番外編 とある地球外生命体のつぶやき
拠点からの帰り道にご飯を食べに行ったところからスタート。
レイがひたすら思いをはせる回。
ああ、うまい……。
口に含んだ瞬間に広がるほろ苦い風味と、その日の疲れを洗い流すかのようなシュワッと弾ける爽快感は最高だ。ビール……、それは初めて口にしたあの日から俺の心を捕えて離さない飲み物だ。
「レイはホントにビール好きだよねぇ」
ミオはそんな俺を見てしみじみとそう言うと、何やら考え込み始めた。うんうん頷いていたかと思えばガーン!! と効果音がつきそうなショックを受けたような顔をしている。大方、地球外生命体も色んなものを食べるんだなーとか考えているうちに、映画に出てくるような人に害をなす凶悪なやつを思い出し、俺がそうだったらどうしよう食べられやしないかと怖れ慄いているのだろう。
「肉食、草食、雑食、好みは種族次第だ。この惑星の生物と同じだな」
何で分かったの?! という顔をするが、眼の前で一人百面相を繰り広げられ、逆にどうしたら分からないと思うのか。でも、このお約束なやり取りが面白くて可愛くて、いつもついつい顔が緩んでしまう。
「レイの種族はどんな好みなの……?」
種族としては雑食派だ。幼少期は栄養が必要なため肉食中心なのだが大人になるとそこまでではない。引き続き肉食を好む奴もいれば栄養が含まれる液体があればいいという奴もいる。
かくいう俺は栄養が含まれる液体があればいい派だ。まあ、荒れた惑星に行かされることが多く食事はただの栄養補給で味だのなんだの言っている暇も余裕もなかっただけなのだが。
栄養が含まれる液体と答えてそれは何?とか突っ込まれるとどう答えたものか悩ましいな。植物の蜜だろうが動物の体液だろうが人工の飲み物だろうが糖分と水分がある程度含まれていれば何でも、とかはとてもじゃないが答えられない。
せっかく聞いてくれたミオの期待に応えてやりたくはあるが、これ以上怯えてもらっても困る。とりあえず当たり障りのない答えをしておくことにした。
「種族としては雑食だが、映画に出てくる凶悪な奴らのように他種族を襲ったりはしない」
答えを聞いたミオの眉間にムギギと寄せられたシワが『雑食って何だよ、おい。誤魔化されやしないぜぇぇぇ』という心の声を代弁している。答えにやや時間を要してしまったせいだろうか……?
「そっち方面の雑食ではなくて。俺はビールもいけるし、ほら、このキムチみたいな辛いものも他の変わった味のやつも好んでいるだろ? そういう意味での雑食だ」
嘘は……ついていない。安心してくれという気持ちを込めじっとミオの瞳を見据える。ダメ押しになればと箸で掴んだカクテキを掲げてみるが、ムギギと寄せられた彼女の眉間のシワは緩まない。
永遠かと思えるような沈黙が続く中、今、眼を逸らせば疑いを深めさせてしまいそうだ。
数々の死線をかいくぐってきた俺にこういった視線のせめぎ合いなど他愛もないことだ。しかし……、掲げてしまったこのカクテキをどうしたものか……。そっと下ろすべきか何事もなかったかのように食してしまうべきか。これまでの経験とインプットした地球の情報を総動員させるが、即座に最適解を導き出すことができない。
「ふふっ、あはははは。限界だ、限界だよ! 真顔でそれはないよ!! あはははは。あーお腹痛い。あはははは」
しばし見つめ合っていると、耐えきれないと言わんばかりにミオが笑いだした。いや、吹き出したと言う方が正しいだろうか。そうしてひとしきり笑い倒した。
