百合でもBLでもドンと恋!な異世界
島中勝緒は今日をその日と決めていた。
そして絶対的な自信があった。これから行う自分の恋の告白が、クラス全員にとっての重大ニュースとなり、そして告白の相手であるその小さな女の子は、うっとりとした目をして「はい!」と言うことだろうと信じて疑わなかった。
なぜならこのクラスに男子生徒は自分一人であり、そして自分はイケメンだという事実があった。
本命の彼女をまず落とし、徐々に徐々にクラスのかわいい女の子をすべて周りに侍らせ、青春ハーレムが始まることをリアルな夢に見ていた。そして、いつかはそれが性春ハーレムになることを。
おもむろにその女子の前にjojo立ちすると、上から目線で告白した。
「川月茉釉! 貴様は俺様の好みドストライクだ! 俺の彼女になれ!」
いきなり上から告白された川月茉釉は、小さな体を怯える小動物のようにさらに小さくすると、サラサラのツインテールをフェレットのしっぽのように揺らし、答えた。
「嫌ですっ」
「はあ!?」
島中は予想もしていなかったその答えに我を失った。
「俺の聞き間違いか!? 俺は今、貴様に恋の告白をしてやったのだぞ!? 有り難く受け取るのが当然ではないのか!?」
「す……、好きな人がいるので……。ごめんなさい」
「はああああ!?」
島中は取り乱した。
「好きな人……って、クラスに男子俺一人しかいないのに……!? どこのどいつだ!? あっ! 隣のクラスの男か!? それとも隣の隣の……!? あるいは先輩!? それはどんな男だ!?」
茉釉の顔がなんだか気に触ったようにムッとしたので、島中は慌てて作戦を変えた。言い方を丁寧にして、再度告白してみた。
「あっ……あのっ……、川月茉釉さん! ずっと前……っていうか入学式の時から、つまり一ヶ月前から好きでしたっ! 僕と付き合ってくださいっ!」
即答された。
「だから嫌だってば」
「な……、なぜだーーーっ!?」
島中は頭を抱えた。世界を甘く見すぎていたように思えてきた。この世の男女比は1:43.1。女ばかりで男は1クラスに平均1人か0人。しかもイケメンとくれば、モテて当たり前ではなかったのか?
しかし、思い至った。他のクラスにも男子はいる。しかもみんなイケメンだ。どいつだ。どのクラスの男だ。自分がクラスで一番かわいいと思う、ちっちゃくてサラサラツインテールで大人しい、この川月茉釉の想い人というのは?
するとムッとした表情のどんどん強くなっていた川月茉釉が突然、詰るように言った。
「なんで相手が男だとばっかり思うの? ……あっ!」
慌てて自分の口を塞いだが、みんなが聞いていた。
女子ばかりである。みんながゴシップ大好きである。
「ひゃーっ! 聞いた? あの子、女の子が好きってこと!?」
そしてみんなが自分が彼女の恋愛対象であることを気持ち悪がったようだった。
「そういえば着替えの時、川月さんに獲物を見るみたいな目で見られてたこと……あたし、ある!」
「わーっ! キモっ! こっちを見ないで!」
「いくらかわいくたって、同性はないわ」
「あたし、ノーマルだよう〜!」
「つ……、つまり……」
島中は興奮した。
「き、きみは……おレズってことかい?」
女子たちからは気持ち悪がる目で見られ、ただ一人の男子からは性的にいやらしい目で見られ、茉釉はいたたまれなくなったように立ち上がった。
ドアをガッタンシャララーと開けて廊下に走り出る彼女を、クラスの女子たちが汚いものを見るように見送った。
一人だけ、背の高い女の子が、それを追って出ていった。
島中はしばらく呆気に取られて見送っていたが、はっと思い出したように動き出すと、彼もまた教室を出ていった。
♂ ♀ ♂ ♀
教室を駆け出した川月茉釉は、『走ってはいけません』と貼り紙のされた廊下を走った。
みんなに嫌われたと思った。
きっと、想い人である、あの人からも……
泣きそうになっていると、後ろから彼女を呼び止める声があった。
「待って! 川月さん!」
すぐにわかった、恋しい彼女の声だと。
それだけに駆け足はさらに速くなった。
あんな発言をした後に、彼女の前でどんな顔をしたらいいのかわからなかった。
しかし彼女はどこまでもどこまでも追ってきた。運動神経も違えば、足の長さにも違いがあった。やがて茉釉が体育館の裏で息が切れ、足を止めてハァハァいっていると、息ひとつ切らさずに彼女が前に立った。
「か……、金ヶ崎さん……。なんで?」
息を整えながら、茉釉が途切れ途切れにそう聞くと、長身ロングヘアーの金ヶ崎七莉は、心配そうに、優しい声で言った。
「突然教室を出ていくんだもの。そりゃ心配するわよ」
「き……、気持ち悪くないの? ……女の子が好きだなんて……発言した……あたしのこと」
