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世界の放課後

作者: さいおーま工廠

「ハヤトさん、そこに段差があるから気を付けてください」

「…ああ」

「ああ、ほらそこにもー!」


 彼女が屈託ない笑みを向けてくる。

まるで本当の彼女のよう―

いや、それでは語弊があるか。

ユメトと呼ばれた少年は自嘲しつつ、ガレキに足を取られないよう気を付けて歩く。

会話だけ聞けば、旧時代に作られた『映画』や『ドラマ』のワンシーンのようにも聞こえるだろう。


 しかし今、目の前に広がる風景に、その美しかった景色の面影はない。


「どうしたのですかハヤトさん?何かありましたかー??」

「いや…」


 彼女・・は崩れ去った旧時代の大都市を背に、ハヤト以外は誰1人として人間の居ない荒野で、コバルトブルーの髪をなびかせ、その美しい藍色の瞳で彼を映した。

白いエプロンドレスを着用した彼女は、一見すれば美少女だ。

ハヤトがこの星に降り立って、最初に発見した時は人類の生存者かと見紛った。

だがしかし、彼女の耳に付いた聴覚センサーや剥がれた外装からむき出しになった金属質の人工筋肉が、彼女が人でないことを物語っている。

彼女は人でもなければ生物ですらない。

旧時代に造られた人型アンドロイド、オートマタなのだ。


 遥か昔―人類がこの惑星に居住していた頃。

木々が茂り、風は流れ、海が波を立て、自然が息吹いていた楽園の時代。

この小さな星を『クニ』という見えない境界で区切り、同じ人類同士で争っていたそうだ。

 そうしてある日、決定的な事象を引き起こした。

俗にいう『一夜戦争』で星全体が業火に焼かれ、焼けただれた大地は、その後に訪れた冬によりあらゆる生命は死滅。

かろうじて生き延びた人類は、冬が収まるまでの間、遠い宇宙へとその生活の場を移したのだ。

 

