レナードの部屋で
ケイトは俺に気を使って出て行ったんだな。彼女はとても聡明な人だ。ケイトが言うように兄さんの顔はとても安らかだ。
さっきのフロウの言葉、二人はどこかへ行こうとしていたのだろうか。
いや、兄さんが誘ったが、フロウが断ったのかもしれない、フロウは自分を責めていた。
それでもこの表情を見る限り、兄さんの最後は安らかなものだったのだろう。そうであって欲しい。そうじゃなければ悲しすぎる、辛すぎる。何も救いがないじゃないか。
神はなぜこんな事をするんだ。兄妹というむごい事実を突きつけた上に命まで奪うなんて!
もう母さんも父様もいない。俺はこれからどうしたらいいんだ。兄さん・・・心配するな、俺がついてる、って言ってくれ。お前なら大丈夫だと…。
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俺はいつの間にか眠ってしまっていたようだった。ジョージがそっと毛布を掛けてくれたが、俺は目を覚ました。
「起こしてしまいました。申し訳ありません、ウイリアム様」
ジョージは10も20も老け込んで見えた。俺がしっかりしなければ。
「大丈夫だよ、ジョージ。色々やらなければいけない事があるんだね? どこへ行ったらいいかな?」
「はい…。では、旦那様の執務室へよろしいでしょうか? 葬儀の手配などございまして」
兄さんの執務室は見事に整理整頓されていた。
書棚の本から、ペン指しに刺さっているペン1本に至るまで。兄さんの性格が出てるな…。そんな何でもないことが、兄さんを身近に感じられて嬉しくなった。
大きなデスクに座りジョージから渡された書類を読んで、彼と相談しながら葬儀の手続きをしていった。
そうやって仕事をしているとこれが兄さんの葬式の事だなんて感じられなくなってくる。
遠い先の出来事の為の練習をしているみたいだ。
一通り済ませるとジョージは出て行った。一人になると執務室がやけに広く感じられる。母さん達が亡くなった後、兄さんはここで俺たちの為に一人で頑張っていたんだな…。
ふとデスクの引き出しがひとつ、わずかに開いているのが目に入った。
開けてみると手帳が数冊、手紙類が幾つか、きちんと分けて入れられており、その一番上に小さなビロード張りの箱が乗っていた。
開かずとも中身が何か想像ができたが、俺はそれを手に取り蓋を開けてみた。
やはり指輪だった。大きなイエローダイヤモンドが中央に据えられ、周りを中小のダイヤが取り囲んでいた。
ああああ! フロウがこれを見たらどう思うのだろう。これ以上の悲しみに彼女は耐えられるのだろうか? 俺はこれを見なかったことにするべきだろうか?
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ウイリアムが出て行くと入れ違いにフロウが部屋に入って行った。
レン兄さん、まるで眠っているみたいね。
起きたらどこへ行くか一緒に考えましょう。グリーンレイクは二人の思い出の場所だから、そこはどう? え、近すぎる?
じゃあ大陸に行って暖かい土地で暮らしましょうよ。見た事もない果物が沢山あるんですって、私がジャムを作ってあげる。朝食のパンにつけて食べるの、楽しみね。
一緒に居られるならどこでも楽しいわね…。
ベッドに腰かけていたフロウはそっとレナードの顔に触れた。
ひんやりとした肌は滑らかなままだった。自分の頬を当てると体温が戻ってくるような錯覚に落ちた。
止めどなく流れる熱い涙も、兄さんの冷たい頬を温められる気がした。ずっとこのままこうしていよう。兄さんが起きてくれるまで…。




