8-25
地下区画の巨大な空洞――薄闇を裂くように無数の円柱型培養槽が、視界の果てまで林立している。
天井から吊るされた配線束や冷却管は、翠色の揺らぎを映して蜘蛛の巣のように複雑な影を落とし、空洞全体が静謐な深海のよう。
近寄って覗き込めば、液面の奥に小さな人影が浮かんでいる。
胎児姿の第3世代型バイオロイドだ。
指ほどの四肢はまだ薄膜のように頼りなく、しかし確かに鼓動が脈打つ。
一見して穏やかに見えるその内部では、実際には想像を絶する高重力環境が維持されている。
骨も筋繊維も未成熟な内から苛烈な荷重を受けることで、異常な密度の骨格と筋束を獲得し、やがて成人体格に達する頃には人間離れした耐圧・耐衝撃性能を備える――それが第3世代型バイオロイド誕生のプロセスであり、この翠光の海が孕む静かな狂気でもあった。
この常識外れの重力を生み出しているのが、空洞のほぼ中心にそびえる一際大きい培養槽。その黒金の台座に、心臓のように脈動する紫紺の結晶――エクリプス・オパールによるものだ。
つい先日まで、そのエクリプス・オパールの莫大な出力は、製造プラント中央に位置する一基の培養槽へ集中的に注がれていた。
翠光の海を漂う銀髪の少女――第4世代型バイオロイド、その第1号。
脳転写に完全対応した人工培養脳、老化を許さぬ再生構造、そして先天的ESP適応。
ラングとウィンが執念を注ぎ込んで造り上げた“究極の器”だ。
だが今の彼女は内側が空洞のまま。意識を宿さぬ限り永遠に目覚めない眠り姫でしかない。
ラングが皇帝の座を掴むためには、自身の転写に先立ち、ウィン・アサミの脳を彼女に移して安全性を実証する工程が不可欠だった。
眠り姫の培養槽から伸びるケーブル束は、すぐ脇の簡素な寝台へ続いている。
そこではウィンが頭髪を剃り落とされ、頭皮に絡みつくニューロケーブルの下で静かに横たわっていた。人工呼吸器が規則正しい吐息を送り込み、胸郭が上下するたびにケーブルがわずかに揺れる。
制御卓のディスプレイには〈脳転写準備完了〉の緑灯が点滅し、ラングは細心の調整を続けていた。
成功率を百分の一でも高めるために、彼は昼夜の区別なく数値を追い詰め、神経をすり減らしてきたのである。
──ドン。
足元を突き上げる鈍い衝撃。天井の照明が瞬き、冷却配管が甲高い金属音を上げた。
ラングは顔を上げる。ふた呼吸の間を置いて、さらに強い振動が床を揺らした。空洞の静寂を切り裂く異物の鼓動。
地上で何かが起きている――しかも、ただ事ではない。
舌打ちしつつ作業を中断したラングは、白衣の袖で額を拭い、ホログラム端末を呼び出す。
基地司令官カール・シュタイナー大佐の回線を叩き、状況確認の通信を送った。
「シュタイナー大佐、いったい何が起きている! 研究区画にまで振動が来ているぞ」
端末の投影画面に映った中央制御棟の司令室は、赤い警報灯で乱反射していた。
指揮卓のカール・シュタイナー大佐はヘッドセットを乱暴に押さえ、怒鳴り声を背後の管制官へ飛ばしながらもラングを一瞥する。
『――この忙しい時に何だ! 応急遮蔽が破られた。防衛ラインが……くそっ、ドローンを再起動しろ!』
「大佐、こちらは重要な実験の最中だ。状況を――」
『ああ!? 実験など知るか! 基地が襲撃を受けている。それで十分だろう! こっちは指揮で手一杯だ、通信終わり!』
「な!? ま、待て……くそ、一方的に切るとは」
カールは苛立ちを隠そうともせず回線を強制遮断した。
残されたラングは、投影が消えた闇の中で無意識に唇を噛む。爆発の余震が再び床を揺らし、天井の照明が細かく明滅した。
――なぜ襲撃が?
