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8-14

 白鯨号が惑星オニル2Aを離れた翌日、カイたちは母艦であるオベリスクと合流し、次なる目的地であるHIP 88976星系へと舵を切った。

 HIP 88976星系はメッセフェルトと呼ばれる特殊な星系に属しており、そこは主要宙域の交差点として自由交易を目的に設定された経済星系であり、多数の航路が集中する戦略的な宙域となっている。

 しかも、ここには“ハイパーゲート”と呼ばれる超高速交通インフラが整備されいるのも特徴で、同様のハイパーゲートを有するメッセフェルトとは最大で1000光年先まで瞬時に行き来が可能だ。

 ここHIP 88976星系では設置されたゲートは1基のみとなっているが、それだけでも星系全体の物流や人の流れを爆発的に活性化させるに十分な威力を持っていた。


 オベリスクのブリッジで操縦桿を握るカイの視界には、漆黒の宇宙と散在する星々を背景に、輝くリング状のステーションが徐々に大きく映し出されつつある。

 それは星輪ステラリング型ステーションに属する――通称メッセフェルト・プライムと呼ばれるこのメッセフェルトの中心地だ。

 まるで巨大な輪のような構造体が宙空に浮かび、周囲には大小さまざまな船が行き交っている。

 経済星系の中心を担うだけあって、貨物船や商船、さらには観光客を乗せたクルーズ艦まで混在し、その賑わいぶりが遠方からでも見て取れる。


 カイが忙しなく行き交う艦船に注意しながら舵を握っているその隣で、サブシートに座ったフローラが通信コンソールに向き合い、何やら交信を行っている。

 そうして程なくして小さな電子音とともに彼女が振り返った。


「カイ様、ヴィンセントさんとの連絡がとれましたわ。どうやら明日の正午にはステーションへ到着できるそうです」

「お、そうか! 助かるな。彼からの助力が得られるなら、シューマッハー伯爵星系での作戦成功率がぐっと上がる」


 カイはフローラの報告を聞いて、ほっと胸を撫で下ろすと、すぐに頭を切り替えモニターへ視線を戻す。

 遠方には、次々とハイパーゲートを利用して到着したと思しき船影がステーションへ進入していくのが確認できた。

 メッセフェルトは自由交易星系というだけでなく、リヒテンベルク選帝侯の直轄統治下にある“飛び地星系”でもある。

 貴族や軍関係者、独立パイロットに至るまで、幅広い層が行き交うため、カイたち含めてあらゆる層に需要を提供する打ってつけの場所だった。


「へえ、ヴィンセントが合流するのね。ってことは、クラリスとも会えるのね。元気にしてるかしら、あの子……」

「もうかなり回復したようですわ。会話もそこそこ出来るようになったとかで、そうした感謝の意も含んでの行動なのかもしれませんわね」

「どちらにせよ、ヴィンセントはクライムハンターとして豊富な戦闘経験を持ってる。俺たちだけじゃ厳しい戦いでも、彼の艦が加われば勝算が違ってくる」


 今回、カイがここへ来た理由として重要な用事があった。

 それはヴァルデック侯爵とリヒテンベルク選帝侯へ、今回の事件――ドッペルゲンガー計画やエクリプス・オパール強奪について正式に知らせることだ。

 帝国の貴族社会では紙による書状こそが重んじられるため、単純な電子通信では済ませられない。

 とりわけ宛先が上位貴族である以上、格式を踏んだ方法で行わなければ門前払いを食らうだけだ。


「ちなみにフローラ、書状の仕上がりはどう?」

「概ね整文が終わって、見直しをしているところですわね。敬称からして細かいルールがありますし、ミスは許されませんもの。ステーションへ到着したら、仕上げて超高速便で送れるかと」