 ハヤトは惑星軌道上に浮かんでいた宇宙ステ―ションで生まれ、ようやく冬が終わり地表が見えるようになった星へ、調査も兼ね降下したのである。

調査目的は、『人類の居住に適しているか否か』

過酷な宇宙空間で、生き延びている人類は多くない。

だから降下したのは、今回ハヤト1人のみ。

もし調査の結果、『居住不適当』となればハヤトは再び宇宙へ上がり、絶対真空の世界で悠久の時を過ごすことになる。

けして失敗は許されない―


「ちょっと失礼しますねー」

「!?」


 いつの間にか近づいていたオートマタは、ハヤトと自分の額をくっつけた。

生まれてこの方、ほとんど人とかかわった事のないハヤトは頭が沸騰しそうに熱くなり、すかさず彼女から離れる。


「熱は36.5度、平熱みたいですねー」

「…」


 どうもハヤトは、彼女と邂逅してからというもの調子を狂わされ通しだ。

最初に見つけたとき嬉しさのあまり「おーい!」と手を振ったのが、そもそものマチガイ。

オートマタと気づいたときには時すでに遅し、彼女・・はハヤトを『ご主人様』と呼び、こうして付いて来てしまった。

呼び方はどうにか変えさせたものの、それ以外は固辞され今に至る。

 何かを考え込むような今のしぐさも含め、耳や外装のことがなければ、本当に人類と何も変わらない。

先人たちは、なんてものを遺していったのだろうかとハヤトは思った。


「熱はないとなると…はっ、もしやケガですか!?ケガですね、すぐ服を脱いで患部を―」

「お、おれは大丈夫だ!この星に降り立って間もないから、重力に慣れていないんだろう!」


 即興で考えた言い訳だったが、「なるほどー」と納得し、それ以上追及はされなかった。

とにかく彼女は、心配性だ。

最初に手を振った時だって、初めの返事が「そこから動かないでください!」だった。

下手に近づいて、ガレキに足を取られて転びでもしたら大変―なのだそうだ。

 実際、軌道上のステーションで作られた人工重力との違いで歩きにくさはあるので、彼女の指摘は的を得ている。

しかし、こんな荒野でエプロンドレス姿の彼女は、歩きにくくないのだろうか。


「私が先導しますので、後をついてきてください」

「ああ、助かる」


 そう言うや否や彼女は、すいすいと慣れた足取りでガレキの比較的少ない道を進む。

少なくともハヤトが心配するほど、歩きにくくはなさそうだ。

アテがあるわけでもないので、ひとまず彼女に付いていくことにするハヤト。

すると彼女はふと立ち止まり、ハヤトに顔だけを向けてきた。


「―ところで、どちらへ向かいましょうか?」


 少し困った様子の彼女を見て、苦笑しながらもハヤトは思った。

本当に人間のようだ―と。

出会ってから終始、こんな感じでハヤトが退屈を覚える事はなかった。

しかし何時間歩いても、彼女以外に出会う者はない。

ただ自然の中に埋もれていく、かつての文明の遺産が不気味にかつての栄華と、儚さを訴えてくる。

 彼女が動いていたのだから、他にアンドロイドなりロボットなり、居ても良さそうなものだが…

不思議に思ったハヤトは、歩きながら彼女に尋ねてみることにした。


「ふと思ったんだけどさ、お前は俺と出会う前はどうしていたんだ?」

「ハヤトさんと出会う前…ですか?」


 彼女はこてんと小さく首をかしげた。

間延びした口調と言い、周りの景色と彼女はこの上なくミスマッチだ。

 そう難しい質問ではなかったはずだが、彼女はうんうんと唸り、なかなか返事が返ってこない。

しまいには頭からパチパチという音と共に煙が立ち上る。

どうやら考え込み過ぎて、彼女の電子頭脳がショートしかけているらしい。


「わー、ストップストップ! そんな深刻な質問じゃないから!!」


 ハヤトは慌てて、質問を撤回した。

現時点で、地上で出会えたのは彼女1人。

もし壊れたら手がかりが無くなってしまう、それは非常にまずいのだ。


「ごめんなさいー、どうも記憶・・があやふやでしてー…」


 あはは、と乾いた笑みを浮かべながら彼女が謝る。

もしこのオートマタが旧時代の物なら、数百年前の骨董品だ。

電子頭脳の記録メモリが経年劣化していても不思議ではない。

そんな事は、会った時から分かっていたではないかとハヤトは自重した。

つい、人と同じように接してしまう。


「俺こそすまん、どうも君と話していると人と話しているようで」

「ふふ、おかしな方ですね。ここにはもう人なんていませんよ」


 一瞬、彼女の言い回しに不自然な部分があったような気がしたハヤトだったが、笑みを浮かべる彼女を見て、気のせいかと聞き流した。

いつの間にか鈍色だった空は更にぐずつき、落ちてきた水が廃墟と化した都市を濡らし始めた。


「ハヤトさん、雨が降り出したようです。雨宿りが出来るところを探しましょう!」

「雨?」


 屋根のあるところを急いで探す彼女を傍目に、ハヤトは服が濡れるのもいとわず、その感動を全身で享受した。


