8-20
ガス巨星であるシューマッハー・2。
そのリング状に連なる無数の氷塊の中、カイたちが率いる寄せ集めの艦隊は慌ただしく準備を進めていた。
周囲は淡い白色のガスベルトが幾重にも重なり、浮遊する氷片が環のように惑星を取り巻いている。
連邦や帝国を問わず、多くの船乗りが「こんなところで船を隠すのは無謀だ」と呆れるだろう。だが、まさにそれこそが今回の作戦で必要な“隠れ蓑”となる。
オベリスクのブリッジでは、カイがメインコンソールを注視しながら、随時届く報告をフローラやキャロルに処理させている。
一隻一隻が一刻の遅れもなく穴掘り作業を完了し、しかるべき位置に隠れなければなにも始まらない。
リング外縁の氷塊帯は複雑に散在していて、ブリッジの外部カメラには巨大な白い塊が随所に浮かぶのが見える。
その全てが重力と微妙な軌道によって動き続けており、一見のどかにも見える。
だが今この時、万が一発見されれば、この氷塊が機動力を削ぐ形となり簡単に全滅しかねない状況でもあった。
観測班から届く報告には、すでに“ヴェヒターの瞳”への氷塊爆撃が成功し、要塞が混乱に陥ったという喜ばしい情報が含まれていた。
ほんの少し前、ヴィンセントたちの工作艦が放った攻撃が思いのほか効果を上げたのだろう。
とはいえ、ブリッジには祝杯を挙げるような空気は微塵も無い。
むしろ作戦の効果がすぐに敵を焦らせ、次の手を打たせることは明白であり、この寄せ集め艦隊が悠長に休んでいられる余裕など皆無なのである。
「カイ様、採掘用レーザーでの作業状況ですが、全体でおおよそ8割が完了とのことですわ」
フローラが手短に数字を読み上げ、端末を操作する。
「ご主人様、回線が混雑気味よ。みんな黙々と作業に集中してるから通信自体は短いけど、その分本数が多くなってるみたい」
キャロルが補足するように、送信ログをまとめたウィンドウをカイへと表示する。
カイはそれを流し見ながら、深く息をついた。
「8割か……まだ十分じゃないな、残りを急がせてくれ。回線について一部帯域を解除だ」
フローラとキャロルはカイのそうした指示を受けて、迅速に行動していく。
カイが率いる寄せ集め艦隊が繰り返し行っている行動はシンプルに見えて過酷だ。
まず各艦に相応しい手頃な氷塊を選び、採掘用レーザーで内側をくり抜く。
そのくり抜いた空洞に、船体自体をすっぽり収める形で潜り込む。
最後に入口部分をカモフラージュネットで塞ぐことで、外部から見れば単なる氷塊としか映らなくなる。
この準備をすべての艦が終えれば、あたかも艦隊など存在しないかのようにリングの一部へ溶け込める。
敵が大雑把なレーダーをかけても、まるで回遊している氷塊に紛れてしまい、発見は難しくなるはず。これが、カイが準備した奇策の一つだ。
だがこの単純な作業が中々に過酷だった。
まず小型とは言え100mクラスの航宙艦を優に覆い隠せる巨大な氷塊というのは、そう多くはない。
パルス波スキャナーで適当なサイズの氷塊を探し出すのだが、それが離れた場所にあれば複数の艦艇で牽引して所定の位置に移動させる必要があり、それだけで時間がかかる。
さらに掘削も容易ではない。亀裂の入りやすい氷塊の中をくり貫くのだから、その作業は実に緻密さが求められるのだ。
こうして各艦は苦労しつつ、氷塊のくり貫き作業を行っていた。
その最中、ブリッジに新たな通信が入り、キャロルがすぐさまモニターを確認する。
「ラッキー・ストライカーズ団長のリカルドからだわ。繋ぐわね」
「ああ、すぐに頼む」
カイが返事をするや、コンソールにリカルドが映る。
『こちらリカルド。偵察監視してたウチの小型艦から報告がありました。……どうやらヴェヒター艦隊が出撃したようです。それも全艦で』
予想していたとはいえ、その知らせにブリッジが一瞬静まり返る。
