあると思わないか、カイ・アサミ君」
一言一句に、隠しようのない狡猾さと下心が滲んでいた。
敵意でも、怒気でもない。
ただ、己の手の中にすべてを収めようとする者だけが持つ、静かな圧力がそこにあった。
フローラは一歩、わずかに身構えた。
カイもまた、胸の奥に生まれた微かな嫌悪感を押し殺し、視線を鋭くする。
しかしカイはそれに応じることなく、淡々と告げた。
「残念だな、ブルーノ・ラング……もう遅い」
ラングは自らの名が既に知られている事に若干顔を顰めた。
だが、カイはそれすらも見透かしたように、冷ややかに続けた。
「お前の企みはすべて露見してる。情報はすでに二人の選帝侯――リヒテンベルク選帝侯とヴィッテルスバッハ選帝侯にまで上がっている」
カイの声に怒気はなかった。
ただ、淡々とした口調の奥に、明確な断罪の意志があった。
その事実がどれだけ致命的か、ラングが理解するのを待つように、カイは視線を逸らさなかった。
「なんだと……」
ラングの顔から、初めて余裕が剥がれ落ちた。
目がわずかに見開かれ、唇が言葉を失ったように動きを止める。
その一瞬の隙を見逃さず、カイはすぐさま身を寄せ、低く小さな声で囁いた。
「……フローラ、いつでも撃てるよう準備だ。目標はエクリプス・オパールだ」
顔には出さなかったが、フローラの内心には確かな驚きが走っていた。
しかしその一方で、カイの思考は冷静だった。
――もはや、あれは単なる鉱石ではない。
500億クレジットの価値があると言われた希少鉱石、エクリプス・オパール。
だが今や、それ以上の意味を持ってしまっていた。
カイは一連の計画を、リヒテンベルク選帝侯とヴィッテルスバッハ選帝侯の両名に報告していた。
そしてその過程で、エクリプス・オパールの存在もまた共有されてしまっている。
今やエクリプス・オパールの存在は、第二、第三のドッペルゲンガー計画を引き起こす危険因子として認識されてしまっていたのだ。
ここで回収できたとしても、帝国がそれを放置するはずがない。
むしろカイたち自身が、その“石”と共に闇に葬られる可能性の方が高かった。
――ならば、いっそ今ここで、破壊する。
この場でエクリプス・オパールを葬ることが、すべての懸念を断ち切る唯一の手段だった。
同時に、ラングの計画を根底から潰すことにも繋がる。
その覚悟を込めた命令だった。
突然の命令に、フローラの視線がカイへと向けられた。
その瞳には、一瞬だけ揺らぎが走る。
敵の意図を砕くためとはいえ、それはかつての司令の命を奪うという行為に他ならない。
彼女の中にある戦術思考が、感情と理性の狭間でわずかに軋んだ。
だが――カイの目が、すべてを悟った者のように静かに揺れているのを見たとき、フローラはほんのわずかに頷いた。
「……了解しました」
だが行動を起こす寸前、フローラは再度言葉を挟んだ。
「カイ様、エクリプス・オパールを破壊すれば、脳転写中と思われるウィン司令官の命にも関わる可能性がありますが……」
一瞬、カイの瞳に揺らぎが走る。
だが、それもほんの僅かな間のことだった。彼はわずかに目を伏せ、低く言った。
「……分かってる。だけど、もう戻れない。……もう、ウィン叔父さんは手遅れだ」
彼の脳裏には、かつて荒廃した実験施設で目にした幾つものログが甦っていた。
ESP適性者に限定しても、脳転写は高確率で脳を完全に破壊し、廃人化させる。
その過程で生還した者は皆無だったと、あの資料は告げていた。
(――もう、手遅れだ。誰かが決めなければならないんだ)
カイは悲しげな眼差しで培養槽に横たわるウィンの姿を見つめ、力強く指示を出す。
「だから、終わらせてあげるしかないんだ……撃て、フローラ!」
フローラは静かに頷いた。
だが、その瞳の奥には微かな迷いが揺れていた。
静かに横たわる彼の顔を見るたびに、胸の奥にわずかな既視感が疼いていたのだ。
その正体は分からない。だが、それは冷たい論理では割り切れない、感覚の残滓だった。
命令は理解している。理屈も、必要性も、すべて飲み込んでいた。
ならば、従うべきだった。それが“正しい行動”のはずだ。
背部からフュージョンライフルを引き抜き、フローラは無言で狙いを定めた。
「な、なにを!?」
ラングの視線が、わずかに彼女へと向く。
思わず一歩後退し、背後にいた二体のドロイドも即座に反応してラングを庇うように前へ出た。
だが、ラングの予想に反し、フローラはエクリプス・オパールへと照準を合わせた。
収束されたエネルギーが一閃し、紫紺の輝きは閃光と共に砕け散る。
粉々に弾け飛ぶ鉱石の破片。
その閃光と衝撃と共に、フローラの中で何かが断ち切れた。
「――ッ!?」
引き金を引いたその瞬間、胸の内を焼き尽くすような痛みが走る。
それはただの後悔ではない。身体の芯が引き裂かれるような痛みと共に、記憶の扉が音を立てて開いたのだ。
――司令。
かつてそう呼んだ男。
自分にとって初めての、そして唯一無二のハンドラー。
それが、ウィンだったのだ。
命令だけを与えられ、効率と結果だけを求められた日々。
“彼”の視線は、温もりではなく観察だった。
それでも、たった一人のハンドラーだった。――忘れようとしたはずの記憶が、今や皮膚の裏から滲み出すように蘇る。
彼こそが、自分の原点――最初の命令を下した存在だった。
「――ウィン……司令。そう、だったのね……」
その呟きは誰に向けられたものでもなく、フローラ自身の深層から漏れた声だった。
「フローラ?」
カイがその異変に気づいて声をかけるも、彼女の瞳は揺れていた。
揺らぎ、焦点を失い、虚空に浮かぶように立ち尽くしている。
その時だった。
砕け散ったエクリプス・オパールの残響が、製造施設そのものに異変を引き起こした。
翡翠の海に灯っていた光が、まるで生命を奪われたかのように一つ、また一つと消えていく。
稼働していた無数の培養槽、その全てから発光が失われ、静寂が施設を包み込んだ。
ラングはその変化に、しばらく何も言えなかった。
口をわずかに開いたまま、砕けた鉱石の欠片を呆然と見つめる。
理解が追いつかず、思考が硬直していた。
だが数拍の沈黙の後、事実が脳に届く。
「……嘘だ……嘘だああぁぁーー!! 消えていく! 私の、私の夢が!!」
声は掠れ、やがて怒声へと変わる。
「お前たちが、何をしたかわかっているのか? すべてが順調だった……あと一歩だったんだぞ……ッ! 殺してやる……殺してやる!!」
ラングは半狂乱のように吼えた。
その怒りは床を踏み鳴らす音とともに爆発し、顔は朱に染まっていた。
その時、二体の戦闘用自律人形がラングの号令に反応し、動き出す。
「フローラ、どうした!? くそ……っ!」
未だ呆然としたままのフローラの前に、カイが一歩進み出る。
その手には、すでにレーザーマシンガンが握られていた。
焦燥感が胸を突く。
だが今は立ち止まっている暇などない。
「来るぞ――!」
金属の足音が迫る。
フローラは動けなかった。
記憶の奔流に飲まれたまま、彼女の視線はただ一点に釘付けにされていた。
カイは振り返ることなく、銃口を敵へと向け直す。
背後のフローラは動けない。前には殺意に満ちた機械の影。
カイは引き金に指を掛け、静かに、息を殺した――。