「そいつは重畳。そのために、このメッセフェルトを選んだわけだからな」


 彼女の視線が向かう先には、文面のチェックリストが並んだ端末が置かれている。

 紙媒体の送付とはいえ、メッセフェルトが持つハイパーゲートの超高速網を経由すれば、圧倒的なスピードで書状を届けられる。

 カイはそんな前時代的なやり取りを重要視する貴族社会に苦笑するが、今さら愚痴っても仕方ない。時間がないとはいえ、従うべき慣習には従わなくてはならない。


 やがて、ステラリング型ステーションがスクリーンいっぱいに映し出され、オベリスクは管制の指示に従ってドッキングベイへ向かう。

 リング状の外周部分に大型艦を格納できるドックが用意されており、このステーション規模だからこそ小型巡洋母艦オベリスクも余裕を持って停泊できる。


「ご主人様、管制より入港許可が下りたわよ。ドッキングベイは27-Yね」

「了解。自動ドッキングシステムへ切り替える」


 キャロルからの報告を受け、カイが操縦桿を若干握り直しコンソールに切り替え操作を行うと、オベリスクがガクンと揺れ始める。

 そうして、ゆっくりと回転しながらドックゲートへ吸い込まれるように進んでいく。

 順調に格納庫内まで自動的に進入していくと、巨大なアームが艦体を捉え、細かなランディング調整によって見事に庫内に固定された。

 広々とした整備エリアには、既に複数の大型艦が停泊しており、ステーション全体が賑わいを見せていた。


「さて、まずは艤装の変更申請からやるのよね。何日かはここに滞在する予定で間違いない?」

「そうだ。オベリスクの武装や装甲、それに白鯨号とナイトフォールも作戦に備えて強化する。俺はこのまま管制AIに艤装変更の申請を通すから、フローラは書状の完成を急いでくれ。キャロルは白鯨号とナイトフォールを運び出しておいてくれ」

「承知しました、それでは集中するため一旦自室にて作業してきます」

「了解! ちゃちゃっと済ませてくるからねー」


 こうして全員にタスクを割り振り、カイたちはそれぞれ動き出す。




 艤装の更新を最初に取りかかるのは母艦たるオベリスクだ。

 何しろオベリスクは小型巡洋母艦、大型航宙艦すら上回る300mという巨体を誇る。

 それ故、作業はその巨体に見合った時間が必要となる。

 カイはステーションのコンシェルジュシステムにアクセスすると管制AIを呼びだし、すぐに偽装変更の申請を出す。

 

『ようこそ、メッセフェルト・プライムステーションへ。艤装変更の申請ですね、作業員のスケジュールを確認します。少々お待ちください……』


 数秒ほど待機していると、管制AIから整備スタッフと機材の確保が完了した旨のメッセージが届いた。

 作業は直ちに取り掛かれるとのことで、カイは表示されるパーツ一覧をゆっくりと眺め始める。

 手元のホログラムディスプレイに映し出された武装や装甲、電子戦モジュールのリストは膨大で、さすが“自由交易星系”を標榜するメッセフェルトだけのことはある。

 一般的な星系ではなかなかお目にかかれないミリタリーグレード品まで、カイの眼前にはずらりと並んでいた。


「……なるほどな。やけに多いと思ったら、本来なら購入制限の掛かるミリタリーグレードも表示されているのか」


 カイは表示される数値を睨みながら、頭の中でオベリスクの改装プランを思い描く。

 星章士という位を持つおかげで通常なら購入・搭載不可能な兵装が解放されているのを見て、改めてヴァルデック侯爵への感謝が胸をよぎった。

 しかし同時に、これからクルト伯爵家との対立が決定的になることを思うと、“これで最後の恩恵かもしれない”という後ろめたさが消えない。


「ヴァルデック侯爵の顔に泥を塗るようで申し訳ないな。……ただ、こっちはもう引き返せない以上、やるしかない」


 小さく呟き、カイは次々とリストを切り替える。

 まず差し当たって変更すべきは装甲だ。

 現在のオベリスクの装甲は軽量化が施された防御性能の低い装甲となっている。

 これは巡行能力を高めるには打ってつけだが、戦闘に関しては心許ない。最も、機動力でカバーすることの出来る艦なら、この状態のままでも問題はない。

 しかし、小型巡洋母艦であるオベリスクの機動性能は低く、一度戦闘に巻き込まれれば現在の装甲では些か危うい。

 そのため、カイはミリタリーグレードの標準装甲を施すことを決める。

 

