別れ
2月の冷たい風が吹く中で葬儀は行われた。
クロードやカイルはもちろんのこと、エリスまで参列していた。クロードは大陸から急いで帰ってきてくれたらしく日焼けした顔が目立っていた。二人とも俺に優しく言葉を掛けてくれた。
ロブは家族で参列していたが生まれて間もない子供が泣きだして、早くに帰って行った。冷たい空気を切り裂くような赤ん坊の泣き声が俺の頭の中にいつまでもこだましていた。
カレン叔母さんは葬儀から2か月ほど屋敷に滞在してくれたが4月を過ぎて暖かくなってきた頃に大陸へ帰って行った。
「いつでも、すぐ駆けつけるから。何かあったら連絡をちょうだい」
そう何度も念を押して船に乗った。
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カレン叔母さんが帰ってから数日後、フロウが執務室にやって来た。
「ウィル、ちょっといいかしら?」
「フロウ、入って。フロウならいつでも歓迎だよ」
俺はつとめていつもの軽い調子で答えた。
フロウはソファに座り、俺もフロウの前に腰かけた。
「私ね明日、修道院に行く事にしたの」
「修道院? チャリティか何か?」
「いいえ、私が修道院に入るのよ」
「ええっ!?」
「私はこれからの人生を兄さんへの祈りに捧げることにしたわ。それが罪を犯してしまった私の償いなの」
「罪とか償いって、フロウは何も悪くないじゃないか。兄さんもフロウも兄妹だって知らなかったんだから!」
「兄さんが死んだのは私のせいなのよ」
フロウの声はやけに落ち着いていて優しかった。小さな子供に言い聞かせるように。
「違う! あれは、ただの事故だ」
「ウィル、私はもう決めたの。明日出て行くわ。家の事、助けてあげられなくてごめんなさい。無責任で、逃げ出すようで…許してね」
「どこ? どこの修道院なの」
「リムジー修道院よ」
リムジー修道院はとても厳しい戒律で知られる女子修道院だ。そこに入ると世間とは隔絶され面会も許されない。
「そんな…しかも明日だなんて急な」
「事前に話したら反対されると分かっていたから。ウィルは…絶対幸せになってね」
呆然としている俺をよそに、フロウはもう出て行こうとドアノブに手を掛けていた。俺はハッと思い立ちフロウを止めた。
「待って、待ってフロウ。渡すものがあるんだ」
デスクの引き出しから例の箱を取り出して、ドアの前のフロウに手渡した。
「これって…」箱を開けたフロウが狼狽した。
「このデスクの引き出しに入っていたんだ。兄さんからフロウへの指輪だと思う…」
フロウはしばらくじっとその指輪を見ていた。
「ねぇウィル、これ付けてみてくれない?」
「え? う、うん」
差し出されたフロウの指に…薬指にそっと指輪をはめた。妙な気分だった。俺はこうすることを望んでいたけれど、こんな形で実現するとは。
フロウは窓際まで歩いていき、陽光に手を掲げた。
「とても綺麗」
「よく…似合うよ」
俺も近くまで行った。
彼女は指輪を外し、ケースに収めて俺の手に握らせた。
「これは私には必要ないわ。ウィル、あなたが持っていて」
俺はこうなるとどこかで分かっていた。だから何も言わず黙って頷いで受け取った。フロウはそのまま出て行った。
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フロウは部屋を出ると廊下を駆け抜けた。自室に戻るとベッドにうつ伏せに倒れ、わんわんと声を上げて泣いた。
もう涙なんて枯れ果てたと思っていたのに。枕で声はかき消されたが涙は止まらなかった。
夕食はとても豪華だった。
修道院の食事は質素だからみんなが気を使ってくれたのだろう。ウィルもワインセラーからとっておきの1本を持ってきてくれた。
今夜は使用人も出来る限り全員同じテーブルについて一緒に食事を楽しんだ。賑やかで温かい夜だった。
翌朝早く、旅支度をしたフロウが玄関ホールに立った。マリは泣きながらフロウにすがって言った。
「お嬢さま、どうしてもだめですか? どうしても行かなくてはいけませんか?」
「ごめんなさいねマリ。本当にごめんなさい」
「うぅぅぅぅ お嬢さまぁ」
ケイトもロブもみんな涙を堪えていた。俺くらいは笑おうと努力したがうまくはいかなかった。
「フロウ、元気で。辛かったらいつでも戻ってきてくれ、俺もみんなも待ってるから」
俺はしっかりとフロウを抱きしめた。
「さようなら、ウィル。みんなも元気でね」
フロウの笑顔は清々しかった。




