ケイトの涙
ケイトはロブの言っていることが理解できなかった。
自分の仕事部屋で書類の整理をしているところだった。今年の冬は本当に寒いわ…、暖炉の火を大きくしようと立ち上がった時にノックがしてロブが入って来た。
「ケイトさん、旦那様が見つかったんだ」
随分暗い顔をしている、レナード様が怪我でもされたのかしら。
「まぁ、良かったですわ。どちらにいらしたんですか?」
「ケイトさん…レナード様は…お亡くなりになりました…」
私はすぐに返事ができなかった。ロブの言ってることが分からない。
あんなにお若く、お嬢様と結ばれて幸せいっぱいでいた方が亡くなるなんて。ロブは何か勘違いしているんだわ。
「ロバートさん、何かの、間違いでは?」
ロブは首を振った。
「落馬されて首の骨を折ったようです。倒れていたところを発見されました」
「そんな・・・はっ、お嬢様、お嬢様は今どちらに?」
「居間に、カレン様とご一緒です」
すぐに居間に向かった。
(なんてこと、なんてことなの。お嬢様は大丈夫かしら。いえ大丈夫な訳がないわ。おそばについていて差し上げなくては…。)
居間の扉をノックするとカレン様の声で返事があった。
「ケイトさん、事情は聞いてるわね? お茶とブランデーを用意していただけるかしら?」
「かしこまりました、すぐにご用意いたします」
飲み物を用意して再び居間に入るとお嬢さまはカレンさまの膝枕で休んでおいでだった。
しばらくはお二人にして差し上げた方がいいだろう。私はテーブルにお茶を用意して静かに出て行った。
私はレナード様に会いに行っていいだろうか…。使用人の分際で、というような考え方をする人はこの屋敷にはいない。居間を出たその足でレナード様の部屋へ向かった。
ノックして扉を少しだけ開けると中に居たウイリアム様がこちらを見た。
「ああ、ケイト。入って、兄さんに会いに来たんだろう?」
ウイリアム様の声はかすれて弱々しかった。
「失礼致します」
ウイリアム様はベッドの横に椅子を置いて座っていた。
ベッドにはレナード様が安置されていたが、お顔のどこにも傷は無くただ眠っているようだった。
レナード様の綺麗な金色の髪だけがまだ濡れて光っていた。
「眠っているみたいだよね」
「はい。…安らかなお顔をしておいでです」
「そうか、ケイトが言うんだからそうなんだろうな。せめて安らかに逝ってくれたなら…」
ウイリアム様の声はそこで途切れた。顔を覆い涙と嗚咽で全身が震えていた。
私は黙って部屋から出て行った。もう耐え切れずハンカチで口を押えたが涙が溢れてボタボタと流れ落ちた。
どうしてこんな、こんな事はあってはいけないことだわ。まだ20代の、明るい未来が待っているはずの方がこんな…ひどすぎる…。
私も夫を亡くした時は悲しみに打ちひしがれた。それでも結婚して幸せな時間を持ち、思い出も沢山あった。
でもお嬢様は? 何もかもこれからという時に…。