「値段は……これだけで1000万かあ。いきなり予算の5分の1も飛んだか」


 装甲が決まれば、次は武装となる。

 これは特に迷うことなく、目的がハッキリしているためすぐに決断出来た。

 現在装備されているヒュージクラスのマルチキャノンを降ろし売却し、代わりにシールド貫通能力に優れたハイレーザキャノンを搭載する。

 砲門数は2門のままだが、それでもヒュージクラスともなればその性能は非常に高い。

 火力そのものは従来のマルチキャノンより対装甲面で劣る可能性があるが、相手の強固なシールドを削り取るにはうってつけだ。

 しかし、この変更でも500万クレジットの出費となった。

 カイは徐々に減っていく貯蓄の額を見て、軽い頭痛を覚えながらも必要経費だと自分に言い聞かせ、その他にもソフトウェアの更新やチャフランチャーの増設など細々としたカスタマイズを加えていった。

 

 それから程なくして、ブリッジの扉が開き、フローラとキャロルがひょいと入ってくる。

 フローラはタブレット端末を手に持ち、キャロルは陽気な足取りでカイの左右に並んだ。


「カイ様、書状は無事に投函してきましたわ。ステーションのコンシェルジュシステムを通じ、アルテンシュタイン星域にいるヴァルデック侯爵星系へ、そしてリヒテンベルク選帝侯へも星章士の印を添えて宮廷秘書局宛てに送付を完了しました」

「白鯨号とナイトフォールも格納庫に固定し終わったわよ。ドック作業員には『先にオベリスクの改装が優先になるだろう』って説明しておいたわ」


 二人から立て続けに朗報を聞き、カイは微かに安堵の息を漏らした。


「これで書状は既に発信したわけか……いよいよ、後には引けないな」

「きっとヴァルデック侯爵も、リヒテンベルク選帝侯の秘書局も対応を検討してくださるはず。どちらにせよ、もう賽は投げられましたわね」

「さてさて、ご主人様。改装プランはどんな感じ?」


 キャロルが身を乗り出すようにホログラムのパーツリストを覗き込む。

 そこには最終的なオベリスクの改造プランが表示されていた。

 

「まずは装甲をスタンダードからミリタリーグレードへ変更。ヒュージマルチキャノン2門は売却して、代わりにハイレーザキャノンを搭載。防御兵装にはチャフランチャーを複数載せ、さらに軍用レベルの電子戦モジュールを内蔵してジャミングを強化する」

「へえ、かなり大規模改修にしちゃうんだ。まあ確かに、今回の相手は今までの海賊じゃなくて列記とした軍だからね。これでもやっとフリゲート艦と渡り合えるかなってレベルだしね」

「オベリスクは母艦ですから、多少火力を増しても敏捷さには限界がありますわ。その分、強固な防御と電子戦でヘイトを集めつつ、艦載機や他艦で攻めるって形にしたいところですわね」


 フローラの意見にカイは頷く。

 そうやって役割分担を明確化しないと、母艦が中途半端な火力に終わってしまう恐れもある。


「とりあえず、オベリスクはこんな感じだな。次は白鯨号だ。あれは輸送性能が強みで、武装を増やしたところで火力は大きく変わらない。だから、シールドクラスを上げて、さらにシールドブースターも複数基搭載して徹底した防御寄りに改装しようと思ってる」

「ナイトフォールはそこまで大幅な改装は必要ないと思うの。現状バーストレールガンでも十分な火力があるし、強いて言えば機動力を底上げする追加スラスターで回避能力を高めるくらいね」