「ついに来たな……。了解、以降はこちらで中継を引き継ぐから、リカルドの艦も穴倉に入ってくれ」
『ええ、分かりました。団員たちも尻を叩いて急がせますよ』
カイはいよいよ艦隊が出撃したという報告を受け、緊張感を滲ませながらも、手元のコンソールをひと押しして別回線へ切り替える。
「ヴィンセント、そちらの状況はどう?」
『こっちは予定通りだ。ガス巨星から取れる物資は既に取り込み済みで、配置も終えてる。……工作艦2隻も腹を満杯にして所定の位置で待機中だ。人員もすべてリベリオンに移してある』
「よし、それじゃリベリオンも所定座標に移動して身を隠してくれ」
『了解』
通信が切れ、カイはおもむろに背筋を伸ばす。
フローラやキャロルも黙ってその様子を見守っていた。
「——全艦へ。作戦はいよいよ最終段階に入る」
カイの声が艦隊各所へと響く。
「準備が完了した艦から無音駆モードに移行、外部通信を遮断し完全自閉。花火が撃ちあがったら、それが作戦開始の合図だ」
短い応答が続々と入り、カイはそれを確認しながらメインモニターに視線をやった。
そして静かに呟くように言う。
「……頼むぞ、みんな。それでは最終作戦を開始する」
こうして、シューマッハー・2 のリング帯に潜む寄せ集め艦隊は、すべての艦が穴へと滑り込み身を潜めた。
それぞれの無音駆モードに切り替え、呼吸を殺すようにして氷塊の中でじっと時が来るのを待ち続けるのだった。
◇◇◇
間もなく、ヴェヒターの瞳より駐留艦隊がぞろぞろと出撃していった。
シューマッハー伯爵星系でも名高いその艦隊は、大小様々な艦を擁しながらも、指揮系統はしっかりと統合されていた。
——彼らの目的地は、クラス1ガス巨星であるシューマッハー・2。
要塞を襲撃した氷塊爆撃の弾道計算をしたところ、どうやらこの巨大ガス惑星のリング帯であることが判明した。
これ以上の爆撃を阻止すると共に、映えある要塞に傷をつけた無法者を処断するため、艦隊は急いで移動を始めたのである。
かつて“不敗”を誇った要塞が、まさかこんな形で奇襲を仕掛ける者がいるとは想像だにしなかった。だが、今や現実となってしまった以上、即刻叩かねばならない。
旗艦ヴェヒターシルトのブリッジは、帝国軍制式設計を模倣しつつ改装された広大な空間で、忙しなく連絡の取り交わされる雑踏のような熱気が漂っていた。
その中央部、艦長席にはシュテファン・フォン・ワルツァー准将が腰掛け、艦隊指揮官として指令を飛ばしている。
ワルツァー准将は白髪が目立つ老齢の身でありながら姿勢が端正で、その眼差しからは歴戦の修羅場を潜り抜けてきた独特の重みが感じられた。
帝国軍を長らく務め上げた後、退役してからシューマッハー伯爵家に雇われる形で艦隊指揮官を引き受けた人物であり、経験と実績、そしてどこか柔軟な姿勢を持ち合わせている。
だが今、この艦の真の主は別の場所にいた。
艦長席の隣、それも帝国軍のブリッジには似つかわしくない豪奢なソファーが急遽設えられ、そこに星系統治者クルト・フォン・シューマッハー伯爵が座しているのだ。
祖父の代から築かれ、一度たりとも攻撃を許したことのない“不敗神話”を誇るヴェヒターの瞳。しかし、まさか氷塊ごときに攻撃されるとは夢にも思わなかった。
その怒りのためか、伯爵の横顔には冷酷な鋭さが浮かび、モニター越しに虚空を睨みつけている。
「艦長、艦隊全体が超巡行モードに入りました。予定通り、5分後にはシューマッハー・2 の外縁宙域へ到達できるかと」
オペレーターのひとりが報告する。
ワルツァーは軽く顎を引いて応じた。
「了解。到達直後に通常航行へ切り替え、艦列を再編する。そこからは……まぁ、用心深く行かねばならんな」
「はい、艦長。各艦にも指示を出しておきます」