「そうだね、レイは確かに雑食だね」
笑いを噛み殺しながら俺の右手を箸ごと引き寄せ、パクリとカクテキを自分の口に入れ美味しそうにモグモグ食べた。……何故笑われているのかよく分からないが疑い(?)は晴れたらしい。
何となく釈然としない気持ちでミオを見ると、口元に手を当ててクフフ、と思い出し笑いをしていた。
俺が見ていることに気がつくと慌てて表情を引き締めるが全然引き締められず口の端がニヨニヨしている。
可愛いなぁ……。
また、フッと顔が緩む。
丸みのある顔にくりっとした目、その可愛らしい外見とは裏腹なちょっとシュールで秀逸な喋りも合わせて俺の好みどストライクだ。ミオに会えたことだけは、ここに送り込んできたヤツに感謝してやってもいい。
上の兄達には既にパートナーも子供もおり種族としては安泰だ。そんな状況においては、たとえファン・デン・ベルグ家といえども五男などさして重要ではない。だが、それでもファン・デン・ベルグ家の威光が必要なことはそれなりにあり、遠隔地や激戦地、そんな任務はパートナーもいない俺がうってつけと言わんばかりに辞令が降りてくる。
ただ、俺はそんな状況に不満はなかった。むしろ、誰も彼も遺伝子レベルで刻まれた解けることのない呪いに囚われパートナーに執着している、そんな陰鬱なコロニーにいるよりは任務に赴いている方がマシだったからだ。
強がりなどではなく生涯の伴侶が見つからないことも本当にどうでも良かった。いや、見つけてしまったら自分もあのおぞましい呪いに囚われる。それくらいなら、むしろ見つからなくていい、そんな風に思っていた。
なのに見つけてしまった瞬間から、忌まわしい呪いだと思っていたこの執着が、まるで生きている証かのように思える自分の変わりように驚く。
側にいて欲しい
片時も離れて欲しくない
深く繋がっていたい
……心も、身体も全部
フィット感も防御力も皆無なスウェットなるものに身を包み、ビールとミオがおすすめしてくれる変わった食べ物を食べながら映画を見てゆっくり過ごす。そんな時間は今まで経験したことのない穏やかな日々で、自分の中のずっと満たされなかった何がか埋まっていくかのようだった。
あっという間に一年の任期満了が近づいてくるが、今さらコロニーに帰る気など微塵も起きなかった。しかし、このままずっとこの惑星でミオと過ごしていくには俺のこと種族のことを話しておく必要がある。
この惑星は機構未加盟国である。未加盟国は機構のデータベースにアクセスできないので、当然この宇宙に存在する多種多様な種族の情報など何も知り得ない。それは政府だけでなく医療機関も然り。そんな中でミオが俺の子を身ごもってくれ、普通にこの惑星の病院に行ったら俺達の愛の結晶は未知の生物判定されて大パニック間違いなしだろう。
妊娠中にそんな騒ぎなどもってのほか。と、なるとコロニー又は加盟国の医療機関に行くしかないが、未加盟国のものが加盟国内に立ち入るにはパートナータグの装着が義務付けられている。ちなみにこれはファン・デン・ベルグ家とデ・ヴリース家のみに認められた特権である。
さすがのミオもいきなり転移装置に乗せられ、ついた先が見知らぬ惑星で更に未知の生物が溢れてたら驚く……、どころでは済まないだろう。妊婦に余計なストレスを与えるわけにはいかない。
さて、どう打ち明けるか……?