「白鯨号は陸戦ユニットを搭載しなくちゃいけませんし、方向性としてはドロップシップ化ですわね」


 こうしてフローラとキャロル、それぞれの意見もあって三隻とも役割に合わせた改装方針が定まった。

 カイは端末へ申請をまとめて送信すると、ステーション側から間髪入れずに承認の通知が届き、必要なパーツと人員が随時投入される手はずになった。


「作業日数は3日か……」

「それじゃ、オベリスクが使えない間はどうしましょうか?」

「ここはステーション内のホテルでも取るか。この艤装変更が完了すれば、あとはいよいよ作戦決行だ。その前にゆっくり休むのも悪くないし、ついでにここで陸戦装備も整えておきたいし」


 今まで居住空間のあるオベリスクで生活していたカイたちだが、今回に限っては大掛かりな改装のため艦内居住が困難だ。

 となれば必然的にステーション内の宿泊施設を利用することになる。

 キャロルは「ホテル住まいだ」などと軽くはしゃいでいるが、カイは内心では更なる出費に複雑な気分だ。

 

 何しろすでに予算の半分以上は艦の艤装費用で無くなっている。

 これからゴブリンたち100体分の陸戦装備の費用もあるし、その後にもそれなりの額の支払い予定が控えている。

 ただ、それらに掛かる費用から比べれば、ホテルなど1泊1000クレジット程で収まるのだから、大した額ではないともいえた。

 ――地上世界では超高級ホテルのスイートルームに余裕で宿泊できる額ではあるが。




 ◇◇◇




 手持ちの航宙艦すべての手続きを終えたあと、カイたちが足を運んだのは、メッセフェルト・プライムステーション内にあるグダワン社直営ストアだった。

 帝国で最も知名度が高いと評されるブランドだけあって、店舗の外観からして流線形をふんだんに取り入れた近未来的なデザインに彩られている。

 床の照明は柔らかく、展示スペースには同社の看板商品であるパワードスーツが、細部までこだわり抜いたディスプレイの中に整然と並べられていた。

 見渡す限り、それぞれが有機的な曲線を活かした美しいフォルムを誇り、その配置までもが計算し尽くされている。


 カイはそうしたショップ全体から出る高級感に少しだけ圧倒される中、フローラとキャロルはそんなことを気にする様子もなく堂々と店内を見学して回り始めていた。

 そうして一歩遅れてカイもショーケースを軽く見渡していくと、キャロルはすでに奥の棚へと進み、目当てのパーツを見つけた様子だった。

 彼女は手に取った部品を眺めつつ、わくわくと浮き立つような笑みを浮かべている。


「見てご主人様。これ、T-45パワードスーツのアップグレード用パーツみたい。ほら、標準のエネルギーブレードを外して格納式超高周波ブレードに換装できるって!」


 キャロルは熱のこもった口調でパーツの説明文を読み上げている。

 カイは興味深げに耳を傾けつつ、旧式のT-45をここまで改造して使い続ける意義を考えていた。

 

 というのも、キャロルが現在使用しているT-45パワードスーツ――正式にはType-2245アーリウス・モデルK1。

 これは以前に潜入した放棄された軍事施設内で鹵獲した帝国軍が過去に採用していた旧式のパワードスーツだ。

 入手した当初の状態は何とか立ち上げが可能という酷い状況で、数十年に渡って放置され続けていた為、あらゆる部分がダメになっていた。


 その後、キャロルは旧式ながらも整備性と拡張性に優れたT-45を気に入ったようで、チマチマと暇を見つけては整備を続けて修復していった。

 幸いなことに、T-45が必要となる場面はそう多くはなく、相手にしていたのも大した戦力を持たない木っ端の海賊相手だったということもあって使い続けてきた。

 だが、今度の相手は訳が違う。

 