艦隊はそうして光速を超える超巡行を保ち、惑星シューマッハー・2 へ向けて一丸となって進軍していく。
通常の艦隊行動であれば、ここで規律正しく整列していくだろうが、今回ばかりは伯爵の命令も混じり、やや急ぎ気味の印象がある。
ワルツァー自身はもともと慎重派で、氷塊爆撃を止めるにしても、あまりに急いては罠に掛かる可能性を恐れていた。
だが——
「おのれ……外敵の侵入など、祖父の代から一度として許していなかったのに」
伯爵の低い呟きが、隣席で微かに聞こえる。
ワルツァーはチラリと伯爵を横目に見やり、その激情がまるで形を持ったかのような気配に息を呑んだ。
いくら軍の指揮官として実務を統括していても、最終的な政治権限は伯爵が掌握している。
そういう関係上、ワルツァーとしては不満を抱いても表に出すわけにいかなかった。
だがその怒りが、合理的な戦術判断を阻害しないか——そこだけが懸念されるのである。
そんな思いを抱きつつ、ワルツァーは艦橋の部下に向けて声を上げた。
「あと2分で外縁宙域だ。到達次第、通常航行に移れ。全艦、距離をしっかり保つんだぞ」
「了解しました」
やがてカウントがゼロに近づき、旗艦ヴェヒターシルトを先頭に艦隊は一斉に超巡行モードを解き、スムーズに減速に移行する。
目の前のスクリーンに映し出されるのは巨大なガス惑星の姿。淡い色彩が広がり、環を形成している部分には大量の氷片が見てとれた。
伯爵がその景色をにらむように見つめる。
「ここに、卑劣な賊が潜んでいるわけか。 気に食わんな……」
ワルツァーはあえて反論せず、一呼吸おいて指示を続ける。
「総員、通常航行を安定させろ。続けて全艦へ索敵ドローン散布を命じる。戦術広域警戒ネットワークを速やかに構築せよ。……AIの警戒レベルは3に設定。何かあれば即座に知らせるんだ」
通信オペレーターたちが復唱しながらキーを叩き、ドローン散布が始まる。
多数の小型探査ユニットが旗艦や護衛艦から次々と発艦し、リングの周囲へ拡散していった。
やがてネットワークが構築完了すると、スクリーン上で網目のように結ばれた警戒ラインが浮き出る。
敵の微細な動きはAIが瞬時に感知し、艦隊へ警告を送ることが可能になる仕組みだ。
「このネットワークがある限り、奇襲を仕掛けられてもすぐ防御態勢を取れる……はずなのだが」
ワルツァーは胸中でつぶやく。
今まさに要塞へ氷塊爆撃を仕掛けるような敵である。通常のセオリーで動くかどうか、何とも言いがたい。
だがそれでも、警戒を怠れば痛い目を見るのは自分たちだ。
「微速前進! 旗下コルベット艦より、無人偵察艇を発艦。周囲の氷塊をくまなく捜索させる。推定射出ポイントへ近づく際、相手が罠を仕掛けているやもしれん」
艦隊がゆっくりと動き始め、ドローンや無人偵察艇を頼りに周囲を少しずつ探っていく。
氷塊が漂うベルト帯には無数の反射やスキャンの乱れがあって、思った以上に探査が難しい。
だがAIの補正演算を使い、あちらこちらの微細な熱源や質量反応をあぶり出していく。
偵察艇の操縦を担当するパイロットオペレータや、管制システムを監視する兵らが忙しなく操作を続ける中、ワルツァーは静かに顎を撫でた。
「艦長! 無人偵察艇から連絡が入りました。どうやら2隻、150m級と思われる大型航宙艦を発見したとのことです!」
「ほう……早いな」
艦橋がざわつく。
リング帯に隠れているなら、ある程度は苦労させられるかと思いきや、拍子抜けするほどあっさり発見できたという。ワルツァーの脳裏には嫌な予感がよぎる。
それは、まるで見つけてほしいかのように——そんな印象すら受けるのだ。
「艦長、いかがなさいますか?」
副官が不安げに耳を寄せる。
するとワルツァーは腕を組み、しばし考えを巡らせた。