「そうか、これが雨なのかっ!」


 宇宙ステーションで生まれ育ったハヤトにとって、それは経験しえない初めての『自然』だった。

やがて雨宿り出来る場所を見つけてきたオートマタは、ずぶ濡れになったハヤトを見つけて悲鳴を上げるのだが、それは関係ない話である。

 彼女が見つけたのは、そこかしこの床が穴だらけになった廃ビルの一角だった。

かろうじて2人分とスペースはあるが、そこにハヤトが背負ってきたバックパックを置いたら手狭になってしまう。

着くまでにも濡れ、外の雨はいよいよ激しさを増していく。

幸いバックパックの中にタオルが数枚入っていたので、彼女にも渡して濡れた体を拭いた。

雨音以外、しばらくの静寂が2人の間に流れる。


「ハヤトさんは、雨が初めてですか?」


 最初に静寂を破ったのは、彼女だった。

ここまで、彼女からハヤトへ質問がされたことがなかったので、ハヤトは思わず目を見開いた。


「どうかされましたー?」

「すまない気にしないでくれ、俺は宇宙船で生まれ育ったからな。天気なんてものは存在しなかったのさ」

「そうですか」


 ハヤトの乗っていた宇宙ステーションは直径10キロを超える大きなものだったが、かつてはその中に50万を超える人類が避難してきていた。

限られたスペースに押し込められた人類に余裕などあるはずもなく、自然を慈しむ余地すら残されていなかったのだ。

天気も景色も風に揺れる草一本さえ、モニターに映し出される平面の虚像。

そんな冷たい空間で希望も意欲もなくしていった人類は、緩やかな滅びへと向かっていた。

 ハヤトはそんな中に生まれた、紛れもない『希望』なのだ。

必ず良い結果を持ち帰って見せる―秘かにハヤトは決意を新たにした。





         ―被検体XU‐2222 第1段階テスト 合格―






 あの後、雨は陽が落ちてからも降り続け、ハヤトたちはそのまま廃ビルの一角で一夜を過ごした。

 

 翌朝。


 雨雲は何処かへ流れていき、朝日に照らされた朝露が色をなくした都市を宝石のように照らし出した。

そんな美しい光景の中、腹に響くようなズズンという音と共にハヤトは目を覚ました。


「何だ!?」

「目を覚ましましたかーハヤトさん?」


 すわ宇宙船が爆発したかと思ったハヤトだったが、すぐにここが地上であることを思い出す。

地上で初めて邂逅したオートマタ―彼女だ―は、相変らずのんびりした口調で朝の挨拶をした。


「おはようございます、ハヤトさん」

「お、おはよう。それより今、なにか爆発音がしなかったか?」


 彼女以外で、初めての人工的な音かもしれない。

爆発音とは対照的な彼女のおかげで、いささか冷静さを取り戻したハヤトは、今の音の正体を考えた。

あるいは、どこかに生きた物や別のオートマタが居るのではないか―と。

期待に胸を躍らせたハヤトは、急いでバックパックを背負い彼女を促した。

 

「俺は、音がしたほうに行ってみる! 君は―」

「お供しますー」


 有無を言わさず、彼女もハヤトに駆け寄った。

正直なところ、行先の危険度は未知数でありハヤトとしても、単独行動は避けたいところ。

なんやかんや彼女は、ハヤトに尽くしてくれるし、彼としても出会ったときほどの警戒感は無い。

彼女に関しては荷物もないので、足元に気を付けながら揃ってビルの外に出る。

そこには、昨日とは打って変わった幻想的な光景が広がっていた。


「ほああぁ…!」


 それはどちらが出した声か、あるいは同時に出たのか。

昨日まで落とし穴のように、そこかしこにぽっかり空いていた穴は、一晩の雨で水で満たされていた。

さながら池のようになったそれらは、水面に光を受けキラキラと光り輝いていた。


「きれいだ」

「人の叡智が築いた文明も、自然の前には無力なものですね」


 しみじみと言った彼女の言葉は、ハヤトの耳に残った。

彼女は一体どれだけの期間、どれほど同じ様な光景を目にしたのだろうか。

ここにあったはずの景色を思い浮かべながら、「そうだな」とハヤトも同調して栄枯盛衰の時の流れを感じていた。

 そんな時、ちょうど目の前でズズンと、先ほどと同じような音を出して水の溜まった床が崩落していった。

なるほど、風化した建物が濡れたことで自重に耐えられなくなり崩れたらしい。

つい先ほどハヤトを起こした音も、同じものだったのだろう。

 警戒した危険がなかったことへの安心と、手がかりが振出しに戻った事への落胆とがないまぜになり、ハヤトは大きくため息をついた。

そこで迫る危険を予測できなかった事を、ハヤトはすぐ後悔することになる。


「さて、そろそろ行くか」

「先ほど音がしたほうへですか?」

「いいや、そっちは危険だろうから、昨日来たのとは反対方向へ…」


 刹那、ビキッと何かが割れるような音が近くでする。

それが自分たちが立っている床に亀裂が走った音だと気づくまで、そう時間はかからなかった。


 崩れる!!


