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8-23

 コクピットの中には暗澹(あんたん)たる空気が漂っていた。

 カイは操縦席に備え付けられた端末を覗き込みながら、思考の渦に沈んでいる。

 

 この数十分の間、まさに怒濤のように悪い知らせが舞い込み続けた。

 たった今も、通信パネルに映る戦況を示すグラフが右肩下がりを描き、味方艦隊が壊滅に向かいつつある事実を容赦なく突きつけている。


 スクリーンが映す戦場は混乱の極致であった。

 カイたち寄せ集め艦隊は、ほぼ崩れかけていた。司令塔であるカイ自身も、胃の辺りがキリキリと痛むほどのストレスを感じている。

 それは、()()()()()()()()()()()だという自覚があるからこそだ。


 そもそもの作戦プランは、ガス巨星から採取した揮発性ガスを宙域ごと封じ込め、一気に誘爆させることで敵艦隊を混乱に陥れることにあった。

 その上で散開を誘い、隙を見て旗艦を強襲するという計略だった。

 

 事実、その誘爆自体は驚くほど見事に成功し、敵の200m級フリゲート艦の全てが壊滅的な損害を負った。

 これだけ見れば、カイの作戦は大勝利に思えたのだ。


 しかし、その成功が()()()()()()()()()()()

 フリゲート艦の撃破による戦力の消耗に、敵は救助活動に奔走せざるを得ない状況へと追い込まれた。

 

 だが、それが結果として密集陣形への切り替えを強いたのだ。

 そして、それを好機と見てフリゲート艦への攻撃を集中させていった結果、逆に救助を短期で片づけられる口実を与えてしまった。

 集中的にフリゲート艦を先に潰したことによって、敵の300m級駆逐艦たち――本来ならば分散させることで何とか対処できたはずの強力な艦艇群――が完全に集結したまま自由を得てしまった。

 しかも、その中央には700m級の重巡洋艦ヴェヒターシルトが鎮座している。


「くそ……! 判断を間違えたのか、俺は……」


 カイは喉の奥が熱くなる感覚に襲われた。

 ――己の判断がもたらした招かれざる結果。

 胃からこみ上げるものを必死に堪え、スクリーンに映し出される味方艦が無惨に散って行く様を見届けていた。

 もう、カイの中では盤面を大きくひっくり返す方策などなかった。


「カイ様……」


 横合いからフローラの声が聞こえてくる。

 戦況報告を担当する彼女の声に、深刻な声色が混ざっていた。


「ラッキー・ストライカーズのリカルド様から通信です」


 フローラがそう告げると、カイは短く息を吐きながら応じた。


「……繋いでくれ」


 コクピット前方のスクリーンが一瞬揺らぎ、傭兵団“ラッキー・ストライカーズ”を率いるリカルドの顔が映し出される。

 映像越しに見える彼の表情は険しく、こわばった口元が状況の深刻さを物語っていたが、艦内そのものは激しい損傷を受けている様子ではない。

 しかし、傭兵団の艦が半数近く撃墜された事実は揺るがず、彼の背後では急ぎ足で動き回るクルーが神経質そうに交信端末を操作しているのがわかる。


「カイさん、うちの団はもう限界が近いです……。幸い、大型艦はまだ1隻もやられてないですが、中型艦以下の手勢が半分やられちまって、人手と艦数が足りません。これ以上の継続は……正直厳しいです」


 リカルドの声には焦燥が混ざり、同時に“まだ粘ろう”という意志も感じられる。

 だが、その疲労度合いは明らかで、彼を取り巻く空気が重々しい。 

 カイが絞り出すように言葉を返そうとした、その時だった。


「カイ様、もう一本通信が入ってきました。ヴィンセント様です」

「……わかった、同じ回線に入れてくれ」


 スクリーンが左右分割され、今度はヴィンセントの険しい面構えが映し出された。

 一度に二人を相手にするのは慌ただしいが、先延ばしにできる状況でもない。


「よぉ、カイ。手短に話そう……こっちは無人艦載機の攻撃で手一杯だ。数が減らないし、弾薬も残り少なくなってきた。で、だ……お前、この後にも何か策があるのか?」


 険のある口調のヴィンセントに、リカルドが画面越しに肩をすくめるようにして応じる。


「……ヴィンセントさんのほうも、そうなんですね。カイさん、どうします。このままじゃ、誰一人残りませんよ」


 カイは唇を噛みながら視線を落とす。

 ガス誘爆までは完璧だったはずなのに、気付けば敵の駆逐艦が集中運用される最悪の展開となり、こちらは大打撃を受けてしまっている。

 フリゲート艦を叩いた利点より、駆逐艦を自由にさせてしまった代償のほうが大きくのしかかったのだ。

 