何の脈絡もなくいきなり『俺はこの星の生物じゃないんだ』とか言えば、ただの頭のおかしいやつと思われるだけだ。だからといって本当の姿を見せるにしても、ちょっと髪と眼の色が違うだけの俺ではインパクトもクソもない。
どうしたものかと思い悩んでいたある週末。いつものようにミオの部屋で映画を見ていた。
今日は手がハサミの人造人間と少女の話だった。その人造人間は手がハサミという奇妙な出立ちにも関わらず、純粋で心優しく、手先も器用。なのに、ちょっとした事件から住民は人造人間を疎み怖れ、異質なものとして排除しようとするのだ。
俺も、そんな扱いを受けるかもしれない。
水にポツリと落ちたインクの波紋のように広がるその不安を、少し落ち着かせようとアタリメを手に取りかじってみる。
いや、俺がハサミ男のようなヘマなどするはずもないのに何を不安に思うことがあるというのか。そもそも、根本は彼らが『自分達と違う』ということに寛容でないからだ。そう考えれば、面倒だと思っていたファン・デン・ベルグの名はそれなりに役立っていて、その名が知られていないここでは俺もただの未知の地球外生命体の一種類でしかない。それに、また漠然とした不安を覚える。
『こういう映画ってさ……』
そんなミオの質問にいつもなら当たり障りなく答えていたのだが……。どうするべきか。再びアタリメに手を伸ばし、かじる。
もう、いいか……。
どうせ遅かれ早かれ話さないといけないのだ。そうして取り繕うことなく正直な感想を伝えた俺に、彼女は当然ながらとまどっていた。しかし俺が人型ということもあったのだろう、正体を明かしても怯えることはなく持ち前の好奇心と想像力で面白そうにあれこれと質問をしてくれた。
ただ、最初の質問が俺の生態や名前などではなく、軍服の確認だったのには思わず突っ込みを入れてしまったが。
その後の質問も地球外生命体たる俺の生態についてではなく、宇宙のことだったり軍のことだったりだから、種族の違いなど全てを受け入れてもらえたかのように思ってしまった。
ただ、彼女の中で現実ではなかっただけだったのに。
これほどに恵まれた惑星を持ちながら、外れにあるが故に外敵に脅かされることもない。なのに彼らは何故、わざわざ外の世界を求めるのだろうか。その宇宙の先には彼らの求めるものなど何一つないというのに。
自分達が恵まれていることに気づかず、無駄に装飾を施された展望台で星を見上げ呑気にはしゃぐ連中に、苛立っていた。
その苛立ちが、つい口をついて出てしまった。
その目の中からキラキラ瞬いていた輝きが消えていく。
今、まさに夢から冷めたとでもいうように。
彼女の中で、夢が現実になった瞬間だった。
仕事が忙しくて会えないことはこれまでもあった。そんな時でも電話はくれていたのに、今回は違う。あれ以来よそよそしさがどこか感じられるメッセージのみが義務のように送られてくるだけだった。
このまま距離を置かれ別れを告げられたりするのか……?
そうして俺のことは過去にして、他の男を選ぶのか……?
そんなことは許さない。許す訳がない。
俺には、あのいつかのハサミ男のように彼女を想いながら、ただ遠くから幸せを願って見守り続けることなどできない。
まずは、仕事が落ち着く頃に誘って、それから話をして……。
でも、もし、ミオが会うことすら拒むなら……?
もし、ミオが俺を拒絶するなら……?
まだそうなると決まった訳ではないのに、どろりと湧き上がる呪いのような感情がじわりじわりと体を心を侵食していく。
『忙しくて連絡できなかっただけだよ』と笑って欲しい。
お願いだから、俺を受け入れて欲しい。
このままのミオとこのままここで過ごしていたい。
「ねえ、久しぶりに映画見に行こう!」
ミオが楽しげに見上げる大スクリーンには『珠玉のラブストーリー』と銘打った映画の予告編が映し出されている。
初めてここに来たあの日、同じ大スクリーンに映し出されていたのは直前までいた惑星を切り取ったかのような荒野だった。そして、その中を所狭しと飛空艇と思わしき物が飛び交っていた。
この惑星にはこんな荒野はないはず。この惑星の住人は他の惑星の風景など月以外に知らないはず。今の彼らの技術力ではここまで自在に空中を飛ぶなんてできないはず。なのになんという想像力だろうか。素直に驚嘆した。
そして暮らし始めてつくづく思った。この惑星の人々の宇宙への想いはあまりにも純粋なのだと。
宇宙の彼方には見果てぬ夢のような素晴らしいものがあると信じてやまず、自分達がいけないのであればと、無人探査機を開発し、打ち上げから帰還まで壮大なドラマのように見守り続ける。
全てを知り尽くしてしまったら、彼らもいつしか他の銀河を侵略などと考えるようになるのだろうか? 願わくばこのまま憧れを抱いたまま純粋でいて欲しい。
俺も、ここでは一緒に夢を感じていたい。そう思うのだ。
ここまで読んで頂きありがとうございました!