カミングアウトは突然に
とある休日の夜。見ていた映画について何気なく隣の彼に問いかけた。ただちょっと、結末について雑談しようと思っただけだったのだ。それがこの後予想だにしなかったことになるとは微塵も思わずに。
「こういう映画ってさ、ロボットだったり宇宙人だったり冷酷な殺し屋だったりシチュエーションは色々だよね。で、最後は心を手に入れてほっこりハッピーエンドか、すれ違いとか思い込みとかから猟奇行動にうつるか、心は手に入れたけど自己犠牲のパターンが多いかな。ああ、たまに心入れ替えなしでバッドエンドで終わることもあるよね?」
見ていたのは手がハサミの人造人間のお話。少しお茶目な心優しい人造人間にこのままハッピーエンドになって欲しいな、悲しい結末になってしまったら嫌だなあと思ったのだ。
「ハッピーエンドになるかなあ。それともどんでん返しがくると思う?」
答えを促すようにもたれかかっていた彼の顔を見上げると、うーんと呟いてアタリメに手を伸ばしながら話し始めた。
「確かに猟奇行動に走るヤツラもいるけど俺はゼッタイにごめんだ。無駄に血見るのは嫌だし汚れるし始末も面倒くさい。自己犠牲なんかは割に合わないからこれも嫌だな。ああ、選択肢に記憶を消して去る、とか周りを洗脳してなんとなくハッピーエンドもありだよな ちょっと装置の利用許可に手間取りそうだが血も出ないし自分も無事だし、うん。もちろん普通に受け入れてもらえるのならそんなことは不要だがな」
「え……?」
今聞こえた妙に実感のこもった内容を脳内で処理しきれない。というか脳が処理するのを拒否している。もしや幻聴……? いや、むしろ幻聴であってくれと恐る恐る隣に目をやると、発言した本人は至って真面目な顔つきで何事もなかったかのように映画を見ながらアタリメをかじっている。
「次の評議会が近づいてるしちょうどどうするか考えていたところだ」
幻聴ではなかった……!
「あの……どのあたりの方ですかね。主なタイプとしましては、
寂しがり屋な冷酷非道多し!
殺し屋、暗殺者系。
一回は何か破壊しちゃうよね!
ロボット、アンドロイド系。
姿形は多種多様!
地球外生命体。
ゴーストに吸血鬼、血みどろは避けられないぜ!
と思いきやロマンスもあるよね! 人外、魔物系。
がありますけども……」
「その中であれば地球外生命体に該当する」
お泊り用にうちに置いてあるいつものスウェットでアタリメをかじりながらそう答える彼氏改め地球外生命体(自称)。なんとか場を和らげようとボケてみたが、見事にスルーされてしまった……。
「俺達は宇宙の秩序を保つべく各銀河に部隊を派遣し、陰ながら監視している。時々良からぬことを企んでよその惑星に迷惑かける奴らはもちろん直ちに駆逐する。そしてあまりにも危険な思想や武器や技術を持つ種族については致し方ないがせん滅させてもらっている」
すごく壮大で物騒な話をしながら、引き続きスウェットでアタリメをかじりながらそう答える彼氏改め地球外生命体(自称)。この全くマッチしていないシチュエーションと話の内容は気にならないようで、彼は話を続ける。
「データや画像だけ監視しても思想的なものとか種族の特性は把握できないから、こうして一般人に紛れ込んで平凡な生活をしているという訳だ。それを1年に1回開催される評議会で報告して、引き続き監視かせん滅か協議している」
報告ってことはその内容次第では地球せん滅されちゃうの?! 人類の危機?! ひょえええ。めっちゃ人類の未来かかってますやん……。
「あのう、念の為お聞きしますが、小説書いてたり厨二病こじらせた的思考をお持ちだったりなんてことは……?」
人類の未来がかかっていたとしても、こんな突拍子もない話をすっと信じられる人がいたらぜひともお目にかかってみたい。一縷の望みをかけ、本人の妄想でしたで片付けられないかとまた恐る恐ると聞いてみる。
地球外生命体(自称)はアタリメをポイッと口に入れぐっとビールで飲み下すと、凄みのある真顔でこちらを向き直る。
こえええええ。
無の圧力こえええええ。
ガクブルの私を見て情けをかけてくれる気になったのだろう。はあ、と深くため息をつき左腕にはまっていたシンプルな腕輪をパチンと外すと、ブゥンという音と同時に彼の姿が揺らぐ。揺らぎがおさまりそこに現れたのは姿形はさっきまでの彼と同じだけど、色が地球では有り得ないそれだった。毛先に行くほど金に近くなる不思議なグラデーションの漆黒の髪はもちろんのこと、同じく漆黒の瞳に浮かぶオパールのようなきらめく色彩はもっとありえなかった。
大人の男性が腕輪をずっと身につけているのは珍しいなと思っていたけれど、こういう理由があったとは……!
「色はあれだけど姿は思いの外、普通……。耳くらい尖っててもいいのに。お肌緑色で触覚あるとか、尻尾生えてるとかもないし。はっ、パッと見は普通の人型でも月を見たら大猿に変化するのかも……?!」
「おい、思い切り声に出てるぞ。思いの外普通で悪かったな。残念ながら俺は戦闘民族ではない。そして七つ集めたら願いの叶うボールもなければ戦闘力を図るスカウターなんぞも当然ない。巨大化などもっての外だ」
やばい、ご機嫌を損ねていらっしゃる……? 変な質問で刺激をしては我らが地球の未来が……!!