 ――撤退するしかない。

 

 打つ手がない以上は、これ以上の作戦続行は無意味だ。

 だが、それを口に出すのは苦しく、わずかに声が震える。

 通信画面の向こうでリカルドが歯噛みし、ヴィンセントが苦虫を噛んだように顔を背ける。

 

 それは、このままでは壊滅は時間の問題という点で全員の考えが一致している証左でもあった。

 カイは静かに大きく息を吸って吐き出す。


「全員、撤退準備を――」


 カイがその言葉を言い切ろうとした、その刹那。

 コクピットの一角が急に明るく点滅し、フローラが色めき立った声をあげる。


「これは……! カイ様、主星に展開したSWSIを警護していた艦から報告が! ……質量2兆トン、全長3kmという超大型艦がジャンプアウトしてきたそうですわ……!」

「な、何ですって……?」

「全長3km!?」


 その報告を聞いて、リカルドとヴィンセントの両方が画面越しに絶句する。

 そんな常識外れのサイズの艦が唐突に現れるなど、誰も想像していなかった。

 

 カイも操作パネルから手を離しかけ、驚きに目を見開いた。

 だが、それは驚愕ではなく待ち侘びていた報せを受けた喜びによるものだ。


「近隣宙域にジャンプアウト反応を確認! ……複数の大型熱源反応……およそ20! カイ様……どうやら、間に合いましたわね」


 フローラがさらに報告を重ねると、リカルドはスクリーン越しに息を呑み、ヴィンセントも唖然とした表情に変わる。

 カイは一瞬唇を震わせ、圧倒的な緊張感の中で小さく言葉をこぼした。


「ああ……彼女が来てくれたんだな」


 その言葉は、自分自身への問いかけにも近い。

 半ば絶望していたのに、一筋の光が差し込むような感覚が胸を駆け巡る。

 そして、リカルドとヴィンセントが互いに視線を交わし、ほぼ同時に頷いた。


「援軍……ってことでいいんですよね? それなら、まだ戦えますよ!」

「カイ、どうする? 撤退じゃなく、このまま作戦は続行でいいんだよな?」


 問いかけに、カイは力強く目を上げる。


「ああ、撤退はなし。俺たちにはまだ勝ち筋がある……ここから、逆転させる! 二人はこのまま戦闘を継続してくれ……敵旗艦に一泡吹かせてやる」


 その台詞を聞いて、リカルドもヴィンセントも苦笑混じりに腕を組む。

 画面の向こうで幾度か指示を飛ばしているのが見える。暗澹としていた空気が、一気に熱を帯びはじめた。


「ヘヘ、やっぱり俺は()()()()みたいだ……。ラッキー・ストライカーズ、最後までお供しますよ! だからボーナス弾んでくださいよねっ」

「俺だって同じだ。給料分は働くさ、もうちょい派手に暴れてやる」


 そうして二人が覚悟を決める様子を見届けると、カイは通信を切り、短く息をついてフローラへ視線を移した。


「よし……フローラ、オベリスクの全ブースターをいつでも点火出来るように準備だ。もともと想定していた策だ。ここで決める」

「承知いたしました、カイ様」


 コクピットに張り詰めた緊張が、さらに熱を帯びる。このまま引き返すことは、もはやあり得ない。

 だからこそ、カイは短くても決定的な好機を逃さず“最後の切り札”を切る。

 その犠牲が大きいと分かっていても、ほかに選択肢はないのだ。

 

