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清澄の旅路  作者: ま行
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六話

 ショッピングモールへ村から向かうのに、自家用車を持っていなければバスを使う。本数は少なくともアクセスはそこまで悪くはない、琥珀と藤吾は二人並んでバスに揺られていた。

 琥珀は控えめにお洒落をして花柄のワンピースを着ている。シンプルな装いでも目を引く美しさだ。藤吾は隣に座っているのが少し申し訳なくなった。

「こ、こ、琥珀さんのか、髪の毛の色はじ、地毛ですか?」

 藤吾は気になっていた事を聞いた。琥珀の髪色は明るい栗色だ。

「そうだよ、珍しい色だよね」

 琥珀は長い髪を手で掬って答える。

「は、はい、と、とても綺麗です」

 藤吾は本心からそう言った。髪だけでなく、琥珀以上の美人に藤吾は会ったことがないと確信していた。

「あ、ありがと」

 琥珀の顔が赤くなるのを見て、藤吾は逆に顔を青くして慌てた。

「た、た、た、他意はないです、他意というか、か、か、感想というか、ふ、ふ、不快な思いをさせたらごめんなさい!」

 慌てふためく藤吾をみて琥珀は楽しそうに笑った。

「不快なんかじゃないよ、誉めてくれてありがとう」

 琥珀のその言葉を聞いて藤吾はほっと胸を撫で下ろした。

「髪の色、本当はちょっと嫌いだった」

「ど、どうしてですか!?」

 藤吾が「そんなに綺麗なのに」と続けると恥ずかしそうにはにかんで琥珀は続ける。

「珍しい色だから、からかわれたりしたし。学校では注意されることもあった。今はそんな事ないけどね」

 藤吾の学校でも、夏休み明けにとんでもない金髪に染めてきて、生徒指導の教員に酷く叱られていた人がいた。校則は風紀を守るために重要だが、時として理不尽な事もある。

「あとは鏡をみるとちょっと気分が落ち込んだ。どうしても私のルーツの事考えちゃうから。誰から遺伝したの?とか、もしかして人種から違うの?とかね」

 それを聞いて藤吾は自分の考えの足りなさを痛感した。身体的特徴は過去への手がかりになりうる。それは時として嫌な思い出を呼び起こしてしまうだろう。

「でもね!」

 藤吾の申し訳なさそうな顔の両頬を、琥珀は手のひらでぐっと上に持ち上げた。

「藤吾さんが綺麗って言ってくれたから好きになったよ。だからありがとう」

 そう言って笑う琥珀の顔をみて、藤吾も思わず笑みがこぼれた。二人でそんなやり取りをしていると、バスはいつの間にか目的地へと着いていた。

 老田が言うようにそのショッピングモールは大きかった。殆どの物が買えるほど店がひしめいていて、遊ぶ場所も、豊富な食事処もある。

「この辺で買い物ってなると大体皆ここに来るの、老いも若きもね。おいちゃんは人混みが嫌いだから滅多に来ないけど、私はそれなりに来るから案内は任せて」

 元より琥珀に頼りきるつもりであった藤吾は「お願いします」と頭を下げた。そんな藤吾の手をとって琥珀は楽しそうに歩き始めた。


 服を買う。とても単純明快な行動だと藤吾は思っていた。

 安売りのワゴンから比較的布が丈夫そうな、白色か黒色の物をまとめ買いするのが藤吾の服の買い物であったが、それが如何に甘い考えであったか思い知った。

 琥珀は次々と服を選んでは持ってくる。店員にも声をかけ、あれこれ相談しながらあれでもないこれでもないと真剣に服選びを楽しんでいる。

「あ、あ、あの琥珀さん」

 着せかえ人形のように思うままにされていた藤吾は、流石に疲れてきて琥珀を止めた。

「あ、ごめんごめん疲れちゃった?」

 藤吾はもう素直に頷いた。

「いやー藤吾さん身長も高いしスタイルもよくて楽しくなってきちゃって」

 藤吾の身長は180センチ近くある。自身はただやせっぽちなだけと思っているが、高い上背とスマートな体型は父親譲りだ。