ここは無人化基地の実証施設としてのみ登録され、座標すら公表されていない。
それ以上の情報は、この基地司令官であるカール・シュタイナー大佐ですら知らない。
だが本当の役割はドッペルゲンガー計画の中核だ。
そして、誰かが自分とこの計画の存在を嗅ぎつけたのだ。だからこそ、この何もない基地を襲撃している。
その事に瞬時に気付いたラングの脳裏には、二つの選択肢が浮かんだ。
一つは地下格納庫の脱出シャトルで研究も伯爵も切り捨て、逃亡する道。
もう一つは、このまま転写を強行し第4世代を覚醒させる道。膨大な時間と資金を注ぎ込んだ成果を、今ここで手放すわけにはいかない。
ラングは制御卓へ向き直った。モニターには〈転写待機〉の緑灯が規則正しく点滅し、ウィンの脳波グラフが安定した波形を描いている。
そのとき、寝台の男の口角がわずかに吊り上がったように見えた。
麻酔で動くはずのない顔に浮かんだ薄笑いが、ラングの胸を焼く。
「……何がおかしい。お前の脳は私の踏み台になるだけだ」
苛立ちを吐き捨て、彼は転写システムのメインスイッチを押し込んだ。
脳掘機のアームが降下し、極細ニードルがウィンの頭皮へ沈む。ディスプレイが「抽出開始」を告げ、バーが0%からゆっくりと伸び始めた。
エクリプス・オパールの台座が紫紺の光を脈打たせ、培養槽の銀髪の少女が呼応するように淡く輝く。
抽出率3%、7%――外で何が起ころうと、ラングの視界は進捗バーから離れなかった。
――皇帝の座は、もう手の届く場所にあるのだから。
◇◇◇
中央制御棟の最上階──半円形の司令室は、真紅の警報灯が点滅するたび脈打つ心臓のように明滅していた。
ガラス張りの天窓越しに夜空は見えない。
かわりに対空砲による炸裂弾の残光が硝子を照らし、室内へ血の斑点を散らす。
その中心でカール・シュタイナー大佐は、濁流のように流れる警告ログを両腕で抱え込むようにして見下ろしていた。
コンソールは熱を帯び、指先に火傷のような痛みを残す。
たった3名の管制官──少年のような新兵、顔色の悪い女性兵、そして白髪交じりの准尉──が、それぞれの端末へしがみつき、ドローンと自律人形のIDを書き換え、再起動を命じ、死にかけたネットワークに人工呼吸を施している。
画面の端で次々と赤く塗りつぶされていく機体番号が、逆算される寿命のようにカールの胸へ突き刺さった。
「E-7スウォーム、右旋回! 死角に入ったら対地パターン2で掃射しろ! ……応答がない? 再送──再送!」
声が枯れる。だが怒鳴らずにはいられない。
“完全無人化”という看板のせいで、司令室にいる人間は自分を含めわずか4人。
平時には広さと装飾ばかりが目立つ贅沢なフロアだが、今はその壁一枚の向こうで砲撃と爆炎が暴れ回り、豪奢さなど紙のように薄く感じられた。
カールは舌打ちし、視界の片隅に点いた新たな赤点を睨んだ。
──中央制御棟、第1ゲート突破。
警告ウィンドウが拡大され、ホールの監視映像が映る。
吹き飛んだセントリーボットの残骸、その煙の向こうから、紫紺のパワードスーツを纏う影と、異形の生体兵器が足早に駆け抜けていく。
影の小ささは子供のようだが、背後の巨獣が放つ威圧で空気が歪むのがモニター越しにもわかる。
「……あれは……生体兵器か? クソ、セントリーボットが2両も居たんだぞ!」
モニターに映る異形のシルエットが巨躯をくねらせるたび、装甲板が館内灯を弾いて鈍く光った。
その不気味な輪郭を目にした途端、コンソール前の若い兵士が椅子を蹴って立ち上がる。