 対峙するのは700m級重巡洋艦ヴェヒターシルトを柱とする伯爵星系の主力艦隊。

 駆逐艦3隻が中核となり、無人艦載機が増援のたびにこちらを圧倒してくる――普通なら歯が立たない。

 

 しかし、この最悪な状況の中、突如として現れた20隻の大型航宙艦が戦場を変えてくれる。

 数的不利を埋めるだけでなく一気に逆転の糸口を与えてくれた。


 突如、スクリーンに鮮烈な閃光がいくつも走った。

 新たに現れた援軍が、揃ってヴェヒターシルトへ向け攻撃を開始したのだ。

 巨大なビームやミサイルの雨がヴェヒターシルトの頭上から降り注ぎ、シールドに波紋を広げていく。

 

 ヴェヒターシルトは即座に防衛行動を開始したものの、一斉に浴びせられる砲火の圧力を前に、これまで取っていた密集陣形をわずかに解かざるを得なくなった。

 300m級の駆逐艦3隻が、旗艦を守るべく動こうと一瞬だけヴェヒターシルトから離れる形となったのだ。

 その僅かな空隙こそが、カイが求めていた“旗艦が孤立している瞬間”に他ならなかった。


「旗艦が……わずかに孤立していますわ、カイ様」


 これこそが望んでいた瞬間だ。

 敵艦隊を一体化させていたヴェヒターシルトと、その護衛を担う駆逐艦群。

 もし旗艦が一瞬でも孤立すれば、そこに付け入る余地が生まれる。

 カイは操縦桿を握りしめたまま、歯を食いしばると、フローラに指示を投げかけた。


「オベリスク、出すぞ。ゴースト・ガーディアンシステム解除、スラスター全開。全ブースターも点火だ。あっちが気づくまでの猶予はほとんどない! 少しでも近づきたい」

「承知致しました、オベリスク発進します」


 白鯨号のコクピットのシステム画面に、オベリスクのステルスモード解除が表示される。

 オベリスクは本来、カイたちの“母艦”とも言える存在だったが、無人化し“切り札”として戦場の背後で待機していた。

 ヴェヒター艦隊が出撃したのを確認した直後、オベリスクより白鯨号を分離させたカイ達。

 それ以降、オベリスクを中継して、白鯨号の中から様々な指示を飛ばしていたのだった――全てはこの瞬間のために。

 