「あまりにも簡単すぎる。もし真の工作艦ならもう少し巧妙に隠れているだろうし、あるいは囮という可能性が高い。簡単に手を出しては罠にはまりかねん」
オペレーターたちが一斉に頷き、今にも攻撃命令を発したそうな空気が和らぐ。
ワルツァーの指揮官経験は、こういう場面でこそ生きる。下手に衝動的になって艦隊ごと無謀な一撃を放てば、リスクも高いと理解している。
ところが、その横でクルト伯爵が唇をわずかに歪めた。
「どうした、なぜ撃たぬ? 目の前に賊と思しき艦があるというのに」
「閣下、仮に囮だった場合に被害が大きくなる危険があります。まずは周辺をもう少し詳しく調べ——」
「撃てと言っている! あれが何であろうと、この私の星系を穢した者には相応の報いを与えねばならん。——全艦で撃つのだ!!」
低く、しかしはっきりした声。
伯爵はどこか震えるほどの殺気を漂わせている。
本来ならワルツァー准将が指揮権を持ち、伯爵は政治上の支配者という立場だった。
だが、ここでは伯爵が最上位権限者としてブリッジに臨席している以上、その命令を真に拒否できる者はいない。
少なくとも現場は一様に戸惑い、ワルツァーは慌てて伯爵を引き止めようとした。
「お待ちを、伯爵閣下! 私は艦隊指揮官として、まだ攻撃許可は——」
伯爵が鋭い目でワルツァーを睨む。
その瞬間、ヴェヒターシルトが備えた最上位制御を司る中枢AI が伯爵の発話を拾い、“最上位権限からの攻撃指示”と判断してしまう。
すると即座に各艦のAIに攻撃通達が流れ、砲撃プログラムが自動実行される形になった。
「か、艦長! 中枢AIより全艦に射撃命令が発令されています!!」
「なんだと!? 今すぐ、やめさせろ!」
ワルツァーが制止の声を張り上げるが、一足遅い。
最上位の中枢AIから下された命令に逆らえるはずもなく、ヴェヒターシルト含めてすべての艦艇が工作艦に向け即座に照準を合わせる。
そして、間髪入れずに搭載された無数のレーザー砲門が、一斉に工作艦へ向かって閃光を放つ。
ブリッジ要員たちが唖然とする中、画面には命中の瞬間が映し出された。
次の刹那、2隻は揃って凄まじい大爆発を起こす。
激しい炎の奔流と衝撃波が周囲の氷塊を巻き込み、連鎖反応のように広がる。
あまりにも激しすぎる誘爆に、砲撃を指示していなかったワルツァーすら言葉を失う。
鮮烈な光がブリッジのスクリーンを真っ白に染め上げる。
続いて雷鳴にも似た轟音が艦隊の通信に流れ込み、思わずスピーカーが雑音を噛む。
「うわああああっ!!」
「こ、工作艦が……爆発……!?」
「……こんな規模の爆発が……っ!」
「いやぁぁぁぁっ! ま、巻き込まれる……!」
「誰か、早く防御シールドを……っ!!」
激しい衝撃波は周囲の氷塊を次々に砕き、蒸気や破片が広範囲に拡散する。
劣悪な視界環境が一瞬にして形成され、頼みの索敵ドローンも巻き込まれて次々と沈黙していった。
「け、警戒ネットワーク完全に途絶! ドローンの大半が反応ありません、爆発で全て消失した模様!」
「旗下フリゲート艦より多数被害報告! これは……10隻全てからです! 致命的な被害を負った艦もいるようです……!」
悲鳴や狼狽した声が絶えず鳴り響き、ブリッジは騒然となる。
そんな中、ワルツァーは何とか気を取り直し、腹から声を絞り出した。
「全員、落ち着け! まず負傷艦の救助を最優先。軽微な駆逐艦を外周に展開し、盾とする。敵がこの機会を逃すはずがない、全艦へ通達——警戒を厳とせよ!」
シールド出力の高いヴェヒターシルトや300m級駆逐艦には軽微な損害が出た程度で済んだのは不幸中の幸いと言うべきか。
しかし、200m級のフリゲート艦は全艦が衝撃波を防ぎきれず、最低でも中破、数隻は大破までしている。
その報告を聞き、ワルツァーの胸には痛烈な後悔と怒りが込み上げる——あのとき強引にでも攻撃を止めるべきだった。
