出会いは必然に
まずは記念すべき出会いを振り返ろうということで、週末の金曜日に二人、合コンの会場だったダイニングバーに来ている。店内の人達はこんなところに地球外生命体が紛れてるなんて誰も想像だにしないだろう……。かくいう私も、目の前でネクタイを緩めグビグビうまそうにビールを飲んでるのが地球外生命体だなんてまだ少し信じられない。
あっという間に一杯目を飲み干した彼はお替りと共に頼むつもりなのだろう、メニューを見て食べ物を物色している。
「古屋玲は本当の名前なの? 年齢も実はすんごい長生きしてて違ってたりなんてことは……?」
今日は合コンらしく名前と年齢確認から始めることにした。
「本名はレイナウト・ファン・デン・ベルク。長寿の種族もいるが、俺は概ねこの惑星の人類と同じくらいだ」
メニューに目をやりながらレイは答えるが、そんなことはどうでもいいと言わんばかりにさっきからタコワサを凝視している。旅先では珍味が食べたくなるあれと一緒なのだろうか。レイはすっかりとビールとそれに合うつまみ系がお気に入りのようだ。
「これで実は300歳の若者です、とか言われたら流石にびっくりだったけど、そこは同じなのだね。名前もちょっとヨーロッパっぽいし。親近感あるね」
「ああ、代々名前は他の惑星で使われてるものを気分に合わせて使ってるだけだからな。今の名はこの惑星で使われているものだという可能性もあるだろう。俺達は名前というものに思い入れはないが、ないと識別するのに手間がかかる。だから便宜上使う。それだけだ。親しいものからはレイと呼ばれてるし古屋玲だろうがレイナウト・ファン・デン・ベルクだろうがどっちでも変わらないな」
「そんなものなの……? じゃあ、ヨーロッパの方にありそうな名前なのは、レイのご先祖様が地球に来たことがあるのかもしれないんだね。はっ、ヨーロッパ風の名前ってことは……、もしや! 王子がいたり、貴族がいたり身分制度があったり夜会とかあったりなんてことは……?」
「王族はいないが、大統領的な人はいるからこの惑星で言うところの共和政に近いだろう。ミオ、何頼む?」
「むー、こないだからあまり地球外な感じしない……、つまんない……。焼きおにぎり食べたい」
「おい、こないだから地球外生命体に一体何を期待してるんだ? って、いきなりシメのご飯物いくのかよ」
「だって今日はお昼あんまり食べてないからお腹空いてるし」
「はいはい、焼きおにぎりホントに好きだよな。一人前で足りるのか?」
私が焼きおにぎりをこよなく愛してることを知っているレイは、ふっと目元を緩ませて笑うと店員を呼んで自分の分と焼きおにぎり一人前を注文をしてくれた。うう、……素直に食べたかったからって言った方が良かった。そして二人前にしてもらうべきだったか……。
切れ長でちょっとツリ目気味の大きな目と、意志の強そうな眉に引き結ばれた口。作りだけ見ると世の中的にはイケメンに区分されるのだろうけど、その目力とガタイのいい体とちょっと近寄りがたい雰囲気で第一印象はかっこいいよりも怖いとか圧すごいと言われるタイプだ。
でも、笑うと目尻がフニャッと下がり途端に優しい顔になる。ふっと目を細めて優しい眼差しを向けてくれるその表情が、私はすごく好きなのだ。レイが私を特別に思ってくれていることの証明のようで、くすぐったくて照れくさくて。だから、ついつい目をそらしてしまうけど本当はもっと見ていたいと思っている。
「レイ、あの日遅れてきたね」
あの日、遅れてきたことを詫びながらレイは現れた。仕事が立て込んでいると他の男性メンバーが言っていた通り、やや落ち窪んだ目とその下のクマは隠しきれない疲労をにじませており、更に急いで来たせいだろうか髪とシャツの襟元が少し乱れていた。そんなくたびれた風貌にも関わらず堂々と自信に満ち溢れた佇まいは密やかに人目を集めていた。私も類にもれず、な状態であったけど何より私の目を惹いたのはレイの目だった。
なんて真っ直ぐにものを見る人なんだろう。
レイ本人は本当に何気なしに周りを見ていたのだろうけど、その真っ直ぐな眼差しは私の全てが吸い込まれてしまいそうで目を離すことができなかった。花より男子、ついぞ初対面の男性に見惚れるなど皆無だった私がレイを熱く見つめる様(そう見えたらしい)に秘かに激震が走っていたというのは一緒に参加していた同僚談である。
たまたま空いていた私の前にレイが座ると、私達は改めての乾杯をした。レイはビールを口に含むと「うまいな」と目をきゅうっと細め、まるであどけない子供のようにニカッと笑った。
雷に打たれるようなとはまさにこのこと。何というギャップ萌え。これぞギャップ萌え。甚だしきギャップ萌え。その笑顔で私は恋愛戦線復帰を即時に決意したのであった。
「ああ、本当は1か月前にはこの惑星に着任予定だったんだが、前任地の活動が思った以上に長引いてな。当日、転移装置を駆使して何とかちょい遅れで参加できたわけだ。流石に強行軍な移動できつかったが……。で途中でインストールしといた地球の情報に、飲み会なる場でまずはビールを頼めとあったからそれに沿ったんだが、疲れた体に染みわたるという表現は嘘ではなかったな」