 オベリスクに搭載している外付けブースターをすべて点火すれば、わずか1秒にも満たない間に凄まじい速度を得てヴェヒターシルトへ突撃できる。

 もちろん、相手の対空砲火が余りにも強力で、シールドが持たない恐れもある。しかし、それを含めての“最終策”であり、成功を信じるしかない。


 そのとき、白鯨号のコクピット前方に敷設されたモニター群が一斉に忙しい警告を示す。

 ヴェヒターシルトが、オベリスクを感知したのだろう。強烈な対空ビームを放ち、周囲を薙ぎ払うように火力を向けてきた。


「くっ……やっぱり気づいたか。でも、あの駆逐艦3隻はまだ援軍の火線に気を取られている。今なら、旗艦を一気に叩ける!」


 カイが唇を噛むと、フローラはテキパキと端末を操作し、オベリスクへ細かいコマンドを送信した。

 ブースター群が一気に火を吹き、300m級の艦体が凄まじい加速をする。

 オベリスクがヴェヒターシルトめがけ一直線に突進していくのを、白鯨号のスクリーンが映し出した。


「対空砲火が集中。シールド出力低下……70……50……」

「怯むな。ハイレーザーキャノン展開、あっちのシールドを削る!」

「了解。ハイレーザーキャノン展開、射撃を開始します」


 オベリスクは、外付けブースターの推進力に頼るだけでなく、ヒュージクラスのハイレーザーキャノンを展開し、必死の砲撃を繰り出す。

 連射こそできないが、ヴェヒターシルトのシールドを削り、対空砲火をほんのわずかでも牽制できれば十分。

 砲火と砲火が交錯し、輝きの矢が闇を走る。


「敵艦、シールド減衰率50%」

「よし、艦首から突っ込むぞ!!」


 白鯨号のコクピット前方に並ぶモニターの一つが、オベリスクからのリアルタイム映像を映し続けている。

 対空砲火の猛攻に晒される中、オベリスクの艦体を巡るシールドは、見る間にその輝きを失っていた。

 既に残り半分の耐久を切り、火花のような干渉ノイズが画面を彩っている。

 しかし、カイとフローラは動じない。これが覚悟の上で選んだ“最終策”なのだ。


「加速出力、限界域へ到達。外付けブースター群がオーバーヒート寸前です」


 フローラの声に、カイは短く頷く。眼前には、700m級重巡洋艦ヴェヒターシルトの姿が大きく広がっていた。

 敵艦が誇る複数のビーム砲座が、次々とオベリスクに照射を浴びせてきたが、ヒュージクラスのハイレーザーキャノンからの反撃でヴェヒターシルト自身のシールドも削られている。

 あと一歩――その距離まで食い下がれれば、オベリスクは突撃を完遂できる。


 最大噴射を続けるオベリスクの艦体が、まるで閃光の槍のように光をまとって突き進む。白鯨号のコクピットに映る映像は、激しい振動を伝えるかのように揺れ、ノイズ混じりの断続的な映像が映し出される。

 カイは歯を食いしばりながら、その推進力が途切れないことを祈るように見守っていた。


「耐えてくれ、オベリスク……!」


 轟音と共に、一際大きな衝撃がモニターに走る。

 ヴェヒターシルトのシールド面に深い亀裂が発生し、そこへオベリスクがまさに突き破る形で突入していく。

 瞬間、シールドが激しく閃光を散らし、オベリスクの艦体に幾条ものビーム焼痕が走る。だが、その勢いを止めるには至らない。


「突き刺さるぞ……!」


 スクリーンに最終警告が連続して点滅し、オベリスク側のシステムログが緊急シャットダウンを繰り返す。

 既に無人のオベリスクを遠隔操作するカイは、そのログを読みながら、ぎりぎりのところで艦首をヴェヒターシルトの装甲へ叩き込むよう誘導する。

 やがて――。


 ズンッ、という低い振動が白鯨号のコクピットに届き、モニター越しにもその衝撃が伝わった。

 オベリスクは、その艦首でヴェヒターシルトへ深く食い込み装甲を抉る。

 そこまで来た段階で艦の大半が砲火により穴だらけになっていたが、機能停止にはまだ至らない。


「艦首側へ刺さった……今だ……!」


 カイの叫びが響く。

 だが、その直後、オベリスクの外部カメラは深刻な損傷を被り、突き刺さった衝撃で艦内電力もほぼ断たれたのだろう。

 映像が大きく乱れ、暗転し、二度と何も写さなくなった。残るのはかすかな機器の断末魔のようなノイズだけ。


 コクピットが一瞬沈黙に包まれる。

 カイは反射的に息を呑み、すかさず次の手に移った。


「キャロル、頼む!」

『任せて!』


 間髪いれずにカイが吠えた瞬間、コクピットの別モニターに切り替わったのは、キャロルが駆るナイトフォールの俯瞰映像だ。

 このとき、彼女もまたナイトフォールに搭乗しているわけではなかった。

 白鯨号内に急遽誂えたから遠隔操縦(リモートコントロール)システムで操作していた。高精度なシステムを介して、まるで実際に乗っているかのような動きを実現している。


 すでに接近済みだったナイトフォールは、高速でヴェヒターシルトへと突っ込んでいく。

 その艦体を迎撃すべく、ヴェヒターシルトは対空砲を乱射してきたが、密集陣形を崩されたダメージは大きく、砲座同士の連携が明らかに混乱している。


『よっし、いい子にしてなさいっ!』


 ナイトフォールの操縦席からキャロルの声が響く。

 敵艦が僅かに動揺する間隙を縫って、彼女はオベリスクの艦体後部――まだかろうじて存在している残骸付近――を正確に狙撃した。

 