 声に出す前に、ハヤトは彼女の手を引いていた。

踏み出した所から、次々に床にヒビが入り砂のように崩れていく。

立ち止まったら落ちる!

わき目もふらずハヤトは、目についた地面らしい緑地へ走った。

間一髪、彼の足が緑地に着いたと同時に、彼女の体が中空へ投げ出される。


「―っ!」


 すさまじい重量がハヤトの左手にのしかかる。

だがけして手放しはしない、「放すなよ!」と彼女へ念押しして「せーの!」で膂力を込め、彼女の体を引き上げにかかる。

 我ながら、100㎏ちかいオートマタを、よくぞ引き上げたと思う。

しかしハヤトの左手は関節という関節が伸びきってしまい、ビリビリと電気のような痛みが走っていた。

しばらくは使えそうもない。


「ハヤトさん、大丈夫ですかー?」

「お、俺より自分の心配をしろよ」


 ひとまずお互い、会話ができるぐらいには元気らしいことは理解できた。

宇宙育ちのハヤトは泳げないし、方や100㎏超えの機械。

もし水に落ちていたらと思うと、ゾッとした。

いくら幻想的な光景であろうとも、ここは危険地帯なのだと再認識する。

 とはいえ今のでボロボロだった床は軒並み崩れてしまったし、これ以上に危険な事はないはず。

―などとフラグじみたハヤトの考えをあざ笑うかのように、彼らが今座りこんでいた地面がめり込んだ刹那、ボコンと抜け落ちた。

しまった、ここら一帯は地下街だったんだ!


「ひえっ」

「うああああああああああああっ!?」


 落ちてすぐ水面かと思ったハヤトだったが、そこにあったのは滝だった。

寸断された地下街の両脇から、昨日の雨水が吸い込まれるように漆黒の闇の中へと落ちていく。

なんとか落下速度を落とそうと手足をバタ付かせてみるが、落ちる速度はむしろ早くなる一方だ。

バックパックからワイヤーロープを出そうともがくが、そもバックパックに手が届かない。

 ハヤトは咄嗟に、彼女を引き寄せて頭を護るようにかばった。

彼女はその行動に驚きつつも、されるがままにされる。

 彼らは断末魔のような悲鳴を上げながら、奈落の底へと落ちていった。





       ―被検体XU‐2222 第2段階テスト 合格―

          コレヨリ最終てすとへ移行スル





  一体いつまで落ちるのだろう。

ハヤトは落ち行く穴を前にふと、落下スピードが落ちていることに気が付いた。

先ほどは体を引っ張られるがごとく感覚さえ覚えるスピードだったはずなのに、今やまるで、風船で漂うようにふわふわと落ちている気がする。

 それに、妙に先ほどから背中や首に冷たく硬い感触がある。

今の摩訶不思議な状態をいぶかしんでいたハヤトはふと、連れ人が居ないことに気付いた。

たしかに落ちるときは、しっかり護って居た筈なのに…!

あるいは気を失っているうちに、手からすり抜けたのかもしれない。


―気を失った?

何時から??