「ビ、ビッグモンスターだ! 連邦の生体兵器が来たんだ! うちの自律人形じゃ相手にならない――!」
掠れた悲鳴が司令室の天井へ跳ね返り、緊迫した空気に更なるひびを入れる。
すぐ隣でキーを叩いていた白髪交じりの准尉が、叱咤するように手を伸ばし、若い兵士の肩を掴んだ。
「落ち着け、あれはビッグモンスターじゃない! 以前1度だけ戦場で見たが、違う」
声は低いが、震えを押し殺した芯のある響きだった。
准尉はモニターを指し示し、早口で要点を示す。
「胴体幅が狭すぎる。脊椎構造も違う。ビッグモンスターはあそこまで俊敏には動けん――映像を巻き戻してみろ!」
若い兵士が震える指で操作すると、再生された映像では巨獣の触腕が壁を跳躍し、セントリーボットの銃座を一撃で引き裂く様子が映る。
確かに、図鑑で見た連邦製の“巨大獣兵”とは骨格も動きも異質だ。
准尉は肩を押さえたまま語気を落とした。
「未知の生体兵器であることは間違いないが、連邦のビッグモンスターよりは小型だ。冷静に対処すればまだ――」
「第二ゲート、強行開錠の兆候! 防爆扉、保持時間の推定は──2分未満!」
だが、そうしている間にも敵の進撃は止まらない。
管制官の女性兵が震える声で報告を重ねる。
女性兵の報告が途切れると同時に、司令室の空気が凍りついた。
中央制御棟の防衛線は全部で10層。第2ゲートが2分で落ちるなら、残る8枚の隔壁も時間の問題だ。
敵の狙いは明白──この司令室を制圧し、全基地ネットワークを掌握すること。ここが落ちれば数千体の自律人形が全てただの鉄屑になる。
カールは奥歯を噛み、胸甲の留め具をきしませた。
──守りに徹していては、いずれ押し潰される。ならばこちらから獲物を導いて叩く。
「隔壁制御を開け。Eブロック側通路を一本、わざと開放しろ」
唐突な命令に少年兵が目を丸くする。
カールは指揮棒でフロアマップを叩き、資材倉庫を赤枠で囲った。
「奴らをここへ誘い込む。倉庫には先週搬入されたアレが未調整のまま眠っているはずだ。立ち上げには時間が掛かる、整備自律人形ごとリモート起動し、待ち伏せに使う」
「ですが大佐、通路を開けば進行速度を上げてしまうのでは──」
「これは直感だがな――敵は焦ってる。だから案外この誘導に引っ掛かってくれるんじゃないかと俺は考えている。乗らなければ敵は残る8層のゲートをこじ開けることになるが、それでも結果的に俺たちには時間の猶予が生まれる。その間にアレの起動を済ませ応援に駆けつけることが出来る」
カールはコンソールに手を置き、自律人形群の認証を書き換え始めた。
すると倉庫の中で眠っていた整備自律人形が一斉に起動し、とある車両もステータスをグリーンへ切り替える。
周囲の補給ドローンが自動で弾薬クレートを接続し、無人砲座が軸受けを回した。
「よし、整備自律人形は無事起動した。──ミュラー准尉、ここから先は君が指揮だ。俺は倉庫で陣頭に立つ」
准尉は唇を噛みながらも敬礼を返す。
カールは少年兵の肩を軽く叩き、蒼白な顔に目を合わせた。
「怖いか? なら指を動かせ。ドローンたった1機の再起動が、俺たちの背中を守る」
少年が力なく頷くのを見届け、カールは扉へ向かう。
非常灯の赤が長い廊下を染め、階下からは自律人形の爆散音と異形の咆哮が交互に響く。
胸甲の留め具をもう一度締め直し、彼は息を吐いた。
「──狩場に引きずり込んでやるさ」
薄鉄の扉が閉じ、司令室は再び警報の赤に包まれる。
カール・シュタイナーは資材倉庫へと駆けていった。
◇◇◇
焼け爛れた金属の臭いが、夜気のように冷えた中央制御棟前の空気を満たしていた。