 そして――誘爆は一瞬で起こった。

 オベリスクが爆発的な炎を噴き上げ、ヴェヒターシルトの艦首装甲をさらに内側から破壊する。

 凄まじい轟音と閃光が広範囲に広がり、ナイトフォールのスクリーンもノイズだらけになった。


「……成功……か?」


 カイが息を詰めたように見守るなか、衝撃波が静まると、ヴェヒターシルトの巨大な艦首から先がほぼ消し飛んでいるのが映った。

 艦の中枢AIを保護する区画まで爆炎が到達したのだろう。

 旗艦システムからのデータが一気に沈黙し、周辺の駆逐艦3隻が続けて乱れた通信を発しながら動きを鈍らせる。

 同様に、多数の無人艦載機が突如として機動を変え、緩慢な挙動を見せている。


「成功ですわ、カイ様!」


 フローラが微かに声を上げ、カイは操縦桿を握ったまま硬い呼吸をつく。

 ヒューッという風を吐き出すような息は、混じり合った安堵と、切り裂かれるような痛みの狭間にある。

 

 スクリーンの一角には、ナイトフォールから送られる映像が映し出されていた。

 映像の中には、すでに形を留めないオベリスクの残骸が漂い、数多の破片となって宙を漂っている。


「……オベリスク、ありがとうな」


 カイは沈黙のまま、スクリーン越しに木っ端みじんとなったオベリスクの破片を見据えた。

 レオン・フォスターの形見であり、長らく旅をしてきた大切な母艦。

 

 時間さえ許せば、他の方法もあり得たかもしれない。

 だが、状況は待ってくれなかったし、オベリスク以外にあの艦を屠る手立てが見当たらなかった。


 何も言わないカイの肩を、いつの間にかフローラがそっと手で握っている。

 彼女も心中では同じ悲しみを抱えながら、しかし堂々とまっすぐカイを見つめた。


「カイ様……あれ以外に方法がなかったのです。きっとオベリスクも、それを望んだはずですわ」

「うん……そう、かもな」


 小さく息をついたフローラの言葉に、カイは僅かに震えた声音で応じる。

 コクピット前方に映るスクリーンへ目を落とし、心の痛みに耐えるように、思わずフローラの手を握りしめていた。


 二人はまるで時間が止まったかのように微動だにしない。失った母艦への想いと、今後に待ち受ける戦いへの覚悟が重なり、しんとした空気がコクピットを包み込んでいる。

 しかし、そんな静寂をあっさりと打ち破るように、ドアが乱暴に開いた。

 

「ああああぁーーーっ! なによこの雰囲気! 二人でこそこそ仲睦まじくしてるなんてずるい!」


 突如として扉を開け放ち、勢いよくコクピットへ飛び込んできたのはキャロルだ。

 寄り添うカイとフローラの姿を真正面から捉えると、大袈裟な身振りで両手を振り回しながら大声を張り上げた。


「……ッチ。おほん、キャロル……少しは落ち着いたらどう?」

「え、何今の舌打ち。お姉様、絶対ご主人様とイイ感じな雰囲気でそのままヤるつもりだったでしょ! ちょっと、ねえ!!」

「あら、聞き間違いではなくて? それに幾ら私でも、このタイミングではそんなことしませんわ」

「嘘だッ!! この発情魔め!」

「貴女には言われたくありませんわ!!」


 先ほどまでの空気はどこへやら。

 一気に姦しくなったコクピット内は、もはや先ほどまでのしんみりとした空気など霧散していた。


(でも……これでいいのかもしれない)