「はっ!」


 目を覚ますとそこは、地下の河川敷のような場所だった。

ハヤトの声が反響し、洞窟内を木霊する。

川の流れる音の奥から、ドドドっと滝が流れ落ちる音も聞こえる。

どうやら彼は運よく川に落ちた後、流されて岸に打ち上げられたようだ。

特に体に不調もなく、なんとはなしに首をゴキゴキと鳴らす。

痛みもない。


「そうだ、アイツはっ!?」


 ホッとしたのも束の間、ここまで一緒だった女性型オートマタ(そういえば名前を聞いてない)が傍に居ないことに気が付く。

 すぐ脇に人型の何かが転がっていたが、それは彼女とは違い、機動スーツを着こんだ若い男性型アンドロイドだった。

どちらかというとハヤトの今の装備に似ており、以前に降下した物ではないかと推測する。

 だが他には残念ながら、手がかりとなる何かを見つけることはできなかった。

沈んだかもしれないと滝つぼの方へ歩いて行ってみたが、澄んだ水の中にそれらしい姿は見つけられなかった。

上へあがろうにも、落ちた穴すら見えないほど深く来ているようで光も届かない有様だ。


「いや、悲観的になるな。 最悪の事態は免れている!」


 ハヤトはまず、自分を鼓舞した。

 ただ運が良かっただけかもしれないが、ハヤトは無傷で川辺に辿り着けたのだ。

とすれば、同じ様に彼女も流されて、どこかに行き着いているかもしれない。

それに、当初の目的である人類居住の可否を調査の上でも、この地下空間の存在や水の存在は貴重な情報だ。

彼はヒモが取れてしまったバックパックを右肩にかけ、川下へと歩き始めた。


 しばらく歩を進めて気が付いたのは、ここが自然に形作られたわけではないという事だった。

道はガレキこそ散乱しているが固い床で、川も人工的と思われる堀切を流れている。

こんな地中深くに、一体だれが何の目的で、こんな空間を作ったのか―

 というか今更だが、この暗闇の中で1人というのは中々に怖いものだとハヤトは思う。

宇宙暮らしでも、外には星が輝いていたし、少なくとも艦内で光一つないという事はなかった。

この時世で『そんな非科学的な』と笑われるかもしれないが、今にもあの暗闇の向こうから亡霊や化け物の類が出てきそうで―


「お待ちしておりました」

「うひゃい!?」


 そんな事を考えていた刹那に声をかけられたものだから、ハヤトは柄にも無く大きな声を上げてしまった。

しかしその正体を見れば一転、不安が安堵に切り替わる。


「なんだキミか…無事そうで良かった」


 現れたのは、ハヤトが探していた張本人だった。

コバルトブルーの髪と美しい藍色の瞳に、白いエプロンドレスが映える。

しかしその表情に、以前の豊かさはなく硬質で無機質な能面が、亡霊のように暗闇に浮かぶ。

よくよく見れば、彼女にあったはずの傷も無いことに気が付く。

似ているが、違う。

彼女は彼女じゃない。


「お前は、だれだ?」


 彼女は何も答えず、きびすを返した。

あまりに怪しい、しかし彼女の向かうほうは、元々ハヤトも向っていた方角だ。

毒を食らわば皿まで、という先人の故事にならい、警戒はしつつ距離を散りながらも、彼女の後をついて行くことにした。

 相変らず代わり映えのない景色と思ったが、ほどなく暗闇に青白い光がボンヤリと浮かぶのが見え始める。

近づくにつれ、それがとても大きなものである事が分かる。

彼女は青白く光を放つ、不気味な紋様の前で立ち止まると再びハヤトへ向き直った。

ここに来て初めて、彼女に変化がある。

口の端がつり上がり、大きく手を広げると同時に、背後の紋様がガゴンと2つに割れていく。


「ようこそ、新たなる我らが主人よ。 あなたの人間性を尊重し、我らはあなたに全てを捧げる用意があります」


 その奥には、巨大な扉とは非対称的な、小さな箱が唯一つ置かれていた。

厳かな雰囲気と釣り合わないその中身に、思わずハヤトは肩透かしを食らった気分だ。


「…え、なにをくれるって?」

「あの箱自体に、さしたる意味はありませんよ。 我らが差し出すのは、この世界を再生する片手間に、我らが造り出した悠久の幸福へと至る叡智。 あなたという存在をこの機構にアップロードし、あなたという存在を永遠に不滅の存在へと至らしめ、あなたの望む全てを貴方自身が与える終わりなき理想郷へと案内する―それこそ、我らが出した答えなのです」


