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star of crown  作者: あらたまる
1/1

深緑の夜に

初投稿です。

よろしくお願いいたします。

やわらかな月明かりだった。

闇夜にうす暗く浮かび上がるのは広大な樹海。うねる大木群は昨晩の豪雨に打たれ、ぬらぬら

とした不気味な雰囲気を醸し出す。森に住まうモノたちも今は昼間の喧騒を忘れたかのように

鳴りをひそめ、夜の静けさにやさしく包み込まれていた。

永遠とも、悠久とも言えぬ、長く停滞した時間がそこにある。

だが、その静寂を破る者たちが現れた。

馬蹄の音をとどろかせ、風のように木々の合間を縫う七つの影。剣に斧に弓と。腰や背に携え

た得物はそれぞれ異なるものの、一様に真黒い外套をまとう人間の姿であった。

黒衣の騎手とでも言おうか。

ろくに整地もされていない未開の土地—— それも乱雑に木々が生い茂った森—― にも関わら

ず、ぬかるんだ地面をものともしない。矢尻のような陣形は崩れることなく一陣の風と化していた。

しかし奇妙なことに彼らは軽装に過ぎた。誰一人として身を護る防具を着ていないのである。

麻の服一枚の上に黒衣を羽織っただけという、重さを最低限までそぎ落とし、馬の速力だけに重

視した装いは何とも奇妙であり珍妙な恰好だ。

さらに、夜間の行動に必須であろう松明などの灯りでさえ携帯していない。まるで闇に溶け込

みながらも、闇から逃れているような。そんな彼ら黒衣の騎手たちの表情に貼りつけられていた

のは焦りの色。手綱を握る拳はじっとりと汗ばみ、小さく震えている始末だ。

それは武者震いではなく恐れから来るもので。一行を恐怖に陥れんとする存在は、すぐ真後ろ

にまで迫ろうとしていた。

「グレゴール!後ろだ、やつらが迫ってきた!」

しんがり

殿を務めていた男が野太い声を張り上げる。

グレゴール—― 名を呼ばれ、先頭を走る男が素早く後ろを振り返った瞬間。

「くっ」

風切り音とともに一本の白光が彼の頬をかすめていった。瞬時に皮膚が焼け焦げる。するどい

痛みに顔をしかめつつ射線上に残るわずかな光の残滓を目で追った、その先から。

「総員、攻撃に備えろ!」

月光を背にした異形の白狼が駆けてきていた。その数は二十を越えている。子牛ほどはあろう

かという狼としてはありえない巨躯に、純白の体毛。ぎらぎらと殺意のこもった赤い瞳は黒衣の

騎手たちを捉えていた。

そのうちの一頭が口をあんぐりと開けると、途端に口腔内で光の筋が収束し始めた。

「散開!」

グレゴールの指示を受け、すぐさま黒衣の騎手たちは馬を操り進行方向を変えた。すると、間

髪入れずに次々と光線が彼らに襲い掛かる。それぞれ別方向からの射撃であったが、それらは的

確に騎手たちの頭を狙うものだ。

「ぐああ!」

馬上で体勢を崩しつつ何とか躱していたが、息つく暇もなく放たれる射撃にとうとう落馬する

者が出始めた。それでもなお騎手たちは懸命に手綱を握る。

そうして距離を取ろうと試みるも、白狼の群れはそれを許さない。

逃げる獲物を追う狩人の如く、あるいは狩りそのものを楽しむかのように。彼らが断末魔を上

げ、血を流して落馬しようとも一向に速度を落とすことなく追いすがってくるのだ。

やがて、ついに騎手の一人が喉を射貫かれて馬ごと転倒してしまった。それに呼応するように

一人、また一人と後続が次々と倒れていく。

もはや全滅は時間の問題であった。

だが、突如として白狼たちに異変が起きた。

グレゴールらを執拗に追いかけ回していた群れのうち半数近くが急に立ち止まったのだ。一斉

に耳を立て鼻を引くつかせると、何かを探るように周囲をぐるりと見渡した。

どうやら何者かが近づいてきたらしい。

不意に過ぎ去った死の嵐に、騎手たちは「逃げ切れる」と希望に満ちた表情を浮かべたが、すぐ

に絶望へと叩き落された。

なにせやってきた者の正体が、彼らの天敵たる存在であったからだ。

「おい…… 噓だろう」

誰かがぽつりと呟く。