T-45パワードスーツの胸部排熱フィンから噴き上がる白蒸気が、キャロルの視界を揺らす。
足元には、セントリーボット2両の黒焦げた残骸。
跳弾で穿たれた装甲板が赤熱し、断たれた配線が火花を吐き出している。
その傍らには、撃ち砕かれた最新鋭の戦闘用自律人形の胴体と、砕けた頭部──そして、ゴブリン兵たちの小さな亡骸が折り重なっていた。
「……10体もやられた、か」
スーツの内側で呟いた声は、排気ノイズにかき消されそうなほど掠れていた。
襲撃時に20体配属したα班の半数が、制御棟入口のたった一戦で失われた。
残存戦力を示すHUDが視界に浮かぶ。
ゴブリン10体、生体兵器キマイラ1体、そして自分──それが中央制御棟へ踏み込める唯一の戦力だった。
だが、戦力を損耗したからと言って、ここで立ち止まるわけにはいかない。
司令室を落とし、基地各所の自律人形たちをスタンドアローンに切り替えなければ、基地全域の連携は生き続ける。
そうなれば、残るβ・γ・δ・εの各班のゴブリンたちは、強大な敵の火力に晒され、ただ消耗していくだけだ。
元々、この作戦でキャロルは100体ものゴブリン部隊を引き連れ、それを5つのグループに分け運用することにした。
それぞれにαからεまでの識別コードを付け、各部隊を散開させ同時多発的に攻撃を始めさせる。制圧というよりは陽動を目的としていた。
自分の率いるα部隊――すなわちこの20体のゴブリンとキマイラは、遊撃支援を担う特別部隊だった。
各戦線を転々としながら他部隊の援護や合流を繰り返し、敵に損耗を強いる――それがキャロルの思い描いた布陣だったのだ。
だがこの計画は上手く運ばなかった。
各所に展開した部隊は、敵の高性能な自律人形たちを前に苦戦を強いられた。
カイがヘリオスより購入した睡眠学習プログラムにより、標準的な機動歩兵並の動きを得たゴブリン達だが、相手が帝国最新鋭の自律人形となれば話は変わって来る。
正面から当たれば一瞬で潰される。それでも各班は命令通り分散攻撃を続け、中央制御棟への圧力を最小限に抑えてくれている。
彼らの犠牲を無駄にしないためにも、ここを突破して司令室を掌握するしかない。
それがキャロルが導き出した結論だった。
キャロルは中空に表示されたVRコンソールを叩き、残る4小隊の戦況を確認した。
どの班も赤と黄の損耗表示が点滅し、敵自律人形との激戦の最中、何とか膠着している。
だがあまり時間は残されていないのは明白だ。
「アルファ班、再編成よ!」
小柄な兵士たちが「ギャ!」と奇妙な鳴き声で応え、傷ついた身体で隊列を組み直す。
軽傷7、重傷3──それでも全員が前へ進む意思を示している。
キャロルはバイザーを弾き、空を仰いだ。
だがそこにあるはずの愛機――ナイトフォールの影はどこにも見当たらない。
自律制御で上空援護を行っていたはずの機体は、通信欄に「SIGNALERROR」の赤文字を残したまま、沈黙している。
「……撃墜、されたのね」
胸の奥がきゅっと痛む。
だが哀惜に浸る暇はない。航空戦力を喪失したことで、敵のリソースはすべて地上へ向けられる。
時間は指の間から零れる砂のように、刻一刻と削られていく。
キャロルは深呼吸し、背後に控えるキマイラへ視線を向けた。
キマイラの脳内に埋め込まれたPSIを起動すると、巨獣の視界がHUDに重なる。触腕が壁を叩き、甲殻を鳴らして主の命令を待つ。
「縦列行進。キマイラ先頭、私が中央。負傷者は列中央、射撃班は後衛! ──行くわよ!」
残存ゴブリンたちが列を整え、キマイラが低く咆哮する。