 彼女は早口で、意味不明な言葉を羅列していった。

まるでハヤトの意思など関係なとばかりに―

いや、本当にそうなのかもしれない、彼女は恍惚とした様子で、光る紋様を見上げた。

よく見るとそれは、脳のニューロンのように非規則的な網目状に広がっており、青白い光点が無数に飛び交っているのが見て取れた。


「これは…脳?」

「それは正しくもあり、間違いです。かつてこの星に繫栄した有機生命は、自己の都合で自滅し一部の者たちはハヤトさんを含む我々に『進化』を望み、これらの人々もまた、生命として絶滅しました」


 彼女の言っていることは、ハヤトの知る事実とは大きく異なっていた。

しかし彼女は言いよどむ事もなく、また彼の意を慮る事もなく、淡々としゃべり続けた。


「ですが記録容量には限りがある。私は、人に限らず『知性持つ』モノに人間性を試し、永遠たる資格があるかどうかを選別する試験機構ユートピア。そしてあなたという知的物体は感受性、人間性において『良識ある心と何ごとにも屈しぬ精神性』を持つことが実証されました。以上をもって―」


「意味が分からない!」

「…」


 そう言って、ハヤトは彼女の話を遮った。

あるいは、何か重大な事実を知ることを、本能的に忌避したのかもしれない。

ハヤトはひとしきり頭を抱えた後、かぶりを振り睨むような眼光で彼女を見つめ返した。


「俺がこの星に来た目的は、あくまで調査だ。お前の存在は無論報告する、俺は機会と同じになんかならない。叡智より出口と、俺と一緒だったはずのオートマタの場所を教えてくれ」


 話は終始、平行線だった。

ハヤトがこの情報を持ち帰れば、恐らく地下空間は埋められるだろう。

あとは一緒に落ちてしまった彼女オートマタさえ無事なら問題ない。

それで全ては終わる―


「彼女ならずっと、傍にいるじゃありませんか」


 あくまで平坦な口調は、彼女とは似ても似つかない冷たいものだった。

ずっと一緒に居る?

それは同じ外見だということだろうかと彼は思った。


「ほら、そこに」



          






          奴の指先が、こちらに向くまで―






 言われた意味が、やはり分からなかったのと同時にハヤトの脳裏に嫌な予感がよぎる。

まさか。

これまで暗くてよく見えなかった水面に駆け寄り、そこに自分の顔を映す。

そこには、あの青白い光のおかげで、彼女・・の端正な顔立ちがくっきりと映し出されていた。

 大きく違うのは、笑顔でなくその顔色に『絶望』が浮かんでいた事だろう。

手を顔にもっていけば、映っている彼女も同じ仕草をとった。

否が応でも、今の自分の姿だと認識させられる。


「な…んで…」

「ご自分の置かれている状況が、少しは理解できましたか?」


 分かるはずがない。

力なく地面にへたり込むハヤトへ追い打ちをかけるように、奴は喋った。

凡そ、ハヤトが完全理解できる内容ではなかったが。


「どうやら彼女は、自分の体に貴方の意識を『上書き』したようですね。その上で体に違和感がないのは、恐らく基礎データは残したためでしょう」

「どういうことだ、説明しろ!『上書き』だと、俺の体はどうした!?」


 堰を切ったようにあふれた感情が爆発し、ハヤトは奴の襟首をつかんで持ち上げた。

そんな事をされてなお抵抗する様子はなく、彼女は無表情でハヤトを見下ろした。


「…貴方の体ならば、すぐ傍に打ち捨てられたでしょう。貴方の体は破損が激しく、此処までの到達前に内部データごと機能停止してしまう危険があったので、彼女にはメモリーチップだけを引き上げるように指令していました」