 悲壮感だけが支配するよりも、こんな風に軽口を叩き合っていられるだけの空気がある方が救われる。

 オベリスクを失った痛みは、胸の底にまだ大きく残っているが、キャロルの空気を読まない大声がカイの心をほんの少し軽くしてくれた。


 激しく言い合うフローラとキャロルがわずかに距離を詰め、睨み合うようになったその時、ふとコクピット脇の通信パネルが再び点滅し始める。

 カイは思わず息を呑んだまま二人のやり取りを遮り、短く声をかけた。


「あーフローラ、通信パネルが反応してる……」


 カイの言葉を聞き、フローラは「承知しました」と返事をしながら、素早くキャロルとの口論を打ち切るように端末へ向かう。

 キャロルは不服そうに視線を向けるが、フローラはこれ幸いとばかりに軽く肩をすくめ、即座に通信を繋げた。


「通信相手は……リア・スターレイ様ですわ」


 フローラが操作パネルを叩き、スクリーンが切り替わる。

 すると、そこにはどこか大人びた雰囲気をまとった懐かしい少女の姿が映し出された。 

 かつて、カイとフローラの二人旅の最中に出会い、幻の戦略級母艦スターライト・ヴォヤージュを手にしたあのリアだった。


「お久しぶりです、カイさん……フローラさん」


 小型スクリーン越しに、リアが柔らかく微笑んだ。

 視線の先には、キャロルの姿がチラリと映り込み、彼女はそれに気づいたのか「そちらには初めまして、ですね」と軽く頭を下げる。


「……久しぶりだな、リア」


 カイが言葉を紡ぐやいなや、リアは小さく笑みを深める。

 スクリーン越しではあるが、その表情はどこか誇らしげでもあった。


「はい。カイさんからの連絡を受け取って、可能な限り全力で駆け付けました……けど、少し遅かったようですね。カイさんの母艦が……」

「まさかほんとに来てくれるとは思わなかった……いや、助かったよ。ありがとう」


 カイは素直に礼を述べながら、ホッと息をつく。

 もしリアが来てくれなかったら、さっきの絶望的な場面で味方艦隊は壊滅していただろう。


「お久しぶりですわ、リアさん。相変わらず、度胸がおありのようで」


 フローラも画面の向こうへ向けて軽く微笑を返す。

 以前のリアを知っている身としては、こうして成長した姿を見ると不思議な気持ちになるのだろう。


「フローラさんもお元気そうで何よりです。……でも、本当に危ないところでしたね。到着して通信を傍受してみたら、ギリギリまで追いつめられてたみたいじゃないですか。もう、急いでデスアダー級を20隻発艦させましたよ」

「うお、あの援軍の20隻って全部デスアダーなの!?」

「流石、スターライト・ヴォヤージュですわね……。100年前の仕様とは言えフルエンジニアリングのデスアダー20隻はかなり心強いですわ」


 和気あいあいと話すカイたちの輪に、一人だけは入れないキャロル。

 そこでキャロルが思いきり咳払いをし、自分の存在を示すように大きな声で割り込んだ。


「えっと……リアだったかしら? 初めまして、私は()()()()()()()のキャロルよ。よろしくね」

「違いますわよ」

「え、あ……はい! キャロルさんですね! ええと、よろしくお願いします?」

「ちょ、なんで疑問形よ! もういいわよ、どうせ私は除け者なんでしょ!」


 キャロルが一方的に頬を膨らませるのを見て、リアは思わず苦笑を漏らす。

 画面越しとはいえ、賑やかな一幕がまざまざと伝わってくるらしい。


「……あはは、賑やかな方が増えたんですね、カイさん。何よりです。――それで、本題なんですけど……カイさん、私からも報告がありまして」


 リアの表情が少し引き締まる。さっきまでの柔和な笑顔は消え、凛とした艦長の顔になった。


「うん、何だ?」

「実はあれから、スターライト・ヴォヤージュを使って海賊被害の多い宙域を巡回するうちに、同じ思いをした人々がどんどん集まってきて……今、総員300名ほどになってしまったんです。今じゃちょっとした組織みたいになっちゃいました」

「え、300人も乗ってるの……?」


 その数字を聞いたカイは思わず絶句しかける。フローラも横で驚いたように瞳を見開いている。


「ですから派遣したデスアダー20隻も、遠隔操縦(リモートコントロール)ではなくパイロット入りなので、それなりに戦えると思います! みんな、海賊相手なら1000隻位撃墜している人達なので!」

「お、おう……なるほどね。……滅茶苦茶、猛者たちじゃん」

「えへへ……。おかげで戦力面は充実しました。スターライト・ヴォヤージュに常駐する工兵や技術者も増えてるので、もし弾薬や機体修理が必要なら手伝えるかと」


 そう言ってリアは微笑みかける。

 まさに救世主といった言葉がぴったりな状況に、カイは背中から力が抜けるような感覚を覚える。

 危機一髪で現れてくれただけでなく、後方支援まで請け負ってくれるのだから。


「助かるよ、本当に。実は、俺たちの仲間が相当にダメージを負ってて、弾薬や修理の問題がかなり深刻なんだ。加えて、今さっきヴェヒターシルトを無力化して……旗艦のAI制御が切れたとはいえ、まだ残った駆逐艦が3隻いる。すぐにでも蹴散らしたいところだけど、こっちも疲弊が大きいんだ」