 クルト伯爵の手勢は本格的な軍用装備、それも恐らく最新式で武装を固めている可能性が非常に高い。

 そのため、この旧式のT-45をアップグレードしてでも使い続ける意味があるのかと。カイは疑問を覚えていた。

 そうしていよいよこの疑問について我慢ならなくなったタイミングで口を開き、キャロルに遠慮がちに問いかける。


「なあ、キャロル。折角だし、最新式のスーツに買い替える手もあるんじゃないか? T-45は拡張性こそ高いのは認めるけれども、もともと鹵獲品だし……ほら、継ぎはぎみたいになってるじゃないか」


 その質問に、キャロルは少しだけ肩をすくめながら、手にしたパーツを大事そうに撫でてみせる。


「うーん、確かにそれもアリだと思うんだけれどもね。もう私の体に馴染んでるのよね。拡張性もそうだけど、使い慣れた物をベースにしたほうが、いざという時は安定感があるじゃない。最新式は魅力的だろうけど、慣れるまでに手間取ってる時間もないしね」


 キャロルの言葉に、カイは一瞬戸惑った様子を見せたが、やがて口元に苦笑を浮かべつつ納得する。

 たしかに、使い慣れたT-45パワードスーツを改良していく方が、急に新たなスーツに切り替えるよりも安定感があるだろう。


「なら、ここはフレームまで一度バラして再構築する方向で進めるべきですわ。何しろ、せっかく三日も艤装作業に時間を割けるのですから。どうせなら徹底的にメンテナンスする方が後々の安心感にも繋がります」

「確かに、それもそうね!」


 いつのまにかカイの隣へと戻っていたフローラの助言を受け、キャロルは手持ちのパーツを再度見比べた後、店員に詳細な交換スケジュールを尋ねる。

 店員は三日間の時間内で、フレーム分解から最新の装甲材とアビオニクスの組み込みまで可能だと太鼓判を押す。

 そう聞いたキャロルは、やはり旧式であってもお気に入りのT-45をフル改造する決心を固めたようだった。


 カイはそれを傍らで聞きながら、極力口を挟まないようにしていた。

 だが、棚に並ぶ“格納式超高周波ブレード”や“小型リアクター内蔵型シールドパック”といった品々の値札を目にするたび、思わず額に手をやる衝動に駆られる。

 キャロルが次々にカウンターで組み込む製品を指定していくたびに、カイは心の中で予算を計算せずにはいられなかった。


「如何でしょう。この際、重歩兵火器もご一緒に購入されてみては……、特にこちらの拡散重粒子砲(スプレッドカノン)はつい先日ロールアウトした新作でして――」

「いいわね! このプリズム式レーザーライフルも悪くない……」

「え、ちょ……今回はスーツだけって……」

 

 店員に言われるがまま、キャロルはT-45と相性がいいとされる帝国製の重歩兵火器を選び始めていく。

 財布の紐が緩んだ隙を逃すまいと、店員はキャロルにターゲットを定め、熱心に売り込みをしていき、最終的には一気に二種の重火器も買うことになってしまっていた。


 こうしてカイは最終的な合計金額にしばし絶句してしまうことになる。

 その額、200万クレジット。

 予算を軽くオーバーしていたが、キャロルの満足気な顔を見ると、今更止めるに止められない。

 渋々カイは頭を振りつつも「必要な出費」と心をなだめ、キャロルの愛用パワードスーツが総合的にアップグレードされるなら悪い話ではないと割り切ることにした。




 グダワン社のショップを出た三人が次に向かったのは、連邦や同盟製品を雑多に扱う大手ストアだ。

 店構えは帝国の華やかさとは対照的に無骨な印象を与え、ロゴも四角張ったフォントが目立つ。

 店内を覗くと、無機質な照明が飛び交い、連邦規格や同盟規格の装備が棚や展示台にずらりと並べられている。いかにも“実用性第一”という雰囲気がカイには伝わってきた。


「さあ、キャロルの次は私の番ですわね!」


 そう言うや否や、今度はフローラが積極的に動いた。

 彼女は安価かつ耐久性に優れたパワードスーツを探しているようで、早速パワードスーツが展示されているコーナーへと駆け寄ると一つひとつ丁寧に確認していた。

 その途中で目に留まったのが、ヴォイジャー・インダストリーズ社製のフォートレス-Defender.mk3。

 