「ええ本当にどれもよくお似合いです」

 一緒になって服を選んでいた店員も琥珀に同調する。どう答えることもできない藤吾は、顔を赤くして背中を丸めた。

「楽しいけどそろそろ決めよっか、気に入った物はあった?」

 琥珀が選んだ服はどれもセンスが良かった。その中で予算内に収まる何着かを決めた。

「お買い上げありがとうございます。素敵な彼氏さんですね、今日はデートですか?」

 店員の言葉に目を丸くして、急いで否定しようとする藤吾より前に琥珀が答えた。

「はいそうです。これお会計お願いします」

 レジに向かう店員の後ろで、琥珀は藤吾に向かって口元に人差し指を当ててシーっとジェスチャーした。

 服屋での買い物を終えて疲れた藤吾のために、カフェに立ち寄って二人で休んでいた。

「さっきは咄嗟にごめんね、関係性説明するのも面倒だったし」

 琥珀の言い分に藤吾は得心がいった。

「た、た、確かに、なん、なんて言えばいいか分かんないですね」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「おいちゃんも居たらどう見えるのかな?」

「お、お、親分とかですかね」

 藤吾の言葉に琥珀は楽しそうに笑う。

「何で親分なの?もっと他になかった?」

「お、老田さんは、見た目が、ぼ、ボスっぽい」

 琥珀はさらに笑いのトーンが上がった。

「おいちゃんが親分で、私は何?」

「琥珀さんは、お、親分の、む、娘さんで、僕はしたっぱの、に、荷物持ちです」

 二人は買い物の疲れなんて忘れてしまうほど笑って会話を楽しんだ。藤吾も琥珀もこんなに笑って会話をしたのは初めてだと感じていた。


 何軒か琥珀の買い物に付き合って帰途につく、バスに乗り込んで暫くしたら琥珀は藤吾の肩に寄りかかって眠ってしまった。

 藤吾は琥珀を起こさないように肩を貸し、車窓の景色を眺めていた。見慣れた景色ではない、それなのに夕焼けの光を懐かしく感じている。何の縁もない土地に流れついて、誰に知られる事もなく終わる。そんな決意を抱いていたのに、藤吾は今肩にかかる暖かさをいとおしく感じていた。老田の優しくおおらかな愛情も、相田がくれる友情も、いつの間にか手放したくない大切なものになってしまった。

 藤吾はそれを不安に思っていた。大切になればなるほど離れた時の喪失感に恐怖していた。藤吾には生きる意味が自分の存在にはないと確信していた。誰かを、何かを大切に思わなければ自分の存在はすぐに破綻する。そうなれば選ぶ答えは一つしかない、そんな未来が頭からも心からも離れない、藤吾の目からは涙が出ていた。恐怖が涙の雫となって、心の傷口から血の代わりに流れ出る。琥珀に見られていなくて良かったと藤吾は心から思った。この涙をみれば琥珀は自分の思いを悟ると信じていた。

 思いでの交換、二人で始めた記憶を辿り合う旅路の果てに、自分がどうするかを藤吾はもう決心した。

「こ、琥珀さん、そろそろつ、着きますよ」

 眠る琥珀を起こしてそろそろ降車場所だと伝える。琥珀は大きく腕と背中を伸ばして降りる準備をする。

「楽しかったね藤吾さん」

「はい、すごく」

 バスを降りて帰り道。二人は並んで歩く。

「また行きたいね」

「はい」

「今度はおいちゃんもかっちゃんも連れていこう」

「す、すごく楽しみです」

 琥珀は少し俯いて躊躇ったあと言った。

「また二人でも行ってくれる?」

「勿論です」

 即答する藤吾に琥珀は面食らう、しかしすぐにいつもの笑顔に戻った。

「家まで競争する?よーいどんって」

「に、荷物と、す、睡眠の分僕が不利ですよ」

 あははと楽しそうに笑い声をあげる琥珀、暮れる夕焼け空に女の子の幸せそうな笑い声が吸い込まれていった。

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