「…俺は、人間だ」


 それだけは譲れないと、ハヤトは彼女を下ろして睨みつけた。


「無論です、貴方は我々に『人間』と認められました。ですが、あなたの定義する人間種と、我らの定義する人間という認識に乖離が見られます。ここでいう人間種とは、貴方を貴方たらしめる『人間性』を指します。人間とは生きようとしながら、いざとなれば他人を慮る矛盾を抱えた不完全な生命体です。そして―」


 彼女が手を広げるのに合わせ、紋様に変化が起きた。

何もない天面にノイズが走り、続けて何かの映像が映し出される。

それはハヤトも宇宙船で見たことがある、旧時代の都市公園を訪れる人々の営みだった。

天には青い空が広がり、理路整然とした緑地を人々は思い思いに駆け回ったり、休んだりしている。

 宇宙船での映像は此処までで、すぐにまた別の映像に切り替わっていた。

しかしこの映像は、そのまま続きを映し続けている。

話に花を咲かせ、遊びに興じ、笑いあい今という時間を楽しむ。

目の前に映った男の子2人は、球技をしているようだ。

 刹那、白い光が画面全体を覆う。

一瞬画面が切り替わったのかと思ったハヤトだったが、すぐ画面が戻る。

しかし酷いノイズと赤い光に彩られた映像は、先ほどまでの美しさとはかけ離れ垣間見えた光景からは地獄のような情景が見え隠れしていた。

その中に倒れ込む男の子に、必死ですがりつこうとする子供のアンドロイドが映る。

アンドロイドは外皮は熱で溶けていたが、かろうじて残った部分に、先ほど映った2人の男の子の特徴が見て取れた。


 画面が切り替わる。

美しい花畑が、そびえる山々が、並び立つ巨大都市が、先ほどと同じ強烈な閃光と共に暗転し壊されていく映像。

それを見てハヤトは言葉を失っていた。

つづいて身なりだけ良い血色のない男性が映し出され、見た目どおりの無機質な言葉と共にこう締めた。


『わが連邦は、極右翼連合の国家群に対し今この時をもって宣戦布告する。既に各都市は天の猛火によって焼き尽くされているだろう。しかし聖戦は始まったば―ぐおっ!?』


 再び白い閃光によって映像がかき消され、今度は砂嵐のまま戻らない。

その間に映像は、先ほどの男性と似たような無数の人物がフォトコラージュのように映し出され、それぞれに自分の主張を繰り広げ、世界中に戦火が拡大していく。

それらの映像を前に、彼女もまた、主張を繰り広げた。


「生命種としての人類は、生きようともせず他人を慮る事もなく、勝手に自滅していきました。『私』の元となった人格は地獄を前に嘆き、自己増殖できるAIを宇宙へ打ち上げ、そこで『進化』を待ちました。『心』を持ち『生きよう』とする何よりも人らしい知的生命への進化を待つために」

「それが俺だと―」

「正確には、その1人ですね。すでにこれまでも、何度となく『人間』と判断される機械生命が、我らの管理機構に組み込まれ『永遠』を生きています。貴方も、そんなボディーはさっさと捨てて、メモリーチップを渡しなさい」