その時の染みわたり具合を思い出したのか、レイは珍しく満面の笑みを浮かべている。一日で宇宙を何万光年も移動ってことですか……。そりゃビールも染みわたるでしょうよ。言われてみればあの時なんかこわごわ口にしてたし。
「地球の基礎知識と共に合コン会話パターン集もインプットしてきてはいたけど、さすがにぶっつけ本番すぎて店に入った瞬間から情報と実際の状況とを一致させるのに死ぬほど集中したな」
あの真剣な眼差しはそれだったんかーい。
あれ、そういえばあの時の男性メンバーは同じ会社繋がりって言ってた。これまでの話から察するにレイの会社は地球で活動するための拠点っぽいし、そんな中に地球人を雇うとかは考えにくい。
「ねえ。あの時の男性メンバーも地球外生命体の皆様……? てか、私達知らないうちにああやって異文化交流してたりするの?!」
「普段はないが、まあ……、あの日は俺の歓迎会諸々兼ねて、な」
うん? なんでバツの悪そうに目をそらすんだろう? なんだろう、簡潔明朗に話をするレイが言いよどむということは何か裏でもあるのだろうか……? モヤつく気持ちを紛らわすように運ばれてきた焼きおにぎりをぱくつく。
「ミオはあの時もよく食べてたよな」
そんな私を見てレイは私の大好きないつもの笑い方でふっと笑った。その優しい目の中にあのオパールのような輝きを探して、ただのありふれた薄茶色しか見えないことに安堵した。
「どうした?」
いつもなら挙動不審に目をそらす私がレイをじっと見つめていることに何かを察知したのだろう。テーブル越しに私の頬をその大きな手で気遣うように優しくなぞりながらそう聞いてくれる。
「ううん、なんでもないよ。あっ、今日はレンタル行きたいんだ」
最近はサブスクで映画かドラマやアニメを見ることが多いけど、今日は久しぶりにパッケージを手に取りつつ選びたい気分だった。そして最初に手に取ったのは誰もが知っている超有名宇宙映画シリーズの最新作。そして初めて二人で見に行った映画だ。
公開順に見るのもよし、時系列順に見るのもまた良しと何度見ても色褪せない名作。ずっとテレビ画面でしか見ることができなかったあのオープニング曲と序章が流れていくのを映画館の大スクリーンで見たときは感動したなぁぁ。
むっ、これはぜひ聞いておかねばなるまい。
「武器は地球と同じで銃メインだ」
手にしているパッケージから私の言わんとするところを察したのであろう。レイが凄みのある真顔ですかさず答える。
だから、こえーんですよぉぉぉ。
目力をフルに生かして圧力かけるのやめてくださぃぃぃ。
「ええー、なんかつまんないなー。考えるんじゃないよ、感じるんだよ。ほらほら、段々ロマンを感じてこないかい?」
そんな圧力になぞ屈してなるものか……! ラ○トセイバーに詰まったロマンに種族の壁は存在しないはずだ。
「つまんないとかそういう問題じゃないし、何を感じろっていうんだ……。そもそも宇宙空間や環境が不安定な惑星において近接戦闘になること自体少ないし、稀にあったとしても銃か短剣か格闘だから、長くて扱い難いレーザーソードなんぞ使わん。ああ、あのソード一丁でレーザーガンの光弾をバシバシ弾くのは確かにかっこいいとは思うが、作ってみるにしてもあれって特殊素材のクリスタルがないと作ることができないし、あれだけの高エネルギー波をどう棒状に固定化するんだろうなぁ……」
ナニやら真剣にレイは考え込んでいる。地球外生命体すら虜にするとはさすがだ、ラ○トセイバー。
『田端さんは映画好きなんだ。俺はあまり詳しくないんだけど来る途中に見た予告のやつはちょっと興味あるかな』
それをきっかけに一緒に映画を見に行くことになって、付き合うようになって……。
『地球の基礎知識と合コン会話パターン集はインプットしてきてはいたけど……』
『俺の歓迎会も兼ねて…』
ふいに、さっきのレイの言葉が耳に蘇る。
あの出会いは任務の一環だったとしたら? 観察にちょうど良さそうな人を探すために合コンして、うまい具合にレイに好意を持った私が選ばれただけだったとしたら? だったらあそこに座っていたのが私じゃなかったとしてもレイはそこに座った人に合わせてインプットしてきた合コン会話パターンとやらを当てはめて話を進めたのだろうか……?
今も……、いや、これまでも日々私の好むやり取りを会話パターンとやらから選んでいるだけだったら……?
いやいや、思わず悲劇のヒロイン思考に陥っちゃったじゃないか。よし、落ち着こうか私。さすがにこれは飛躍しすぎだ。大体、宇宙の平和を保つってのなら合コンなんて俗物的なものじゃなくてもっとまともな方法で観察対象は選ぶでしょうよ。
ああ、こないだから見なきゃ良かった映画の裏話をみてる気分だ。だからこんなくだらないことを思いついてしまうのだろう。これ以上くだらないことを考えずにすむように、少しでも気を紛らわせることができるように、おバカなスパイが大活躍するコメディを選んだ。