だが中枢AIが伯爵の指令を最上位と認識し、誰にも止められなかったのだ。
「やはり罠だったか……それにしても、この規模の爆発をどうやって……」
ワルツァーが苦い表情をつくって呟いた矢先、伯爵がソファーから立ち上がった。
足元には微かな振動が続いており、周囲も修羅場のように騒ぎ立てている。
「ワルツァー准将、何を呆けている……救援など後回しだ。早く奴らを見つけ出せ! 貴官の言う通り、この機会に敵は必ずや攻めてくる。救援より迎撃準備を優先させよ」
伯爵の声には焦りと苛立ちが混ざっていたが、ワルツァーは毅然と応じる。
「閣下、現在の視界は最悪です。粉々に砕けた氷片や蒸気が周囲に広がり、レーダーも満足に働かない。こんな状態で無闇に動くのは危険すぎます。今は傷ついた艦の保護を優先させるべきです」
「いいや、違う。違うぞ准将。あえて敵の策にこのまま乗ってやるのだ。潰走したかのように見せ、敵の攻撃を誘い、それを逆撃するのだ。このヴェヒターシルトと3隻の駆逐艦の被害は軽微、十分戦闘継続が可能ではないか」
伯爵の瞳はまるで獣のような光を帯び、ワルツァーを睨み据えている。
確かにクルト伯爵の言にも一理ある。
敵がこうした策を労する理由は何か——それは、戦力規模的に劣勢だからだ。故に奇策を用いて翻弄する。
ではそれに対して我々はどうするべきか。
答えは簡潔——敵は劣勢ゆえに奇策を弄している。ならば、その奇策を逆手に取ってこちらが罠に誘い込み、圧倒的な火力で一気に叩くのが最善だ。
こちらには700m級重巡洋艦と300m級駆逐艦3隻が健在であり、200m級程度の敵艦ではまともに対抗できない。
だからこそ「弱っている」と思わせ、好機と信じて攻め寄せる敵を逆撃するチャンスでもある。
ワルツァーはこうした策を即座に思いついたが故に葛藤した。
だが、結局は最低限の行動を優先するべきと判断するに至る。
「……わかりました。しかし救助は続けさせます。傷ついたものを捨て置いたとあれば、勝利しても閣下の名に傷が残りましょう……」
「くっ……仕方あるまい」
伯爵は一瞬躊躇したかに見えたが、損害を放置するのも大義名分が立たないのをすぐに理解した。
あるいはワルツァーの強い意志を感じ取ったのか、追及をやめて頷いた。
しかし、この艦隊にはまたしても悪い報せが届くことになる。
レーダー担当のオペレーターが、システムのノイズ混じりの画面を凝視しつつ青ざめた声で叫んだ。
「……複数の熱源を感知! 中枢AIは敵と判断!」
「やはり来たか! 戦闘可能な艦は各個に迎撃! だが救助の手を止めてはならんぞ」
画面は乱れているが、微妙に揺れる点が幾つも浮上し、艦隊の外縁部へ向かってくる様子を示唆している。
強烈な誘爆の影響でどこまで正確かは分からないが、それでも「何かがやってきている」ことは間違いない。
ワルツァーは舌打ちを噛み殺すようにして立ち上がった。
「状況は悪いが、幸いにして艦隊は密集陣形を取っている。これならば、十分な防御弾幕を展開できる。だが、視界が足を引っ張るか……」
部下たちの声が喧騒のように襲い掛かり、伯爵もソファーから目を見開いて前のめりになる。
後手を踏まされたうえに痛撃を受け、さらに未確認の熱源が多数出現――ヴェヒター艦隊はかつてない混迷へ叩き込まれようとしていた。
こうして氷の粒子が漂う茶褐色の環境下で、艦隊は悲鳴にも似た混乱の声を上げながら対処を迫られる。
伯爵の怒りは収まらず、一方でワルツァーは実務的処置に追われ、周囲の士官たちは圧倒的な不利を悟りながらも、どうにか生き残る道を模索するしかない。
果たしてこの爆発で、氷塊の中に潜むカイたち寄せ集め艦隊はどのように動くのか。
攻撃者たちの次なる一手が、静かに、しかし着実に忍び寄っていた。