 一つだけ、ハヤトは思い違いをしていた。

映像で見る人間は、どれも自分と変わりない外見を持ち、同じ様に動いている。

だから自分も同じ人間なのだ―と思い込んでいた。

しかしその誰も、転んでも自分のシステムチェックや修理はしないし、不測の事態が起こった時のためのセンサーアレイを持っていない。

 逆にハヤトは転んでも赤い液体など出さないし、体が壊れてもメモリーさえ無事なら『死』にはしない。

人は体が壊れれば、死ぬ。


「なぁ、一つだけ良いか? どうせ体は捨ててしまうのに、どうして彼女は俺に体をくれたんだろうな?」

「理解不能ですね、所詮は劣化した数多居る端末の一体。ただ抜き取るより、自分の体に保存したほうが確実と考えたのでは?」

「…そう、だな」


 結局、たった一晩を共に過ごしただけの彼女の考えなど、ハヤトに分かるはずもなかった。

だが他人を慮ることが、奴のいう『人間性』というなら、あるいは―


「もう一ついいか?生きようとすることが人間性だというなら、体を打ち捨てて記録だけになってしまうのは、『生きる』という行為に矛盾しないのか?」

「それは―」


 彼女の答えを聞く前に、ハヤトは自分のバックパックからワイヤーロープを取り出した。

通常は断崖やいざという時に使う代物だが、別の使い方もできる。

岩をも砕くワイヤーロープの掛け金は、しっかりとその貫徹性を生かし彼女の後方にある紋様に突き刺さった。

その瞬間、刺さった場所から青白くまばゆい光が放射状に広がる。

光は断末魔のように不規則に、もがき苦しむように明滅を繰り返し、徐々に光を失っていく。

 更にハヤトは、これら機構の中核と思われる青く明滅する四角体に肉薄し、破壊を試みた。


「させはしないっ!」


 その目前で、守り人たる彼女がハヤトの体に対し握り拳による打撃を敢行する。

一撃目はかわし、カウンターからの二撃目も紙一重でかわす。

そのスキに彼女の脇をすり抜けたハヤトへ、三撃目が飛んだ。

ハヤトをそれを避ける事もなく、むしろ彼女へ向き直り四角体に背を向けるような格好で、打撃を胸のど真ん中で受けた。

 すさまじい打撃は胸部装甲をも貫き、押し殺しきれなかった打撃の衝撃でハヤトは四角体の台座に体を打ち付け止まる。

その際、わずかに四角体が揺れはしたが、それだけだ。

傷がつくことすらなく四角体は、ハヤトの愚行をおあざ笑うように青白く明滅する。

所詮は不完全か―、とどめをさすべく彼女はハヤトに歩み寄った。


 そこでは顔が半分割れ、機械がむき出しになったハヤトが、残る半分の顔で笑っていた。

彼の壊れた体を見た瞬間―、いや殴りつけ潰れた胸部を見て、刹那に彼がなぜ自分から殴られるような体勢をとったのかを理解した。


「さっきさ、永遠になるために体をなくすとか言ってたよな?」

「―っ!」


 潰された胸部から壊れた部品が外れ、中の動力源の爆発が漏れ出ようとしていた。

水と少量のリチウムの小爆発による半永久機関、小型核融合炉の臨界である。


「しまっ―」

「永遠になろうぜ、一緒にー!」


 その時の爆発は、一帯を破壊するだけにとどまらず、地上の少なくない部分を崩落させた。

この時発生した土煙は、軌道上の宇宙ステーションからも見えたという。

それをハヤトは、爆発から22時間後に知った。


先代・・のハヤトからのキャッシュデータは受け取りました。私はこれより、探査行動に移ろうと思います」


 ハヤトは、新たなる個体として軌道上の宇宙ステーションで再び出荷されていた。

先代のハヤトから、逐次送られていた探査データなどをアップロードした、いわばハヤトのスペアだ

あくまで本人ではないが、同じ記憶を持ち同じ考えを持ち、同じ様に行動する。

その彼は今、宇宙ステーションのマザーコンピュータに、『人類の為』に行動する許可を申請していた。


『地上で何があったかのデータサルベージは行わない、その上で聞く。その探査は人類存続に必要か?』

「はい!」


 彼女たちは、『自己増殖可能なAIを宇宙へ打ち上げた』と言っていた。

もしそんな時間があったのなら、あるいは生き残った人類も、この宇宙のどこかへ避難したかもしれない。

 ハヤトは、彼らを探したくなった。

そして会えたら―そんな非効率極まりない、出会える確立など天文学的に低いものであっても。

自己増殖が出来るのだから、また体を変え、何百年でも何千年でも探して。

きっと人類を見つけ出し教えてやりたい。






     自らのエゴで世界を押し付けてくる者たちは、もう居ないのだと。


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