前方の森奥から姿を現したのは巨大な獣だった。

いや、正確には獣ではない。二足歩行をしてはいるが、その姿は獣と形容するには歪なもので。

大きさにして二メートル半はあるだろうか。全身を覆う毛並みは月明かりを受けて淡く輝き、

どこか神秘的な印象を与える。しかし顔つきだけは凶悪そのもの。口から覗く牙は人の首など

簡単に嚙み千切ってしまいそうで、四肢の爪に至っては鋭利な刃物のようにするどく尖っていた。

夜の悪夢、カルカー。

そんな化け物が黒衣の騎手たちの前に現れたのだ。しかも一体だけではない。最初の一体が姿

を現すやいなや、続々と森の奥から巨大な影が乱立するではないか。

「逃げろっ、囲まれる!」

グレゴールの叫びに、残った仲間たちは弾かれたようにして馬を駆った。

しかし、それは悪手であると言わざるを得ない。

なぜなら彼らはすでに退路を失っていたのだから。

気付けば白狼の群れが半円を描くように待ち伏せており、逃げ場がどこにもないよう完全に

包囲されていのだ。前後左右、どこを見ても白い狼の群がいる。

じりじりと中央に寄せ集められていくなかで、グレゴールのそばに身を寄せた男が口を開いた。

「グレゴール…… 俺たちはもう終わりだ。全員でかかってもあの数には勝てん。お前だけでも、早

くここから逃げろ。その繭は我らの希望なのだから」

仲間の最後通牒にも似た言葉に、グレゴールは奥歯を噛むことで耐えるしかなかった。

彼の手綱を握る右腕とは反対に、左腕で抱えられた琥珀色の繭。一見すると卵のようにも見え

るそれは表面を細く艶やかな糸で巻かれている。その隙間からは、命ある脈動を知らせるよう

にしてあたたかな光がやんわりと漏れ出していた。

この樹海全体がその身をもって死守していた禁忌の代物。そしてそれを奪った黒衣の騎手たち

が追われることになったきっかけだった。

繭と男の顔を見交わしながらグレゴールは葛藤する。

いまここで仲間を見捨てれば、間違いなく後悔するだろう。仮にこの樹海から逃げおおせたと

しても「あのとき逃げずに立ち向かえば良かった」と思い返して己の喉に刃を突き立てるだろう

とも。それが分かっていて見捨てられるほど彼は非情ではなかった。

しかし、そんな葛藤を嘲笑うかのように白狼とカルカーの包囲網は徐々に狭まっていく。

「グレゴール!迷うな、行けえ!」

雄たけびにも似た男の叫びが、ついにグレゴールの覚悟を決めた。

「すまない…… !」

短く謝辞を述べると、手綱を握りしめ馬の腹を蹴った。それとほぼ同時に包囲網へ投げ込まれ

た鮮やかな青の結晶石が、宙を舞いながら白狼の群れ、その中心ほどに差し迫った刹那。弓をつ

がえていた騎手の矢が放たれた。

パリィン、と。けたたましい破砕音が鳴り響く。

直後に白狼たちを襲ったのは膨大な水飛沫だった。降りかかる雫を仰ぎ見ていたのも束の間、

その赤くギラついた瞳と共に体が溶かされる痛みに咆哮を上げてのたうち回る。

一匹、また一匹と水飛沫を浴びた同胞たちが息絶えていくのを見て退いた白狼の群れに、一筋

の抜け道が生まれた。

この一瞬しかない—— グレゴールは包囲網に生まれたわずかな隙間を目指した。腰に携えてい

た鋼の剣を抜き放ち、進行方向でいまだ狼狽する白狼の首を切り落としながら。ただ前進ある

のみ。障害となりうるものを切り裂いていくなかで。

「—— っ」

背後から声にならない断末魔が上がった。

振り返ると、そこにはカルカーの口元にぶら下がる男の姿が。彼は血反吐をまき散らしながら

も腹部に突き立てられた牙を殴りつけている。だが抵抗も虚しく、カルカーの口の中へと飲み込

まれていった。

ついに黒衣の騎手はグレゴール、ただ一人となってしまった。

「畜生が!」

憎々しげに吐き捨てる。仇を取りたいという気持ちに後ろ髪を引かれつつも、その目は包囲網

の先に注がれていた。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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