相手の顔が見られなかった。身長差があることもあるが、嫌われてたらどうしようという思いが茉釉に顔を上げさせなかった。それに何より、これが初めてする、金ヶ崎七莉との『おはよう』以外の会話であった。
「なんで気持ち悪がらないといけないのよ? そんなの個人の自由でしょ」
「だっ……て、あたし、もしかしたら、金ヶ崎さんのこと……好きかもしれないよ? そんなの……嫌でしょ?」
「もしそうなら……」
金ヶ崎の声が、嬉しそうな色を帯びた。
「すっっごく嬉しい」
「……えっ?」
茉釉は顔を上げた。
大好きな女の子の顔を見た。
金ヶ崎七莉は心からの笑顔を浮かべていた。
この異世界に女の子として転生してきた時から、川月茉釉は女の子が好きだった。何しろ元いた世界では男であったのだから、当然といえた。
自分が女として転生したことを悔しがっていた。しかし育つうちに、知った。この異世界の人口比率は1:43.1で女のほうが爆発的に多いのだと。元いた男女比率1:1の世界とは大きく違うのだと。それならば自分が女として産まれたのも仕方ないか、と思うようになった。
しかし15歳の高校一年生となった今でも恋愛の対象は、女の子である。男と付き合うなんて、考えただけでゲロを吐きそうであった。
付き合うなら、今、目の前にいる、この金ヶ崎七莉のような、モデル体型の美少女がいいと思っていた。
元男であるからには、見た目がいい女の子のほうがいい。さっき自分に告白したあの島中もきっとそうなのだろう。自分がちっちゃくてかわいいサラサラツインテール美少女だからこそ告白したのだろう。それを考えると一緒にされたくない気持ちも頭をもたげたが、自分の欲望に素直になることにした。
「か……、金ヶ崎さん……」
茉釉は勇気を振り絞って、言った。
「あたしが『好きな人がいる』って言ったの……金ヶ崎さんのことだよ」
「うん、知ってるよ」
意外にも金ヶ崎七莉はそう言った。
「いつも私のこと、チラチラ見てたでしょ? 気づいてたよ」
「き……、気づいてたの? ……ごめんなさい、一方的に見ちゃって……。あまりに綺麗だから……つい……」
「ふふふ。川月さんは気づいてなかった?」
「えっ?」
「私もあなたのこと、チラチラ見てたんだけど」
「そ……それって……?」
「うん!」
金ヶ崎七莉はいきなり抱きついてきた。
「私もあなたのことが好きなの! かわいいなって思って、いつも見てたよ!」
「ほ、ほんとにー!?」
金ヶ崎七莉の豊満な胸が、茉釉のぺったんこの胸に押しつけられる。茉釉の中に、男だった頃の気持ちが戻ってきた。地味男だった茉釉に、こんな経験はなかった。美少女と抱き合い、恋する気持ちを語り合うなんて、前世でも今世でも、産まれて初めてのことであった。
「嬉しい……! 嬉しいよ……!」
茉釉は涙を流しながら、口をすべらせた。
「あたし……、この世界に転生してきてよかった! ほんとうは元の世界と同じ男の子に産まれたかったけど……あっ!」
「えっ!?」
金ヶ崎七莉が体を引いた。
「あなたも転生者なの?」
「あなた『も』って……」
茉釉は耳を疑った。
「金ヶ崎さんも? 転生者!?」
「わあ! 嬉しい!」
金ヶ崎は喜びの声をあげた。
「初めて会っちゃった! 同じ境遇のひと!」
「あ……、あたしも嬉しい!」
茉釉も声を弾ませた。
「共感し合える人と会えて……嬉しいっ! おかしいもんね、この世界? 男女比率が1:1じゃないなんて?」
「えっ? 何を言ってるの?」
「えっ? はっ?」
「もしかして茉釉ちゃんは私とは違う元の世界から来たの?」
「ど……、どういうこと?」
「私が元いた世界はここどころじゃなくて、男女比率は129.3:1だったんだけど?」
「ええっ!? 男の子のほうが多かったってこと!?」
「そうだよ? そしてもちろん、俺も男だった」
「ええーっ!?」
茉釉は、後退った。
「どうしたの?」
金ヶ崎七莉は、前へ出た。
「俺が元男の子じゃ嫌なのかな?」
「金ヶ崎さんこそ……嫌じゃないの? あたしが元男だって知って」
「嫌じゃないよ」
金ヶ崎七莉は再び茉釉の体を捕まえ、抱いた。
「だって見た目はこんなにかわいい女の子じゃないかーっ!」
襲った。
金ヶ崎七莉が、茉釉に、襲いかかった。
「ひゃんっ!」
茉釉がへんな声を出す。
「そ……、そんなとこ……。ら、らめえっ!」
体育館の陰から島中勝緒がそれを見ていた。
彼は絡み合う美少女二人を盗み見ながら、思わず呟いた。
「あ……、あの美少女二人が二人とも……転生者で……、しかも元男だと……!?」
そして、興奮した。
「いいっ! 中身は男子の美少女二人の百合LOVE……。い……、イーーッ!」
今日も異世界の空は恋の色に狂っていた。