「あのう、評議会メンバーってことはもしや結構お偉い方だったり?」
「そこまでではない。階級は大佐だ」
「おおう!大佐様でいらっしゃいますか! お若いのになんと素晴らしいことでしょうか!」
「……普通に喋れ」
くっ、丁寧に対応せねばと思いすぎて、妙なことになっていたようだ。ここで悪印象を残しては我らが地球の未来が……!!
「じゃあ、気を取り直して色々聞いてもいい?」
まだ半信半疑ではあるけど、本当に地球外生命体だって言うのなら聞いてみたいことはたくさんある。私の中で、地球の未来の心配よりも目先の好奇心が勝った瞬間だった。
「切り替え早いな。あと、なんだかんだで興味津々だな、おい」
まあいいけど……とビールを持ち上げ、まだ中身が残っていることを確かめて口に運んだ。何気ない日常的な仕草なのに、やたら派手派手しい髪色と目のキラキラで非日常感が半端ない。
「して、制服は詰襟黒色スマートな帝国軍風ですか、ベレー帽にブルゾンの自由惑星同盟軍風ですか」
「地球外生命体に対する最初の質問がそれってどう考えてもおかしくないか」
ビールを口に運ぶ手を降ろし、こちらに向けられた顔はまごうことなき圧倒的 無だった。
だから、無の圧力怖すぎぃぃぃ……!
この質問はお気に召さなかったようだ。ここは礼儀にのっとり出身地とか家族構成とかからいくべきだったのか。いや、もしくは攻撃力とか特殊能力の有無とか地球外生命体ならではの質問いっとくべきだった?
「い、いや。あの宇宙の平和とか軍とか言ってたからつい……」
「まあ、ミオらしいといえばミオらしいか。ああ、軍服の種類だったな。同盟軍の方に近いぞ」
ククッと笑うその姿は悪役っぽいのに、ゆるスウェットと手に持った缶ビールでちょっと台無し感は否めない。そのせいなのか、色は違えどもいつもと変らないレイの話し方のせいなのか少し気持ちが落ち着いてくる。
「同盟軍……、動きやすそうだけど普通なんだよなあ。そんなんじゃ銀河の歴史の一ページを増やせないよ!」
「そんなもん増やすわけあるか……。それにあんな壮大なスペースオペラがそこらにあるわけないだろうが……。まあ、確かにあの黒を基調とした詰め襟の帝国軍の軍服はかっこいい。それは認めよう。しかし、よく考えてみろよ。あのオーダーメイドであろうジャストフィットなデザインで急に太ったらどうするんだ。もしくは同盟軍の方なら多少腹が出たとしてもなんとでもなるがあのデザインはどうにもならないんだぞ!」
「た、確かに……」
何が彼のココロの琴線に触れたのだろうか。口数の少ない彼がクワッと目を見開いて饒舌に力説してくるが、目のキラキラが眩しいっ。
「それに、一着だけではなく着替え用に三枚以上は必要だ……。しかも、オーダーメイドだぞ。どんだけ経費かかると思ってるんだ!」
そっち?!地球外生命体も経費削減で悩んでるの?!ちょっと親近感……。
「って、私の質問も悪かったけど地球外生命体にそんな現実感いらないから!」
「すまん、最近ちょっと上層とそんな話したところで……、つい熱くなってしまった……。というか初っ端からこんな下だらん質問するからだろうが!」
そういえば最近あのクソジジイ共とかあいつら好き勝手言いやがってとか中間管理職のようなことをボヤきながら死にそうな顔してたな。ごめんよ、嫌なことを思い出させてしまった。
「次いこうか、魔法とか超能力は使えるの?」
「聞くだけ聞いといて何なんだ。ちょっとは労れ」
またもやビールを手を伸ばしながら、むうっと眉間にシワを寄せ口をへの字に引き結ぶその表情はいつもの彼だった。
「ちょっと身体能力が高いくらいで魔法なんぞは使えん。普段はこれで抑えている」
そう言って右耳にはまっているイヤーカフをトントンと指した。うーむ。色以外は姿はフツーだし、制服も帝国軍風違うし、魔法も超能力もないのか……。
「勝手にイメージ膨らましといて、あからさまにがっかりした顔するな」
やれやれと腕輪をはめるとまた姿が揺らぎ、見慣れた彼の姿になる。
「評議会は2ヶ月後なんだが報告内容をまとめないといけないんだよな。チッ、また余分な仕事が……」
これで駆逐が立て込んだらまじでやばいな、と物騒なことをつぶやきつつビールを一口飲んだ。
「地球の良いところを再認識してみたらスラスラッと書けるかもよ?」
「再認識ってどうやってだ?」
「えっ?! えっと例えば私との出会いから振り返るとか?」
そんなもんが評議会の報告に関係あるわけないだろうが! と思わず自分に突っ込んだが言ってしまったものは仕方ない。あわよくば絆されてくれぇぇぇぇ、と願いをこめてチラリと彼の方を見上げる。
「悪くないな」
そう言って元の薄茶色の瞳に戻った目を細めて笑った。それから私を足の間に引き寄せ覆いかぶさるように抱きしめてくる。首にかかる髪の毛が少しくすぐったいなと思いながら、されるがままに身を預けると、お腹にまわったレイの腕にはまる腕輪がやけに目についた。なぜだかこれまでは自然に溶け込んでいたはずのそれが急に混入した異物のように思えた。