第一のトラップ区画へ踏み込んだ瞬間、天井からレーザー格子が降り注いだ。
甲殻が焼け焦げる匂いを漂わせつつ、キマイラの触腕が発振器を叩き落とす。ゴブリンたちは影に潜み、一人の犠牲も出さず駆け抜けた。
続く圧搾ガス床は、キマイラの質量でセンサーが破壊され、白煙が虚しく噴き上がるだけ。
高周波ブレード射出壁では、触腕が回転し、飛来する刃を弾き返す。一本のブレードがゴブリンの脇腹を掠めたが、致命傷ではない。隊列は乱れず前進した。
赤い非常灯が明滅する通路の終端が見える。
キマイラが最後の防火シャッターを叩き割ると、視界が一気に開けた。
天井クレーンが並ぶ吹き抜けの資材倉庫。
マップによれば、この奥のリフトが司令室直通だ。
だがそこに足を踏み入れた瞬間。
キャロルのT-45パワードスーツのHUDが突如赤く染まり、耳をつんざくような警告音が鳴り響いた。
《警告──高脅威目標を感知。推定危険度:特級対応。指定プロトコル:生存優先モード》
「っ……!」
脳裏へ直接流れ込むアラートに、キャロルは思わず動きを止めた。
同時にHUDの中央には、倉庫内に鎮座する巨大な機影が強調表示される。それは、無骨なODカラーの装甲板に覆われ、六本の油圧脚で重々しく大地を踏みしめていた。
──多脚戦車。
その周囲には十数体の自律人形が衛士のように展開しており、倉庫内全体がまるで敵の陣地と化していた。
「……嘘、でしょ?」
キャロルは即座に戦術判断を下す。
「散開っ! 全員、遮蔽物へ!」
命令と同時に、キマイラが唸り声を上げて跳び出し、他のゴブリンたちはそれぞれ散るようにコンテナや格納箱の陰へと滑り込む。
キャロル自身も最寄りのコンテナの影に身を投じ、息を潜めながら倉庫中央の“それ”を凝視した。
「なんでこんなところに多脚戦車なんて……前に来たときには、あんなの無かったじゃない……!」
悲鳴のような声がヘルメット内部で反響する。
酸素フィルター越しの呼吸音が、呼吸の乱れと共に機械的に増幅される。
かつて何度か戦場で目にしたその兵器は、無機質で、無慈悲で、巨大だった。
重装型の多脚戦車――それはただそこにいるだけで、空気の温度を変え、敵意を押し潰すような存在感を放っていた。
セントリーボットと似た外見をしているものの、一回り以上は大きい陸戦ユニットの中でも最強の存在だ。
やがて機体前部にあるスピーカー・バッフルが突如として点灯し、次の瞬間、低くくぐもった音声が倉庫全体に響き渡った。
『所属不明部隊へ通告する。当施設は帝国の防衛管理下にある。これ以上の侵攻は認められない。即時、武装を解除し、投降せよ。──こちらはカール・シュタイナー、帝国軍大佐である』
だがこの声にキャロルはコンテナの影から一歩踏み出し、バイザー越しに薄笑いを浮かべた。
それはキャロルの本能のようなもので、殆ど反射的な行動だった。
「降伏ねぇ……ここまで攻め込んで、すると本気で思ってる? 馬鹿なの?」
声はかすれていたが、挑発の熱だけは失われていない。
無意識的なこの行動は、ある意味、キャロルが自分自身を奮い立たせる為のものでもあった。
『……だろうな。ならば、死ね!』
返答と同時に、多脚戦車の30mmガトリングが回転を始めた。
曳光弾の奔流がコンテナを蜂の巣にし、鉄片と火花が舞う。
キャロルも砲撃の始まりと同時に命じた──。
「全員、ここが正念場よ! 全弾撃ち尽くしてでも道を開け!」
中央制御棟の心臓部を賭けた死闘は、いま始まったばかりだった。
ぐぬぬ、またも遅刻してしまった……