 防御面に特化した同盟製品であり、カスタマイズ性も比較的高い。

 フローラは来る決戦の時に備え、ここで防御力を大幅に引き上げておきたい意図がうかがえた。


 視界の端で、キャロルが手にした端末で検索をかけ、フォートレス-Defender.mk3の評判を確かめている。

 耐衝撃力に優れ、追加装甲を施しやすい構造を持っているなど、連邦や同盟圏で根強い人気を誇ると表示される。

 

「如何にもお姉様が好きそうって感じの性能ね」

「防御性能が高いということは、それだけ戦闘継続が可能ということですもの……それでは、ちょっと失礼しますわ」

 

 フローラは微かな光に照らされた試着ブースの奥へ踏み込むと、複数のセンサーが起動してパワードスーツのシミュレーション環境が広がった。

 システムの誘導に従いながらフォートレス-Defender.mk3の標準形態を読み込み、VR空間に投影されるスーツを一点ずつ確認していく。

 肩や腰回りに追加装甲を組み込む想定を示すと、スクリーンにその重量負荷と防御力向上の数値が表示される。


 フローラは慎重に数値を見定めつつ、以前の戦闘で痛感した“自分の脆さ”を思い返していた。

 ゴブリン100体などを引き連れたところで、結局自分自身が戦えなければ意味がない。だからこそ、今は少しでも強固に装備を固める必要があると思い至っているようだった。

 

 フローラのフィッティング作業は拍子抜けするほどスムーズに進み、追加の防御パーツの選定も一通り完了した。

 結局、先の戦いで壊れかけたアサルトレールガンの代わりに新たな銃も一丁買い足す形となり、最終的な支払いは250万クレジットに達する。

 

「うおぉ……よ、予算が」

 

 店員から金額を示された瞬間、カイは先ほどのキャロル分200万クレジットと合わせて合計500万近い散財になってしまった事実を思い知り、頭に鋭い痛みを覚えながら思わず足元をふらつかせた。

 ぐらりとバランスを崩したところへ、両脇からすかさず腕を差し伸べてきたのはフローラとキャロルだった。

 二人が肩を貸してくれたおかげでカイは転倒を免れ、思わず安堵の息をつく。

 

 ところが、その一瞬の安堵も束の間、カイは斜め下から二人の顔を見上げて、頬の筋肉がこわばるのを感じた。

 二人の瞳は、まるで獲物を捕まえた肉食獣のようにキラリと光っている。


「まあまあ、カイ様。どうやらお疲れのご様子、これは()()()()()()()()()()()()()()()


 フローラは柔らかな笑みを浮かべながら、カイの腕をしっかりと押さえている。

 その反対側ではキャロルが軽く頬を赤らめつつ、しかしこちらも腕の力を抜こうとはしない。


「こんなにもお金を掛けてくれたご主人様には、()()()()()()()()、よね?」


 カイは声を上げようとしたが、両脇でがっちりとつかまれたままでは身動きが取れず、言葉も出なかった。

 試しに振りほどこうと力を入れてみても、二人の腕の力は思いのほか凄まじく、微動だにしない。

 まるで背後に回り込まれた獣が逃げ場を失ったような居心地の悪さを覚えながら、カイは必死に笑みを繕う。


「え、や……まだ寄りたいところが……ぬわッ……!」


 フローラとキャロルは特に返事をするでもなく、にこやかに微笑みつつ同時に歩を進め始める。

 カイは引きずられるように通路を曲がり、ホテル街のほうへと導かれていく。このステーション独特の薄青い照明が人工夜を思わせる中、両腕を支えられたカイの姿は、狩人に捕らわれた獲物そのものだった。

 こうして、カイは二人の新たな装備にかかった膨大な費用の代償とも言うべき状況を甘んじて受けつつ、嵐の前のわずかな休息をホテルで過ごすことを余儀なくされたのだった。

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