「でしたら、お任せください。私たちがその3隻相手を足止めしてみせます。あるいは――場合によっては、スターライト・ヴォヤージュごと動かして殲滅しましょうか?」

「い、いや! 戦略母艦級が星系に来ていると知られるのは色々とまずい……母艦はそのまま主星に留まっておいてくれ」


 ただでさえ3km級の巨大艦が近くに来れば、流石に外部からの援軍要請が即座に行われ、帝国軍が駆けつけてくる。

 加えて、本来は連邦の持ち物でもあるわけだから、この状況を聞きつければ連邦軍すら動く可能性もある。

 余計な外交問題を呼びかねないため、当面は主星近くにとどめておきたいのが本音だ。


「駆逐艦3隻程度なら、デスアダー級20隻でも互角以上に戦えるさ。弾薬の補給と艦の修理ができるなら……それでもう充分なんだ。悪いが、傷ついた艦を順次そっちに移送するから、受け入れ態勢を整えて貰えるか?」

「ええ、もちろんです。修理ドックの受け入れ準備を進めておきますね。……でも、カイさん、どうか無理はしないで。もし危なくなったら、私たちが全力で……」

「いや、ありがたいよ。でも、これ以上君たちに手間をかけるわけにはいかない。だいたい俺たちは元々、シューマッハー伯爵の首都星で決着をつけるために来たんだ。だから、このまま一気に攻めるよ――ヴェヒター艦隊の主力を無力化した今こそ、首都星へ突入する絶好のチャンスだからな」


 カイがそう言うと、リアは複雑そうな顔をしたが、やがて「わかりました」ときっぱり応じる。

 スターライト級という存在自体が目立ちすぎる以上、前線へ駆け付けるよりは後方支援に回ったほうが得策だろう。彼女も頭では理解しているようだった。


「それでは、カイさん、フローラさん。それと……キャロルさんも。どうかお気をつけて。私たちにできることがあれば言ってください。すぐ援護に回りますから」

「ありがとう、リア。それじゃあ……このあと、ヴィンセントとリカルドも交えて簡単な作戦会議をやる。弾薬補給と機体整備の段取りも頼む」

「了解です。それじゃあ、こちらも動きますね」


 通信が切れ、スクリーンが暗転する。

 一呼吸置いた後、カイは振り返ってコクピットに視線を走らせた。

 

 そこにはフローラとキャロル、二人が待ち構えている。

 先ほどの些細な口論は、リアの登場で綺麗さっぱり収束したようだ。


「――さて、二人とも。まずはヴィンセントとリカルドへの連絡だ。援軍も来た以上、駆逐艦をこの場で縛り続けながら、シューマリオンへ一気に降下する。あの伯爵の本拠地に直接、勝負を挑む」

「はい、承知しましたわ」


 真剣な面差しで告げるカイに対し、フローラは落ち着いた声を返し、キャロルも頷く。


「いよいよだな」


 そう言い切ると、カイはオートパイロットモードを解除して白鯨号のスラスター出力を上げる。

 コクピットのスクリーンには、すでに眼下に捉えた首都星シューマリオンの姿が映っていた。

 ――オベリスクを失うという痛みは決して小さくない。だが、仲間がいる限り、そして援軍が力を貸してくれる限り、カイたちは決して立ち止まらない。今こそ、シューマリオンでの決着をつける時だ。

すいません、ちょっと投稿が間に合いませんでした。

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― 新着の感想 ―
スターライト・ヴォヤージュきたーーー笑 ゴブリン積んで降下する予想は外れたが、来てくれるのは予想通りだった。 リアちゃんすっかり逞しくなって(T^T) なう(2025/06/27 20:09:59)
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